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リアクション
「んしょ、んしょ……うぅ、もうちょっとなんですけど……」
その頃、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)は席を外せない明日香に代わって、お茶の用意をしようとしていた。しかし、本人がその、まあ、背が低いので、棚の中にあるお茶缶に手が届かない。
「はいですの」
「あ、ありがとうございます……ってエイムさん! ダメじゃないですか、明日香さんから大人しくしているように、傍にいるようにって言われましたよね?」
上から伸びてきた手にお茶缶を取ってもらったノルンが、手を伸ばした本人であるエイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)に問い詰める。
「言われましたの。大人しくしてましたの」
「……あー、30分くらい、って付け足した方がよかったんでしょうか……」
エイムがこういう性格なのだということを知っていたノルンが、うぅ、と頭を抱え、気を取り直してお茶の準備をする。手早く準備を済ませるために、エイムに自分を持ち上げてもらうことも気にしない。……ちょっとは気にしてるけど。
「そういえば、アーデルハイト様に直接会った人の話を聞きましたけど、角と尻尾が失われていたそうですね。
あの尻尾の役割は何だったのでしょう。私が生まれた時からあったのは確かだったんですけど……」
そんなことを呟いてみても、エイムは「?」と首をかしげるだけで、答えは返ってこない。ともかく、まずは急いで明日香の元へ戻らねばと、ノルンがトレイを持ち、ノルンをエイムが持ち、校長室へ引き返す。
「うわあああぁぁぁん!!」
そして、扉を開いた、というより開いていた向こうから飛び込んできたのは、エリザベートの泣き声だった。
「明日香さん、何があったんですか!?」
入口から即座に明日香の元へ駆け寄ったエイムから解放され、トレイをエイムに託してノルンが明日香に尋ねる。
「えっと……なんでしょう?」
言葉ほど困ってない様子を見せる明日香の胸元では、エリザベートが顔を埋めて泣き喚いていた。
「しばらくの間、そっとしてもらえるように出来ますか?」
「ええ、分かりました。エリザベートさんはお願いします」
明日香の頼みを受けたルーレンが、以後のエリザベートへの訪問を引き継ぐ。ノルンとエイムも、何かあった時に割り込めるようにしながら、訪れた契約者たちの応対を手伝う。
「あっ……美味しいです。……すみません、泣き言言った挙句、お茶までご馳走になってしまって」
「いえ、こちらこそわざわざ来ていただいたにも関わらず、このように隅で応対することになってしまって申し訳ありません」
ぺこり、と頭を下げるルーレンへ、カップを置いて佐倉 美那子(さくら・みなこ)がそんな、と謙遜する。吾妻 奈留(あづま・なる)と校長室を訪れた美那子は、ここに来るまでに見てきた森の惨状、そこかしこに残る戦闘の傷跡から、敵である魔族がどれほど強大であったかを思い知る。
自分には戦う力がない、本当のアーデ先生は私達のことを信じて待ってくれていると思うのに、と涙を浮かべて語る美那子を、横の奈留とルーレンが慰め、力づけ、少し落ち着きを取り戻した所であった。
「今度はぜひ、このお茶に合うお菓子を持っていきますね。
……話は変わりますけど、カナンとは既に、協力関係にあるという話でよかったんですよね?」
「ええ、そうですわ。カナンに赴いて下さった皆さんのおかげで、カナンの国家神、イナンナ様はイルミンスールに協力してくださっています」
真の思惑は定かでないにせよ、両者はザナドゥ侵攻に関しては表向き協調していると言っていい。
「あの、これは私の思いつきなんですけど、イルミンスールとセフィロトが連携っていうか、力の共鳴とか、支え合うとかって出来ませんか?
私と奈留が力を合わせて干渉攻撃したみたいに、二つの世界樹がコーラルネットワークを通じて強く手を繋ぎ合って、ザナドゥのエネルギーを押し返したりは出来ませんか?
そうしたら、ジャタに襲ってきてる魔族も思うように力を出せなくなるんじゃないか……って思うんです」
言いながら、美那子の手が奈留へと伸び、そして奈留も美那子の手を握り返す。
「……私も、アーデルハイト様のお調べになった資料を読み込んだに過ぎませんので、推測の域を出ない回答で申し訳ありませんことを先にお伝えしておきます。
その上でお答えいたしますと、まず、クリフォトはコーラルネットワーク上では、イルミンスールやセフィロトに干渉する行為を行っていません。これはエリザベートさんを通じて、イルミンスールが教えてくれました。何故かははっきりしませんが、おそらく、そのような真似をすれば、ネットワークを乱すものとして、クリフォトより上位の世界樹……ユグドラシルの干渉を受ける可能性がある、という結論に落ち着いています。
故に、もしイルミンスールとセフィロトが協力し合うことが可能になったとして、コーラルネットワーク上でクリフォトに干渉するようなことをすれば、同じように上位の世界樹から干渉を受ける可能性があることになります」
コーラルネットワークの存在意義は、世界樹の安寧、これに尽きる。世界樹が直接攻撃されるような状況を発見すれば、それを抑止する方向にネットワークが機能するようになっているのだ、と資料にはまとめられていた。裏を返せば、世界樹以外はどうなっても、ネットワークの判定には寄与しないのである。イルミンスールとカナンがザナドゥに攻撃されているからという理由で、世界樹イルミンスールとセフィロトがやり返しました、は通用しないだろう、という推測であった。
「イルミンスールとセフィロトが、互いに手を取り合うことは、不可能ではないと思います。
……しかし、扶桑の件があります。出来ます、だからやりました、で事は簡単に行かないでしょう」
既に、扶桑の件で独断専行――というには難しい一面がある。結局の所、コーラルネットワークは人がどうこうできる代物ではないのだ。ネットワークにしてみれば、扶桑の件は世界樹同士が助け合いをした(しかも、それなりの確信があって)に過ぎない。それをああだこうだと言っているのは人間である。利権が絡むから、ややこしいことになる――を犯しているイルミンスールが、二度同じことをすればどうなるか。どう考えても、ろくな結果にならない。最悪、シャンバラからも敵扱いされかねないだろう。
「……複雑な事情があったとしても、軍勢規模での侵略に対しては、軍が対処に当たるべき事案でしょう。
シャンバラ国軍に少しでも携わる者として、助言差し上げたい」
美那子の次に訪れた源 鉄心(みなもと・てっしん)が、そう言って今後の方針に関する話し合いに同席させて欲しい旨を告げる。
「こちらとしても、軍事の専門家にご教授頂けるのは嬉しく思います。鉄心さんがよければ、ぜひ」
「ありがとうございます。……まずは、エリザベート校長の回復を待って、でしょうか」
ちらり、と向けた視線の先に、泣き崩れるエリザベートとそれを支える明日香の姿が映る。
「私は、誰にも、嫌われたくないんですよぅ」
ひっく、と喉を鳴らしながら、エリザベートが訴える。だからどうすればいいのか聞いたのに、とも。
「……他の人がどう思うかまでは、私でもどうにも出来ません。
だけど、これだけは言えます」
明日香が、エリザベートを真っ直ぐ見て、言う。
「私は、エリザベートちゃんのことを嫌ったりしませんよ」
「……ホントですかぁ?」
「はい」
「私がお寝坊さんでも、好き嫌い激しくてもですかぁ?」
「はい」
「……私が、アスカに、死んでください、と言ってもですかぁ?」
「はい。……あ、でもそれは困ります。私が死んだら、エリザベートちゃんのお世話が出来なくなります。
……そもそも、死ぬつもりないですけどね」
組織の長が『戦う』と決定することは、組織に与する者に死の危険を背負わせることでもある。
そんなことをすれば、当然、誰かには嫌われるだろう。エリザベートの言葉は、『自分がそれほどのことをしてもあなたは私のことを好きでいてくれますか』、と問うたものである。
明日香は、当然、即答した。はい、と。
「…………」
涙を拭いて、エリザベートが椅子に腰をかけ、真っ直ぐに視線を向けて、口を開く。
「私は、ザナドゥの侵攻に対し、抗戦することを決定するですぅ」
嫌われたくないと思わない人なんていない。
……だけど現実は、嫌われることを甘受しなくてはいけない時が往々にしてある。
そんな時、たった一人でも、自分を好いてくれる人がいるのなら。
それを支えに、人は困難に立ち向かうことが出来る生物である。
「……エリザベート校長は、もう大丈夫そうですね。
後はもうお一方、ニーズヘッグさんの協力が欲しいのですが……」
鉄心の目が、今度は天井へと向けられる。
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