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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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■第15章



 ピピッ、ピピッ、ピピピッ。
 セットしておいた枕元のタイマーが作動する。小鳥のさえずりのような控えめな音から始まり、だんだんと大きく、急かすように早くなっていくそれを手探りで止め、身を起こした小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、ちょうど足を下ろすあたりに揃えてあったスリッパを履いて窓へ駆け寄ると、遮光カーテンを一気に開いた。
 とたん、目に痛いほど強い太陽の光が飛び込んできて、そのまぶしさに目を細めながら少しだけ開く窓を開けて、外の空気を入れる。
「ううーん……」
 暗かった部屋が一気に明るくなって、ベッドでコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が声を発した。本能的に窓に背を向け暗い方へ寝返りをうち、もぞもぞと上掛けの下にもぐり込もうとしている。振り返り、そんなコハクを見て美羽は笑顔で今抜け出してきたばかりのベッドに駆け戻った。
「おはよう、コハク。朝だよ」
「……もう朝なの……?」
 まだ半分眠りに浸かっているような低い声。
「もう少し寝させて……」
「だぁーめっ」
 美羽は容赦なくパッと上掛けをめくって、それ以上もぐらせないようにした。
 少し冷たい空気に触れて、コハクもようやく目が覚めてきたらしい。開けた目で、それでもぼんやりと美羽を見上げている。
 その寝起きの表情。寝乱れた髪とか。こんなコハクを見られるのは自分だけと思うと、なんだかくすぐったい気持ちになる。
 先日婚約を果たし、6月に正式に結婚することを決めて、この浮遊島へは婚前旅行としてやって来たのだが、一番の収穫はこれだと思った。
 つんつん、と寝ぐせのついた前髪を引っ張ったり、指で梳いたりして、いつものかたちにまとめようとする。
「早く起きないと、朝食の時間過ぎて食べられなくなるよ?」
「……そうなの? でも僕、いいこと思いついたんだけど」
「何? ――って、きゃあ!」
 下からコハクの手が伸びてきて、美羽だと確かめるように触れる。そしてその手を背中に回し、引っ張り寄せた。
 ぐるんと回転して、ベッドの上で上下が逆になる。
「朝食は船内でとることにして、その時間をもう少し有意義なことに使わない?」
 コハクの指が髪をからめ、もてあそび、キスをするのを見て、先まで自分がなんなとくしていたことが、かなりセクシャルな仕草だったことに気づいた。
 返事を促すように見つめてくる。
 もちろん美羽に異論があるはずもなかった。



 その一方で、同じホテルの別室で、快適な目覚めとはほど遠い体験をしているのが水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)だった。
「あだだだだ……」
 壱ノ島へ着いた早々、入った料亭で知り合った男と行きずりの恋を楽しんで朝帰りしたゆかりは、ホテルの自分のベッドにもぐり込み昼近くまで寝たあと、二日酔いで頭を抱えるハメに陥っていた。
「まだ治らないの? カーリー」
 きちんと定時に起きて朝食も済ませ、身支度を完璧に整えたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は、広げてあった荷物を旅行カバンに詰め終えて、鍵をバチンと止める。
「あたしが出しておいた薬はちゃんと飲んだんでしょ?」
「飲みましたわよーぅ」
 うつぶせになり、クッション枕に顔を突っ伏したまま、もごもごと答える。マリエッタは時計を見た。あれは食事に行く前だったから……40分くらい前か。
「もうじき効くわよ。――たぶん」
 効いてその状態なんじゃないかという懸念は脇へ押しやり、立ち上がるとゆかりの枕元へ腰かける。かぶさった前髪を分けて、下の表情を見た。頭痛のせいで、眉間にしわができていた。
「ホテルの人に言って、何か飲み物でももらってこようか?」
「んー。たぶん大丈夫です。もうちょっとだけこうしていたら……。
 それにしても、しくじりました」
「そうね。旅先のアバンチュールというのもいいかもしれないけれど、会ったばかりの男性とひと晩限りっていう無茶は、そろそろやめどきかもね」
 マリエッタの茶化すような言葉に、「ああ、いえ」と重い頭を持ち上げる。
「そうではなく……。まさか着いて早々、あんな事件が起きるとは思いもしませんでした。予感の片りんでもあれば、こんな無茶はしなかったんですが」
「あんな事件、って、昨日行政府で起きた伍ノ島太守殺害のこと?」
「ええ」
 ため息を吐き、ほお杖をつくゆかりに、マリエッタは片眉を上げた。どうやら殺人事件発生と聞いて、ゆかりの正義感がまたぞろ動きだしたらしい。
「気持ちは分かるけど、ここは他国よ。教導団権限は使えないし、ここでのあたしたちはただの一般市民の旅行者。キンシっていう島の警備隊がいて、昨日からもう捜査に乗り出しているっていうし、犯人もほぼ特定されてるみたいだから、あたしたちの出る幕はないわ」
「それはそうなんですが……」
 マリエッタが言ったことは正論で、ゆかりも考えてはいたことだった。教導団にこのことを報告したとしても、そこどまりだ。調査任務など与えられるはずもない。「休暇旅行を楽しめ」と言われるのが関の山だろう。
 しかしそう結論して、事件について考えまいとするたびに、またふりだしへ戻るというか、いつの間にか考えてしまっている。『仕事』に対する教導団員としての性(さが)だろうか。
(旅行に来てまでこれって、立派に職業病ですね。……私ってワーカーホリック?)
 そんな思いを知ってか知らずか、慰めるようにぽんぽんとマリエッタの手が背中を軽くたたいた。
「つらいかもしれないけど、もうそろそろ起きて着替えた方がいいわ。チェックアウトの時間よ。伍ノ島行きの直行船に乗り遅れちゃったら、次の船が出るまで港で2時間待つはめになるわ。それだって参ノ島と肆ノ島で乗り継ぎだから、伍ノ島に着くのは夜になっちゃう」
「そうですね……」
「そうよ。大丈夫、伍ノ島で観光やショッピングを堪能すれば、心機一転できてそういうのは吹き飛んじゃうわ」
 ことさら元気に振る舞って、マリエッタはベッドを離れるとゆかりの分の荷物にとりかかった。
「食事の席でミリアさんたちから聞いたんだけど、伍ノ島には動物保護区域のサファリパークがあるそうよ。彼女たち、行くって言ってたから、あたしたちも行きましょ」