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リアクション
自由都市プレッシオ。観光名所が並ぶ中央部から外れた、街の最南端。
一目で違法と分かる店が立ち並び、浮浪者とゴロツキで溢れたこの場所に、犯罪結社コルッテロのアジトはある。
華やかさの欠片もないこの区画に建つ、高級ホテルのようなミスマッチな建物。それが、コルッテロのアジトだ。
「おいおい、良かったのかよ、アルブム。無駄に敵を増やしたりなんかして」
アジトの玄関には、コルッテロに雇われた傭兵が少しだけ集まっていた。
その中で、刀真との電話を切ったアルブムにそう言ったのはニゲル・ラルウァだ。
「……別に。敵が一人か二人増えたところで、あたいに支障はない」
「がははっ、そりゃそうか。じゃあ、俺はそろそろ行くぜ?」
「……行く?」
「ああ。
依頼主に頼まれたことがあるんだ。……っと、そうだ。忘れるところだった」
ニゲルは和服の懐から『指令書』と書かれた一枚の紙切れを取り出し、アルブムに手渡した。
「アウィスから、これはてめーにってな。強奪戦はこの通りにまずは動けってよ」
「……あんだすたんど。しーゆー、ニゲル」
「……その似非英語はそろそろ止めとけよ」
「……のー。あたいの、あいでんてぃてぃだから」
「そうかい。あと、こいつのことも頼んだぜ」
ニゲルは自分が連れてきた東 朱鷺(あずま・とき)を指差し、どこかへ歩いていった。
朱鷺はぼーっとしているアルブムに声をかける。
「アルブムさん。試験のことですが、どうするのですか……?」
「……ん。試験をする者には、選ぶ権利がある。お姉さん、あなたが決めるべき」
「決める?」
「……いえす。この強奪戦を試験とするか、それとも後日にするか」
アルブムの言葉を受け、朱鷺は考える素振りをし、答えた。
「今回は、止めておきます」
朱鷺の返事を聞いて、アルブムがぼけーっとした目で彼女を見た。
「……どうしたの? もしかして、怖気づいた?」
「違いますよ。強奪戦には参加します。試験の前の力試しとして。
ただ、試験をするのなら、先にキミ達の戦闘方法を知っておきたいだけです。試験が仕事の手伝いというのなら、知っておいたほうが得でしょう?」
(まぁ、試験前に多少の好感度のアップをしておきたいというのもありますが……)
朱鷺の言葉を聞いたアルブムはぽんっと手を叩いた。
「……なるほど。お姉さん、策士」
「【棺姫】ともあろう方にお褒めに預かり、嬉しい限りです」
恭しくお礼を言う朱鷺に、アルブムは目をぱちくりとさせた。
「……しかも、持ち上げ上手。お姉さん、やるね」
アルブムは腕をゆっくり伸ばし、サムズアップをした。
――――――――――
アジトの玄関で通話機能だけの携帯電話を耳に当てた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、アルブムを見ながらパートナーに連絡をとっていた。
「ん、そなたらはプレッシオに着いたのか?」
『う、うん、やっと着いたよ』
電話の相手はアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)。
同じく刹那のパートナーであるファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)と共に、先ほどプレッシオの空港に到着したのだった。
彼女らが遅れてきた第一の理由は、特別警備部隊のチェックリストから外れるためだ。
「それで、主とはもう別れたのかのう?」
刹那の言う主とは、暗殺組織『月の棺』のリーダーであるファンドラのことだ。
『ファンドラちゃんなら、せっちゃんに送って貰ったあの紙切れ――』
「コルッテロの傭兵も入れたメンバーリストじゃな」
『う、うん。
そう、そのメンバーリストを見て、ヴィータって人に会いたいとか言ってどっかに行っちゃったよ』
「ヴィータに? それはまた、なんでじゃ?」
『なんか、せっちゃんに会う前に旅をしていた時に耳にした名前なんだって。
それで、面白そうな感じなので協力してくる、ってさ』
「ふふ、そうか。主らしいのぅ」
刹那は忍び笑いを洩らしながら、言葉を継ぐ。
「それで、アルミナは分かってるのぅ? そなたがやるべきことを」
『だ、大丈夫だよ。特別警備部隊の動きを探るんだよね?』
「そうじゃ。危ないと感じたら、すぐに逃げるんじゃぞ。深追いはするな」
『うん。ヤバイと思ったら旅行客の振りをして、泊まる予定のホテルに逃げ込んで一日過ごすよ』
「それでいい。ではな」
刹那はそう言って電話を切ると、「さて……」と呟き、服の袖口に隠した三本のクナイを取り出した。
そのクナイを指と指の間に挟み、思い切り腕を振るう。
投擲された複数の暗器は、目標に向かって飛翔。標的は、朱鷺と談笑するアルブム。
放たれた三本のクナイは残らず少女の背中へ吸い込まれ、その華奢な身体に突き刺さるはずだ。
――そう、本来ならばそのはずだった。
しかし、三本のクナイは彼女に肉迫するやいな砕け散った。破片が散らばり、地面へと落ちる。
それは、アルブムが一瞬で発動した<カタストロフィ>によるモノだ。
ソウルアベレイターの代名詞ともいえるその秘儀は、生命の流れを逆転させることにより、物であろうが人であろうが肉体と精神を崩壊へと導く。
「……どういうつもり?」
アルブムはぼーっとした視線を刹那に向け、殺気を込めた声で問いかける。
刹那は両手を開いてあげることで敵意がないことを示し、上半身を折って謝る仕草を行った。
「すまんのぅ。名高きラルウァ家の実力を知りたかったのじゃ。同じ暗殺者としてな」
「……暗殺者。お嬢さん、同業者?」
「うむ。わらわは辿楼院刹那と申す……とは言っても、おぬしは知らぬかもしれぬがのぅ。
辿楼院家は地球では名の通った暗殺一家じゃが、ことシャンバラでは無名に等しいからの」
アルブムは自分の記憶を辿り、『辿楼院』という名前を探したが、どこにもなかった。
「……そーりー。聞いたことない」
「ふふっ、そうじゃろうな。
シャンバラ一の暗殺一家であるラルウァ家に知られていたら、逆に困るというものよ」
シャンバラ一の暗殺一家、という単語に感激したのか。
いきなり攻撃をされたのに、アルブムは頬を頬を緩ませ、目を僅かに見開いた。
「……うれしい」
アルブムは刹那の顔を指差した。
「……さんきゅー。覚えておく、辿楼院刹那」
「ふふっ……。
会えたことを光栄に思うぞ、アルブム・ラルウァ」
――――――――――
同じく、アジトの玄関ホール。
(あのアルブム・ラルウァって人のクラスは……魂の逸脱者なのか)
永井 託(ながい・たく)は先ほどの一件を見て、そう考え、踵を返した。
それは、ラルウァの実力を自分の目で確認できたからだ。
死角から迫る武器を一瞬で処理する実力。
それは実力の片鱗に過ぎないだろうが、ラルウァの力が予想以上に強大なことを認識するには十分だった。
(……このままじゃあ、全員助けられる可能性が低いねぇ)
託はコルッテロに雇われた傭兵の一人だが、決して彼らに加担する気などはない。
いざというときに動き易いよう侵入していただけだ。
(時計塔は誰かがどうにかしてくれる。僕は子供達をどうにかしないと……)
託はそう思うと、歩く速度を上げた。
向かう先は子供達が収容されているアジト五階の倉庫。
彼はエレベータに乗り、五階へと上がり、子供達が収容された倉庫の前へと歩いていく。
汚れた扉のドアノブを掴み、キィ……とゆっくりと開ける。
そこでは六人の少年少女が膝を抱えていた。その目には生気が宿っていない、虚ろなモノだった。
「……ッ」
託はその子供達の姿を見て、砕けるほど奥歯を噛み締めた。
六人の子供達の衣服はボロボロで、もはや服としての役割を為していない。
身体は生傷だらけで、コルッテロにどういう扱いをされたのか、想像するのは容易かった。
「…………」
託が子供達に近づくため、一歩踏み出した。
足音が聞こえ、やっと託の存在に気づいたのか、子供達はビクッと肩を震わせた。
怯えた目で、託を見る。
また、暴力を振るわれるのか。また、乱暴されてしまうのか。言葉にせずとも、子供達の目がそう語っていた。
そのうちの一人――年端のいかない黒髪の少年が震える足で立ち上がり、彼の前に立ち塞がった。
「……お願い……です」
喉が潰れ、枯れた声で、幼い少年が懇願するように言った。
「ぼくは……なぐられてもいいから……みんなには……手を……」
幼い少年の両目には涙が滲んでいた。
託は両の掌を強くつよく握り締め、今すぐにでも抱きしめてあげたい感情を押し殺す。
それは、見張りの構成員が一人、倉庫にいたからだ。
今ここでその少年らを抱きしめてしまえば、裏切り者と発覚してしまう。少年らを助けることが出来なくなる。
託は痛々しいその光景を見るのに耐えられなくなり、一旦、倉庫から出た。
「――ガキの涙はいいねぇ。感情の固まり……宝石だ」
不意に、背後から声をかけられた。
彼は振り返り、声の主を見る。
そこには、同じ階の自動販売機から買ってきたのだろう緑茶の缶を片手に持つニゲル・ラルウァがいた。
ニゲルは緑茶を一気に飲み干すと、親しげな笑みを浮かべ、問いかける。
「そうは思わねーかい、傭兵?」
託はその質問に答えなかった。
ニゲルは何かを感じ取ったのか、片目を閉じて小さく笑う。
「まぁ、その気持ちは分からねぇこともないぜ。
ガキを人質にとっての殺し合いなんて風流に欠けるからな。ったく、世も末だ」
ニゲルは空っぽになった緑茶の缶をゴミ箱に放り投げる。
そして、彼は「で、だ……」と呟き、託に笑いかけながら質問した。
「なんでてめーはここにいるんだい、傭兵?
人質になった可哀相なガキ共を一目見に来た……とかいうくだらねぇ理由ではねぇんだろ?」
「……私はただ、子供達の監視でもさせてもらおうとおもいましてねぇ。
強奪戦に紛れて、子供たちを取り戻そうとする輩がいるかもしれませんから」
「ふーん……」
ニゲルは見透かすような視線で、託を見た。
(実際その可能性はあるしね。
……それが相当な実力者でもない限り、すべての子供を連れて逃げられるとも思えないけど)
託のその思いを知ってか知らずか、ニゲルは口を開く。
「まぁ、信じてやるよ。
……途中で、仕事を投げ出すんじゃねーぞ?」
「私を見くびらないでください。
お金のためにも信頼のためにも、請けた仕事は完遂させますよ」
「がははっ、そうかそうか。そうだよなぁ。
途中で放り出すぐらいなら、こんな胸糞悪い仕事を請けはしねーよなぁ」
ニゲルは託を信用した様子で、豪快な笑い声をあげる。
託は、彼にバレないよう安堵の息を吐き、問いかけた。
「……そういえば、何故君はここにいるんですかねぇ?」
「ん? 俺がここにいるのはなぁ――」
親しげな笑みを浮かべるニゲルは、和服の懐から一枚の紙切れを取り出した。
『指令書』と書かれたその紙には、
『倉庫に入った敵を殺せ』
という簡潔な命令と、アウィス直筆の名前が添えられていた。
「俺は依頼主に倉庫の護衛を任されてな。
っていうわけだ、傭兵。ガキ共を監視するのなら、よろしく頼むぜ?」
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