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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第1回/全2回)
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●ドイツ:ミスティルテイン騎士団本部

「お待ちしておりました、フレデリカ・レヴィ様。
 ただ今当主をお呼び致します、こちらで少々お待ちください」

 ミスティルテイン騎士団本部の門戸を叩いたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、団員に応接間に通され、現当主でありエリザベートの父であるノルベルト・ワルプルギスを待つ。ここに来る前にアポイントを済ませていること、フレデリカ自身がミスティルテイン騎士団本部所属であることから、ここまではスムーズに事を運ぶことが出来た。


「私はこれからEMUに行き、ノルベルトさんにこれまでの経緯について報告した上で、議員の皆さんに訴えたいと思います。
 諮問会でお話ししたことを、今も私達は忘れていないことを。私達は決して、ザナドゥの魔族に屈しないということを」

 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)グリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)と共に校長室を訪れたフレデリカは、決意の眼差しで自らが為すべき事、自分にしか出来ないであろうことを告げる。
「そうですねぇ。私もルーレンもここを離れられませぇん。本部所属になったあなたなら、お父さ……当主も話を聞いてくれるはずですぅ。
 この件はあなたに任せるですぅ」
 エリザベート、そしてルーレンが、フレデリカのEMU行きを承諾する。
「えっと……気を付けて下さいね、フレデリカさん。
 向こうでは何が起きるか分かりませんし。フレデリカさんは今はもう、重要な役職についていますから、刺客を差し向けられることだって」
「心配してくれてありがと。もちろん、そのことについても対策はしてあるわ。ルイ姉もヴィリーもいる。
 フィリップ君は、私達が帰ってくるこの場所を、お願い」
「……ええ、分かりました。皆さんが無事に帰って来れるように、僕たちも手を尽くします」


(あの時はあんなこと言っちゃったけど……もっと不安がった方が良かったのかな。そうしたらフィリップ君は私に何て言葉をかけてくれたのかな)
 確かに、励ましてほしいな、とは思った。だけど、あまり不安な様子を見せたら、フィリップ君を困らせちゃうかなと思うと、強がるしかなかった。
 そんな複雑な胸中をこねくり回していると、扉が開かれ、ノルベルトが姿を見せる。
「わざわざ御足労いただき、ありがとう。……正直、ザナドゥ侵攻が後数日早まっていたら、我々はEMUで第一位の座から滑り落ちていた。
 どうにか首の皮一枚繋がったというところだよ」
 気弱に笑うノルベルトだが、その首の皮一枚を繋げたのは、ノルベルトとミスティルテイン騎士団団員の尽力の賜物である。確かに状況は危機的だが、まだ“死んで”はいない。
(……私のこれからの働き次第で、イルミンスールの命運が決まる)
 それは、ともすれば自分を押し潰すほどのプレッシャー。
(だけど、私は逃げない。やるべき事は、見えているのだから)
 プレッシャーを跳ね除けるように、背筋を伸ばしてノルベルトと話をするフレデリカを、ルイーザとグリューエントがそれぞれ視線を向ける。
(フリッカ、無理している気がします。こんな時にセディがいてくれたら……。
 いえ、弱音を言っている時ではありませんね。私達の居場所を守らなければ)
(この際だからはっきりさせておく。私はヴィルフリーゼ家と共に生きてきた。
 それはこれからも変わらない事はわかっておいてくれ)

 そして、フレデリカとノルベルト、それにルイーザ、グリューエントを加えての会合の結果、

・『世界樹研究機関』なる組織が設立され、エリザベート校長が代表責任者になり、この機関を通じてカナンと連携を取っている事
・クリフォトに関しても現在、風森望さんが調査中であり、何か分かり次第こちらにも連絡が来る手はずになっている事
・イルミンスール生のジークフリート・ベルンハルトさんが西王母の庇護者に選ばれ、協力を取り付けている事
・校長先生が契約者間の感覚で『大ババ様ではない』と断言している事から、何らかの影響により正気でない状態だと思われる事
・世界樹研究機関を通じて聞いたイナンナ様の話と自身のザナドゥの知識から、アーデルハイトに影響を与えているのはクリフォトである可能性が高い事
・現在総力を上げて対策を模索中である事

 諮問会で発言した事項の進捗、及びザナドゥ侵攻から始まった戦役の経過報告が完成した。
「後はこの報告を、こちらから行う旨働きかければよい。当事者でもある我々が報告の場を用意するとあれば、拒否する理由もあるまい」
 早速、ノルベルトの指示を受けた団員が、議会開催の手続きに取り掛かる。今回はブリュッセルではなくストラスブールで会議を行う予定だという。
「あの、ノルベルトさん。先にお話しした、志位大地さんの件についてですが……」
「ああ、用意してあるよ。どの程度保証するかに苦慮したがね」
 苦笑しながら、ノルベルトが2通の書面をフレデリカの前に差し出す。1通は志位 大地(しい・だいち)、もう1通はメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)に宛てられたもので、内容としては『本会議中における貴殿等の活動内容をミスティルテイン騎士団は掌握している』というものであった。ミスティルテインの息がかかっていると思われないよう、それでいて本会議中の活動をある程度自由に行えるよう、文面に工夫が見られる内容であった。
「これは君から彼に渡してくれ。……彼の諮問会での発言は、特に中小の魔術結社が興味を示していた。その彼が会議で活動をするとなれば、必ず彼の周りで動きが生ずるだろう」
 大所帯であるミスティルテイン騎士団は、中小魔術結社の動向を追い切れない部分がある。それを今回の本会議中に行われる活動で、少しでも把握できればとの思いで、ノルベルトが団員に指示を飛ばす。

 ……しかし同じ頃、対立する組織であるホーリーアスティン騎士団でも、ミスティルテイン騎士団の息の根を止める策が講じられようとしていた。

●イギリス:ホーリーアスティン騎士団本部

「……フフ、そうですか。これまでもあなたと同じ契約者の方々が情報を提供してくださいましたが、こうして直にお話を聞くことが出来、その情報が確度の高いものであることが実証されましたわね」
 ローブで隠した顔の、唯一覗く口元を笑みに歪ませ、ホーリーアスティン騎士団代表、エーアステライトが目の前の人物、水橋 エリス(みずばし・えりす)に言う。エリスの瞳からは光が消え、まるで誰かに操られているような雰囲気を醸し出していた。
 ……否、実際に彼女は、操られていた。


 ――時間を前に戻して。
(あぁ、また……。私……どうしてしまったの?)
 先程まで何ともなかったはずの、しかし今は荒れた部屋を目の当たりにして、エリスがうなだれる。
 先の戦いで魔族に攻撃を受け、一時的に気を失ってからというもの、エリスは時折、自分の身体が自分のものでなくなるような感覚に苛まれていた。まるで誰かが、自分の身体を操ってしまっているような――。

「アハハ、いい顔してるねー。いやー愉快愉快」

 突然どこからか声が聞こえ、そして忽然と、外見11、2歳程度の少年と称すべき人物が現れる。
「だ、誰!?」
 即座に身構えるエリス、現れた男子の額に伸びる角を見て、まさか、と思い至るものの、その前に男子は首を振って否定する。
「こんなカッコしてるけど、ボクはアムドゥスキアス様じゃないよ。ま、アムドゥスキアス様にはちょっと似せておいたよ、って言われたけどね。
 ボク自体はそうね、しがない一悪魔ですよ。名前はロットス。以後よろしくー」
 ぺこり、と頭を下げるロットスと名乗った悪魔を見下げ、エリスが訝しげな表情を浮かべる。以後よろしく、とはどういうことだ?
「あれ、分からないかなー。ボクはアムドゥスキアス様に言われて、キミを見てるように言われたんだよー。
 奪った魂をちらつかせたら、言うこと聞くんじゃないかってね」
 言ってロットスが、包装された瓶を取り出す。中には何かの塊が詰められており、それを見たエリスは直感的に、それが自分の魂であることを悟る。
「それは……返して!」
 手を伸ばすエリスの眼前で、ロットスはぴょん、と飛び上がる。
「返すわけないじゃない。……ま、言うこと聞いてくれたら考えなくもないけどねー」
「ふざけないで! 誰があなたの言うことなんて……あっ、くっ!」
 なおも手を伸ばそうとしたエリスが、身体に走る痺れに身を捩らせる。
「ほらほら、抵抗すると辛いよー。その内勝手に操られちゃうかもよー」
 意地悪い笑みを浮かべるロットス、多分これまでの悪行は、こいつが起こしていたのだとエリスは今になって理解する。
「ふざけないで、って言ってるでしょ……!」
 痺れる身体に鞭打ち、エリスが弓を取って引き絞ろうとしたところで、エリスは呼吸すら阻まれるような強烈な力に、弓を取り落とし地面に崩折れる。
「もー、素直じゃないなー。……でもその方が楽しいんだけどね。
 じゃ、しばらく眠っててよ。これからキミには、一仕事してもらうから、そのつもりでー」

 何を、する、つもりなの……?
 エリスのその言葉は放たれること無く、意識は霧散していく――。


「私自身も、ワルプルギス家の者達に不信感を抱いています。
 このままエリザベートがイルミンスールの校長に就き続けるべきではないと私は考えます。
 ……お願いします、私をどうか、ホーリーアスティン騎士団の末席に加えていただけませんでしょうか」

 深々と頭を下げるエリスに、エーアステライトが思案して答える。
「……いいでしょう。聞けばミスティルテインも、契約者を所属に加え巻き返しを図っているとのこと。あなたの存在は、彼らに対抗しうる鍵になるでしょう。働きに期待していますよ」
「ありがとうございます」

 話を終え、敷地を後にしたところで、エリスはフッ、と我に返る。
「いやー、いい感じいい感じ。これでキミはめでたくイルミンスールの敵になったわけだ」
 ロットスの声に、エリスは先程まで自分が何をしていたかを思い出してしまう。どうしてこういう記憶だけ思い出してしまうのだろう。これもロットスが操作しているのだろうか。
「そんな……私は……そんなつもりじゃ……」
 その場に泣き崩れるエリスを、ロットスはとても愉快と言わんばかりの表情で見つめていた――。

(フフ……あちらも随分と混沌としてまいりましたわね)
 エリスを見送り、端末の前に座ったエーアステライトが、送られたメールを確認していく。その中で対応を考えさせられたのは、ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)の件であった。彼はいざこざの末にイルミンスールに渡ったとされる『極光の琥珀』を手に入れるという目的があり、それが手に入れば恐竜騎士団という組織の協力を得られる可能性があるから、現行のイルミンスール体制に変化が生じることで合法的に琥珀を手に入れられると考え、エーアステライトに接触を持ちかけてきたのだ。
(……と言われましても、今わたくしたちが何かをする必要性はありませんわね。
 変化が生じたその時、この者が言う組織がわたくしたちの邪魔にならないようにする必要はあるかもしれませんが)
 そのように判断したエーアステライトが、情報提供をどうもありがとうございます、いずれ事態が変化した際には詳しくお話を伺いたいと思います、のような内容のメールを返信する――。