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リアクション
(自分とは身分も立場も違いすぎて今迄関わってくるの避けてたんだけど……流石に今回は、ねぇ)
「ご、ごきげんよう……春佳さん」
そろりそろりと会場に顔を出して、周囲を伺うように雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が訪れたのは、白百合会の旧役員が集う席だった。
とは言っても移動自由な形式で、今は春佳一人しかいない。だからこそ、訪れたのだが。部屋の隅で、目立たないし。
「お、お疲れ様ですわぁ。素敵なお祭りになりましたわねぇ。……座ってもよろしいかしらぁ?」
伊藤春佳はにこやかに彼女を迎えた。
「どうぞ」
席に着いたリナリエッタと、そのパートナー南西風 こち(やまじ・こち)は静かに席に着く。静かで──それ以外会話がない。
周囲の喧騒を五分ほどは聞いていた時、
「こちらは如何かしら?」
春佳にチョコレートを勧められ、黙ったままひとくちひとくちゆっくり紅茶を飲み続けていた彼女は、いい加減話さなきゃいけないんだと、観念してカップを置いた。
そんな彼女に春佳は微笑みながら、話題を提供する。
「先ほどは素敵なものを見せていただきましたわね」
「素敵な?……あ、柔道ですわね」
日本文化を披露できると、今日のリナリエッタは白百合団ではなく、柔道部での活動を選んだ。演武をしたり、住人に簡単な技を教えたり。それは、そこそこ喜んでもらえたと思う。
邪な意味ではなく、手を取り合ったりして直接触れる機会があるというのも貴重だったし。
今日、部活動を選んだ──その理由は、それだけではなかったけれど。
「私も多忙だと薙刀部の活動をおろそかになってしまっていて。最期くらいは顔を出すつもりですが、もう卒業なんて寂しいですね」
卒業。その言葉に、リナリエッタの睫毛が震える。
リナリエッタもこの春、短大を卒業する。だから春佳とは同学年だ。そして鈴子の親友でもある彼女。
春佳はラズィーヤの秘書になるという。鈴子は、百合園女学院の役員候補。
友人たちも次々に進路を決め、まだ決めかねているのはリナリエッタ一人──実際はそうでなかったとしても、何だか取り残されているような気もして。だからこの場で感じる居心地の悪いような気持ちは、そのせいだった。
リナリエッタは紅茶を飲み干して、カップが空になってようやく、口を開く。
「そういえば、私……鈴子さんに、生徒会OG会を立ち上げる?って相談したんです」
「少し聞いています。OG会の、秋桜会……でしたね」
もし離れれば繋がりが消えてしまう気がして。
「ええ。でももう少しちゃんと参加条件を色々考えて、とか卒業生の会なら、代表は自分より春佳のさんの方が相応しいかもとか、こう、駄目だしされちゃって」
チョコをつまんで口に入れて、飲み込んでから。
「……私、正直、生徒会だけのOG会を作りたい、ってわけじゃないんです。…このまま、皆が皆、未来に向かって進路を決めている中で、私だけまだ悩んでいて…もうすこし百合園気分でいたいから、集まれる口実が欲しくて……私一人、未だしがみ付いているって、鈴子さんに見透かされていたのかも」
でも、一緒にいても、自分で決めていないような気もして。鈴子に恥ずかしい気もして。
「あ、ごめんなさい、さっきから私喋りすぎてましたね、いきなりこんな事言われても困っちゃいますよね……はは」
これ以上話すと止まらなくなるような気がした。
友人の桜谷鈴子の、その親友だという──でも今まで接点のなかった彼女に声をかけたのは、よく知らないからこそ、でもそんな距離だからこそあとくされがないような。気もした。
頭を下げ、逃げるように去ろうとする彼女を、春佳は呼び止めた。
「せっかくですから、お茶をもう一杯だけ付きあっていただけるかしら? 私のために」
「……はい」
春佳はリナリエッタのカップに紅茶を注ぐと、ゆっくり考えながら言葉を紡ぐ。
「私は、一部の人だけでなく、OGは勿論在校生も好きな時に集まってお茶を飲む……なにをするだけでもなく。そういう会でしたら反対する理由はありません。
名目上であっても、顧問もお引き受けします。お茶会の予算くらいは確保しましょう。頻繁には顔を出せないかもしれませんが、集まる時に呼んでください。
誰でも参加できるような、そんな会にしましょう。名称は秋桜会でも良いですが、通称白ゆる会とかどうでしょうか?」
百合園生徒会のようにしっかりした組織ではなく、とってもゆるいから。
「考えてみます」
春佳にリナリエッタは頷く。
考えて、決めること。モラトリアムのつもりでいたが、これが意外に大人になるための一歩に繋がるのかもしれない。
そんな二人を見ながら、こちが頭をぺこりとさげた。
「春佳お姉様も、マスターも……皆、もうすぐ大人に、なられるのですね。おめでとうございます。こちも、マスターが大人になるので、大人になります」
そう言うこちの顔は少し誇らしげだ。いつもリナリエッタを守る為に、すぐ後ろを歩いていたのに。今日はリナリエッタの演武も、くっついて行う指導も、少し離れて護衛していられたし。
「お姉様は、どんな、大人になるのですか?」
春佳は見上げ、真剣な表情を僅かに目に浮かべるこちに、微笑んで答える。
「自分のしたことの責任を自分で取れる大人になりたいと、そう思っています」
そうして、紅茶を飲み終えて席を離れるリナリエッタに、こちは励ますようにくっついて、共にテーブルを去って行った。
「……」
春佳に目線を向けていた井上桃子が視線を戻したので。
「行かなくていいの?」
鳥丘 ヨル(とりおか・よる)は、彼女に聞いてみた。
「ええ、大丈夫ですわ。……ご用件をどうぞ。ご質問があったのでしょう?」
今まであまり接点がなかった二人だったが、今回の感謝祭の準備と実行、終了までで生徒会副会長の仕事を共にする中、今になって打ち解けてきたようだった。
ヨルはうんと頷いて、
「会長の補佐って、今後はどんな仕事をするの? 会長が持ってきた案件が実現可能か資料を集めたり、実行に移す時に計画を立てるために必要な資料を集めたり……そういうことでいいのかな?」
と。ヨルは秘書的なことを思い浮かべる。
「桃子さんがどんな風にやっていたのか、話しを聞かせてほしいな」
「ええ、仰ったとおりのことも致しますわ。そうですわね、副会長の仕事自体は、今日お教えしたたことが基本になりますわね……」
会長がまとめ役だとしたら、副会長はその補佐。
「一言で言えば秘書、ですわね。それから、長と他の役員や、みなさんとの接着剤をすることですわ。会長が不在・多忙時の代理も行いますし、会長の代わりに受取った報告の取捨選択、受け渡し、会議の司会進行を行うこともありますわ。
でも一番大事なのは──何があっても、会長を信じ共により良い百合園を目指そうとする気持ち、ですわね」
桃子にとっての春佳への感情は、敬愛だった。そして緊密な連絡、共に過ごす長い時間は、信頼がなければ、務まらなかっただろう。
「そうか、ありがとう」
参考になったよとヨルは言って、
「それと、空京大学に行ってもたまには百合園に遊びにきてね」
「勿論ですわ」
「大学生活もがんばって。ボクもがんばるよ。今までお疲れ様!」
ヨルは立ち上がると、彼女に手を差し出した。周囲には音楽が流れ、彼女の背後には、ホールの中央にはダンスをしている人たちの姿。
「記念に一曲ボクと踊ってくれるかな? パートは交互にやろう」
ヨルはにこっと笑った。
「大丈夫、足を踏んだりなんかしないよ。こういう教養のレッスンは退屈だったけど、それなりにやらされてたからね」
「信じていますわ」
桃子は微笑んでヨルの手に手を重ねる、次の曲がかかると同時に、二人で踊り始めた。
最初はヨルが男性パート。次に曲が変われば、桃子が男性役を演じる。普段なら、ないことだった。
ヨルは音楽に身を任せながら、まだ動く、ダンスを覚えていた時分の体がちょっとだけ苦笑した。
「でも、こんなふうに役に立つなら、やっておいてよかったのかな。悔しいけど。やるだけ無駄って思ってたんだけどなぁ……」
桃子さんも、そんな経験あるのかな? なんて思いながら顔を見ると、
「……昔、パラミタに来ることを無駄だと思っていましたわ」
「え? なんで?」
「自分の意志ではなく、家の意思で送り込まれましたの。ですから、実家からは逃れられない、と思っていましたわ。でも百合園に入学して、当時同級生であった会長にお会いして……」
タップを踏む。
「生徒会に立候補したのも、大学に行くことを決めたのも自身の意志ですわ。この意思を持ったのはパラミタに来たおかげですわ」
だからどんなことがあっても。全て無駄ではない。
「どんな意図であっても、その技術はあなたのものですわ。胸を張っていつも笑顔でおいでなさい。……ほら」
桃子は合わせていた目線で、壁際にいる生徒達を示す。彼女たちに憧れる生徒達が、視線を注いでいた。
ひとしきり皆が食事と会話を楽しんだ後、感謝祭の売上金の使途の話し合いがあった。
百合園自体はお嬢様学校で、資金に困っている訳ではない。今回の感謝祭の意図からいっても、ヴァイシャリー全体へ提供が望ましいだろう。
鳥丘ヨルからも提案されたいくつかの案結果、福祉と文化への提供──貧困層への支援と、文化交流のための資料館の設立が決まった。
その資料館は、三階建ての建物で、ヴァイシャリーはもとより、日本、地球、エリュシオンなど交流のある地域の資料が治められている。
三階は、各地域の法律書やヴァイシャリーの議会の公文書などの資料が閲覧できる資料館。
二階以下は、各国の歴史紹介、美術品展示や音楽紹介。
多目的ホールが付いており、時々衣装体験などのイベント・季節展示が行われる。
一階には庭に面したオープンカフェがあり、各国の花を見ながらおにぎりとジェラートが一緒に食べられるようになる予定だ。
*
「あら、あんなエプロン姿で……恥ずかしいですわ」
「良く似合っていて可愛らしいですわ」
感謝祭が無事終了した後日のこと。
とあるヴァイシャリーのカフェの中で、百合園に通う少女たちが薄い冊子を見ながら話し合っていた。
それは白百合会の会報、感謝祭特別号だった。
イベントの様子が、参加者の声や
稲場 繭(いなば・まゆ)が撮った写真と共に載っており、百合園女学院だけでなく、受付で来校者、参加した他校の生徒にも配られていた。
「ご注文は何に致しますか〜?」
看板娘が注文を取りに来れば彼女たちは会報をまためくり、
「……済みません、こちらに載っているこれはありますか?」
「あはは、それ見てくれたんですね。感謝祭楽しかったですよね。ああ、注文ですね……はいっ、できますよ。少々お待ちくださいね〜」
看板娘はにこやかな笑顔を残し、注文を髭のマスターに伝えに行く。
「感謝祭特製フルーツオムレツねぇ。今日何個目かな」
「レギュラーメニューにしても良さそうですよね、マスター」
二人は顔を見合わせて笑う。
できたての、フルーツソースがかかったふわふわオムレツが運ばれて、食べた少女も笑顔になって。
そして、彼女たちの背後で、入店の鐘がカランカラン鳴る。
「ねぇねぇ、初めてお小遣いもらったんだ!」
お金を握りしめた孤児院の子供が、一張羅のジャケットとズボンで、駆け込んできて。
「はいはい、何にする?」
「違うんだ。はいこれ」
いつも食べさせてもらってたお礼に、と、男の子は娘に、リボンで結んだ箱を差し出す。
「いいの? 新しいノートが欲しいんじゃなかったっけ?」
「ノートは貰ったの。鉛筆も消しゴムも貰ったよ。カンシャサイのお礼なんだって」
「そうなんだ。……へー、何かな何かな」
娘は男の子の頭を撫でて、わくわくしながらリボンの紐を解いていく。
その様子を真剣に見つめる男の子。
そして中に詰まっているものは──、
「嬉しい、ありがとう!」
ただ、感謝の気持ち。
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担当マスターより
▼担当マスター
有沢楓花
▼マスターコメント
シナリオへのご参加ありがとうございました。
今回の執筆は、
1P〜9P、及び19P〜20Pが有沢担当、
10P〜18P、及び19Pの一部が川岸マスター担当で行わせていただきました。
●認定専攻科につきまして
2022年4月から、百合園女学院に短大卒業後の進学先となる認定専攻科が設けられます。
専攻科の学科は、短大と同じで文学専攻と音楽学専攻があります。
各専攻のコースにつきましては、プロフィールで自由に設定していただいても構いません。
ただし、百合園の校風や、学科とかけ離れたコースにつきましては、自称となりリアクションで描写されることはありません。
例えば、文学専攻に、実戦バリツコースがあったり、音楽学専攻に呪詛歌コースとかがあったりはしません。
有沢です。
ご参加ありがとうございました。
予想通り、川岸マスター関連へのアクションがかなり多かったため、分担させていただきました。
私に当たってしまった方、ごめんなさい。でも楽しく書かせていただきました。
川岸満里亜です。
シナリオへのご参加、ありがとうございました。
今回は白百合団の活動をメインに書かせて……じゃなくて、喫茶店繁盛しすぎです(笑)。
これはもう、正式にヴァイシャリーに設けるしかない気がしますよ!
ゆっくりとした、楽しい時間をありがとうございました。
3/31訂正
川岸マスター担当は20Pではなく19Pの一部となります。
ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ありませんでした。