葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

リアクション公開中!

古の白龍と鉄の黒龍 第2話『染まる色は白か、黒か』

リアクション

 
『うおぉ!? な、なんだこりゃあ!?』
 四方八方から飛んでくるビーム攻撃に、鉄族の戦闘機が戸惑いの声を上げる。なんとか直撃は免れていたが少しずつ損害を受け、戦場からも引き離されていく。
『何だってんだよチクショウ!』
 苛立ちと焦りから、無理な旋回を行おうとして速度が落ち、無防備な腹を晒した所を分離した羽が一箇所に集まり、ビームの一斉射撃を見舞わんとする。

「やああぁぁぁ!!」

 瞬間、一機のイコンが滑り込むように現れ、まとまった羽の横合いから両手に持った一対の槍を振るう。槍とそこから発される波動が羽を尽く打ち砕き、鉄族の戦闘機は九死に一生を得る。
『契約者の機動兵器か……助かった、礼を言う!』
 感謝の言葉を残し、戦闘機が彼らの戦場へ戻っていく。鉄族の危機を救ったアンシャール、搭乗する遠野 歌菜(とおの・かな)は目の前で起きている戦いを複雑な思いで見る。
(契約者の方針は、デュプリケーターの討伐に修正された。龍族と鉄族へは過度の介入を行わず、作戦を穏やかに成功させる……。
 それが双方から恨まれない、反発を生まない方針なのは理解出来る。けれど今もお互いが戦っている状況に、何も思わないほど私は、達観できない。出来るなら今直ぐにでも、龍族と鉄族の争いを止めたい)
 両方の作戦を、『拠点を取れない・取られない』ではなく『拠点を取れた・取られた』へ導くことに決定したのには、色んな兼ね合いがあっての事だろうとは思う。しかし互いに敵陣深くまで攻め込めば、もう後には引けないという事になるのではないだろうか。
(生き残るため、どちらかが滅びないといけないなんて、間違ってる。手を取り合って生きる未来を、私は信じたい)
 それはもしかしたら甘い考えなのかもしれないが、そんな定めに易々と従いたいとも思わないし、どちらかが滅んで戦いを終わらせようとも思わない。
(後、デュプリケーターを龍族と鉄族が協力するための生贄にするような真似も、見ていて心が痛い。
 デュプリケーターにも手を取り合って生きる未来はきっとあるはず。それがどれほど儚い夢だとしても、夢を守るのが魔法少女だから、私は諦めない、諦めたくない!)
 心に呟いた歌菜の脳裏に、前回遭遇した少女が思い出される。言葉では通じ合っても、心では決して通じ合えない相手、決して理解することの出来ない相手。月崎 羽純(つきざき・はすみ)は警告を発したが、それでも歌菜は会って話をしたい、と決心する。
「羽純くん、もう一度、あの場所に行かせて。私はあの子が何を理由に行動しているのか、それを知りたい。
 その理由がこの天秤世界の謎を解明する鍵になる気がするし、私はデュプリケーターの事、あの子の事を知りたいの」
『……ふぅ。俺が警告を発したのは、歌菜、お前が危険な目に遭ってほしくないからだ。
 だが歌菜の事だ、最後まで諦めないだろう事は理解している。……それに、デュプリケーターは危険だが、奴らの存在を無視して和平は難しい。彼らの行動の理由が分かれば、出来る事が変わって来る筈だ。
 前回少女に遭遇した地点は登録してある。ここら一帯の戦況も落ち着いた、俺らが少しの間離脱したとしても戦況が大きく変化することはないだろう』
「羽純くん……ありがとう!」
『……礼を言われるようなことじゃない。その方がいいと思ったからだ』
 最後の言葉は照れ隠しだな、歌菜はそう思いながら『アンシャール』を羽純が示した地点へ向ける。
 そこで少女と会える事を願って――。


 龍族の龍が鉄族の戦闘機のビーム攻撃を受け、苦しむような鳴き声を上げながら地上へ落ちていく。落ちた場所は岩が点在している所だったが、龍はそれらを尽く砕いて落ち、龍族の意識が途絶えると人の姿に戻っていく。普段であれば仲間によって助けられる確率と、鉄族かデュプリケーターにトドメを刺される確率は半々といったところだが、今日は助かる確率が高い方に変動中であった。
「だ、だいじょう、ぶ?」
 駆けつけたエメリヤンが岩の破片をどかし、傷ついた龍族を助け起こす。素早く状態を確認し、心肺停止状態でなく一時的に意識を失っているのだと判断したエメリヤンはひとまず息をつき、龍族の全身を触って調べる。どこか骨折していればその箇所を固定してから運ぶつもりだったが、確認した所そういう箇所はないようであった。
(……あの位置から落ちて、全身を強く打っているはずなのに骨折していない。龍族の身体能力は相当なものだ)
 味方になってくれるなら頼もしいだろうし、万が一敵に回るようなら怖いな、エメリヤンは思う。
(……結和の頑張りが、きっとこの人たちにも届いてほしい)
 エメリヤンは頷き、自分が出来る事をしよう、と改めて思う。龍族の彼を担ぎ上げ、乗ってきた飛空艇に乗せて仮設のテントへ急ぐ。そこで花音リュートが乗る『フロンティア』に移送を交代してもらい、『ドール・ユリュリュズ』で十分な治療を受けさせる手筈になっている。

(……結局、『龍の眼』は鉄族の手に落ちてしまいました。治療自体は滞り無く行えたようですが、戦いは止まらなかった。
 そして、龍族の本拠地に鉄族が近付いた事で、より戦闘が激化する可能性もあります)
 『ドール・ユリュリュズ』に負傷者を送り届け、『ポイント32』近くに建てた仮設のテントへ向かう途中、リュートは『龍の眼』の顛末を思い返す。エメリヤンと協力してテントを建てた頃には、『龍の眼』の戦闘は既に中盤以降といった所で、公豹ウィンダムはセリシアとカヤノと合流し、医療活動に奔走してくれた。結果として『龍の眼』方面にデュプリケーターは現れず、契約者側の思惑通りデュプリケーターは『ポイント32』側に登場、息が上がった龍族と鉄族を取り込もうとして契約者に掃討されつつある。それはまだいいのだが、問題は鉄族が龍族の拠点を取った事、今龍族も鉄族の拠点を取ろうとしている事である。
(契約者の方針は、理解しています。そして僕たちも、この場で戦闘行為を行うことは、取り決めに反します。
 だから僕たちは戦闘行為を見守った上で、怪我人だけを守り、助け出さなければいけません)
 『蒼十字』の立場を利用しての戦闘行為は、負傷者を救出する目的以外、例えばどちらかの種族を不意に攻撃する等の行為は禁止としていた。負傷者を救出の場合も相手がデュプリケーターの場合になるべく限られている。判断に迷うのは、どちらかの種族がもう片方の種族のトドメを刺そうとしている現場に入ってしまった場合だが、幸いそのような事態はまだ発生していない。
(今は、土台を作っているようなもの。基礎を疎かにしては届くものも届かなくなる。
 土台を作る作業は、困難を極めるものでしょう。……それでも、僕は真の心を持って事に当たり、皆が『平和』という果実に手が届くようにしたい。
 いつの日かの戦乱の収束を、願います。……いえ、願うだけでなく、叶えてみせます)
 心に決意を固めたリュートの視界に、仮設テントが見えてくる。エメリヤンが新たな負傷者の存在を示し、『フロンティア』を誘導する。

「……何? 今すぐ戦場に戻りたいだと? それほどの傷を負ってまだ言うか。
 いいから大人しく治療を受けておけ。私の治療は特によく効くぞ、覚悟しておくといい」
 片方の腕が動かなくなるほどの傷を負いながら、戦場への帰還を希望する龍族の戦士へ、アヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)がバールを振り上げ、患部に振り下ろす。もちろんただ殴るだけではなく癒しの力を付与している行為で、患部が直接癒しの力で覆われるため通常よりも回復が早かった。
「ふむ、初めてのこと故、不安はあったが私の治療法は変わらず有効であるようだ。この調子で進めていこうか」
 そう口にし、アヴドーチカがバールを振るう速度を速める。確かに効果はあるのだが、ビジュアルもさることながら音がなかなかにアグレッシブで、打撃音がしたり何かをえぐったりするような音がしょっちゅう聞こえてくる。治療対象が一般人なら逆に悪くなりそうなものだが、相手が龍族となると「効くなら構わない」という感じで、抵抗は無いようであった。
(鉄族の方は連れて来るのが難しいようだな。まあ、戦闘機ごとになってしまうから、どうやって持ってくるのかというのはあるが――)
 直後、窓際に居た患者から驚きの声が上がる。そちらへ近づき原因を探ると、なんと話題に上げていた鉄族が、人型の状態で『フロンティア』に運ばれていた。

「ここ、固定しちゃいますね。痛くないですか、大丈夫ですか?」
 運ばれてきた鉄族は大き過ぎる為、『ドール・ユリュリュズ』では治療が出来なかった。彼の治療の為にはまず『ドール・ユリュリュズ』の真下の空間、それと大量の物資を必要とした。
『ああ、大丈夫だ。……“灼陽”様の仰っていた事は本当だったのか。龍族と鉄族を分け隔てる事なく治療に当たる契約者の集団があるというのは』
 物資を破損した箇所に当て、その状態で癒しの力を施す。まるでジグソーパズルを完成させるように金属の板を張り合わせていき、やがて壊れて穴が開いているような箇所は見られなくなった。
「……はい、これで大丈夫だと……思います。後はしばらく安静にしていただければ、傷が開くような事はないと思います」
『そういうわけにもいかない。既に『ポイント32』の破棄が決定されつつあるが、それまでに龍族の戦力を少しでも削いでおく必要がある。
 俺も一刻も早く戦場に戻り、龍族に一矢報いなければな』
 今すぐにでも戦場に戻りたそうな鉄族を、結和が複雑な表情で見つめ、つい、と視線を逸らす。
 癒しを施した所で、「満足しました、私達は戦うのを止めます」にはならない。むしろ戦力が維持されることによる、戦闘の長期化が予想されることになる。
(例え、救うことで戦いが長引くのだと気付いていても、傷ついたものは救わずには居られない。……それが我々治療者というものさ)
 鉄族の治療の手伝いをしていたアヴドーチカが、心に思う。アヴドーチカもそうだし、結和も治療を重ねることで、より効果的な治療方法を編み出すなりして治療を行なってきた。
 だがそれは、結果として戦闘の長期化・泥沼化にも寄与する可能性がある。
(そういうものだ、と分かって。考えていたものと違って、ショックを受けたりもする。
 でも、もともと一朝一夕には成らないものだと分かってる。今日の活動が明日に、明日の活動が明後日に繋がっていくんだと、今は信じるしかない)
 沈みそうになる表情をなんとか笑顔にして、結和が微笑み『ドール・ユリュリュズ』へ戻る。
「あれほどの“強い”顔、見たことないわね。……頑張ってるだけじゃキツイから、適度に息を抜いてほしくもあるけど」
 結和を心配する言葉を心に呟き、アヴトーチカも後に続く。