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リアクション
「前半は、いずれも良好でしたね」
小隊戦における【鵺】のデータを眺め、久我 浩一(くが・こういち)が雪姫に告げた。
「問題はなし。【ヤタガラス】の最終チェックに行ってくる」
「では、お連れします」
希龍 千里(きりゅう・ちさと)は雪姫に同行した。風紀委員と密航者の方はどうにかなったようだが、まだ安心は出来ない。海京分所から、雪姫の身に危険が及ばないよう注意して欲しいとの通達もあった。そのため、彼女を一人にしないようにして、同じ旧イコンデッキ内の【ヤタガラス】のあるハンガーまで連れていった。
・【ヤタガラス】
「雪姫さん、ヤタガラスの調整ありがとうございます」
四瑞 霊亀(しずい・れいき)は、彼女の指示の元の最終チェックを行っていた。大部分は前日のうちに雪姫が調整を終えていたため、今日の作業はほとんどなかった。
「後半は個人戦ですが、向こうのチェック作業もあるでしょうから、こちらのモニターは私が引き受けますよ。何か注意点はありますか?」
「現在、最低稼働状態をギリギリで満たしている状態。シンクロ率の限界値は60%。全ての機能が使用出来るわけではないことに留意して。ロックはパイロットの方でも解除出来てしまうから、外れた場合はこちら側から速やかに戻すこと。この状態でも、本来の性能の六割は出せるようになっている」
シミュレーションデータ上では、その状態でもジェファルコンを圧倒出来るとされている。
「分かりました。では、シフ達には無理をし過ぎないように伝えておきますね」
元々パイロットへの負担が大きい機体だ。それを軽減するための途上にあるのだから、仕方がない。
「ユッキー、はいこれ! チョコ作ってきたよ! 自家製ココナッツ入りの!」
ココナ・ココナッツ(ここな・ここなっつ)が、雪姫にチョコレートを手渡した。
「なんかね、バレンタインにチョコあげるとホワイトデーに三倍になって返ってくるんだって!」
「ホワイトデー、バレンタインともに知識として持ってはいる。けれど、三倍返しというのは初めて聞いた」
雪姫が真面目に返した。どうにも彼女は人の感情が絡む話題になると、独特な返し方をする。
「そうそう、こないだのココナッツ、『わけがわからないよ』みたいな顔してたけど、こうやって飲むんだよ!」
ヤシの実をもぎり、胸の前に抱える。
「こう、ガスっと穴あけてザクッとストローさしてね、ぐぐぐ……っと飲むんだよ! んで、残りの実は食堂のおばちゃんにあげるといいよ!」
実験のモニターとか喉渇くしね〜と、ココナが自前のココナッツジュースを飲み始めた。
「あ、ユッキーもいる?」
「……もらっとく」
そこへ、シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)とミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)が戻ってきた。ちょうど二人は賢吾となつめのところへ挨拶に行っていたため、雪姫とは行き違いになっていたのである。
「ありがとうございます、雪姫さん」
「よーやっく【ヤタガラス】がうっごかっせる〜。半年振りってひっさし振りな感じだよね〜」
実際、半年前は動作チェックもほとんど行わず、ぶっつけ本番な状態での搭乗だった。それに比べれば、実機の起動はなくともシミュレーターや他の機体でのデータ取りを行って準備を整えた現在の状態は、幾分もマシといえるだろう。
「60%ですか。シミュレーションはしてますし、問題ありません」
普通のパイロットならば、シンクロ率の限界値は50%だ。それを考えれば、いくら最低稼働状態とはいえ十分だろう。
「先ほどの小隊戦で久しぶりに七聖先輩と五艘先輩の戦い方を見ましたが……まるでブランクを感じさせない戦い方でしたね。心残りがないよう、全力で行きましょう」
「実質ビームサーベル一本であそこまで立ち回れるの、他にはサトー科長くらいだよね。って全力? 手の内ばらしちゃうの? まー、知らない人とかだと奇策とか不意打ちみたいなモンだしねー。BMIとか超能力って」
「先輩達が知らないとは思えませんが、【ヤタガラス】はレイヴンよりも攻撃の幅がありますからね。防御面も、並の攻撃は寄せ付けませんし」
その力は、専用機に乗ったカミロ・ベックマンすら圧倒するほどだった。
「それでは、いつでも発進出来るようにしておきましょうか」
* * *
「そろそろ休憩終了、だね」
賢吾となつめが【鵺】に乗り込み、カタパルトから機体が発射された。
「では、前半同様モニターと行きますか。……どうしたんですか、それ?」
浩一は雪姫の持つストローの刺さったヤシの実に目をやった。
「もらった」
いつもの表情のままそれを啜りながら、彼女はコンピューターの操作を行っていた。