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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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第八章:地下教室で決闘申込みしてみた


 
「農業は人類生存の要! 奪い取った種もみから生み出されるのは新たな種もみと、明日のヒャッハー! への活力なの。作り、食べ、暴れ、そして己の存在を世に知らしめよ! あなたたちは、モヒカンの次のステージを切り開く、アドバンスド・モヒカンへと進化したのよ! その力をもって、我らが敵に鉄槌を下す!」
「ヒャッハー!」
 さて、ここは舞台となる極西分校の地下教室。
 収穫祭が行われる少し前から囚われ閉じ込められていた吉井 真理子(よしい・まりこ)は、集められた選りすぐりのダメ生徒たちを前に長広舌を振るっていた。
 自分たちを地下教室へと閉じ込めた特命教師たちに相応の打撃を与え、この教室から脱出する。真理子がそう決意してからどれほどの時間が過ぎたであろうか。
 元々、生徒たちを指導しようという熱意もなく、やる気もほとんどなかった彼女であったが、成り行きから気合を入れることになってしまった。
 窮屈で不便とはいえ衣食住の環境が揃っており、慣れてしまえば特に支障なく生活することができるため、ついつい長居しがちだった。捨てられていたプランターで少しだが、野菜の室内栽培も行った。このままでは、地下になじんでしまう、とようやく重い腰を上げたのだった。
「……」
 真理子のパートナーである吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)は、床に寝そべりながらその様子を眺めている。
「教えることは全て教えたわ。では、逝きましょうか。私たちの未来へ向かって! 農業は愛! 大地の実りは私たちの命をも育むの! 大自然のが生み出す神秘への感謝の心を抱き、人類の希望を育成するの。永遠の地上の楽園を実現するのよ!」
「ヒャッハー! イヤッホォォォイ!」
 すでに、怪しい宗教じみていた。全員、目つきが尋常ではない。長い間暗いところにいたため、精神に変調をきたしているのかもしれない。
「これで勝てるわ」
 ああ、教育とはなんとすばらしいことだろうか。真理子は満足げに頷いた。
 見よ! あんなに淀んでいたモヒカン生徒たちの目は真っ直ぐな眼差しになり、彼らの表情に生気が蘇った。捻くれた粗暴な性根は、明るく大らかな前向きの志へと変貌を遂げたではないか。真理子の親身の指導が実を結び、生徒たちとの間に固い絆が結ばれたのだ。農作業で流す労働の汗のここちよさを知った生徒たちは、以前とは見違えるほど成長を遂げた。不良生徒たちを更正させた伝説の名教師として、パラ実の歴史に名を残すことになるだろう。
「おめでとう私! おめでとう私!」
「長らくのお勤めお疲れ様。そろそろ外で健康的に農業をしましょう」
 半ば陶酔状態の真理子をたしなめたのは、真理子の計画の手伝いに駆けつけてくれたルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
 ルカルカは、収穫祭の時にも真理子の身を案じ、わざわざ地下教室を探し当てて手助けにやってきたのだが、彼女はなぜか意地を張って断ったのだ。
 分校のルールにのっとって自分たちだけで戦う、と。その潔い意思を重んじてしばらく様子を見ていたのだが、ご覧のとおりの躁状態だ。
 地下教室の生徒たちも、真理子にせっつかれて相当勉強させられたらしく、何やらぶつぶつと暗誦しているのや、慣れない勉強を強要されて農業科の教科書を食べ始めているのまでいる始末。追い詰められて暴動を起こしそうだ。特命教師たちとは別の意味で、酷い先生だった。
「ゲルバッキーも元気だった? 私たちが来たからにはもう大丈夫だからね?」
「……」
 ルカルカのフレンドリーな呼びかけに、ゲルバッキーは床に伏したまま退屈そうに欠伸をしただけだった。意識があまりはっきりとしていないのかもしれない。
「意図的に意識を深層に閉じ込めているようだな。今はそれでいい。無理をして自我を表に出す必要もあるまい」
 一緒に地下教室へと侵入していたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、ゲルバッキーの様子を見て小さく頷いた。
 奇妙な機械を使った決闘を続けてきたゲルバッキーの脳波は異常をきたしている。混乱し中毒症状をこじらせて人格(?)に影響を及ぼすよりも、精神を退避させて、ただの犬状態のほうが健康的にはいい。
「慌てずにゆっくりと治癒しよう。安心しろ、俺が全力でサポートする」
「ふふ……。ならばもう少し甘えさせてもらおう」
 ゲルバッキーは、ダリルの姿を認めて顔を上げた。本来の意識を取り戻していたが、犬のふりを続けることでダリルの愛情を受け取ろうとしていた。
「ク〜ン」
「全くしょうがないな」
 ダリルは優しげな笑みでため息をついた。
 普段はクールで冷徹な彼だが、ゲルバッキーを撫でている時だけはデレデレだ。
「ダリル可愛い」
 ルカルカがクスッと微笑む。
「可愛くて当然だ。僕の息子なんだからな」
 ゲルバッキーも調子に乗ってにやりとした。
「なんとでも言え」
 ダリルは機嫌よさそうに答える。
 血は繋がっていないが、ゲルバッキーがいなければ彼は作られなかった。それを考えると、何を言われても許せそうだ。
 二人がしばしの間スキンシップとコミュニケーションをとっている間に、ルカルカは話を続けた。
 が、いつものように息子よ、と呼ぶことはなかった。信頼しきった様子で、飼い犬のように甘えてくる。ダリルは、ゲルバッキーのしたいようにさせていた。
 しばしの間、無言のコミュニケーションだ。
「こちらは、いつでも戦える準備はできているわよ。イコンも使えるように用意しておいたから。足りない人数分も私たちが埋め合わせをするわ」
 まあ、それはさておき。
 壁抜けでこっそりと侵入に成功したルカルカは、地下教室の惨状を見回して呆れたようにため息をついた。
 地下に閉じ込められ勉強を無理やりさせられたモヒカンたちは、精神にダメージを受けており、使い物になりそうになかった。もとより、地下室の生徒たちは戦力的にあまりあてにしていないので問題はない。
「そろそろ喧嘩を吹っかけていいかしら?」
「来てくれてありがとう。でもちょっと待って。まだ説明が終わっていないわ」
 真理子は、真っ先に会いに来てくれたルカルカに礼をいいつつも、何から語っていいものか、しばし考えていた。
「まず、決闘を始める前に、私たちの勝利条件をはっきりさせておく必要があるのよ」
「やられたら倍返し、でしょ。吉井さんをこんなところに閉じ込めた特命教師たちを同じ目に遭わせてあげることじゃないの?」
 ルカルカの返事に頷きつつも、真理子は付け加えた。
「もちろん、それもあるわ。でも、そもそもどうして私がこの地下教室へと閉じ込められることになったのか。掴んだ秘密が重大だからよ。それが今回の鍵になるの」
「続けて」
 ルカルカは話を聞くことにした。
「ねえ、もしも、よ。もしもパラミタの全ての現象を予め記載したデータバンクなんてものが本当にあったらどうする?」
 真理子が真顔で言った台詞がこれだった。
「中枢コンピューター、『マザー・ブレイン』よ。将来的には、全てのコンピューターネットワークに接続され、パラミタ全土の情報を支配できるといわれているわ」
「ごめん。話が荒唐無稽で飛躍していてついていけないんだけど。何その中二病丸出しの設定は?」
 何の脈絡もなしに出てきた名前に、ルカルカは困惑の表情を隠せなかった。やはり真理子は、長い地下暮らしで少々変になってしまったのではなかろうかと心配になる。
「データを書き換えることによって、世界の運命すらも変えることができる、母なる知能。それが『マザー・ブレイン』なの」
「通称、アカシックレコードのこと? 占いなどでたまに聞くことがあるけど?」
 それでも、ルカルカは何とか真理子に話を合わせようとした。
「こっちこそ、ちょっと待ってよ。そんな話聞いていないけど、なんなのよ?」
 怪訝な表情のルカルカに、真理子は真剣な口調で続ける。
「極西分校の廃墟となった図書館には、何冊かの古文書が残っていたのよ。預言書の一種で、調べてみたところかなりの信憑性と見受けられたわ。それによると、かつての天災による土壌変化で、この周辺でしか育たないアカシアの木があるのよ。地中に根を張り巡らせ、生命の魂までも記録する、生けるコンピューター。その苗木を分校のどこかで育てることができるのよ。特命教師たちは、神秘の知識に接触し、支配しようとしている。それが最も、彼らの利益になることだからよ」
「……」
「つまりね。私がここに閉じ込められたのは、そのアカシアの木の存在に気づいたからなの。そして、母なる知能の樹木が育つ場所を探し出し、特命教師たちが苗を植えられないようにする。陰謀に終止符を打てるのは、農業を極めた私たちだけよ!」
「真理子、あなた疲れているのよ」
 ルカルカは、某超常現象ドラマの女性FBI捜査官の口調で言った。
「どうして前に会った時に言ってくれなかったの? それなりの準備をしてこれたのに」
 そういう設定は、ガイドに書いておくのがルールだ。彼女はメタで指摘した。(正直すまんかった。だが、彼女なら即興で対応してくれると確信している)まあそれはそれとして。
「今ひとつ確信が持てなかったから。そして、多くの人たちが聞いていたから。知られたくなかったのよ。私が何を狙っているのか」
 妄想に捕らわれているわけではない、と真理子ははっきりとした口調で答える。
「最終目的をはっきりさせておきたかったのよ。特命教師たちを戦うことはもちろんだけど、彼らの陰謀を阻止するためには、『マザー・ブレイン』を彼らの手に渡してはいけないの。伝説の中で眠らせておかなければならない」
「……」
 まだ続くのか、とルカルカは辛抱強く話が終わるのを待っている。
「つまりね。私が決闘の種目に農業を選んだのは、この付近の荒野を開墾することによって、伝説のアカシアの木が育つ土壌を探し当てるためなのよ。わかった?」
「オッケー。まあ話しはわかったから、行こうか」
 胡散臭い話だと思ったが、ルカルカは一応心にとどめておくことにした。アカシックレコードでもスカイネ○トでもどちらでもいい。黒幕を丸裸にするためには重要な情報かもしれない。
「ところで、さっきからずっと気になっていたんだけど」
 ルカルカは、真理子と並んでじっとこちらを見つめている10歳くらいの女の子に視線を移した。パラ実の女子制服の上から白衣を纏っているところからするに、分校生のようだ。
「この子、誰?」
「ハカセじゃ」
 彼女は、腕を組んで得意げな顔で言った。
「ああ、その子なら気にしなくていいわ。私たちの計画とは全然関係ないし」
 真理子曰く、ハカセと名乗る少女は、地下教室の専属講師らしい。座敷童のごとくずっとここに住み着いているのだとか。
「私も色々と教えてもらったけど、外に出るつもりは無いみたいだから置いてくわよ」
「そうなの?」
 ルカルカは、ハカセを見つめ返した。
「うぬらの活躍を期待しておるぞ」
 エラそうな子だったが、ルカルカたちには絡んでこないようなので関わらないことにした。
「まずは、扉を開けて、と」
 ルカルカは、長話はほどほどに切り上げて早く真理子を外に出して上げたくなっていた【ティー・レックス】で地下教室の鉄扉を叩き破ろうとすると、真理子はさらに計画の説明を付け加えてくる。
「私は私なりに、脱出方法を考えてあったのよ。こういう場合、定石では、突然身体の異変に襲われ苦しみ始めるのを装って部屋に看守を呼び寄せるか、こっそりと脱出用の地下通路を掘っておくかでしょ。私たちは、前者を選ぶつもりだったんだけど」
「どっちにしても、看守の注目をひきつけるには十分でしょ。手間を省いてあげるわ」
 ルカルカは、地下教室の鉄扉を派手にぶち破った。
 地下教室の外をうろつきながらこちらを監視している看守のモヒカンたちがいるのがわかった。あの程度の連中なら軽く大人しくさせることができるが、仲裁役の決闘委員会が到着するまでだらだらと引き延ばすこともできる。
「あっ、何だお前は!? 許可されていないのに、勝手に教室から出るな!」
 真理子たちを連れて部屋の外に出ると、モヒカンの看守が気づいて集まってくる。斧やチェンソーを手にした凶悪なモヒカンたちが問答無用で襲い掛かってきた。
「ヒャッハー! 俺たちは制圧係だから暴力は許されてるんだぜ! ぶっ殺つ! 見かけねぇ顔だが容赦しねぇ」
「D級四天王のルゥを知らないとは、あんたたちモグリね」
 ルカルカは軽く自己紹介をしておいた。ロイヤルガードで国軍少佐の彼女が、パラ実で暴れるのは、世間体的にもちょっと好ましくない。内緒で活動するために、身分を偽りパラ実仕様になっている。顔が知られていないなら、なおのこと好都合だ。
「あんたたち、ちょっと体臭きついし目つきがむかつくから星になってもらうわね」
 ルカルカは、モヒカン看守たちに適当にインネンをつけながら、【ティー・レックス】をぶん回した。ドドドーン! と轟音とともに強烈な攻撃が繰り出される。周囲をまとめて破壊するくらいの威力だ。
「D級四天王がなんぼのもんじゃ! わりゃー! チェンソーで切り刻んでやるぜ!」
 モヒカン看守たちは、何人か吹っ飛ばされたものの残った連中は戦意を喪失させることなく突進してきた。この凶悪さが本来のパラ実生としての正しい姿なのだろう。
「いいよいいよ。元気がないって聞いていたけど、いつもどおりのモヒカンで安心したわ」
 ルカルカはちょっと嬉しくなった。パラ実生たちはやはり死んではいないのだ。
 そこへ。
「そこまでだ! 分校内での暴力は禁止だぞ!」
 ようやく、数人のお面モヒカンの決闘委員会が駆けつけてきた。ルカルカとモヒカンたちの間に割って入り、身を挺しながら制止してくる。すごい気合だ。
「争いの決着は決闘でつけろ。我々が立ち会う」
「やっぱり思ったとおりね。彼らは、ここが“見えて”いない。騒ぎの気配を聞きつけてやってきただけ」
 真理子は、決闘委員会が少し遅れてやってきたことに注目していた。暴力行為の前に登場するのが彼らの常であるはずなのに。
「だとしたら、仕掛けは何? 彼らがこの広い分校内をくまなく監視している方法は……?」
 考え事をとしている真理子は置いておいて、ルカルカは攻撃の手を休め決闘委員会のメンバーを前に言う。やるべきことはわかっていた。真理子の代わりに話を進めておこう。
「もちろん決闘はやるけど、下っ端のモヒカンたち相手じゃお話にならないわ。責任者を呼んできなさい。この事態を招いた特命教師たちをね」
「決闘は双方の同意がないと行われない。指名した相手が拒否したら、この喧嘩はお預けだ。納得がいかなくても、お前たちに引き下がってもらう。これが、ルールだ」
 委員会のお面モヒカンの一人がルカルカの意図を察してそう答えた。強引に自分たちの意思を押し通すつもりなら、容赦はしない。委員会は、抑圧のために強硬手段をも辞さない姿勢だ。
 もちろん、ルカルカにとっては彼らの圧力など効果はない。まとめて相手をしてやってもいいのだが、目的はそこではない。
「いいから、相手の意思を確認してきて。特命教師たちは、そこの看守モヒカンたちとの喧嘩の決着として決闘を受けるはずよ」
 彼女は確信を持って告げた。なるほど、真理子も無為に時間を過ごしたわけではなく、敵の急所を探り当てていたわけだ。
 真理子が地下教室に閉じ込められたのは、特命教師たちにとって都合の悪い何かを探り当ててしまったからなのであって、そこを上手く突けば相手は否応にも反応せざるを得なくなる。
「彼らに伝えてちょうだい。『マザー・ブレイン』の件で話がある、と」
「そう望むなら、確認しよう」
 決闘委員会は、まったく動じることなく返答してくる。
 相手が教師たちであることも、分校の秘密の一つらしい謎の単語にも反応することはなかった。仮面モヒカンの一人が、ルカルカの提案を伝えに走り去っていった。それ以外は全員が腕を後ろに組み、まるで古風で硬派な応援団のような良い立ち姿勢で、真理子たちをじっと見つめている。モヒカンなのに規律正しい。相当鍛えられたのか、元々からそうだったのか気になるところだ。
「ねえ、あんたたち。どうして決闘委員会をやっているの?」
「……」
「そのお面、一度外してみてほしいんだけど。あんたたちの素顔、見てみたいな。ルゥのお願いっ」
「……」
 ルカルカはフレンドリーに話しかけてみるが、反応はなかった。
「無視するなんて、悪い子たちね。こうしちゃうんだから」
 彼女は、【ティー・レックス】でお面モヒカンたちをつついてみようと身構えた。
「戯れはやめていだだきたい」
 お面モヒカンたちは、巧みに攻撃範囲から遠ざかりつつも冷静な口調で言った。
 ルカルカはにんまりして、構わず【ティー・レックス】を振るってみた。噂の決闘委員会に喧嘩を売ってみたらどうなるか試してみたかったのだ。
「よせ。我々はお前たちと争うつもりはない」
 彼らは、懸命に防御しながら制止する。ただのモヒカンたちとは違い、なかなかの身さばきだ。それなりに強いことはわかった。さらには、お面モヒカンはピーッ、と短く口笛を吹いた。どこからその音を聞きつけたのか、仲間がぞろぞろと現れる。
「何事だ! 助太刀するぞ」
「増えちゃったじゃない。あんたたち、ゲーム中の仲間を次々と呼ぶモンスターなの?」
 ルカルカはちょっと呆気にとられて決闘委員会のメンバーを見回した。彼女の戦闘力なら負けはしないだろうが、面倒くさそうな連中だ。
「……」
 増量したお面モヒカンたちは、身構えながら様子を見ている。こちらから手を出さない限り攻撃はしてこない。
「よくわかんないけど、まあいいか」
 ルカルカは、装着武装を収めた。真理子の決闘の相手を呼び出すところまでは上手くいっている。ここで争っても本末転倒だと思ったからだ。
 そうこうしているうちに、特命教師たちに決闘の要請を伝えに言ったお面モヒカンの一人が戻ってきた。
 ルカルカの提案は効果があったようだ。真王寺写楽斉も一緒にやってきたのだ。決闘を拒否するつもりがないことはわかった。
「これはこれは。教導団の仕官殿にわざわざお越しいただけるとは、恐縮です。団長殿はお元気ですかな?」
「あなた、団長を知ってるの?」
 思わず警戒心がもたげて、ルカルカは尋ねる。こんな怪しい男との交流はないはずだが。
 写楽斉は、くっくっくと笑う。
「以前、売り込みに行きましたが、門前払いされてしまいました。ご利用いただけず、残念です」
「当たり前よ。団長があんたたちみたいなのと付き合うわけはないでしょ」
「それはさておき。私たちにご不満を抱いており、決闘したいとか?」
 写楽斉は、初めて気づいたように真理子に視線をやった。
「おお、農業科の吉井先生ではないですか。しばらく姿をお見受けしませんでしたが、こんなところにおられたのですね?」
「すっとぼけるんじゃないわよ、くそ野郎。特命教師たちのことを考えると、私は夜も眠れなかったんだからね! 毎晩6時間くらいしか寝ていないのよ。どうしてくれんのよ」
 真理子はムッとしてにらみ返した。
「あんたたちが探している物の手がかりは、私が握っているのよ。無視して帰るつもりはないわよね」
「なんのことやら」
 写楽斎は素っ気無く言うものの、そのまま立ち去ることはない。真理子の台詞の続きを待っているようだ。
「具体的に言ってあげようか? 私は、伝説の樹木の苗木を持っているの。全てを知る母なるアカシアの木は、あなた達が最もほしい物ではないのかしら?」
「伝説の樹木かぁ……。いやな予感しかしないんだけど」
 真理子は、そんなことを言って無人島でも大失敗したんじゃなかったっけ? そう口に出して言わないところがルカルカの心遣いだ。
「あなたには妄想癖があるようだ。私には付き合ってられませんね」
 写楽斎は、時間を無駄にした、と去っていこうとした。
「あなたたちがそれでいいなら、いいのよ。まあ、私を酷い目に遭わせてでも手に入れようとしなかったところだけは、紳士的と評価してあげるわ。でも、あなたたちは目的を果すことができなくなるの」
 真理子が挑戦的な言葉を投げかけると、彼は立ち止まる。乗り気でなさそうなのは素振りなのだろう。
「吉井先生。あなたが我々の研究に興味を持っているとは知りませんでした。そこまで熱心なのでしたら、地下教室の生徒たちを含めて、全員に研究の協力をしていただいてもかまいませんよ」
 写楽斎のなにげない台詞を、条件の提示とみなした真理子はニヤリを笑みを浮かべた。
「決闘で私たちが負けたら、あんたの研究の実験台になれってこと? なら、私たちが勝ったら、あんたたちはこの地下教室で三ヶ月ほど強制勉強の上、パラミタから永久追放よ」
 真理子は、何の実験台になるのか詳細を問いただすことはなかった。とにかく、写楽斎を決闘に巻き込むことが重要だ。
「じゃあ、決まりね。まさか、女の側に回答をさせておいて、今更拒否するってことはないわよね」
「言葉尻を捕まえて勝手に話を進めてもらっては困りますね。我々に決闘を受けるメリットなどありません」
「タマついとるんかー!?」
 真理子は突然キレ気味に叫んだ。
「あんたが真ん中にぶら下げている“鉄砲”は飾りかー!? そんなケツの穴の小さい男が、本当に武器として鉄砲や弾を売れると思ってんのかー! 大根やニンジンに太さと大きさで負けるのが、そんなに怖いんかー! あんたの真ん中にブロッコリーを植えてやっても、ええんやぞ!」
「吉井さん、その辺でやめておこう」
 ルカルカは、大声で下ネタを発し始めた真理子をなだめる。地下室に長くいすぎて情緒不安定になっているのだと考えることにした。そもそも真理子が仕掛けた喧嘩なのに、どうしてルカルカが間に入って仲介しているのだろう。癖のある友人を持つと振り回される。そこが面白くもあるのだが。
「ねえ、真王寺先生……。機嫌を悪くなさらないで。私たちね、これを機会に手打ちにしたいと思っているのよ。いつまでも因縁を引きずるのは不毛でしょう?」
 ルカルカは、優しい笑みを浮かべながら写楽斎に色目を使った。艶っぽく身を摺り寄せると、甘い声で囁きかける。
「私も決闘に参加したいと思っているのよ。先生が勝ったら、私たちのこと好きにしてくれていいんじゃないかしら。ねえ、そうしましょうよ。いいでしょう?」
「……」
「知性と品のよさが滲み出ている素敵な真王寺先生が決闘するところ、ルゥは見てみたいな。女は強い男に惹かれるものよ。先生が勝ったら、きっと誰もが放っておかないんじゃないかしら」
「……」
 写楽斎は、ダイレクトに伝わってくる肌の感触と胸の弾力に耐えていたが、我に返ると、メガネを指で押し上げて辺りを見回した。
「……」
「……」
 地下教室の生徒たちも、決闘委員会のお面モヒカンたちもじっと様子を見ている。
「いや、しかし」
「先生は、女の子に恥をかかせるような野暮な男じゃないことは、ルゥ知っているよ。カタブツで真面目なところもいいけど、たまには力を抜いてみると、もっと魅力的になると思うわ」
 ルカルカは、歯の浮くような台詞をすらすらと口にしながら、誘惑した。見る者を虜にしそうなほどの美貌に凹凸のはっきりした流麗なボディライン、手を抜くことのない女子の甘酸っぱい香りに、写楽斎はくらくらしそうになっていた。パラ実での荒んだ学生生活を送りその後は研究三昧という寂しい人生を送ってきた彼に抗う術はない。
「ねえ、お願い。私たちと一緒に遊びましょう」
「う、うむ。仕方がありませんね」
 可愛い女の子の期待を含んだ目でお願いされてむげに扱ったら男の沽券に関わる。皆が成り行きを見守っているのだ。ここで評判を落とすわけには行かない。少なくとも、逃げたと思われたくなかった。彼の判断を誰が責められよう。写楽斎は、意を決して返答した。
「たまにはこんな余興も悪くないでしょう。受けてたちましょう。ただし、我々をあまり甘く見ないことですよ」
「さっすがー。そうこなくちゃね」
 ルカルカは嬉しそうにはしゃぎながらも、こっそりと舌を出す。承諾の意思だけを確認すると、さっさと写楽斎から離れた。
「な、なるほど。ああやればいいのね……」
 まじまじと見ていた真理子は、目からうろこが落ちたように真剣な表情で頷いていてから、我に返った。
「そういうわけよ。決闘委員会は当然立ち会うわよね? 決闘種目は、農作業よ。学科がだめとは言わないわよね。写楽斎の方からも、とっておきの農業教師を用意してもいいんだけど」
 真理子は、ずっと無言で控えていたお面モヒカンたちに確認した。
「ルールと勝利条件さえ決まれば、問題ない。農業科目での、集団決闘だな? 開始日時と場所、そして詳細を伝えていただきたい。我々が責任を持って公平に勝負を見届けよう」
 決闘委員会のメンバーは、大掛かりな勝負の提案に戸惑いすらしなかった。再度、真理子と写楽斎の意思を確かめてから、決闘の申請を受け付ける。
 真理子は、決闘委員会に向かって付け加えた。
「もう一つ。あなたたちにも条件があるの。あの、変なスカウターみたいな機械は使用しないでの決闘を望むわ。農業科目にデータは不要でしょう?」
「それは構わないが、生身での勝負となるといかなる被害が発生しようとも、我々は責任を取ることはできないぞ」
 お面モヒカンたちは、一瞬顔を見合わせてから念を押してきた。あの機械は、決闘の際に怪我などを防ぐために用いられているが、本人が必要ないと言うなら強要はしないらしい。
 それも、真理子はわかっていたことだ。怪しいアイテムを使うくらいなら、万一の場合でも怪我したほうがマシだと判断していた。
「では、決闘の開始は、明朝の5時。科目は農業。予定では、約一週間に渡っての長期戦となる。参加人数は双方ともに無制限。リーダーである二人が欠けると、その時点で不戦敗となる。集合時間に遅れた場合も同様だ。地下教室の人員は、決闘の30分前に我々が迎えに来る。それまで待機だ。相手方に危害を加える、あるいは周囲に対して意図的に被害を与える、以外の目的でのイコンの使用を認める。極西分校外の参加者を認める。勝敗の判定および、状況に応じて臨機応変に対応することは決闘委員会に認める。など、詳細は適宜確認することで、両者同意することに間違いはないな」
 決闘委員のお面モヒカンは、空中に映し出されたパネル状の映像に入力しながら、しつこく何度も質問を繰り返した。真理子も写楽斎も、異存なく頷いた。
「了解した。後は我々に任せてくれるといい」
 決闘委員たちは、重々しく答えると、程なく姿を消した。
「やれやれ。困った事態になったものですよ。残業手当が欲しいくらいです」
 写楽斎も、ぶつぶつと文句を言いながら去っていく。モヒカン看守たちも定位置へと戻っていった。
 それを見送りながら、真理子は半笑いの表情でルカルカを見る。
「どうしよう。本気で喧嘩売っちゃったよ?」
「強気に見えたのは、ハッタリだったの?」
 ルカルカは苦笑して、真理子の肩にぽんと手を乗せた。
「大丈夫よ。私たちがついているから。悪いようにはならないわ」
「うん。頼りにしているわね。じゃあ、明日の朝合流しましょう。私たちはここに残って、最後の総まとめをするから」
 真理子は、それだけ言うと地下教室の奥へと引っ込んでいった。もしかすると、ここが気に入っているのかもしれない、と思わないでもない。
「ところで、一緒にいたはずのゲルバッキーはどこへ行ったのかしら?」
 うろうろしていたゲルバッキーは、またどこかへ姿を消してしまっていた。
「ダリルと散歩に出かけたわよ。本当に今はただの飼い犬みたいね」
 ルカルカは、ダリルが、ゲルバッキーを連れて出て行ったのを無言で見送っていた。
 ダリルは、決闘の交渉は真理子やルカルカに任せておいてもいいと考えていたようだ。ゲルバッキーの回復を最優先して、しばらく自由意志に任せてみることにしたらしい。
 まあ、大丈夫だろう、とルカルカは心配することはなかった。
 ハカセと名乗った少女もいなくなっているが、どうでもいい。
「さて、じゃあ皆を呼んでこようか」
 色々と訳の分からない話が混じっていたものの、ルカルカも納得してその場を後にする。謎は、決闘を通じて明らかにされるだろう。気楽に取り組むことにしたのだ。

 というわけで。
 一見スケールの小さい大きな戦いが、始まるのだ。