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リアクション
頭に血が上った。かっかと。
「このイルミンスールの中、それも大図書室に敵の侵入を許すなんて」
油断していたわけではないが、こうも簡単に塵殺寺院の好きにさせてしまったことに、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は腹が立って仕方がなかった。
「カレンのせいというわけでもなかろう」
随員のジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が言葉をかけるも、カレンは首を振った。
「だって、同じ学校の生徒だったんだよ! 小山内南って子、直接には知らなかったけど、ボクも気づかないまま何度もすれ違っていたかもしれないのに!」
そんな危険人物とニアミスがあったと考えるだけで恐ろしい。自分の迂闊さに腹が立つ。
ゆえにカレンの頭は沸騰寸前なのであった。歩いているつもりが始終駆け足である。
カレンは趣味で、大図書室の探索を何度も行っていた。許可が出ている範囲に限れば、その構造はほぼ頭に入っている。
ところが今日はこの事情だ。基本的には進入不許可の深部を進むことになった。
これまで一度も目にしたことのない本がある。興味をひきそうなタイトルが並んでいる。
いつものカレンであれば、拾い読みだけで幸福な時間を過ごせそうな状況だが、一刻を争う事態なのでそのような気持ちはまったくなかった。
同時に突入した契約者のなかでも、カレンは突出して奥部へ進んでいた。図書室に元から親しんでいたということもあるが、戦闘を避け、ひたすら先へ進むのを優先したという事情もその理由として考えられよう。
積もった埃に着目し、書架がずれている場所や足跡を積極的にカレンは追った。やがて、
「あの子……!」
ぴたりとカレンの足が止まった。走る後ろ姿を見て、直感する。
「小山内南!」
声を上げるやロケットのように飛び出した。
振り返った姿はまさしく、資料として与えられた写真の姿そのものだった。
小山内 南(おさない・みなみ)だ。
「待ちなさい!」
南は足を止め、腰に結わえていた緑色のものに手を伸ばした。
カエルのぬいぐるみだ。そこから銀色のものを取り出す。
カレンは南の姿を見て、躊躇しないではなかった。ショートボブの黒い髪、紫がかった瞳にイルミンスールの女子制服、どう見ても、比較的地味なイルミンスールの女子生徒でしかない。
(「あんな普通っぽい子が……殺人兵器だなんて」)
ひゅんと音を立てて銀色のナイフがカレンの頭上を掠めた。
咄嗟に反応できなければ、突き刺さっていたに違いない。
同じくナイフを剣で叩き落とし、ジュレールが声を上げた。
「カレン、考えている暇はない! 同時に二本のナイフを正確に投擲するとは相当の手練れだ。全力でいかねばならぬ」
ジュレールは得意とするレールガンではなく、今日に限っては剣を手にしていた。レールガンを使えば図書室内に被害を与えることになるだろう、それを懸念してのことである。
「私は小山内南なんかじゃない! その人は死にました!」
ヒステリックな声を上げ、南は再びナイフを放った。一つがカレンの二の腕を傷つけた。
「私はクランジΣ(シグマ)、混沌をもたらす者!」
泣きながら笑っているような、そんな狂った声色で名乗った。
「混沌などここには必要ないよ!」
カレンは心を決めた。呼吸を調整し氷を放つ。
氷術。大気を凍らせ刃と成す。
南はその攻撃を見切った。氷の塊は砕けて消えた。
南は本棚に手をかけ軽々と本棚に乗り、狭いが長い本棚のレーンを、身体を斜めにしながら駆けた。
「ジュレ!」カレンの呼びかけに、
「わかっておる!」
ジュレが跳んだ。南の懐に入り込む所存、弾力性のあるボールのように。
あろうことか書棚から辞典を引き抜き、これを投げつけて南はジュレを防ぐ。
ばさっと本が広がってジュレの目の前を覆った。
同時に、ひゅん、と空気が切り裂かれる音が鳴った。
回し蹴り。足の甲の部分で、南はジュレの顔面を蹴りつけていた。
辞典で視界を一瞬隠され、怯んだジュレはこれをかわせない。みしっ、と音がするくらい側頭部に入れられてどっと肘から床に落ちた。
「っ……」
ジュレは声を押し殺した。落ちた瞬間に手首を捻ったのだ。
気合いとともにカレンの氷術が再度襲う。
水平に伸びた氷柱のように、氷の槍が伸びて空の本棚をざくりと刺した。
すでにその場所に南はいない。
彼女は着地していた。
「あなたたちは、本棚を攻撃できない。そうでしょ?」
南の前髪は目を覆うように垂れていた。闇夜の黒猫のように、らんらんと目を輝かせて南は笑った。
「だから火術も、銃器も使えませんね? 炎がでるような攻撃は、一切」
見破られている……カレンは直感したが口には出さない。
かわりに見舞ったのは三度目となる氷術だ。
「氷術が来るとわかっていたら、簡単です。とっても」
またヒステリックな笑い方をすると南は氷をかわしてナイフを握った。
杖がカレンの手から滑り落ちてカランと音を立てた。二回転半して止まった。
そのときには、南のナイフがカレンの腹部に突き刺されていた。
「浅い……!」
致命傷ではない。小山内南は舌を鳴らした。
「させるものか……!」
うつ伏せに倒れたジュレールが、腕を伸ばして南の足首を掴んでいたのだ。
「あなたも機晶姫なら私に手を貸してよ! 混沌のあとは私たちの世界が来るって、あの方が……」
「断る!」
腕に力を込めぐいと引き、ジュレールは南をばたんと転ばせた。
前後して、刺されたカレンがずるずると床に崩れ落ちていた。一命はとりとめたものの、血がどくどくと流れ始めている。手で押さえたがどうにもならない。
(「こんなの一時的なショック状態だよ。南って子が自分で言った、ように、ナイフの手傷は『浅い』んだから……」)
そう冷静に告げる声が頭の中でするものの、カレンは自分の意識が、急速に薄れていくのをどうしようもなかった。手足が冷たい。それなのに、刺された腹は熱い。でもそれすら、どうでもよくなってきた。
半ば閉じためでカレンは、ジュレと南が切り結ぶのを眺めていた。
ジュレール本来の武器はレールガンである。だが重火器は本を焼くことになるという理由で彼女はこれを置き、サブの武器である剣を用いていた。両手持ちのタイラントソードは針のような形状、翻すたびにきらきらと光る。
だが煌めきも、南のナイフのほうが派手だった。つまり、手数の面で圧倒されている。
いつしかジュレは本棚に追いつめられ、南のナイフで剣を弾き飛ばされていた。
吹き飛んだ剣が、柱の一つに当たって落ちた。
「ぐっ……!」
ジュレの肩口にナイフが突き刺さった。
力が抜け、へたへたと座り込むジュレを見下ろすと、
「考え直す機会をあげます。あの子も、殺さないでいてあげる」
「考え直さねばならぬのは小山内南、そちらのほうだ」
ジュレは気丈にも言い返すがそれが精一杯だった。
頬にかかった黒髪を払わず逆に口でくわえると、小山内南はナイフをそのままにして立ち去った。
カレンとジュレが、セレンフィリティ・シャーレットおよびセレアナ・ミアキスの両名に発見され手当てされたのは、それから数十分後のことだった。
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