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七不思議 秘境、茨ドームの眠り姫(第1回/全3回)

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七不思議 秘境、茨ドームの眠り姫(第1回/全3回)

リアクション

 

オベリスクへ

 
 
「作戦概要を再確認する」
 パイプ椅子に座った者たちを前にして、傭兵部隊の隊長が言った。片目をアイパッチで隠した、初老の屈強な男である。すり切れた古い教導団の制服の上に、薄い黒のマントを羽織っている。
 ここは、シャンバラ大荒野にいくつも点在する無人のオアシスの一つである。
 キュルキュルとキャスターの音を軋ませながら、ほっそりとした機晶姫らしきメイドたちがホワイトボードを押してくる。そこには、プリントアウトされたイルミンスルーの森北部の地図が、マグネットで留めてあった。
 出撃前のブリーフィングである。
「第一目標は、北北東にあるオベリスクだ。これが、第二目標である茨ドームの結界維持装置となっている」
 シュッとのばしたタクトで、隊長が地図の一点を指し示した。
「まずは、先遣隊となる機動部隊でここを破壊する」
「へへへ、そいつを俺様がぶっ壊せばいいんだな。粉々のじゃりじゃりに変えてやるぜ」
 ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)が、そう言うとカロリーフレンドをボリボリとむさぼり食った。出撃前の腹ごしらえである。ズボンの上に破片が飛び散るのもまったく気にはしていない。
「質問があります。一口に破壊と言われますが、どこまで壊せばいいのでしょうか」
「たから、粉々だって言ってんだろうが。頭悪いスケだぜ」
 軽く手を挙げてから淡々と質問する四瑞 霊亀(しずい・れいき)を、ゲブー・オブインが軽く睨みつけた。当然、四瑞霊亀の方はそれを無視する。
「目的は、第二目標の結界解除である。そのため、オベリスクの破壊は手段でしかない。つまり、完全破壊は不必要である。むしろ、作戦時間のロスとなるため、無力化後はすぐに撤退とする」
「全部壊す必要はないんのね」
 ちょっとほっとしたように、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がつぶやいた。メイちゃんたちの住み処がオベリスクらしいという噂があり、少し心配していたのだった。完全破壊でないのであれば、ピンポイントで被害を最低限にできるかもしれない。
「無力化は、どうやって知るのか?」
 当然の疑問を佐野 和輝(さの・かずき)が口にした。
「それに関しては、本隊である茨ドーム攻撃隊からの報告待ちということになるだろう。結界が解かれれば、相応の視覚的変化が起きるだろう。その報告をもって、第一目標への攻撃は完了と見なす。その時点で、全機即時撤退、本隊と合流する」
 隊長の説明を、シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)が真面目に手帳にメモしていく。
「すぐに連絡するわよ」
 指名されてもいないのに、リカイン・フェルマータが報告を約束した。
『僚機が損傷した場合はどうするのでございますか?』
 テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)の前身をすっぽりと被ったデウス・エクス・マーキナー(でうすえくす・まーきなー)が、隊長に質問した。非公式の傭兵仕事ということで、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェンの素性を隠すために、デウス・エクス・マーキナーしゃべってカモフラージュしているのだった。
「捨ておけ……と言いたいところだが、パイロットが生存している場合、無事な者でイコンごと回収しろ。遺跡探索に人手は必要であるし、オベリスク周辺に不必要な証拠を残すこともまずい。作戦終了までは、あくまでも我々の行動は秘密である」
「もし、誰かに発見された場合はどうするでござる?」
「沈黙させろ。もちろん、敵対行為を受けた場合は、容赦なく反撃してよろしい。だが、こちらの意図が分からない以上、発見されたとしても相手は混乱するだけだ。行動不可にすれば充分だ。その者がこちらの意図に気づくまでに、こちらの目的を完遂させる」
 その最終目的が今ひとつ明瞭ではないことは、傭兵として集まった者の一部が等しく考えていたことではあったが、当然口に出して言う者はいなかった。
「さて、本隊の諸君は、オベリスク破壊の報せがあり次第、先遣隊の帰還を待たずに茨を排除せよ。方法は問わないが、こちらは万が一再生されると困ったことになる。よって、殲滅せよ」
「ということはよお、葉っぱ一枚も……」
「残すな!」
 ゲブー・オブインが最後まで訊ねる前に、隊長が言い放った。
「ただし、最終目標は茨の内部にある古代遺跡である。くれぐれも、こちらを傷つけるようなことはしないことだ。場合によっては、懲罰を科す。いいな」
 こいつらでは念を押さないとだめだとばかりに、隊長が凄んだ。
「部隊合流後は、遺跡の入り口を探す。つまり、本隊の作戦時間は、先遣隊が帰還し終わるまでだ。余裕はないと思え。全機帰還後、発見した入り口から遺跡内部に突入する。予定では、イコンで行けるところまで進むつもりだ。だが、ここでも、遺跡の内部破壊は禁止する。命令に従わない場合は、敵対行為を働いた造反者としてその場で処分するので肝に命じておけ。自機を降りた後は、遺跡内のイコンを捜索する。情報では、未知のイコンが遺跡内に保管されているらしい」
「ほう、それは実に興味深い。いったいどのようなイコンなのだ?」
 つまらなそうに作戦を聞いていたドクター・ハデス(どくたー・はです)が、急に目を輝かせて訊ねた。
「未知のイコンとしか分かっていない。単機なのか、複数なのか……。むろん、単一機種である保証もない。当然、数が多く、種類も多いほど、我々の報酬も多くなるという寸法だ。仮に、すぐに新型イコンを発見したとしても、それで終わりではない」
「見つけるのはいいですが、それをどうやって依頼主に渡すんです?」
 言外に、依頼主は誰かと、月島 悠(つきしま・ゆう)が訊ねた。微かに御凪 真人(みなぎ・まこと)がうなずいて、隊長の答えに集中する。
「オンリーワンの場合は、指定ポイントへと我々で運ぶことになるだろう。多数のイコンが発見できた場合は、輸送部隊が到着する手はずになっている。発見以後の行動は、現地であらためて指示する。それまでは、発見したイコンの搬出は禁止する。くれぐれも、ちょろまかそうなどとは思うなよ」
「まさかあ」
 少しおどけたように釘を刺す隊長の言葉に宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がうそぶいたが、本心は生活費のためにそれもいいかなというものだった。
 いずれにしろ、ここに集まった者たちは、高額の報酬に釣られたか、イコンで暴れられるからということでやってきたかだが、基本的にはよくある依頼の一つを仕事として受けに来たにすぎない。
 ただ、それがちょっとばかりきな臭いものであったというだけのことだ。
 当然、依頼の詳しい内容を後で知った者がほとんどで、中には疑念をいだいている者もいる。だが、すでに後の祭りだった。今さら後に引くのは、リスクが高すぎるだろう。
「他に質問はないな。では、出撃する。全員速やかにイコンに搭乗!」
 一方的にブリーフィングを終了させると、隊長が全員を解散させた。
 ばらばらと、それぞれが愛機のところへと散っていく。