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リアクション
quattuor : 坑道内にて
「興奮してはしゃいだ挙句、熱を出すとか5歳の子供か」
翌日。
坑道を進みながら、ドミトリエの言葉がちくちくと刺さるが、セルウスはくったりと翔一朗に背負われている。
「ところで、彼は一体何故、従龍騎士の試験会場を荒らしたりしたのだ?」
遅れて合流したコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が、歩きながら、セルウスの腰のクトニウスに訊ねた。
セルウスへの自己紹介は、まだ出来ていない。
パートナーのハーフフェアリー、ラブ・リトル(らぶ・りとる)の、合流した時の第一声は、
「まさかマジだったとはね」
だった。
ある朝突然、ハーティオンが
「夢枕に国家神が立った!」
と言い出した時には、ついにおかしくなったかと正直怖かった、というか、お前そのナリで夢なんて見るのかよと突っ込みたい気持ちでいっぱいだったのだが、半信半疑で付き合って来てみれば、本当のことだった。
「ワシは止めたんじゃガ」
クトニウスは溜め息を吐いた。
「エリュシオンを出る、と決めた時、前から腕試しをしてみたかったのでついでに寄って行く、と言い出したのジャ。
それ迄は、ワシの指導で、一人で修行をしてきたのでナ」
樹隷としての掟を守らなければならなかった頃は、そんなことは許されなかった。
だが、エリュシオンを出ることになるなら、と、衝動を抑えられなかったのだ。
「そんなことしなくても、後でいっくらでも他人となんか戦えたのに。
アンデッドとかアンデッドとかアンデッドとか」
ラブが呆れる。
「……もっと、やむを得ない事情があったのかとも思っていたが……」
「子供の考えることだ。仕方ないだろう」
セルウスを背負っていては、万一の時、翔一朗は満足に戦えまい。
ハーティオンのパートナー、英霊の馬 超(ば・ちょう)は、それを補うように、セルウスの傍ら近くに位置取っている。
「ちなみに、戦績はどうだったのだ?」
「従龍騎士の試験会場、だったしナ。
従龍騎士候補程度、敵ではナイ。
現役の龍騎士がいたら、とても敵わなかったろうが、試験官くらいであれば、楽勝ジャ!」
楽勝、という程でもなかったのだが、倒せたのだから嘘ではない――と、クトニウスは内心でうんうん頷いていた。親馬鹿だ。
殺気看破での警戒は、キリアナ達追手に関しては効果があるだろうが、アンデッド達に対しては役には立たない。
アンデッドは殺気を持って襲いかかってくるのではないからだ。
だが、この坑道内では、そんな能力を使う必要もなく、ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)は、パートナーのラルクに
「来たようですぜ」
と声をかけた。
「ああ、解ってる」
ラルクも頷く。
「先行して様子を見よう」
立てば天井に届きそうな程の、長身のゾンビだった。
それが、蜘蛛のように、天井にへばりついている。
人間の形をしているが、右手の先だけが、鎌のようになっていた。
緩慢な様子で揺らめいていたそのゾンビが、ラルク達を確認した途端、俊敏になって彼等に攻撃を仕掛けてきた。
ガイが発砲するも、それらは天井に弾く。
「避けた!」
早い。
見えないほどの動きで天井から壁、床へと降りながら、ゾンビは長い右手の鎌で、ラルクを引っ掛けようとした。
「かかるかッ!」
ラルクは神速で避けつつ、反撃を返す。
「くらえっ!」
桁外れの力で思い切りぶん殴ると、ゾンビの首がごきりと曲がる。
だが、ゾンビはだらりと首を曲げたまま、素早く立ち上がりつつ、右手の鎌を振り上げた。
「くそっ」
「ラルク!」
首が曲がったことは、ゾンビの動きに全く影響が無いらしい。
ラルクは飛び退くが、ざっくりと胸が裂ける。
ガイが陽動射撃を乱射した。
何発かが当たり、ゾンビは苦しげに嘶いて数歩後退する。
「ラルク! 大丈夫ですかい!」
「問題ねえ! 皮一枚だ!」
「右よ、避けてっ!」
そこへ飛び込んだ叫びに、ラルクとガイははっとした。
灯りと灯りの、狭間の薄闇の中に、蜘蛛のように身を屈めている別のゾンビを見付ける。
「もう一体!?」
弾みを付けるような姿勢から、ゾンビは一気に飛びかかった。
ラルクはガイを突き飛ばすように押え込み、頭上にその攻撃をやり過ごす。
御凪 真人(みなぎ・まこと)とそのパートナー、ヴァルキリーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が飛び込んだ。
「加勢するわ!」
「悪い!」
「反対側にもアンデッドが現れたのよ。挟まれたわ」
「何だと?」
「ふふん。
現れたのがエリュシオンの連中でなかったのは残念じゃが、まあいい。
わしらが相手してくれるわ!」
一行の最後尾で、鵜飼 衛(うかい・まもる)が、迫って来るゾンビ首の群れを見やって笑う。
「こんなところで時間を浪費してもつまらんじゃろう。
おぬしらは先に行け。ここはわしらだけで充分じゃよ」
だが、衛の指示で、セルウス達を先に行かせようと誘導を任せた、魔道書のルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)が戻って来た。
「だめですわ、衛様。進めません。
前方にもゾンビが現れています」
衛はセルウス達を先に逃がそうとしたのだが、折も折、前方には首狩りのゾンビが出没していた。
途中に分岐路は無く、挟まれた形になってしまったのだ。
「ふん。ゾンビのくせにやってくれおる。
ならば前方のゾンビとわしらのゾンビ、どちらが早く片付くか勝負といこうかの!」
「さあ皆、頑張ってぇなー」
パートナーの機晶姫、メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)が、グラディエーター、『はっくちゃん』副店主、ニャンルーの従者達に言う。
自分はブリューナグを装備である。
「ふん。このわしには、エリュシオンも龍騎士も関係ない」
衛はルーン召喚術式で、炎の属性を持ったカグヅチを喚び出す。
「大事なのは、面白いか否か、よ。面白ければそれでいいのじゃ!」
ラルクの、比類ない程の剛力ですら、ゾンビを倒すには至らなかったが、ガイの光輝属性を持つ弾丸には、苦痛を見せた。
「つまり相性ってやつよね。なら、これで行くわ!」
セルファは黎明槍を構え持つ。
「来なさいっ」
相手は早い。セルファは自ら攻め込まなかった。
向こうの攻撃を読めれば、勝てる。
後衛から、真人が宝笏を掲げ、ゾンビを引き付ける為の魔法を撃った。
それらを躱したゾンビは、回り込むようにしながら、セルファに攻め込む。
セルファはゾンビの動きを捉えきれず、鞭のようにしなるゾンビの腕の鎌をを受け止め損ねて、その刃を腕に食らった。
「セルファ!」
「大丈夫……今、回復かけてる場合じゃないわ!」
セルファが飛び退いた場所へ、ゾンビが追う。今度は確実だ。
ゾンビは、軌道を読んだセルファがまっすぐに向けた槍に向かって、飛び込む。
光輝の槍に串刺しにされ、嘶くような叫びを上げて、滅びた。
一方で、ついにラルクもゾンビを捕まえ、ぼこぼこに殴り潰した後で、ガイの止めの銃弾により、決着がついた。
「これで先に進めるな」
やれやれ、とラルクは息を吐く。
「思ったんだけど」
セルファがゾンビの死骸を見下ろして言った。
「これって、追手にいい目印を残してるみたいなものよね」
「確かに、そうですね」
真人も苦笑する。
「別ルートからも、並行して進んで行った方がいいのかもしれません」
「フェイクってやつ」
「燃やして行っても、痕跡は残るでしょうし」
アシッドミストを散布して、追跡者の移動を阻害するのはどうかとも思ったが、どれくらい後にここを通るのか解らない以上、無意味だろう。効果は永久に続くわけではない。
「衛様、前方のゾンビを撃破したそうですわ。セルウス様達は先に進みます」
「そうか。こちらもほぼ殲滅といったところか。
この勝負、引き分けじゃな! カッカッカッ!」
プリンの報告に、衛は声を上げて笑った。
「まだまだ、面白いには程遠かったの。次に期待といったところか!」
その日の午後過ぎになって、セルウスが回復し、ようやくハーティオン達もセルウスに自己紹介した。
「この、最強アイドルラブちゃんとその下僕達が、はるばるこんなところまで手伝いに来てあげたわ。
感謝して、あたしのことはちゃんと、様付けで呼んでね?」
うん、とセルウスは頷いた。
「よろしく、ラブチャン様。俺はセルウス」
「ラブ様!」
「樹隷って、仕事以外では、普段どんな生活をしてるんだ?」
そう訊ねたのは、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)だった。
「えっとね」
セルウスは思い出しつつ、説明する。
「街とは別のところに、俺達の住むところがあって、畑仕事したり、羊を育てたり、機織りしたり、時々だけど、狩りをしたりする。
子供は水汲みと、木の実拾い。
あと、俺はこっそり師匠と剣の修行」
「……うーん」
分かったようで、ちょっとよく分からない。
「解説が必要じゃな」
と、パートナーの英霊、織田 信長(おだ・のぶなが)がセルウスの腰を見た。
クトニウスは、期待の視線を受けて、コホンと咳払いをひとつする。
「樹隷の棲処は、ユグドラシルのウロや枝の中ジャ。
帝都ユグドラシルは幹の内側にあるのジャが、それとは別のところにひっそり存在する。
帝国民も知らぬところジャ」
「ああ、なるほど」
枝とは言え、それなりの広さはある。
土を敷き、畑仕事もする。基本的には自給自足だ。
「自分達で賄えないところは、街と橋渡しする特別な役目の者がいて、その者を通じて運んでもらうのジャ。
多くは無いが、樹隷が密かに街の近くまで行くこともあるナ」
「ふむふむ、なるほど」
樹隷の仕事には、整備用の特別のルートが存在するので、普段帝国民と関わることは殆ど無い。
不慮の事故など、帝国民の生活範囲内に赴かねばならないような時は、あらかじめ人払いがされた後で、街や表へ出ることになるのだ。
「大変なんだな……」
「うーん、でも、それが普通だったから」
セルウスはそう言ってから、ふと首を傾げる。
「俺達、変だったのかな?」
「変じゃないよ」
忍は笑った。
「でも、ちょっと不思議かな。知らない世界だから」
「さて、そろそろ会話の時間は終わりのようじゃぞ」
信長の視線は、前方奥にある。
「前から来るってことは……」
「追手ではないな。アンデッドじゃろう」
「またかよ……」
「そうじゃな。いちいち余計な戦いで時間を割いている場合ではないな。
留まっておれば、その分追手が距離を詰める。
ここは私達が引き受ける。少し道を戻ったところに分岐があったはずじゃ。
そちらからシャンバラへ向かえ」
「そうだな。その方がいいか」
信長の言葉に、忍も頷く。
「でも」
と、言い掛けるセルウスに笑った。
「大丈夫。適当なところで逃げるし、終わったら後を追うから」
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