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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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まほろば遊郭譚 第三回/全四回

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第三章 軍艦ワタツミ

 マホロバ空海軍造船所では進水式が行われていた。
 軍艦奉行並七篠 類(ななしの・たぐい)は感慨深い表情でそれを眺めている。
「ようやっとここまで漕ぎつけたな」
 海軍奉行並篠宮 悠(しのみや・ゆう)の台詞に、彼は苦笑いを浮かべていた。
「ここまで来れたのは、不眠不休で頑張ってくれた匠達と訓練兵のおかげだ。どちらが欠けてもダメだった。だから壊さないでくれというのは、無理な話だろうけどな。出資にも感謝している」
 悠も笑った。
「俺も金を出した身としてはこのままでいてほしいところだが、軍艦は戦ってこそ価値がある。せいぜい戦う前に沈めないよう、努力するさ」
 類は、軍資金にと私財を投げ打った悠に礼を言った。
 通商通行条約もあり、軍艦装備増のためにと海軍奉行並はシャンバラからの武器輸入を初めていた。
 そして、新造艇はシャンバラから輸入した鉄艇ものをもとに改造されたものだ。
 匠達が知恵を出し合い、見よう見まねで作ったところもある。
 試作も試用もなく、いきなりの実戦に戸惑いや不安の声も多かった。
 それでも差し迫る第四龍騎士団に対抗するため、彼らも苦渋の決断であった。
「花火職人を総動員して対空用爆弾を開発した。どこまで精度があるか……飛来する龍騎士に通用するかもわからない。しかし、散弾砲のように撃てればと思っていた」
 空の敵を威嚇するだけだけでも効果はある。
 鬼鎧部隊と地上の騎兵を活かすことが出来ればと類は言った。
「騎兵? 日数谷 現示(ひかずや・げんじ)率いる部隊のことですわね」
 タカカゲ・コバヤカワ(たかかげ・こばやかわ)が、腕を組んで手を頬に当てていた。
「幕府・葦原軍に協力すると返事を寄越したそうですけど、指揮そのものは独自にや
ると言っているようですわね。思った以上に強情ですわ。今回の戦、従騎士達の部隊を?き回す遊撃隊として動いてくれると有難いのですが……」
「敵に回らないだけでもよしとしよう。日数谷に会ったら伝えてくれるか。『あんたなりの正義の為に、思うことをすればいいと思っている。その為にも、このマホロバを一緒に守って欲しい』とね」
 類に言葉にタカカゲは笑みを浮かべて応えた。
「すごーい、かっこいいなー!」
 造船所で匠達の身の回りの世話をしてきたグェンドリス・リーメンバー(ぐぇんどりす・りーめんばー)の歓声が上がる。
 彼女や匠達が手を振ると、それに応えるかのように船に乗り込んだ兵士が大声をあげていた。
 尾長 黒羽(おなが・くろは)が、筆を取ってその様子を記録している。
「何を書いてるんだ」
「……記憶を。私は自分がどうなることよりも、このマホロバがなくなる方が恐いのですのよ。だから、このガラス玉の目に映ったものを書き留めたいのですわ」
 悠たちが覗き込むと、そこにはこう名が記されいた。

 マホロバ軍艦ワタツミ
 他数隻
 港を就航せり
 蒼天の下 人々誠に誉れ也

 蒼い空と白い雲をかき分け、人々の期待と不安をのせてマホロバの軍艦が出航する。

卍卍卍


「軍艦の建造は進んでるようだけど、歩兵の装備がイマイチなのよねぇ……」
 篠宮 真奈(しのみや・まな)は西へ向かう前に、幕府側の兵を見て嘆いていた。
「ま、愚弟も鬼鎧で出るっていうし、姉として援護してやんなきゃね」
 真奈は、前線へ赴く幕府軍兵士装備としてと長槍を選んだ。
 また、これは龍騎士への備え、対空装備でもある。
 予備も含めて一万五千本は確保したいと打診していた。
「出来上がった武器は、どんどんお侍さん達に配っていくのー! 早く馴染んでもらいたいんですのー!」
 サージュ・ソルセルリー(さーじゅ・そるせるりー)が運搬を手伝うという。
 数が数だけに配備たけでも一苦労だ。
 猫の手も借りたいほどである。
 大層な文書を抱えているモリガン・バイヴ・カハ(もりがん・まいぶかは)を呼び止めた。
 モリガンは優美に断った。
「わたくしも今は手が離せません。これから、海空軍奉行並より預かった文書を都に張り出しますの」
 彼女の手の中にはマホロバ住民へのお触書があった。

『マホロバの歴史を長らく扶桑に守られて来た歴史は都に住む皆々が誰より存じる所であろう。
扶桑が弱りし今、その恩義に応えるべく、軍民一体となり扶桑を守る備えをすべきと宣する』

「マホロバの民が一体となって力を合わせなくては……。大事なのは今ある状況を認識し、敵に備えるということです。いくら備えても足りないくらいですけど」
 都の鍛冶師、大工、弓師を招集し、武具作りなどの任にあたらせ、一方で木材などの材料確保に務めていた。
「図面は私が描くわ。ケルト神話は民族興亡の歴史。その中にヒントはあると思うの」
 著者不明 エリン来寇の書(ちょしゃふめい・えりんらいこうのしょ)が手を挙げる。
「鎧と軍艦の配備数だけでは、まだまだ龍騎士の数への備えには不安があるし、地上戦いには投石機や大砲も必要よ。私が書いた図面とマホロバの軍師、弓師と監修の元に、集まった大工に組み立ててもらいましょう」
 マホロバ中から集められて鍛冶職人や木工職人等で城下は溢れ返り、さながら数千年前の戦国時代を思い起こさせる。
 マホロバ人が長い間忘れてい感覚が蘇るようであった。
「あれは……マホロバの軍艦!」
 彼女たちの頭上に大きな影が落ちる。
 上空を大きな船が駆けている。
 真奈は誇らしく思う。
「どうか皆、無事に戻ってきて」
 彼女は、これから戦に赴く武人たちの無事を祈った。
 白い雲が西へ西へと伸びていく。
 人々はそれを、いつまでも見送っていた。