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第6章 白百合団員とのひととき


 街の中は、騒がしいのとは違う賑やかさに包まれていた。
「この時期のお祭りは、とても綺麗ね」
 風見 瑠奈(かざみ るな)は、花々に飾られた街を見ながら嬉しそうに微笑んでいる。
「そうですね」
 答えたのは百合園生のイリス・クェイン(いりす・くぇいん)
「あの桜は、日本から贈られたものなのよ。……あそこのベンチで少し話をする?」
 瑠奈がまたつぼみの桜の木を指差した。
「よろしくお願いします」
 イリス、そしてパートナーのクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)シャーロット・フリーフィールド(しゃーろっと・ふりーふぃーるど)も、桜並木の傍にあるベンチに歩いて行き、腰かけた。
「今日、風見瑠奈さんにお時間をいただいたのは……」
 この時間、瑠奈はイリス達に誘われて祭りを楽しんでいた。
 瑠奈にお願いしたいことがあったイリスだけれど。百合園の皆の前では少し恥ずかしくて。
 イリスは――利己的な性格でプライドが高い。
 実は弱い者いじめが好きで、可愛く純真な女の子を見ると、ついいじめたくなってしまったり。
 普段は面倒なので、そんな性格は猫をかぶって隠しているけれど。
 本当は自分の欲求に忠実で、パラミタに来た理由も、自分の好奇心を満たす為だった。
 だけど……。
 気づけば、パラミタに来て、百合園に入学してもう随分と月日が流れていた。
「私が百合園女学院に入学してから、このヴァイシャリーでは色々なことがありました」
 学院での生活でも……浮遊要塞アルカンシェルでは、他の生徒と一緒に戦うこともあった。
 そんなとき、1人ではどうすることもできないことが、沢山あった。
「正直に言いますと……。私自身、この学校で何をしたいのか、うまく分かりません」
 イリスは自分より少し年上の瑠奈を見詰めて、戸惑いつつもこう言葉を続けた。
「それを、白百合団に入って見つけたいんです。私を白百合団員にしてはいただけないでしょうか?」
「たった一年もないくらいしかこの街にはいなかったけど、その間にすごく色々なことあったんだ」
 クラウンも笑顔で瑠奈に言う。
「僕もこの街とみんな、そして何より自分のために白百合団に入りたい!」
 瑠奈はイリスとクラウンに優しい笑みを浮かべながら、こくりと頷いた。
「私もお願いします」
 シャーロットは、街に穏やかな目を向けて。
「私はまだ百合園にきて日が浅いですが、このお祭りを見て……そして、百合園の生徒会、白百合団の方々を見て、皆さんがとてもこの学校とヴァイシャリーを大切に思っていることを知りました」
 それから瑠奈の方に目を向けて、シャーロットは言葉を続ける。
「そして、私もこの百合園女学院の一員として、白百合団に入り、この街と学校を守っていきたいと思いました」
 3人はまっすぐ瑠奈を見て、お願いを――志願をする。
「どうか私を、私達を白百合団に入れては頂けないでしょうか?」
 瑠奈はそのシャーロットの言葉に頷いて。
「ありがとう。一緒に頑張れる仲間が増えて、とっても嬉しい」
 そう答えて、1人1人を見ていく。
「仲間達と一緒に、仕事をしているうちにきっと見えてくると思うわ。自分にとって何が大切なのか、一緒に理解して守っていきましょう!」
 イリスにはそう言って、握手を求める。
「よろしくお願いします」
 イリスは頷いて、瑠奈と握手を交わした。
「私たちは学生なんだから、皆の為にと背負いすぎないようにね。そう、自分の為に、よろしくね!」
 続いて、瑠奈はクラウンと握手を交わして。
「白百合団は百合園生達を守ることを第一に活動しているわ。団員であるとともに、あなたも私も守られるべき存在でもあるのよ。だから、無理のないように、一緒に頑張りましょう〜!」
 シャーロットとも握手をして、瑠奈は皆の肩を叩いて喜びを表し、歓迎した。
「それじゃ、今日は思い切りお祭りを楽しんで! 楽しんでくれる人がいること、この街に集まった人達の笑顔が、何よりの報酬だものね」
 瑠奈の微笑みに、イリス達も笑みを浮かべて、頷いた。

○     ○     ○


「猫耳生えてるの見た時はびっくりしたけど、すげぇ似合ってて可愛かったぜ!」
 大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は、休憩中のアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)を連れ出して、街中を歩いていた。
「康之さん! あれは実は、生えてるんじゃないんです。猫耳かちゅーしゃっていうのを、つけてたんですっ」
 得意げにアレナはそう答える。
「そうだったのか……! 獣人化とかとは違うんだな。すげぇ似合ってて可愛かったぜ!」
「あ、ありがとうございます……っ」
 照れながら微笑むアレナを、康之も嬉しそうな笑みを浮かべながら見つめる。
「そのメイド服もすっごく可愛いな。ホント似合ってるぜ!」
 猫耳はつけていないけれど、アレナは店の紹介もかねて、お手伝い中の執事メイド喫茶のコスチュームである、ピンクと白のふりふりのメイド服を纏ったまま、康之と祭りを楽しんでいた。
「ありがとうございます。ちょっと派手かなと思うんですけれど、可愛い服だと思います」
「日本はあぁいう店ばっかりらしいけど、どんだけ再現されてたんだ? やっぱり本場の人間が『再現度高ぇなオイ』って言うくらい?」
 康之の言葉に、アレナは小首をかしげる。
「ん……どうなんでしょう? 日本にはほとんど行ったことないので、わからないです。そういうお店ばかりなのですね。私ももっと優子さんの故郷のこと、勉強しないと、ですね」
「そうか、そうだな、優子さんに聞くのもアリだったよな! 何か言ってたか? 本場の人だから、『完成度高いな』とか唸ってたり? それとも、地球に居た頃は普通にあぁいう服着てたとか?」
「ど、どうなんでしょうね……。メイド服姿は、また見せてないです、けど。多分、見るのは好きだと思います」
「着るのは……ううーん、想像できねぇな。そんな優子さん……アレナは想像できるか?」
 康之がそう言うと、アレナもううーんと考え込んで、首を左右に振った。
「優子さん、百合園の前の制服も着たことないですし」
 以前の百合園の制服は可愛らしいメイド服のような制服だった。
 優子はアレナが知る限り、その制服を一度も纏ったことがないという。
「なら、実際やってもらうのもアリか!」
 と言った後、厳めしい優子の顔を思い浮かべて、康之は苦笑する。
「……やっぱりダメか?」
「ダメだと思います」
 アレナはふふっと笑みを浮かべた。
「それじゃ、つけるかどうかは自由ってことで、優子さんに土産の猫耳を買おう! っと、日本文化を広めてくれている、ゼスタさんにも何か買って行こうな!」
「はいっ」
 はぐれないようにと、アレナの手を引いて、康之は出店やヴァイシャリーの協賛店を見て回る。

「……他に行きたいところ、あるか? 今日はもう無理かな」
「今日はもう十分です。あと夜ちょっと、夜景を見たいですけれど……危ないので、優子さんと一緒に行けないようなら、やめておきます、ね」
 休憩時間はあっという間に過ぎてしまい、あと数分で店に戻らなければならない時間になっていた。
「楽しかったです。ありがとうございました。お店にも顔を出してくださいねっ、日本のお店の文化を学ぶいい機会ですから」
「そうだな」
 康之は微笑む彼女に微笑み返すけれど。
 彼女の心の中が、複雑な状況にあることを、康之は知っていて。
(心ン中にある辛いもの、不安なものは全部取っ払いてぇし、できる事なら全部、無理なら半分もでいい。俺がかわりに背負ってやりてぇ)
 そう思いながら、彼女を見るけれど、アレナはにこにこ笑みを浮かべているだけで。
 辛さも、悩みも何も語らなかった。
「それじゃ、優子さんとアレナ……そして、ゼスタさんもだな、3人が喜んでくれるようものを、差し入れとして持って行くぜっ! 期待していいぞ」
「はい! 楽しみにしています」
 繋いでいた手を離して、アレナはぺこりと頭を下げた。
「それじゃ、行ってきます」
「また後でな、アレナ!」
「はい」
 いつもと同じ笑顔を浮かべて、アレナは店の方へと戻っていった。
 康之は笑顔で手を振って、アレナを見送る。
 アレナの前では決して笑みを絶やすことなく。
 彼女が抱えている辛さを紛らわせることが出来るくらい、楽しい思いをさせようと。
 努めて明るく振る舞っていた。
「また、後でな……」
 小さく呟きながら、振っていた手を降ろして握りしめる。
 拳が、軽く震える……。
 唇をかみしめて、パワーを呼び起こして。
「好みが違いそうだからな、迷うぜ〜!」
 頬をぱしぱしっと叩き、康之は差し入れを探しに、祭りに戻っていく。