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リアクション
第三章 大虐殺の真実
戦場から離れた荒野を、人を背中に乗せたマッソスポンディルスがゆっくりと進んでいた。その背中に乗っている人数は三人で、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と、体のあちこちに包帯を巻いている髭を生やした騎士団の人間である。
「いやはや、助かりましたよ」
美羽とベアトリーチェの二人は、バージェスの居場所を探るためにコランダムを●式神の術をかけた鳥の羽で追っていると、荒野に点在する遺跡の一つに彼が立ち寄ってから暫く動かないでいたのを確認した。しばらくすると、コランダムはキマクに戻っていったので、そこに何かがあるに違いないと向かったみたら、そこには髭の男が何者かに倒されているのを発見したのである。
話を聞くと、大会直前に一騎打ちを受け、その傷を理由に大会に参加させてもらえず、雑務の一環として捕らえた反逆者を監視していたそうだ。なんというか、運の無い人である。
「ところで、お二人はバージェス様のところに行って、何をするおつもりで?」
「いくつか、聞いてみたい事がありまして」
「聞いてみたいことですか……しかし、無理だと思いますよ」
「なんで無理なの?」
「バージェス様は日に日に体調が悪くなるばかりで、今では目覚める事も無くなっていると聞きます」
「そうなの? っていうか、倒れてるの!」
「え、ええ……病らしいですが、詳しい事は何も」
「あの、それって言ってはいけないような類の話なんではないですか?」
「助けられてしまいましたからね。もちろん、内緒にして頂けると助かりますよ。もともと、この件を内密にしたがっているのはコランダムさんでしたから、私は秘密にする理由も知らないんですがね。ああ、聞きたい事があるなら、私でも答えられるかもしれませんね、何を聞くつもりなのですか?」
美羽とベアトリーチェは顔を見合わせて、それからこう尋ねた。
「その、そんな風に何でも喋ろうってのは嬉しいんだけど、そんな事して大丈夫なの?」
「はっはっは、これでもそれなりの立場におりますから、私に意見できる人間は少数ですよ。気軽なものでしょう?」
ゆっくりと歩むマッソスポンディルスが向かっているのは、バージェスの居所だ。
バージェスの行方を知っている騎士団の人間がほとんど居なかった事を考えれば、このお髭の人は相当高い地位を持っている事になる。コランダムに対しても、様ではなく「さん」と呼ぶのもその現れだろう。
「ではお聞きしますが、クン・チャン地方の大虐殺について、詳しい話を知りたいのです」
その言葉に、お髭の人は眉を少しあげて、ほう、とつぶやいた。
ほんの少し、彼は考えていたようだが、ため息のようにそうですね、と声を漏らした。
「私はその頃はまだ別の仕事をしておりまして、まぁ、つまりは人に聞いた話となります。それでもよろしければ、お話しましょうか?」
「是非、お願いします」
「あまり面白い話ではありませんが……ふむ、しかし、こんな話を聞いてどうするおつもりですか?」
「真実が知りたいの」
「真実ですか、なるほど。お若い人の好きそうな言葉ですね。おっと、いやいや別に悪い意味ではないのですよ? さて、この子の足では目的地までまだまだかかります、その間に昔話としましょうか―――」
「当時の恐竜騎士団は、とある密命を受けてクン・チャン地方に赴いてた。そん時は俺もまだまだ雑魚の一人みたいな扱いだったっけか。まぁ、それはどうでもいいんだけどな。でだ、当時も今も馬鹿と力自慢の集まりみたいなもんだったわけだが、一応はお国様からの命令で活動していたわけで、大手を振って活動していたわけだ。当然、地方の村や領主は協力する必要がある。しっかし、まぁ、そもそも軍隊なんてもんは歓迎されるもんではないし、こっち粗忽者の集団だ、細かいいざこざは耐えなかった。で、とある町を拠点に仕事をしていたわけだが、当然そこでも評判は最悪で、さっさと出ていってくれって町中の奴の顔に書いてあった。でだ、その町の子供が何人か集まってな、恐竜を囲っていた柵の中に向かって石を投げたんだ。そん時、丁度俺とあとはラミナもその様子を見てたんだが、子供のする事だと気にもしなかったんだ。が、中々投擲のうまい子供がいたらしくてな、ティラノサウルスの目に石が当たったんだよ。そいつが怒り狂って暴れだしてな、柵なんて一瞬でぶっ壊して子供に襲い掛かったんだ。そしてその場に、運の悪い事におっさんも居たってわけだ。あのおっさんは、戦い以外の判断基準は無い。子供が石を投げたのもおっさんにとっては戦い仕掛けた事になるのさ。自ら戦いを仕掛けた以上、その責任は自分達で背負わせろってな。ほら、ゆる族の奴らって恐竜目線で見るとうまそうだろ? 恐竜どもも我慢してたみたいでね、暴れた奴に続けとばかりに飛び出していきやがったのさ。俺達は何もするな、見てろっておっさんに監視されながら落ち着くまで待った。恐竜どもが落ち着いてみたら、生き残りなんてほとんど居なかったってわけさ」
特別面白い話でもなかったろ、とコランダムは最後に付け加えた。
クン・チャン地方の大虐殺の話を聞きたいと桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)に言い出したのに、コランダムが休憩がてらに昔話をしていたのだ。
蓋を開けてみれば、陰謀や策謀が渦巻く話なんかとはかけ離れた、事故に近いような事実だった。
「ふーん、ちょっと質問」
冗談っぽく円は手をあげてみせた。
「なんだ?」
「話に出てた、密命ってたいむちゃんのこと?」
「なんだ、知ってたのか?」
「当時、クン・チャン地方にたいむちゃんが保護されていたらしいって聞いてね」
「随分と情報通なんだな。まぁ、でも結局その任務は果たせず、俺達は呼び戻されてきっついお灸をすえられる事になったわけだ。潰れなかっただけ、マシっちゃマシだがな」
「ねぇ、これはおじさんにはわからないかもだけど、バージェスを慕っている人って、その事件の頃より前から一緒だった人に多いのはなんでかな?」
美羽とベアトリーチェは独自の調査で、バージェスを慕っている恐竜騎士団の多くはこの事件より前から付き従っていたというのを知ることができた。
話を聞いた限りでは、クン・チャン地方の大虐殺はバージェスに恐怖を感じる事はあっても、信頼はできないように思える。凄い強いバージェスが動けば、大虐殺になどならなかったし、その密命を達成していたら今のような番外ではなく、第八竜騎士団となっていたかもしれない。
バージェスの我侭が、その先の栄光の道を捨てたと思われていても、おかしくはないはずだ。
「もちろん、当時の事件の時に離れていった人も多く居たと聞きます。しかし、以前から厄介者を押し付けられていた恐竜騎士団の人間は、少なからず上官のような立場の相手に不満や疑いの心を持っていたのです」
お髭のおじさんは、自分の事を思い出しているのか、重くため息をついた。
「その時の状況や、調子に合わせて景気のいい事を言ったり、時に以前の自分の発言を忘れたかのような事を言い出す。よくいるでしょう? バージェス様に限って言えば、それが無いのです。判断基準は何があろうと一切ブレたりしない。あの人の価値観を理解できない人にとっては、野獣に見えるのでしょう。恐竜騎士団が恐竜を御することなど造作も無いことですが、そうすればバージェス様のルールに背く。だから、どんなに立場が悪くなるとわかっても、自分のルールに絶対に背かない。それを証明してしまったのが、その事件なんですよ」
「自分のルールに絶対に背かない人ですか、こうして話に聞くだけど、一度裏切られてしまった人では違うように見えるのかもしれませんね」
バージェスの行動は褒められたものではないし、むしろ自分の我侭で防げた大量虐殺を見逃したことになる。しかし、それが示しとなったのだ。自らの立場や利益の為に、裏切りなどしないという事を当時の部下に示してみせたのだ。
「そのようですね。だからこそ、ソーさんもラミナさんも、頑張っているのでしょう」
「その話を美談にするのは難しいわね」
オリヴィアは話を頭の中で整理しなおして、そう結論を出した。
立場の弱い彼らの最大の足かせであるクン・チャン地方の大虐殺は、仮に事故であったとしても、バージェスを崇拝する理由に賛同できる人は少ないだろう。
確かに、信頼のおけるリーダーという点ではポイントをあげてもいいかもしれないが、世の人間のどれだけが、自分の立場と利益を守るために生きているか。彼らにとっては、バージェスの考え方は共感どころか、敵とみなしてくるだろう。
この話は結局、闇に葬っておくのが正しいように思えた。権力者にとっては、バージェスのあり方は邪魔なだけだからだ。
「けど、このままじゃ恐竜騎士団潰れるよね。バージェスみたいに、突出した人は団長候補に居るようには見えなかったし」
「そうでもないさ。ソーもラミナも、ありゃ化け物一歩手前だぞ?」
「そう?」
「ま、それは生中継見てりゃわかるさ」
立ち上がったコランダムは、事務所の出口に向かって歩いていった。
「どこへ行くの?」
「そろそろおっさんの所に顔だそうかと思ってね。来るか?」
「そういえば、まだ一度もバージェスに会ってないんだよね」
「そうね、試験の時に少しぐらいかしら」
「いくいくー」
「あ、あたしも」
一緒に話を聞いていた、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)と七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の二人も行きたいと言い出した。
「五人か、無理じゃないが、こっちにも人を残す必要があるだろ。上の連中は忙しいしな」
事務所の上の部屋では、お金の計算のような事務的な仕事をしている人が詰めている。今この場に居るのは、有事の際の余剰人員という名目のサボり組みだ。
無いとは思うが、襲撃に備えてもある程度は人数を置いておきたい。というわけで、共に行くのはじゃんけんで決めることになった。
翼竜ケツァルコアトルスは大きく羽を動かしながら、ゆったりと空を進んでいく。
「少し時間かかるぞ」
戦場を迂回するため、直進でバージェスの居所までは向かうことはできない。それに、特別急ぐ理由も無い。
「しかし、意外だな。あの子はいいとして、あんたもついてきたがるとは」
あの子とは、ミネルバの事だ。部屋の中でじっとしているのに飽きてきたから、とりあえず外に出たいからついてきたのである。外の風景を眺めながら、空中散歩はそれなりに彼女の退屈しのぎになっているようだ。
「あたしは、コランダムさんに聞いてみたい事があるんです」
「俺に?」
もう一人のじゃんけんの勝者、歩の言葉にコランダムは首をかしげた。
「はい。あまり人目のあるところでは答えづらいかと思いまして……。その、このまま傍観者で居るつもりですか、それで、いいんですか?」
コランダムも恐竜騎士団の中では指折りの実力者だという。その彼は、決定戦に参加せずに裏方に徹している。
それは単に、彼にそういった適正があるというだけの話ではなく。個人的な考えや感情があってのことなのだろう。だが、そうする事で彼は一番大事な舞台を自分から降りてしまっているように歩には見えていた。
「ラミナさんやソーさんは参加して、自分が負けたらまだ納得できるのかもしれない。でもこのままだったら、コランダムさんは宙に浮かんだままで、それで後悔してしまうかもしれないんですよ?」
歩の言葉に、コランダムは少し悲しい顔をして、すぐに視線をそらした。
それぐらいわかってるさ、とでも言いたい様子だ。
「ミネルバちゃんもそう思うなー。裏方さーんも必要だからやってたんだよねー? でも、もうそれも全部終わっちゃったよー。だから、あとはやりたようにやればいいんじゃないかなー」
風景を眺めていたミネルバも、いつの間にか二人の方を見ていた。
あっけらかんと、特に難しい事を考えている様子ではなく、思ったままにそう言ったようだ。
「やりたいように、か」
「そうだよ。だって、だーれもバージェスさんにはなれないんだしねー」
コランダムは苦笑を浮かべ、ほほを指先でかいた。
「そうだな、やりたいようにやってみるか」
「クン・チャン地方の大虐殺の真相、ね」
会場の隅でモニターを眺めていたスクリミール・ミュルミドーン(すくりみーる・みゅるみどーん)は、事実の単純さに思わず声を漏らした。
決戦前から、植物の情報網を辿って調べていた事柄について、二箇所から情報を得る事ができた。どちらの情報に、それほど大きな齟齬は無く、事実であると推測できる。
「たいむちゃんを探していた恐竜騎士団の逗留先で起きた事故……止められるのなら、止めてくれればこんな面倒な事にはならなかったのに」
そう愚痴ってみても、もうとっくの昔におきてしまった事柄だ。今さら、どうこうすることもできないし、彼らの悪評を消しさる理由にもなりはしないだろう。
バージェスに付き従う理由も、ひとまずは解けた。結局のところ、人の心の傷にうまくはまったのだ。
スクリミールは会場に目を向け、ジルを探した。彼女は戦場で戦っているブルタとテレパシーで情報をやりとりしている。
たった今手に入れたこの収穫を、彼女に託さなければならない。
「なにこれ、ちょっと人が多すぎるんじゃなかしら……」
気がつけば、会場は人で溢れていた。この中から、一人の人間を探す労力を想像し、スクリミールはうんざりした表情を浮かべた。
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