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リアクション
『これが最後の“指導”』
『準備はいいな、ハンス、“雷電”。それではこれより、模擬戦を行う。
制限時間は20分。その間にハンスと“雷電”がゴスホークに一撃を入れればその時点で二人の勝ちとする。制限時間が過ぎるか二人が戦闘続行不可能となった時点で俺の勝ちだ』
漆黒の機体『ゴスホーク』、それに搭乗する柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が先の『天秤宮』との戦いを僚機として戦い抜いた龍族のハンス、鉄族の“雷電”へ言い放つと、ブレードを内蔵したプラズマライフルを構え、早くも戦闘態勢に移行する。
『ハンスさん、“雷電”さん、私の方から補足をさせてください。
真司は、お二方とお別れをするのが淋しいのです。この世界で繋いだ絆を断つのは惜しい、と。
でも真司は不器用ですから、こういう形でしか絆を深めることが出来ないのです』
『お、おい、ヴェルリア!?』
しかし直後、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)からの補足が入ると『ゴスホーク』は何かつんのめったような動作を取る。どうやら真司にとってこの展開は予測外だったようだ。
『いやぁ、そういうことでしたか〜。ヴェルリアさん、補足ありがとや〜』
『……了解。隊長、俺もあなたと戦えなくなることを残念に思います。
だからこそこの模擬戦……全力で行かせてもらいます!』
『おぅ、うちも負けへんで! ぜったい一発通したる!』
目に見えてやる気を出したハンスと“雷電”を真司が苦笑でもって迎え、ヴェルリアに通信を飛ばす。
「……一時はどうなるかと思ったぞ」
『ごめんなさい。でも、こうして共に戦うことは全く無いわけではないですけど、ほとんど出来なくなると思いますから。
伝えられることはなるべく、伝えた方がいいと思ったんです』
ヴェルリアの言葉は、思いは真司にも理解出来た。天秤世界は終わろうとし、龍族も鉄族も元の世界に帰る選択をした。彼らは契約者と志を共にするという宣言をしたことは真司の耳にも届いており、それが今後どのような影響を及ぼすか分からないが、少なくともこうして行動を共にすることは難しくなるだろう。
「不器用……か。確かに、そうかもしれないな」
自嘲するように呟き、気を新たに真司が操縦桿を握る。かつての僚機とはいえ、手加減をするつもりはない。それこそ彼らに失礼であるから。
「……行くぞ。付いて来い、『ゴスホーク』の動きに!」
戦闘開始を告げるように、ハンスと“雷電”の前から『ゴスホーク』の姿が消えたかと思うと、彼らの上空、攻撃を避けにくい位置からの射撃を浴びせる。
『うわっち! 隊長、いきなりお土産たぁ、縁起がいいですなぁ!』
ギリギリの所で攻撃を避けた“雷電”が機首のレーザー砲で反撃するが、射線に既に『ゴスホーク』の姿はない。
『……右か!』
ハンスが“雷電”の右前方に滑り込んだ直後、出現した『ゴスホーク』のプラズマ弾が炸裂する。
『ハンス!』
『……ふん、騒ぐな。この程度、龍族の俺にとっては大したものではない』
その言葉には多少の強がりは含まれていたものの、流石は防御の面で優れている龍族、被害をものともせず果敢に接近戦を挑みにかかる。
『あんさんばかりに、カッコつけさせへんで!』
援護に入ろうとする“雷電”だが、『ゴスホーク』の背中から飛び出したビットがそれを阻む。ヴェルリアが操作するレーザービットは的確に両者の連携を阻むように位置を取る。
『うちとハンスをそんな玩具で邪魔するなんて、許さへんで! 見てろぉ!』
機動力に優れた鉄族を最大限に示す“雷電”の動きに、ビットは少しずつ、追従し切れなくなっていく。
『そこや!』
そしてついに、“雷電”のレーザー砲がビットの一つを撃ち抜き、それ以上の行動を不可能にさせる。後は雪崩のように二つ、三つとビットは行動を止められ、『ゴスホーク』に回収されていく。
『すみません真司さん、これ以上のレーザービットの稼働は……うっ』
「ヴェルリア!?」
聞こえた呻き声に、真司がハンスへの追撃を緩めてヴェルリアの安否を気遣う。
『あ、あはは……つい、やり過ぎちゃいました。
私も真司と同じように、寂しかったのかもしれませんね』
「……まったく。心配したぞ」
『あら、私を心配してくれるのですか?』
「当たり前だ。……さて、残り時間は後、3分か……」
タイマーを確認して、真司は一瞬の状況判断を自分に許す。先程の交戦でハンスは相当なダメージを蓄積させているはずであり、“雷電”との連携は取れなくなっているだろう。ビットの抑えを外されはしたが、“雷電”も無傷ではない。加えて残す時間は後3分。このまま戦闘を進めれば自分の勝利は確実だ。
……だが、真司は心の何処かで、彼らが何かをやらかしてくれる事を期待してしまっていた。そして彼らもそれに応えるが如く、一度交錯してそこで意思を確認し合い、再び真司へ機首を向けた。二人がまるで重なるように飛び、プラズマ弾は彼らの間を飛ぶことを強要されているように避けられる。手負いであるはずのハンスを狙えば“雷電”がレーザー砲でそれを阻止し、“雷電”を狙おうとすればハンスが存在感をアピールして万全な迎撃をさせないようにする。挟撃は適切な衝撃波の発生で防ぐが、逆に言えばそこまでの事を真司にさせていることになる。
『うりゃあああぁぁぁ!!』
そして、残り時間が10秒を切ったその瞬間、“雷電”がそれまでの加速を遥かに超える加速でもって『ゴスホーク』に迫った。
「っ!」
ここに来て初めて表情を歪ませた真司が、ライフルの照準を合わせる間もなくトリガーを引く。弾は“雷電”の左翼を撃ち抜き、落ちる……かと思われたが、人型に変形した所に足場としてハンスが現れ、彼を踏み台かつ推進力として速度を維持させ、手にしたレーザー砲の残すエネルギーを一発に集めて放つ。
「!!」
20分を告げるアラーム音が響くのを、真司は暫くの間聞くことしか出来なかった。レーザー砲は『ゴスホーク』のフィールドにほとんど吸収されたが、一部吸収し切れなかった分が真司に直接ダメージを与えていたのである。『ゴスホーク』は傷ついていないので勝者は真司だが、こと真司とヴェルリア、“雷電”とハンス、で比べればあまり差は無かったかもしれない。
「これは、お前達が使ってくれ」
互いが受けたダメージから回復した後、真司は愛用していたプラズマライフルのブレードを外すと、外したブレードをハンスへ、ライフルを“雷電”へ渡す。
「ブレードはそのままでも使えるようになっているはずだが、使いにくければ好きに加工してくれ。ライフルは鉄族の規格に合わせて改造してくれて構わない」
『隊長……ありがとう、ございます』
『大事にするで。ま、なるべくならこれを使わなくて済むのが一番やな。うちらはそれが出来るはずやで!』
“雷電”の言葉に、真司がそうだな、と同意する。いつかそういう日が来るのが、誰にとっても一番いいはずだから。
「……では、これで模擬戦を終了する。ハンス、“雷電”、今日の経験を忘れるなよ」
『『はい!! ご指導、ありがとうございました!!』』
それぞれの陣営へ飛び去っていくのを見送り、真司はふぅ、と息を吐く。二人の前では強がってみたものの、疲労の度合いはかなり濃い。
『疲れているのではないですか?』
「それはヴェルリア、お前も同じだろう。……俺も、いい経験が出来た。
世界は喪われるが、結んだ絆は喪われない……彼らは彼らの空を、飛び続けるんだ」
呟いた真司が、空へ視界を向ける。決して広くない天秤世界の、しかし空だけはどこまでも続いているような気がした――。
『おこめおいしい』
「おい聞いたぞミーナ、元の世界に帰ろうかどうか悩んでんだって?
散々俺達を引っ張り回しておいて、今更帰りますなんて許されるかってんだコノヤロー」
ミーナの元にやって来たアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がミーナの頭をぐりぐり、と弄る。
「いたたたた、痛いですよアキラさん。……やっぱりそうですよね、はぁ……」
「って、マジメに受け取るなっての。テキトーに言っただけだから、な?」
「そうじゃ、アキラはいっつもテキトーな事しか口にせんのじゃ。
『よく考えもしないで適当なことを言っている人』とはまさしくコヤツのことじゃからな。コヤツはいつも適当なことしか言っておらぬからな。むしろ存在自体が適当なやつじゃからな。よいか、絶対にコヤツのようになってはならぬぞ」
ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)がミーナの肩に手を当て、刻みこむが如く言いつける。
「おぅおぅ、そりゃいくらなんでも言い過ぎじゃねぇかい!? 俺だって色々と考えてんだぞ?
ほ、ほらアレだ、世界樹に示すって言うけど、今回はたまたま天秤世界がイルミンスールが担当する世界だったってだけで、他の世界樹もそれぞれ天秤世界みたいな担当する世界があるってことなんだろ? それを最下位の世界樹がまたやらかしちゃったもんだからイルミンスールよりもむしろ他の世界樹への説明が大変じゃね? いやーこれでしばらくはまたイヤミの嵐かー大変だなーはははははははは」
「…………どうなのじゃミーナ、アキラのアレは合っとるのか?」
「え、えーと……もしかしたらはい、他の世界樹が独自に天秤世界のような世界を持っているかもしれないですけど、そこまでは僕も知り得ません。
天秤世界は他の世界樹も利用できる、共有できるものでした。アキラさんの言うように、他の世界樹への説明は困難を極めると思います」
「だいたいあっとらんではないか! テキトーな事を抜かすなこの阿呆が」
ルシェイメアの振るったハリセンが、アキラの顔面を直撃する。
「いやそうでもねぇだろ、大変だってことは合ってんだろ!」
「それは肉と魚と大豆を『タンパク質』と言うのと変わらんぞ!」
「ぐぬぬ……何だろう、そりゃちげぇだろって言いてぇけど言えない気がするこの感覚……!」
歯噛みするアキラと、胸を張ってドヤ顔のルシェイメアを交互に見て、ミーナがどうしたらいいんだろうとあたふたとしていた。
「ピヨさん、そちらはどうですか?」
セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)の言葉に、『ジャイアントピヨ』が元気よくピヨ! と応える。天秤世界に居る間世話をしていた畑の片付けは、セレスティアとピヨで何とか終わらせることが出来そうだった。収穫物、収穫前のもので植え替えが出来そうなもの、天秤世界の土、使っていた道具がそれぞれひとまとめにされ、後はピヨに積み込むだけとなっていた。
「ピヨさん、よく頑張りましたね。あと少しだけ、頑張りましょうね」
セレスティアに撫でられて、ピヨはすっかり満足げであった。アキラよりよっぽど懐いているかもしれない。
「お隣さんの畑も、片付けちゃいました。おせっかいかもしれませんけど……。
えっと、もし余計なことをしたのでしたら、ごめんなさい」
途中まで別の契約者が畑の管理をしていた、今はセレスティアがまとめて管理をしていた畑に向けて、ぺこり、と頭を下げる。目の前に広がるのは、ここが畑だっただろうという面影のみ。
「短い間でしたけど、お世話になりました。土、持って帰らせてください。
それでは……さようなら、は言いたくないですね。でも、また、というのもおかしいですし……」
天秤世界の行く末の事は、セレスティアの耳にも届いていた。彼女は少しだけ悩んで、あ、と何かを思いついて、それを口にする。
「おやすみなさい、また明日」
この世界にとっての明日がいつになるかは分からなかったが、いつか来る明日を願って、セレスティアはピヨとその場を後にする――。
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