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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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プロローグも兼ねた前回第七章の続きなのである!


 まず、断っておかなければなりません。
 この事件は、そう……。
 長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず)長曽禰 広明と結婚する前、彼女が九条 ジェライザ・ローズと名乗っていた頃のお話となります。
 あるいは、フリューネ・ロスヴァイセの伴侶となったリネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)が、まだリネン・エルフトと名乗っていた頃のお話。
 季節は2023年、秋もたけなわ。
 ツァンダ一帯で豊作が祝われ、お祭りに盛り上がってから数日しか経っていない頃へと時間を巻き戻すことにします。
 従いまして、名前の表記は当時のものです。あしからずご了承のほどを。
 さあ、記憶を呼び起こしましょう。あの頃のことを……。
 
 



 では、お話を再開しよう。
 場面は、ツァンダに近いパラ実極西分校から再開される。

 まず、 あれは、そう……。
 今回の防災訓練が行われる前のこと。収穫祭も無事に終わり、参加者たちが帰路につこうかとしていた頃だった。
「断る」
 特命教師の噂を聞きつけて、この極西分校に様子を見に来ていたドクター・ハデス(どくたー・はです)は、失望と嘲笑を交えた皮肉げなため息をつくと、白衣を翻し案内された研究室を後にする。貴重な時間を無駄にしてしまったようだ。
 極西分校に赴任してきていた特命教師の真王寺 写楽斎(しんのうじ しゃらくさい)は、ただの俗物だったのだ。ハデスの悪とは異質であることがわかった。
 研究室の出口で立ち止まると、ハデスは一度だけ振り返る。
「くくく……。案ずるでないぞ、真王寺写楽斎よ。オレが今見たものは、全て忘却の彼方だ。口外するつもりもないし、興味すら失せた。オレと相容れない、無価値で無関係なものとわかったからな」
「そうですか。ご縁がなくて残念です」
 自分の研究室にハデスを案内した写楽斎は、笑みをたたえたまま見送った。ここでハデスを引き止めるつもりもない。商談が上手くいかなかっただけのことである。客なら、世界中にたくさんいるのだ。
「また、お役に立てそうなことがありましたら、ご遠慮なくいつでもお越しください。影ながら、あなた方のご活躍を応援していますよ」
「はははっ、悪い冗談だな。貴様らの世話になる覚えはない。今後は、二度と関わらないでいただきたいものだ」
 ハデスは、乾いた声で言うとその場を後にした。期待はずれだった以上、長居する理由もない。
「ちっ」
 ハデスは珍しく忌々しげに舌打ちした。全く、気分が悪い。オリュンポスをそこいらの悪の組織と一緒に見なされるとは。
 ゲームのように世界征服をしましょう、だと? 世界征服はゲームではない。
 ハデスは、立ち去りながらも、写楽斎の誘い文句を内心で反芻していた。あんな男に世界征服を語られるとは、イヤな気分だ。
 特命教師、真王寺写楽斎とその一味の特命教師たちは、複合軍需産業『バビロン』から兵器開発の実験にやってきた研究員たちであった。武器を売るために、長く終わることのない争いを彼らは望んでいたのだ。武器商人風情に協力を持ちかけられるほどオリュンポスは落ちぶれてはいない。
 世界征服を目論む悪の天才科学者であるハデスがハデスたるゆえんは、独特の美学とポリシーを持ちあわせているからであった。
 彼の理想の先にあるのは、人類の平和と安定なのだ。世界征服は、それは綺麗ごとを並べるだけでは成し遂げることができない。多くの凡庸なる一般人には理解されないだろうし、お花畑の善人では障害を乗り越えることすらできないだろう。だからこそ、彼は悪を名乗るのだ。生ぬるい正義とは一線を画す意味で。
 人々を害し不幸に陥れるための悪とは違うのだった。
 そもそも、善悪とは……。
 とまあ、誰にともなく力説しても仕方がないことだった。
 ハデスは、すっかり忘れることにした。
 彼には成すべきことがたくさんあるのだ。さっさと帰って、いつも通りの世界征服のための活動に勤しむとしよう。彼なりの世界征服を……。






「それで……。我らがハデスさんは、イモを引いて帰ってしまったというわけですか。悪の組織の一員として自覚が足りないわけですわね」
 ハデスのパートナーの一人ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)が、パラ実からの報告を聞いたのは、自宅でティータイムを満喫しているときだった。
 若くして家督と財産を引き継いだ貴族のミネルヴァは、いつも通りまったりと優雅な日常を送っていた。
 清楚で可憐な美少女で、見るからに育ちのよさそうなお嬢様だ。だが、彼女は、秘密結社オリュンポスのスポンサーとして、密かに資金援助を行っているのだ。出資先の組織の動向を気にかけ、時には重要な判断を下すのは当然のことであった。
「困った子ですわね。わたくしの愛情の注ぎ方が足りなかったのでしょうか」
 ふふ……、と微笑みながらミネルヴァは一人ごちる。
 収穫祭に出かけていって、何の収穫もなく戻ってくるとは、なんと残念なことだろうか。これはしくじったも同然。また、ハデスにお仕置きをしなければならないではないか。
 それとも……。
 趣味のお仕置きのメニューに思いをはせるミネルヴァは、ふと別の考えに思い至って、わずかに困惑の表情になった。
 まさか、ハデスは世界征服の野望に飽きたか、意欲が薄れてきているのではなかろうか。マンネリ化してきて、惰性になっているのだろうか。
 ミネルヴァは、単なる伊達と酔狂だけで出資しているわけではない。彼女もまた、世界征服を半ば本気で目論んでいるのだ。
 武器商人など、提案に乗るフリをして上手く利用して使い捨ててやればいいだけのことだ。ハデスもその考えに思いが至らなかったわけでもあるまいし、今更青臭い倫理観を振りかざすこともなかろうに……。
「オリュンポスにも改革が必要かもしれませんわね」
 しばし黙考したミネルヴァは、同じくハデスのパートナーの一人である天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)呼び出すことにした。
 十六凪は、ハデスの有能な参謀として影ながらオリュンポスを支えているが、野心は旺盛だ。思想も意志力も才能も申し分がない。あとは、秘密結社の構成員たちを惹きつけるカリスマ性だが……。
 ハデスには不思議な魅力がある。言動が怪しくても大勢の部下たちがついてくるのはそのためだ。十六凪にはカリスマ性があるだろうか……。もし無ければ造ればいい、とミネルヴァは一人頷いた。
「憂いの色が見えますね。お疲れですか?」
 ほどなく、十六凪がやってきた。柔和な笑みの裏に潜む不敵な知性が頼もしい。
 彼は、ミネルヴァと目を合わせると、何も言わずとも了解して頷いた。この時を待っていたかのようだ。
「本気ですか、ミネルヴァさん? 冗談やドッキリならご遠慮願いたいですね」
「もちろんですわ。あなたさえその気になってくれるのでしたら、応援いたしますわよ」
「なるほど。面白そうですね」
 十六凪は、にこやかなまま答えた。このやり取りだけで十分だった。
「お望みとあれば、オリュンポス乗っ取って差し上げましょう」
「そのためには、まず実績を作ることですわ」
 後は言わなくてもわかりますよね、とミネルヴァは微笑んだ。
「話は聞いています。パラ実の極西分校で興味深い実験が行われているとか。上手く相乗りさせてもらいましょう」
 十六凪は、なすべきことはわかっていた。特命教師たちの協力を受け入れ、手伝うフリをして勢力を大きくするのだ。使えそうなら彼らを利用すればいいのだし、都合が悪くなれば切り捨ててやればいい。
「ふふふふ」
 十六凪は、早速準備に取り掛かり始めた。分校での騒動に乗じるために。
 現場を放棄したハデスは、オリュンポスから追放し、自分が悪の力を掌握するのだ。
「ご武運を」
 ミネルヴァは静かに見送る。
 彼らとは後ほど合流することにして、彼女は準備のために立ち上がった。
 さて、どんな面白い狂態を見せてくれるだろうか。

 かくして、事件は様々な思惑が入り乱れながら始まるのであった。