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星影さやかな夜に 第三回

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星影さやかな夜に 第三回

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 区画内で最も大きなこの通りに、犯罪結社コルッテロの余剰兵力が集まっていた。
 人数こそ廃墟前ほどではないが、それでも多い。特に目を見張るのが各々の武装だ。自動小銃で統一された廃墟前とは違い、剣や斧や槍……等、バリエーションに富んでいる。彼らは戦闘の成り行きや命令如何によって、廃墟前に突撃する役割だからだろう。いざというときのために、何事にでも対応できるようにしているのだ。
 集まった伏兵たちは一言も喋らない。
 戦闘の準備が忙しいのか、それとも話す余裕もないのか……嵐の前の静けさという様に、静寂がメインストリートを覆っていた。
 しかし、その中に例外が一人だけ居た。
 周りから逃げるように路地裏に入り、膝を抱えるその少女はアルブム・ラルウァだ。

「くそ、くそくそ……っ」

 吐き出した声は、ささやきのように小さくかすれていた。
 彼女は唇を噛み締め、先ほどの一件で思い出してしまったトラウマに抵抗する。
 ……出来損ない。ラルウァ家にあるまじき出来損ない。
 そう蔑まれないよう、必死に努力したというのに。常軌を逸した修行を行ったというのに――自分はまだ認められていないのか。強くないというのか。

「……あたいは弱くない。出来損ないなんかじゃない。あたいも、立派なラルウァ家の一員なんだ」

 また幼い頃の口癖を口にしてしまった。
 その言葉は自分の弱さの証明。過去を振り切れていない証拠だ。
 そうしてますます自己嫌悪に陥る彼女に――路地の奥から声がかかった。

「こんばんは、昨晩はどうも」

 聞き覚えのある声。アルブムは思考を打ち切り、反射的に戦闘態勢をとった。
 視線の先には居たのは樹月 刀真(きづき・とうま)
 昨日の戦闘で彼女が敗走する原因の傷を負わせた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)のパートナーだ。

「……お兄さん」

 アルブムの表情が険しくなる。
 刀真はゆっくりと近づき、残り五メートルほどの距離で止まった。

「俺に借りを返す、でしたっけ? それ、今回の依頼と関係あるんですか?」
「……ない。個人的な恨みに関係ある」

 アルブムが胸の前で腕を交差した。
 夜明けの光によってうっすらと輝く十本の鋼糸が彼女の周りを漂う。

「……いいたいみんぐ。借りを返す」

 刀真は呆れたようにため息を吐き、額を指で軽く叩いた。

「大体、君は俺達に一度負けているでしょう? 撃ち抜かれたのが肩ではなくここだったら、君死んでいたんですけど……」
「……ふぁっくざしゃっとあっぷ」
「殺し合いにおいて、『もう一度』を考えるのは甘くない?」

 ニゲルと同じ意味の言葉。
 アルブムは意地になっている事が分かっていても、反論せずにはいられなかった。

「……あれは、お兄さんに仲間が居たから……」
「傷を負ったのは月夜が居たから?
 じゃあ、今回は互いの誇りをかけて一対一で戦いましょう。この戦いで他人の手は借りたくないでしょう?」

 その誘いは、アルブムの自尊心をズタズタにするには十分だった。
 カーッと頭に血が上る。気づいたときには、両手を振り上げていた。

「舐め……るなぁぁっ!」

 十指に巻かれた鋼糸が鞭の如くしなり、奔り、刀真に押し寄せる。
 だが、刀真は先読みしていたかのようにバックステップで回避した。

「同意、という事でよろしいですね……月夜」
「はいはい」

 物陰に隠れていた月夜が刀真に近づく。
 刀真は彼女のお腹に手を当てた。眩い光が生じる。柄、鞘、黒い刀身……と、徐々に形成されていくのは覚醒光条兵器『黒の剣』。
 黒の剣を引き抜くと、疲労から月夜はその場にへたり込んだ。
 刀真が駆ける。

「俺が勝ったら、君の事情を教えて下さい」
「あたいを、馬鹿にするなぁぁッ!」

 ついっと片手を振り下ろす。
 五本の鋼糸が時間差で迫った。

「……!」

 刀真が百戦錬磨の経験を以て視線や構え、肩やつま先の動き、間合いや呼吸から動きを読み取る。
 一本目は体を逸らし、二本目は剣で迎撃。三本目と四本目は跳躍で避け、五本目の鋼糸には曲芸のように乗り上げた。
 絶妙なバランスを保ち、鋼糸の上を駆ける。

「ちょこまかと……!」

 アルブムは反対の手を横薙ぎに振るった。
 五本の一斉攻撃。
 だが、刀真は黒の剣の腹で鋼糸を受け止めた。
 金属の悲鳴。受け流し、空中に投げ出される。
 しかし、壁に着地。すぐに蹴り出して、一気に距離を縮めた。

「シッ――」

 刀真は短く息を吐き、縦の斬撃を発生させた。
 アルブムはバック転で後退。
 転瞬、両腕をすくい上げる様に交差した。
 不可避の軌道を実現。いくつもの升目を形成した十糸が前方に展開。
 アルブムが顔を上げた。

「殺った!!」
「殺ってない、終わりだ」

 声は、アルブムの背後からだった。
 一瞬の隙に回りこんだ刀真が剣を振り上げる。

「人を殺したければ、早く、強く、確実に相手の急所を貫けば良いんだよ!」

 放たれたのは、神代三剣。
 最小最適の動作で振るわれたその剣技にはガードが間に合わない。

「相手が知覚するより速く、動くより疾くな!」

 アルブムは死を直感し、体が硬直し――黒の剣は細い喉を掻き切る寸前で止まった。
 刀真がふーっと長い息を吐く。

「動きが荒い、それに直情的だった。昨夜のほうが強かったな……俺の、勝ちだ」

 決定的な敗北。言い逃れできない負け。
 その事実が信じられないという様に、アルブムは思わず口にしていた。

「なんで……なんで、あたいが負けるのよ」
「弱いからだ。君が、弱かったからだよ」
「……っっ、ふざけるなッ!」

 アルブムは必死に叫ぶ。

「あたいはラルウァの一員なんだ! 殺しのえきすぱーとだぞ! 弱いはずなんかないんだッ!」
「……俺にとって殺しは自分の目的を達成するための手段、技術的なもので、それが高くても強いとは言わない」

 諭すような声色で刀真が言った。

「殺した奴の数が多くたって、目的を達成できなければ何の意味もないしな……俺が強いと思うのは心の強さを感じた時だ」

 その言葉に、ニゲルの台詞がアルブムの脳裏をかすめた。
 ……てめーの精神はまだまだラルウァ家の一員には程遠いぜ?
 アルブムが顔を隠すように下を向き、ギリリと歯軋りをした。

「なによ、それ……」

 泣き声のように震える声。
 顔を上げたアルブムの目尻には、わずかに涙が滲んでいた。

「心が、精神が、強くなれば何になるんだ! 認められるのか!? あたいは、あたいを馬鹿にした家族を見返せるのかよッ!」

 アルブムが刀真の胸倉を掴み、訴えるように叫んだ。

「所詮、戦いなんて殺すか殺されるかだけだろうが! 心が弱くても、覚悟が足りなくても、それが出来れば強いってことだろッ!」

 言葉は断定なのに、それは懇願のように聞こえた。
 そうであってくれ、と。
 服を掴むアルブムの手が少し震えている事に気づき、刀真は黒の剣を掌から消した。

「……ここでする話じゃないな、明日の朝、君と初めて会った場所で待ってます」

 一方的にそう告げて、刀真は振り返る。
 疲労で動けない月夜に近づき、甘えられ、苦笑いを浮かべながら抱き上げた。

「……っ、」

 残されたアルブムは今にも泣き出しそうに顔をゆがめた。
 鍛え上げた体。磨き上げた技。長い長い自分の努力。
 それが否定された。否定されてしまった。

「うあああああああああああああああああ!!」

 思い切り叫んで、力の限り壁を殴る。
 裂けた皮膚からこぼれた血液が、彼女の涙のように地面に落ちた。