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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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・海京の街では


「これは一体……?」
 海京西地区にいた霧積 ナギサ(きりづみ・なぎさ)は、地震の後に街の様子が一変したことに気付いた。メガフロートである海京で地震が起こることはないはずだが、西地区は大きく揺れたのだ。ビルが爆破されたためであるが、彼はまだそれを知らない。
 見渡せば、海京警察署、役所の周囲を見慣れた風紀委員の腕章を付けた者達が固めている。
「まさか、クーデター?」
 天住からの放送を見そびれたため、ナギサは海京の主要施設が占拠されていることにはまだ気付いていない。
「……今、一瞬何かが頭を過ぎったわ」
 常磐城 静留(ときわぎ・しずる)が額を押さえる。が、特に何事もないようだ。
「なんというか、エキスパートの腕章付けてる人達、いつもと違ってみんな表情がないな。気味が悪い」
 もちろん、大通りで堂々と突っ立ってまじまじと見つめているわけではない。風紀委員に怪しまれると危険だ。
「どうするの?」
「やけに静かなのが気になる。まずはこの街で何が起こっているのか、知る必要がある。
 ちょうど西地区にいるんだ。海京分所のモロゾフ中尉に会いに行こう」
 万が一に備え、碧血のカーマインをすぐに撃てるようにしておく。出来る限り目立たない建物の陰を通りながら、海京分所に向かう。
「どうやら、包囲している建物に入ろうとしたり、こちらから攻撃を仕掛けたりしない限りは大丈夫そうだ」
 ただ、やろうとすれば向こうはいつでも街中にいる人達を攻撃出来る状態にある。
「……さて、どうしたものかな」
 思いのほかすんなりと海京分所の前までは辿り着けた。しかし、建物の周囲には風紀委員がいる。
「表がダメなら、他を当たるか」
 海京分所の裏手に回り込む。そこには運良く風紀委員はおらず、何とか敷地内に入ることが出来た。
 裏口のインターフォンを鳴らす。警戒して出なかったらそれまでだ。
『はい』
 聞き覚えのある声がナギサの耳に入る。
『モロゾフ中尉、霧積 ナギサです』
『今そちらへ向かいます』
 こうして、どうにかモロゾフとの接触に成功した。

「オーダー13?」
 聞きなれない単語に、ナギサは首を傾げた。
「天御柱学院製強化人間の自由意思・感情を奪い、命令を発動した人物にとって絶対服従の『生ける人形』へと変える。それがオーダー13です。現在、天御柱学院風紀委員はその影響下にあります」
 クーデターのいきさつはモロゾフから説明してもらった。風間課長が死に、かつての超能力科科長である天住が学校勢力の解体と御神楽 環菜の身柄を要求。『海京』を人質にしてシャンバラ政府の返事を待っているのが、今の状況らしい。
「それで、ホワイトスノー博士は今何処に?」
「第二世代機の調整のため、プラントへ赴いたままです」
 この状況では、向こうから戻ってくるのは難しいとのことだ。
「これからプラントに行って、博士達に会うことは可能ですか?」
 このクーデターを打開する術は、自分達にはない。同じ天御柱学院の生徒同士で戦う理由も、今のところはない。
 ならば、学院の生徒としてイコンに関わるのが、今出来ることではないのだろうか。それがナギサの考えだった。
「ルートは二つあります。空京のPASD本部から転送してもらうか、ヒラニプラからイコン運搬用の地下鉄道を使うか。大荒野がエリュシオンに占領されている関係で、地上の入口は封鎖中となっています。とはいえ、天沼矛を通らなければならない以上、これから移動するのは難しいでしょう」
 天沼矛は現在封鎖中で入ることが出来ない。正規ルートは風紀委員に押さえられている。
「それでも行くのですか?」
「はい。このままでは埒が明かないので。それと、ヨーロッパのイコンパイロット養成学校で衝撃を受けたので、じっとしてられないんですよ」
 二人は二ヶ月前、ヨーロッパ旅行に行った際に、聖カテリーナアカデミーの見学をさせてもらっている。
 噂の第二世代機、クルキアータの戦闘を間近で見れたのはかなりの収穫だった。
「くれぐれも、無理はしないで下さい」
「ええ、分かってます」
 来たときと同じように裏口から分所を出て、二人は天沼矛のある中央地区へと向かった。

* * *


 南地区、天御柱学院。
「お嬢、その格好は!?」
 ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の姿を見て、目を丸くした。
「さっきの放送聞いたでしょ。環菜君を『二度も』奪わせはしないわ」
 彼女は環菜そっくりの外見に返送していた。元々外見特徴が似ているため、服装やメイク次第ではエリザベートすら間違えるほどだ。
 中原 鞆絵(なかはら・ともえ)の至れり尽くせりで、仕上げに入る。環菜のに成り代わり、天住の元へ向かおうというのだ。
 どこか不安そうな視線を、鞆絵とヴィゼントが向けてくる。
「時間稼ぎにもならないかもしれないけど、少しでも気が引ければ、その隙に動ける人達だっているでしょう?」
「しかし、北地区の国軍も西地区の海京警察も身動きが取れない様子じゃないですか」
「まだ、『サイオドロップ』がいるわ」
 正体不明の海京の暗部組織。風紀委員の対抗勢力ならば、この状況を打破しようと動いていても不思議ではない。
 敵か味方か、彼女にとっては未だ不明な存在ではあるが。
「……仕方ありませんね、出来る限りのことはしてみましょう」
 ヴィゼントがテクノコンピューターを操作し始める。
 元々彼はポータラカ研修で学んできたことを統合・編集して学院に提出しに来て、そのついでにレイヴンに使われているブレイン・マシン・インターフェイスについて調べている最中だった。
 ところが、クーデター勃発とリカインが環菜の格好をしたことで、それどころではなくなってしまったのである。
 今は、学院のコンピューターを繋いで天住がやったように映像を電波に載せられないか試しているようであった。
「あとは場所を移動して……私がいる場所が相手に特定されないように」
 本物が天住との通信を試みているように見せかけようとする。
『聞こえてる、天住 樫真。三年前の事故で昏睡状態になっているのではなかったかしら?』
 おそらく、本物の環菜が事故のことを一切知らないはずがないだろう。
『三年振りに目を覚まして、まだ今の情勢が飲み込めてないようね。独立したとはいえ、「神」が圧倒的に不足しているシャンバラには、まだ「学校」が必要なのよ。必要以上に干渉しているかどうかは、まずはシャンバラ……いえ、パラミタのことをもっと理解した上で言って欲しいわね』
 さらに続ける。
『「オーダー13」、既得権を嫌っているようだけど、それもまた既得権の一例ではないのかしら? それに、学校勢力同士の争いで犠牲者が出ていると言いながら、その権力を行使して外部どころか内部で諍いを起こして死者を出すことを厭わないと宣言するのは構わないの?』
 ヴィゼントのテクノコンピューターのモニターに、天住の姿が映し出された。
『さすがに憎らしい物言いだ。見ての通り、僕はこうして生きてる。偽者だというなら、極東新大陸研究所との提携までの交渉の詳細を全部話すよ。僕にしか分からないことを含めてね。
 それと、学校勢力が「必要以上に干渉しているだけの存在でない」なら、むしろその方が問題だ。地球人と契約者に依存し過ぎているがゆえに、「神」の存在が疎かになってるんじゃないかな?
 オーダー13は、むしろ強化人間は管理可能で安全な存在だと知らしめるためのパフォーマンスさ。普段は普通の人間として生活を送りながらも、有事の際は一糸乱れぬ統率の取れた兵士となる。どのくらい優れているかは……そうだね、せっかく北地区に国軍がいるんだから、彼ら相手に証明してもらうとするかな。
 内部の諍いは構わないかって? 別に言う通りにすればいいだけじゃないか。「皆殺しだ」って言ってるわけじゃないんだからさ。むしろ、一般人が死ぬとすればそれは君達腐った学校勢力の責任だよ』
 不敵に微笑みながら、天住が告げた。
『ってことでお芝居はそんなところでいいかな、ニセカンナさん?』
 次の瞬間、風紀委員が室内に押し寄せ、リカイン達を包囲した。
『そうそう、このやり取りが海京中に流れてると思ったら大間違いだよ。海京のネットワークは僕の手中にある。君達がどこからアクセスして、何をしていたかなんてのは全部筒抜けなんだよ』
 彼女達の失敗は、海京のネットワークが天住に掌握されていることに気付けなかったことだ。
『せっかくだ。君は本物をおびき出すために利用させてもらうよ。ああ、どうせ本物の御神楽 環菜は来ないか。友達なんかより、我が身の方が大事だからね」
 彼女達は全員気絶させられ、リカインだけが風紀委員によって連れ去られた。