リアクション
* * * (源さん難しい顔してるな〜……) 深澄 撫子(みすみ・なでしこ)は傍らにいるパートナーの鳳 源太郎(おおとり・げんたろう)の表情を見遣った。 学生が戦場に行くことをよく思っていない。そんな顔だ。 二人はまだ整備科に来てから日が浅い。きっかけとなったのは、源太郎がイコンに惚れ込んだからではあるが、いざ学院に入ってからは現実とのギャップを痛感することが多かった。 「……この前よりも、激しい戦いになりそうだ」 F.R.A.G.第一部隊は、武装の相性の悪さから天御柱学院のジェファルコンに「最初」こそ圧倒されていた。しかし、部隊としての錬度は学院よりも上。 そんな連中が力を貸して欲しいと頼み込んでくるほど、今度の敵は強力なのだろう。源太郎はそう予想しているようだった。 「でも、あたい達にしか出来ない事もあるんだよ」 「うむ、分かっておる。若者が命を失うかもしれない戦場へ出ているのだ。大人たるわしらは指を咥えて見ているだけで良い筈が無い!」 整備道具を持つ源太郎。 ちょうど、生徒達も荷物をまとめていた。 「昨日の敵は今日の友、だ。手強い敵ほど信頼に足る仲間に成り得るって漫画に書いてあったろ。さっさと準備しろ」 佐野 誠一(さの・せいいち)が整備科の下級生達に声を掛け、いつでも空母に移動出来るようにしている。 緊急依頼を受け入れたシャンバラ政府からの通達により、整備科が乗艦次第、出撃予定のイコンの搬入が行われることになったようだ。 「それにしても、ついさっきまで戦っていた相手と一緒に戦うなんて、何があるか分からないものですね」 結城 真奈美(ゆうき・まなみ)が呟く。 「状況が状況だからな。いがみ合ってる場合じゃねーだろ」 「このまま友好ムードであって欲しいところですね」 まだ協定への追加事項は公表されていないため彼らは知らないことだが、今後良好な関係を築くための礎は出来上がっている。あとは互いの態度次第だろう。 「おっと、整備科代表のメガネっ子からか。 よし、中の方はオッケーみたいだ。乗り込むぞ」 真琴からの連絡を受け、誠一達がトゥーレに足を踏み入れた。 「よし。整備士としての技術を一分一秒でも早く磨き、先達達が持っている技術を目で盗み、教えを乞い修練あるのみ! 撫子行くぞぉ!」 「源さん了解です! あたいも頑張るよー!」 生徒達に引き続き、撫子達もトゥーレに乗り込んだ。 * * * 「……ボクは、一体?」 アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は学院の休憩室で目を覚ました。 ここのところ眠れない日が続いており薬に頼りきっていたが、そのときのような頭の重さはない。 どうしてあそこまで追い詰められていたのか。 教師として――大人として前線に赴きながらも、戦況が厳しくなっていくにつれどこか無力感を覚えていくようになっていた。 それが、かつて自分の存在を否定された日のことを思い出させる。 『……お前はもういい、演奏するな、舞台にも上がるな!』 『アルト、私は一座に恩返しをしてから一緒になりたい。……待ってもらってもいいだろうか?』 だが、どうにも引っ掛かるものがある。それよりも前に何か――。 隣を見ると瞼を閉じて壁にもたれ掛かっている六連 すばる(むづら・すばる)の姿が目に入った。 (……ボクにヒプノシスをかけたのでしょうか) おそらくそうだろう。 (そういえば……) 夢の中だろうが、『だいじょうぶ……だいじょうぶ』と呼びかけられたような気がする。 ふと、足元にあるケースからフィドルを出した。そのままヴェルディーの『レクイエム:Libera Me』を演奏し始める。 (「我を救い給え」……でしたっけ、この章の意味は) きっと自分は誰かに救いを求め続けていたのかもしれない。とても小さい頃――旅芸人の一座に入る前から。 だが、もうそれは必要ないのかもしれない。 再度すばるへと視線を移す。 (……有体に言えば、「一人ではない」ですね) 引き終わる頃には、彼女は目を覚ましていた。 「起きましたか」 「マスター……もう、大丈夫みたいですね」 静かに頷く。 そして、時間と携帯電話に送られてきている連絡事項を確認した。 「それでは行きましょう。F.R.A.G.とは協力することになったようですね」 「はい、マスター」 おそらくもう整備科の人達が乗り込んだことだろう。 二人もイコン空母、トゥーレへと向かった。 アルテッツァの背中を見ながら、すばるは彼が眠っている間のことを思い出していた。 精神感応でかすかに感じ取れた記憶。幼い姿の彼が泣いていた。 癒し切れていない過去の傷。 「大丈夫、貴方は泣いているの。辛いって、言えているから、大丈夫」 そう言ってアルテッツァをそっと抱きしめる。そうしているうちに、自分も眠ってしまっていたようだ。 まだ本調子ではないかもしれない。 だが、彼の顔を見るに、少しずつ過去から解放されてはいるようには思えた。 |
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