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【帝国を継ぐ者】追う者と追われる者 第一話

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【帝国を継ぐ者】追う者と追われる者 第一話

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 坑道は、パラミタの地下に、網の目のように巡らされている。
 所々で分岐し、合流して、シャンバラ、シボラ間のルートも一本ではなかった。
 つまり、追跡する側は、ひとつのルートで追っているのではないのかもしれない。

 セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は、地下移動に長けたアンダーグラウンドドラゴンに乗り、アンデッド退治の為に坑道の調査をしていたが、シボラの国家神の夢を見て、そのままセルウスらへの協力に回ることにした。
 セルウス達が進むルートとは外れて、追手の警戒をしていたが、その道の途中で、同様にキリアナ達の本隊とは外れ、別のルートからセルウス達を追っていた伏見明子と、ばったりと遭遇した。

 敵陣営、と判断したのは、明子が先だった。
 キリアナに協力する者の全員を、明子は記憶している。
「悪いわね!」
 明子の放ったスカージに、セリスの力が封じられる。
「くっ……!」
 先手を取られたセリスは、緑竜殺しを抜いて身構えながら、明子が連れている、猟犬のような小さな龍を見た。
 あれが追跡の要か、と思う。が、
「余所見!」
と、明子がルーンの槍を横薙いだ。
 胴に槍身を叩き付けられ、セリスは体勢を崩す。
 明子は力任せのごり押しで一気に畳み掛け、セリスを地に叩き伏せた。

 一応、武器を取り上げてから、明子はセリスを治療した。
「ごーめんねー。
 こっちも面子があるから、一度はそれっぽくしなきゃいけなかったのよ」
「敵の施しは受けない!」
 睨みつけるセリスに、明子は肩を竦めた。
「敵っていうかまあ……。
 固いこと言わないで、情報交換しない?」
「仲間を売れと?」
「だから固いこと言わないでよ。
 私も一応キリアナ側についてるし、だからこういう方法をとったけど、解らないことだらけで気分が悪いのよ。
 全部ちゃんと知って、判断したいじゃない」
「…………」
 無言のセリスに、明子は溜め息をつく。
「駄目か。
 じゃ、いいわ。次をあたる」
 剣を返して、明子は立ち去る。
「口止めしなくていいのか」
「必要ないわ。別に報せても構わないわよ」
 声を掛けたセリスに、明子は後姿のままヒラヒラと手を振った。

「というか、もう、知った顔を探して声を掛けた方が早い気がするわ。
 一人や二人くらいいそうよね」
 歩きながら、明子はぶつぶつと呟く。
「一応、セルウス側の人を説得したし、帝国に協力してる立場は維持できてるじゃない?
 ちょっとくらいプライベートな交流があってもいいわよねえ?」
と、傍らの分裂エニセイに語り掛けた。
 無論返事はなかったが。



(い〜とみ〜!)
(い〜とみ〜☆)
(い〜とみ〜!)
(い〜とみ〜☆)
(い〜とみ〜!)
(い〜とみ〜☆)

 パートナーを呼ぶ声と、その返事が、延々繰り返される。
 鳴神 裁(なるかみ・さい)のパートナー、ポータラカ人の蒼汁 いーとみー(あじゅーる・いーとみー)は、高度な文明を持つ民族でありながら、母体とする体のせいで、言語が「い〜とみ〜」しか無い。
 今回、彼等の中でシボラ長老の夢を見たのはい〜とみ〜だけだったのだが、それを仲間達に伝える術を持たなかったので、手段を強行、ボディランゲージでついて来いと伝えながら、ドワーフの坑道へと来たのだ。

 だが裁達にとっては、
 朝から何やら騒がしいい〜とみ〜が突然出て行ったので、後を追ったら坑道に入り込んで行ってしまった。
 そしてはぐれ、更には自分達が迷ってしまった、という今現在である。
 裁に装備された状態で、パートナーの魔鎧、ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)がテレパシーで呼び掛けるも、返事は「い〜とみ〜」しか無いので話にならない、という今現在なのである。

「もう、い〜とみ〜どこー」
 探し回るのは、裁に憑依したパートナーの奈落人、物部 九十九(もののべ・つくも)だが、性格は、殆ど裁のコピーといってもいい。
 そうして坑道内を迷いながら探し回っていると、やがて物音が聞こえてくる。
「戦闘音っぽくありません……?」
「………………」
 ドールの言葉に、九十九は黙る。
 そしてダッシュでその方に向かった。
 何しろい〜とみ〜の外見は、モンスターにしか見えなかった。
 一人でうろうろしていたら、退治されてもおかしくない。


 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)達は、ゾンビ鼠と戦っていた。
 アンデッドではないらしきモンスターもいたが、今は地面に転がっている。
 パートナーの剣の花嫁、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が、ゾンビ鼠の動きを鈍らせる為、氷雪魔法で付近を凍らせ、温度を下げていた。
 宵一がゾンビ鼠を両断する。
 すると、その両方の断面から触手が生え、パートナーの花妖精、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)の体に巻き付いた。
 カモフラージュで隠れていたはずなのだが、どうやって見付けたのか。
 そもそも目が無いので、視覚ではないことは確かだが。
「わーっ、僕はおいしくないのでふ!」
 リイムは泣き声を上げる。
 ヒプノシスは効かなかった。ゾンビは、滅びない限り眠ることはない。
「リイム!」
 宵一が、触手ではなく、その根本の胴体からもう一度両断すると、輪切りにされた部分は地面に転がり、その両側から触手を出そうとするも、弱々しく蠢くだけだった。
 成程、このゾンビには核のようなものがあり、それから離れると力尽きるか、またはある程度小さく斬れば、力尽きるのだ。
「そいつは細切れにしろ! 本体から離れた方は無害だ!」
 言いながら、自らゾンビ鼠を断ち落とす。
 ゾンビ鼠は、六分割くらいにされて、ようやく最後の肉塊が動かなくなった。

 ゾンビ鼠を倒すと、宵一は、気絶して転がっている間抜けなモンスターにとどめを刺そうと歩み寄った。
 近くでは、えうっえうっとぐずるリイムを、はいはい怖かったわね、と優しくヨルディアが抱きしめている。
「わーっ、たんまたんま、それボクのパートナーだから退治しないで〜」
 そこへ、九十九が割って入った。
「何だっ?」

 勿論、宵一達は、アンデッドとい〜とみ〜の区別などついていなかった。
 ゾンビ鼠がい〜とみ〜を食らおうとしていたところに遭遇し、まとめて倒そうとしつつ、結果的にはゾンビ鼠から助けたことになるのだから、恩人なのかもしれない。
「あ、危なかった……。
 危うくパートナーロストするところだったんだよ」
 何で此処、こんなに寒いの〜と震えながらも、と九十九は大きく安堵の息を吐く。
「あーまあ、悪かったな」
 よく解らなかったが、とりあえず宵一は謝った。
「まあ、ボクも事情しらないでこんなところでこんなのに出会ったら、迷わず退治するけれども」
 あはは、と九十九は笑う。
「ところで、ボク達道に迷っちゃったんだけど、道教えて貰えないかな」
「教えるのはいいが、案内はできないぞ」
「何かあったの?」
「い〜とみ〜!」
 定位置である九十九の頭の上で、い〜とみ〜が必死に何かを言うも、結局最後まで、伝わることはなかったのだった。



「カワイイ女の子とラブラブドリームならともかく、健全な男子に爺さんの夢とか、どんな拷問ですか」
 ブツブツと文句を零しながら、皆川 陽(みなかわ・よう)は、安眠ライフを取り戻す為に、ドワーフの坑道を歩いている。
「イライラしてるねえ。
 最近授業中に居眠りしてることも多いし」
 機嫌の悪そうな陽に、パートナーのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が苦笑した。
 さ迷い歩き、やがて分岐の向こうから、人の話し声が聞こえてくる。
 二人は顔を見合わせた後、そちらへ向かった。

 集団と出くわして、その中心にいる人物を見極める。
 腰に頭蓋骨を下げた少年を、陽はビシッと指差した。
「セルウスさん! と、こっちドミトリエさん!」
「う、うん」
「そうだが」
「二人とも、家に帰れば?」
「ええっ!」
 会うなり衝撃的なことを言われて、セルウスは驚く。
 ドミトリエは半眼で陽を見返したが、陽にとっては、それが終わらせる為の一番早い解決法だった。

「セルウスさんはきっとドミトリエさんに騙されてる!
 じゃなかったらドミトリエさんがセルウスさんに騙されてる!
 そうでなければ、二人して地球人を騙そうとしてるんだ!」
 きっ! とセルウス達を睨みつけ、陽はそう主張した。
「だってエリュシオン的に、神ですら不可侵とか壮大にぶっこいちゃってるくせに、帝国人が同行してるのって状況が矛盾してね?
 セルウスさんが樹隷ってのが嘘か、ドミトリエさんが帝国人ってのが嘘か、どっちかじゃね?」
「……何でそんな、いきなりケンカ腰なの」
 テディが横で溜め息をつく。しかし陽は聞く耳持たなかった。
「嘘ついてるような人に貸す手は無いんですー!
 エリュシオンの人って皆そんな嘘つきなんですかー?
 どうせ地球人は蛮族だとか思ってるんだろ。
 嘘じゃないならちゃんと理由を言ってみたまえ!」
「ごめんね、彼ちょっと、夢見が悪くて寝不足で」
 テディが陽を押さえ込んだ。
「うーん、でも俺が樹隷なのはホントだし……」
 セルウスは、真面目に考え込んでいる。
「ってことは、ドミトリエが帝国人なのが嘘?」
 真顔で振り返ったセルウスの頭に、ドミトリエは無言でスパナ槍を落とした。
「痛いっ! 何だよ、フォローしてやったのにー」
「どこがだ」
 ドミトリエは冷たく言い放つと、陽を見る。
「夢見が悪いのがシボラの長老のせいなら、今後見ることはないだろうから安心するんだな」
「うム。
 お陰で大勢の助力を得られたからナ!
 彼も、これ以降も協力者を集めようとは思うまい!」
 セルウスの腰で、クトニオスがかくかく揺れる。頷いているらしい。
 陽は半信半疑の顔でセルウスを見渡した。
「ならいいけど……」
「よかったじゃん。もう見ないって! これで単位取得はばっちりだね!」
 う、と陽は顔をしかめる。
 それには安眠ばかりではなく、学力というものも大きく関わってくるのだ。