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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

リアクション

 
「私やロータスの事を覚えていてくださって、とても嬉しく思います。
 皆さんのご活躍は耳にしておりました、私らの力になっていただき、ありがとうございました」
「活躍だなんて……私は私に出来る事を精一杯やったに過ぎません。
 その上で、私をそう評価してくださるのはええ、光栄に思います」

 最初に『昇龍の頂』を訪れた時に案内をしてくれたウーファン、手合わせの際に乱入者との戦いにおいて的確な援護をしてくれたロータスへ挨拶をしたいと思い訪れた沢渡 真言(さわたり・まこと)は、街中で無事に二人と再会することが出来た。ちょうど二人で街を回り、これから我々は元の世界に帰ることを告げ、必要があれば作業に手を貸したりしていたタイミングであった。
「お仕事中、時間を取らせてしまってすみません」
「いえ、お気になさらないでください。私も契約者と……あなたとこうして話す時間を取ってみたかった。
 ロータスなどはあの通り、すっかり遊びに夢中になってしまっていますから」
 笑いながらそう言ったウーファンの視線の先、ロータスは龍に変わり子どもたちと遊びに興じていた――。

「よっ、と!」
「うわぁ、あしがしびれたぁ」
 今はちょうど、ロータスの背中に子供が乗り、ロータスが羽ばたきの力で子供を宙に放り上げ着地する、という遊びが行われていた。地面は柔らかく出来ているとはいえ、かなりの高さまで放られて無事に着地できるのは流石龍族と言えた。
「ふわぁ……ロータスさん、すごいの」
 軽々と子供を打ち上げていく様子にグラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)が素直に驚いていると、ロータスから『君もどうかな?』と声がかかる。
「打ち上げられるのはちょっと……でも、乗ってはみたい、の」
 グランがそう答えれば、ロータスはグランが乗りやすいように身を屈める。
「んしょ……わ、あったかい。ドラゴンさん……ふふ」
 グランが龍の背の感触を楽しんでいると、そこに子供たちがわっ、と押し寄せたちまち背中はぎゅうぎゅうになった。
「あたし、メノウ! あなたは?」
「わ、私は、えっと……ぐ、グラン……」
「グランちゃんね! よろしく!」
 メノウと名乗った龍族の少女にぎゅっ、と手を握られたグランは最初はびっくりした様子だったが、だんだんと打ち解けると笑顔を見せるようになっていく。
「なんかすげーもんつかうって、とーちゃんからきいたぞ!」
「ほんとか? なーなー、ちょっとやってみせてよー」
「もー、グランちゃんにかってなこといわないのー!」
 男の子がグランに迫ろうとするのを、メノウは身を張って止める。伝わる温もりを心地よく思いながら、グランは指先に情報を集めて放つ。情報を付加されたそれはホタルのように子供たちの回りをふよふよ、と飛び、子供たちが手を伸ばしたタイミングでパッ、と消えた。
「「「すげーーー!!」」」
「……ふふ」
 感動の声をあげる子供たちに、グランはちょっとだけいい気分に浸っていた。

「すっかり打ち解けたみたいです。……良かったですね、グラン」
 保護者のような気分で、真言が子供たちと楽しく遊ぶグランを見守る。
「グランが言っていました。「この世界が無くなっても、ずっと友達」だと。
 契約者と龍族の距離がどのくらいかは、正直よく分かりません。でも距離に関係無く、私は交流を続けたいし、グランは遊びたいと思っている。それは他の契約者もきっと同じです」
「我々龍族も同じ思いですよ。先程ダイオーティ様より、龍族は契約者と志を同じくすること、元の世界において契約者の役割を支えられるように生きていく、と宣言をした旨が伝えられました。
 私はこの宣言を受け入れ、元の世界でも皆さんの力となるように行動したいと思います」
 そう告げたウーファンを真言は歓迎する。元々彼らの決定に口を挟むつもりはなかったし、彼の口ぶりからその決定が彼らにとって最良の判断であったと分かったから――。
(私たちも、私たちのこれからを、見つけていかないといけませんね)


『二人で、共に歩む』

「皆さんがご無事で、本当に良かったですわ。
 ケイオース様とご連絡がつかなくなった時は、本当に心配しました。何事も無くご無事で……何よりも嬉しかったですわ」
「ああ。あの時は確かに大変だったが、仲間も居た。不思議と絶望は感じなかったよ。
 ティティナが離れた場所に居て、巻き込まれずに済んで良かったと思っている。もちろん、こうして再会して共に語らい合う事が出来るのも、な」

 『昇龍の頂』を歩くティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)、その隣にはケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)の姿があった。
「ケイオース様、本当に拠点を離れてよかったんですの? 帰還の準備とかお忙しいのでは?」
「それについてはセイランが、「この場はわたくしが監督いたしますので。お兄様はわたくしの分も、この世界の最期を見届けてあげてくださいな」と言ってくれたのでな。
 この世界に居たのは短い間だった、そして俺たちの結果としてこの世界は喪われる。……よく、記憶に刻んでおかなければな……。
 っと、済まない。暗い気分にさせてしまったな」
 ケイオースの謝罪の言葉に、ティティナはいいえ、と首を振った。
「それでしたら、しっかりと見ておかなければなりませんわね。
 わたくしは大丈夫です。ケイオース様とご一緒でしたら、わたくしはどこでも……
「? どうした、ティティナ?」
 俯いた所にケイオースの顔がやって来て、ティティナはびくり、と背を震わせた。
「な、なんでもありませんの。い、行きましょうケイオース様」
 ケイオースに先んじて歩き出す、その後ろをケイオースが付いていく。
(……そう、ケイオース様とご一緒でしたら、わたくしはそれだけで幸せですの。
 けれど、お伝えしておきたい気持ちも、わたくしの中に確かにありますの)

 一通り街を見て回り、二人は草原にシートを敷いて座る。遠くで子供たちの笑う声が聞こえ、空を龍が旋回して飛んでいた。
「どうぞ、ケイオース様」
「ありがとう」
 ティティナから飲み物を受け取り、ケイオースが飲み干す。吹き抜ける風はここでは不思議と心地よく感じられた。
「住民と話をし、交流することが出来た。やはり皆、元の世界に帰れることが嬉しいのだろう。
 龍族とはここで別れるが、彼らとはいつの日か再会することが出来る。俺はそう信じている」
「ええ……皆様とても良い方でした。
 元の世界に帰っても元気で……そして、またお会い出来る日を楽しみにしたいです」
 しばらく、二人の間に言葉はなかった。けれどそれはいつもの二人にとっては自然なことであり、このまま静かな時間が続くかと思われた――。
「……あ、あの、ケイオース様」
 しかし今回はその静寂を、ティティナが破った。まるでいけないことをしたかのような不安な面持ちのティティナを、ケイオースは変わらず優しげな顔で迎える。
「…………、…………」
(どうしましょう、そのお顔を見ると言えなくなってしまいますわ)
 言えば今のこの穏やかな時間が崩れてしまうかもしれない――そんな不安をティティナは首を振って吹き飛ばした。
 ――わたくしの想いを、気持ちを、ケイオース様はちゃんと受け止めてくれる。だから――

「ケイオース様、お慕い申し上げます。
 どうかわたくしをお側に、置いていただけないでしょうか」

 真っ直ぐにケイオースの目を見て告げた告白を、ケイオースは流石に驚いた様子で受け止め、やがて表情を微笑に戻していった。
「こ、こんな事女性から言うのははしたないかとしれませんけれども、でも――あっ」
 次にいつ伝えることが出来るか分からない、それがとても不安で仕方なかった……そんな言葉はケイオースの触れた指先で霧散する。
「ありがとう……ティティナ。
 俺も、君と共に在りたい……一緒に、居てほしい」
「ケイオース様……」
 二つの身体は、互いを必要とするかのように触れ合い、寄り添い合う――。


『※至って真面目です』

 周りの風景を見下ろせる場所に腰を下ろし、酒杜 陽一(さかもり・よういち)が盃を傾ける。
(多くの世界の軋轢を勝敗のみで決めてきた天秤世界……その主が、最後は自ら定めた摂理によって敗者となった。
 天秤世界によって滅んだ種族が在る、だが天秤世界によって守られた世界や人々も沢山在るのだろう。
 孤独な戦いを続けてきた主は、何を考えていたのだろうか……)
 いくら問うてみても、もう世界は回答を示さない、声の一つも生まれはしない。陽一は盃を飲み干し、想像する。
(この世界での決戦は、新しい可能性を感じた天秤宮が全ての幕を引くつもりで挑んできたのかもしれない……。
 少し、感傷的だろうか。滅びゆく世界の空気にあてられたかな……)
 自虐的に微笑んで、次の一杯を注ぎかけた時――。

「あなたとの戦いは楽しかったわ。私が真の力を解放したのは、あれが初めてよ。
 この世界が消えて、あなたと別れた後も私は、あなたとの戦いを忘れはしないわ……!」

 ケレヌスに対しそう告げた酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)へ、陽一は持っていた盃を投げつけようとしてちょっと勿体無いなと思い留まり、忍び寄って拳を振るった。
「あいたぁ!! お兄ちゃんひどい! これ以上バカになったらどうするの!
 ……ハッ、待って! これ以上バカになるってことはつまりレベルアップってことだから、お兄ちゃんに殴られるだけでレベルアップ出来る!?
 お兄ちゃんもっと殴って――あいたぁ!!」
 ある意味望み通りに美由子をもう一発殴って、陽一は何と反応していいか戸惑っているように見えるケレヌスへ頭を下げる。
「すいませんケレヌスさん……この子に悪気はないんです。ちょっとアホの子なだけで」
「ああいや、契約者は個性的であると思う、彼女は彼女でいいのではないだろうか」
「お兄ちゃん違うわ、私はバカだけどアホじゃないわよ!!
 どう? アクションだとバカかもしれないけどってあったけどレベルアップしたからバカ確定よ! そしてケレヌスさんもそれでいいと言ってくれたわ!」
 ドヤ顔で誇る美由子に、陽一は決して酔いからではない頭痛を生じる。感傷的に浸ったのがいけなかったのだろうか。
「自慢するところか、それ……?
 ほら、訳分かんないこと言ってないで帰るぞ」
「そうね、この世界で起きたことは言葉で語れるものではないわ……だから私はただ黙って後にするの。
 …………あぁダメ、黙ってたら息ができないわ!」
「……もう黙ってくれ」
 興奮気味な美由子に『慈悲の一撃』を加えて黙らせた陽一は、ふと振り返ってケレヌスに尋ねる。
「こんな事を聞いてどうにかなるものではないが……天秤宮は何を思い俺たちに戦いを挑んだのだろうか」
「契約者に分からぬものを、俺がどうこう言えたものでもないな。
 だが、契約者は俺たち龍族や鉄族だけでなく、天秤宮をも変えた。だからこそこの結末を選んだのではないだろうか」
 ケレヌスの問いに、陽一はなるほどな、と思う。天秤宮は契約者を全く無視して今まで通り天秤世界を運営し続けるという選択肢もあったはず。それをわざわざ自分を契約者たちの敵とし、結果として天秤世界を消滅させたのは、天秤宮が契約者に「分かった、やってみなよ」とバトンをタッチしたと考えることも出来るだろう。
「……ありがとう。達者でな」
 改めてケレヌスに礼を言い、魂が抜けかけている美由子を担いで陽一はその場を後にした。