リアクション
● ● ● オアシスは、砂漠にあって唯一と言っていいほどの水の供給源だった。 砂漠の浮遊島に住まうグラチェ族が、オアシスを拠点として村々を形成しているのも、必然と言えるだろう。 彼らは用心深い。浮遊島同士の交流は少なからずあれど、長いこと外界と隔絶した生活を送ってきた彼らにとっては、余所者は恐怖の対象であり、畏怖たる存在だった。 ――二機の装甲車がオアシスに近づいたときも、同様の感情を抱いたに違いない。 グラチェ族は警戒していた。それが未知なる化け物なのか、あるいは何らかの兵器なのか。侵略にやってきたのか、自分たちを滅ぼしにやってきたのか。グラチェ族には判然とせず、装甲車は瞬く間に取り囲まれた。 ライフルを持った、グラチェ族の男たちに。 だが、先にパラミタラクダから降り立った青年は――早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、それに狼狽えることはなかった。 いや、そもそも――そのような態度を見せてはならないと思っていた。心の奥底では不安が渦巻いていたが、決してそれを悟られようとはしなかった。代わりに呼雪は、右手を広げたまま顔の横に持ちあげ、左眼を隠すようにして頭を垂れた。グラチェの民にとって、目は輝きに満ちた存在であり、人に捧げられた“機晶石”だと考えられていた。 二つある機晶石のうちの一つを覆うことは、相手への敬意を意味する。 バルタ・バイの民に――教えてもらったものだ。 警戒していたグラチェの民は、呼雪のその仕草を見てどよめいた。 それから呼雪は、掌に融合機晶石を浮かびあがらせた。 青きフリージングブルーの機晶石が目の前に浮かぶのを見て、グラチェの民たちは眉を寄せる。 「全ては、機晶石の導くままに……」 呼雪はそう呟くように切り出し、グラチェの民に話を続けた。 「俺たちは、この地には、『伝説の方舟』と呼ばれる船によって訪れました。そして、バルダ・バイ族の方にお世話になった。この島を訪れたのは――彼らの言葉にあった『方舟の大切な力』を求める為です」 その瞬間、民たちがざわついたのを呼雪は見逃さなかった。 それはすなわち、民たちが何かを知っていることを意味している。グラチェの民は、敬意を表す呼雪たちからライフルの銃砲を放し、代わりに、グラチェの長のもとへと彼らを案内することにした。 しばらくして、見えてきたのは一つのテントだった。オアシスに形成された部落の最も中心たるテントで、遊牧民であるグラチェの民たちの長が住んでいた。 テントの中に入った呼雪たちは、真っ黒に日焼けした色黒の男性陣と、それを従える老獪な者を見た。歳は食っているが、まだ生気には十分に満ちている。そんな雰囲気であった。 呼雪はその長に、先ほどの男たちに伝えたものと同じ旨を伝え、それから、 「この砂漠の地で生命を維持するには水は不可欠です。どうか、大切な力を方舟に持ち帰るまでの間、オアシスでの滞在と水を分けて頂く事をお許し願えませんか?」 と、頼み込んだ。 長は寡黙な壮年であったが、決して理解のない人物ではなかった。なにより、バルタ・バイ族から呼雪が受け取ってきた、食料を中心とした土産の数々を見て、グラチェの民は目を輝かせた。 友愛の証(しるし)にと、長から呼雪たちへ料理が運ばれる。 砂漠やオアシスで捕られる虫を焼いた、グラチェの伝統料理であった。真っ黒に焼けた虫は、ほとんどこれといった料理もされておらず、昆虫の姿形を残している。 呼雪と共にいたヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、さすがにその姿に嗚咽を漏らしそうになった。 「ぅぇっ…………」 だが、呼雪はそうでなかった。 何の躊躇いもなく、平然とした顔でそれをつまむ。口に運んだ呼雪は、もしゃもしゃとそれを食べて、 「……美味い」 と、静かに呟いた。グラチェの民たちに、はじめて笑顔がこぼれたのをヘルは見た。 ここでは、こんな料理でも貴重な栄養源なのである。それに見たところ、タンパク質は豊富そうだ。この苛酷な環境で力をつけるには、これこそが料理と呼ぶにふさわしいのかもしれなかった。 とはいえ――生理的に受け入れられるかどうかは、人それぞれだが。 (呼雪はよく平気だよねぁ……。まあ、らしいっちゃらしいけど) ヘルはそう感心しながら、なんとか少しずつ、ほんのちょっとずつ、料理を口に運ぶのに必死になるのだった。 |
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