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リアクション
第1章 ほろびの森【2】
「ここは病み上がりの人間の出る幕じゃありません」
樹月 刀真(きづき・とうま)は突然突き放すように言った。
言われた環菜はすこし驚いたが、生徒に言われたぐらいで引っ込むような性格ではない。
「大きなお世話よ。自分の行動は自分で……」
「まだ先は長いんです。途中でへばられても迷惑なので休んで下さい。今ここに君がいてもやることはありません」
そう言って、毛布を押し付ける。
「と言うか邪魔、寝ろ」
「寝ろって言われても……」
彼女の言葉には耳を貸さず、刀真はきびすを返してトリニティの元に向かう。
その表情は冷たい。環菜暗殺に端を発する一連の出来事が、心を鋼鉄のように凍てつかさせてしまったのだ。
環菜の才能を取り戻し、蒼学へ送り届ける……そして、この事件の関係者には二度と手出しをさせない。
今胸にあるのはただそれだけ。
「先客、か……」
トリニティはちょうど瀬島 壮太(せじま・そうた)と話しているところだった。
「なんか初めてナラカエクスプレスに乗車した時も、質問責めにしたような気がして申し訳ねーんだけど、今回も色々と答えてもらえると有難い。なんせ世界樹とかアガスティアとか、オレには馴染みのない言葉ばっかりなもんだからよ」
「お客さまの疑問を解消するのはガイドの役目です。お気になさらず」
「そう言ってもらえると助かる。そんじゃまず、アガスティアの管理体制をおしえてくれ」
「他に管理者がいるのか、ということですね?」
「ナラカで会った連中をネットで調べてみたんだけど、インド神話と関係ある名前が多いみてえなんだよな。てことは神話に登場する数だけ、アガスティアやナラカに関係する奴が他にもいるってことなのかな……って思ってさ」
「アガスティアの管理は元々、私とカーリーの二人で行っておりました。他に関係者はおりません」
「二人?」
「ってことは、パルメーラさんはやっぱり管理者じゃなくて世界樹そのものなの?」
ミミ・マリー(みみ・まりー)も話に加わる。
「ええ、そうです」
すると、刀真は納得したように頷いた。
「カーリーが呼び捨て、パルメーラには様付けの理由がわかりました。つまり彼女は世界樹の化身だと」
「そのとおりです」
「化身かぁ。そんなことがあるんだね。ねぇ、パルメーラさん以外にも他の種族に派生したケースってあるの?」
「風の便りで聞いた話ですが、たしかカナンのセフィロトが地祇となっていると聞きました」
「あ、そう言えばそんな話聞いたことがある」
イナンナと言う世界樹セフィロトの化身のことを、ミミは思い出した。
「ところで、パルメーラが今回の行動を起こした原因に心当たりはありますか?」
刀真が言う。
「世界樹アガスティアは絶対中立だと言っていましたね、なら、それを崩した原因があるはずです」
「……わかりません。ただ、アガスティアは絶対中立と言う立場上、強い自我を持っていません」
「と言うと?」
「自らの意思で世界に干渉することはないと言うことです。誰かがそそのかさない限りは……」
「それじゃ、パルメーラとアクリトが契約しているのも、パルメーラ自身の意思じゃないってこと?」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の問いに、トリニティは首を振る。
「わかりません。私が気がついた時には、アガスティアは本体を抜け出して現世にいたようです」
「そうだったの……」
「はい、友達が自分に内緒で結婚してしまったのを知ったOL(30歳/独身)のような心境でございます」
「そ、それはショックね……」
「ま、まぁそれはわかったけどよ、パルメーラ達がツァンダを狙っている理由には心当たりないか?」
ポリポリと頬を掻きながら、壮太は尋ねた。
「特に意味はないと思います。彼女達の目的が冥界と現世を繋げることならどこでもいいはずですから」
「へ?」
「御神楽様の復活を許してしまったのは蒼空学園の影響が大きいですし、その腹いせではないかと思われます」
「は、腹いせでオレの学校吹っ飛ばされちまうのかよ……!」
「……で、それを阻止するにはどうしたらいいのでしょうか?」
刀真が静かに問う。
「パルメーラを殺す、もしくは完全に行動できなくする為の方法はあるのでしょうか?」
「お、おいおい、殺すって穏やかじゃねぇ……」
「そうするしかないでしょう」
冷たい目で射すくめられ、壮太は言葉を失った。
冗談で言ってる目ではないことははっきりわかった。今まで見てきた本気の人間と同じ目をしている。
「契約者のアクリトを殺せば可能でしょうか?」
「いいえ。人間なら大きなダメージを受けるパートナーロストも、彼女にとっては些細な痛みに過ぎないでしょう」
「それだけ、アガスティアの力が強大だってことか……」
「では、直接彼女を攻撃する方法なら殺すことは可能ですか?」
「可能です。無論、容易い相手ではございませんが」
それから、話題は謎の奈落人【カーリー・ユーガ】に移った。
「同僚って話だけどさ、カーリーはアガスティアの管理者だった頃はどんな役職についてたんだ?」
「カーリーはアガスティアの守護者の役目を与えられていました」
「世界樹の護衛みたいなもんか。あんな兵器作ってるから、なにか技術系の職かと思ったんだけどな」
「瀬島さまのご推測ももっともですが、彼女の専門は戦闘、勝利の塔は別の人物の設計なのでしょう」
「ふーん、ちなみにトリニティは?」
「私に与えられたのは、アガスティアに代わり不測の事態に対処する代行者の役目でございます」
「ははぁ、それでナラカエクスプレスで車掌の真似事なんてしてんのか」
「ねぇ、カーリーはどうして役目を放棄しちゃったの?」
月夜が訊くと、トリニティは珍しく顔をしかめた。
「……彼女は守護者と言う立場上、大きな力を与えられています。ひとりで幾千の軍勢を滅ぼせるほどの力です。ですが、彼女の役目は守護者、アガスティアから離れるわけにもいきません。自分の力を振るう機会に恵まれないことに不満を抱いていたようです。そして今から3000年前、自分の王国をつくると言って、アガスティアから去りました」
「そんなことがあったんだ……」
メモを取る手を休め、ミミは顔を上げた。
「ちなみにさ……、カーリーの弱点とかってないのか?」
「ああ、それは俺も気になっていたところです。それから、パルメーラの持つチャクラムの特性と対抗策もおしえてもらえると助かります。それと……チャクラムや君の銃と同等の武器をおそらくカーリーも持っていますよね?」
「トリシューラとか言ってたよな。インド神話じゃシヴァが持ってる槍の名前だぜ?」
「弱点……と言えるものは思い浮かびません。憑依を解除するのも通常の奈落人と同様に行うしかないでしょう。
それからパルメーラ様の持つ武器についてでしたね。あれは『スダルサナ』と呼ばれる円月輪でございます。非常に切れ味が鋭く、並大抵の防具や武器で受けると両断されてしまうのでお気をつけ下さい。また、使用者の意思で標的を自動追尾する効果もあるようです。対抗策は存じません。伝説の武器同士で戦ったことはありませんので。
そして、カーリーもご推察のとおり、伝説の武器『トリシューラ』を所持しています。破壊の力を司る槍で、その威力はひと振りで都市を滅ぼせるほどです。しかし、カーリー達の会話から察するに、槍は勝利の塔に組み込んでしまったようですから、そう警戒する必要はないと思われます。ただ万が一、カーリーがトリシューラを持ち出したときは、半径30キロ圏内には入らないようにしてください。殺されてしまいます」
一同はゴクリと息を飲んだ。
「さて、質問は以上でよろしいでしょうか?」
「あ、ごめん。最後にいい?」
「なんでしょう、漆髪さま」
「うーん、実はまずはこれを最初に確認しておかなくちゃならなかったような気もするんだけど……」
その言葉に刀真や壮太、ミミは不思議そうに彼女を見た。
「環菜の奪われた才能ってちゃんと戻す方法があるのよね?」
「その件でございますか」
「と言うか、ナラカエクスプレス、環菜の記憶や才能を吸い取る機械、そして勝利の塔……これって全部同じ技術?」
「違うものだと思います。当列車は太古の技術が使われてますし、他の機械も制作された年代が違うでしょう」
「それを聞いてますます不安になったんだけど……、ちゃんと戻す方法はあるんだよね?」
「おそらく勝利の塔に行けばなんらかの装置があると思いますが……」
「が?」
少し迷い、トリニティは言った。
「果たして、神の力を取り戻すことが御神楽さまにとって幸福なのでしょうか……」
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