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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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【四州島記 完結編 一】戦乱の足音

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第九章  待ち伏せ

(やっと、ここまで戻ってきたか……)

 彼方に、夕日に染まる九能 茂実(くのう・しげざね)の屋敷が見えてきた時、長谷部 忠則(はせべ・ただのり)の脳裏に真っ先に浮かんだのは、光――《桃幻水》で女体化した南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)――の顔だった。
 とは言え、光は今ここにはいない。
 万が一戦に巻き込まれた時の事を考えて、どこか他の場所にいるよう、言い含めてある。

(もっとも、あれが本当に間者であれば、今頃何処で何をしているかわからんが――)

 長谷部は、自嘲気味にフッと笑うと、自分に付き従う兵達を振り返った。
 敵が包囲を始める前に脱出を始めたとは言え、結局囲みを突破出来なかった兵も多い。
 特に歩兵はほぼ全滅の体であり、残ったのは騎兵が三百にも満たなかった。

 長谷部は、この三百の兵で茂実の屋敷を急襲し、占領しようというのだ。
 戦場から離脱してここまで一直線にかけてきたのだから、おそらく守備の兵は自分たちが裏切り者である事を知らないだろう。
『命からがら逃げてきた味方』として屋敷の正面から堂々と侵入し、しかる後隙をみて守備の兵を制圧する。
 その後は屋敷に立て籠もりつつ東野藩と交渉し、少しでも有利な条件を引き出した上で降伏するつもりだ。
 更に長谷部は、万が一東野藩側が強攻策を取った時のために、近隣の外国企業から人を誘拐して、人質にする計画も立てていた。
 自分はともかく、御狩場(おかりば)で雌伏の日々を共に過ごし、自分を信じてここまで付いて来てくれた部下は、なんとかしてやりたい。


「良いか、皆の者。我等が茂実を裏切った事は、絶対に屋敷の者には知られておらぬ。あくまで自然に振る舞うのだ。良いな」

 配下の将兵達は、静かに頷く。

 
 長谷部達は屋敷までの僅かな距離を一気に駆け抜けると、門前で馬を止めた。
 屋敷と呼ばれてはいるが、周囲を高い壁に囲まれ、要所要所に櫓を設けたその姿は、実際のところ砦に近い。
 門上に設けられた櫓の守備兵が、こちらを伺っている。

「開門、かいもーーん!我等、東野軍との決戦に敗れ、ここまで逃れて参った!」

 部下の一人が、大声で呼ばわる。
 すると、すぐに門が開いた。

「戦は、負けでござるか!」
「そうじゃ……。敵の策に嵌まって周囲を囲まれ、蟻の這い出る隙もない程じゃった。我等は包囲される直前に気づいた故、こうして逃げてくることが出来たのよ」

 部下の一人が、守備兵の質問に答える。

『殿。お顔を見られませぬように』
『ああ。分かっておる』

 長谷部は兜を深くかぶり直すと、敗残の将の一人として、門をくぐる。
 背後で、門の閉まる音がした。

 一行は、ごく自然な流れで、屋敷内の馬場へと進んだ。
 全員が馬場に入り、馬から降りたその時――。
 突然、周囲の物陰から、銃を構えた兵士たちが、姿を現した。
 既に、四方をすっかり囲まれている。

「動くな!動くと撃つ!」

 その声に長谷部が振り向くと、そこには外国の軍隊の制服に身を包んだ、若い女が立っていた。
 その隣には、副官らしき男がいる。

「お前達は完全に包囲されている。大人しく投降すれば良し。さもなくば、全員この場で蜂の巣だ」

 居丈高に降伏勧告をする緒方 樹(おがた・いつき)

広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)様は、貴方達が大人しく投降するならば、命を助けると名言しておられます。また、よんどころない事情により反乱軍に身を投じた者については、温情を持って遇するとも」

 緒方 章(おがた・あきら)は、手にした書状をバッと開くと、長谷部達に見えるように高々と差し上げた。
 そこには、雄信の花押が書かれている。
 章の言ってる事が、ウソではない証拠だ。
 たちまち、兵に動揺が走る。

「もう、戦は終わりだ。茂実も、隆明も捕まった。お前達にはもう、戦う理由はない。お前ら、元々食い詰めて長谷部の部下になったヤツらばっかりなんだろ?なら、雄信様が良いようにしてくれる――俺たちを、信じろ」

 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が、精一杯の誠意を込めて、説得する。

「は、長谷部様……」

 部下の一人が、長谷部に声をかける。その顔には、明らかな迷いの色が見える。

「茂実は――茂実はどうなる?」

 長谷部が訊ねた。

「取り調べの後、然るべき裁きが下されるでしょう」
「裁き――とは?」
「よくて切腹。最悪の場合は……死罪。罪人として、打首獄門だな」

 外に通じる、唯一の門を仁王立ちで塞いでいる、レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)が言った。
  
「間違いないな?」
「武士に二言はない。もし助命されるような裁きが出たならば、我がこの手で素っ首刎ねてくれる」
「コラコラ!勝手なコト言うなレティシア!!」

 ベルクのツッコミも、レティシアの耳には入っていない。
 ただ真っ直ぐに、長谷部の目を見つめている。
 長谷部も、レティシアの目を見つめ返した。
 そして――。

「わかった――言いだろう。皆の者、武器を捨てよ」
「長谷部様!」
「儂の負けだ。降伏する」

 長谷部は、腰に差していた二刀を投げ捨てると、その場にどっかとあぐらをかいた。

「儂のこの手で、茂実の首を刎ねてやれぬのは心残りだが、致し方あるまい――」
「は、長谷部様……」

 泣きながら、その場に、崩れ落ちる将。
 武器を投げ捨て、疲れ果てたように座り込む兵。
 こうして、最後の反乱軍が、鎮圧された。

 
「一滴の血も流れる事なく、事を収める事が出来て良かったです」

 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が、ホッとしたように言った。
 樹たちが降伏勧告をしている間ずっと、《隠れ身》で姿を隠しながら、不測の事態に備えていたのである。

「全く、勝手な約束しやがって。俺は知らねぇからな」
「あの男に、『死』以外の裁きが下るなど、我慢ならんのでな」

 ベルクにいくら責められても、レティシアは全く動じない。

「それについては、長谷部隊の降伏の条件として、一応雄信様に上申してみましょう」

 いかにも困ったと言う顔で、章が言う。

「しかし、今回はコタローのお手柄だったな。敵兵が留守になった本拠地の占領――。戦の常道とは言え、盲点だった」
「えへへ……。ねーたんにほめられて、こた、うれしいれす!」

 樹に頭を撫でられて、緒方 コタロー(おがた・こたろう)は心底嬉しそうだ。

 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が長谷部の謀反計画を伝えてきた時、長谷部が茂実不在の大川を襲う可能性について、最初に指摘したのはコタローだった。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)を始めとする参謀本部は当初から包囲殲滅戦を想定したので、敵が逃走して大諏訪に籠城する可能性については、全く考慮していなかった。
 だから、樹たちがコタローの発想を元に、自分達だけで大川を奇襲したいと上申した時、ルカは大喜びでその作戦を採用した。
 長谷部が当初計画していたように、近隣の外国企業の関係者を人質に取られるような事があれば一大事だし、何より、本隊から兵を全く割かなくても実行可能な所が、高く評価されたのだ。

 ごく少数の兵しか残っていなかった大川は、樹が、拡声器越しに魂を込めて歌った一曲によって瞬く間に制圧され――樹の歌は殺人的にヘタクソであり、それを最後まで聞くのはどんな拷問よりも苦痛なのだ――、これから来るであろう長谷部捕縛に協力する事になった。
 こうして屋敷の守備兵は、丸々樹たちの戦力となったのである。

「しかし、結局我は今回も、ロクに戦えなかったではないか!」
「まあまあ、血が流れずに済んだんだから良かったじゃねぇか」 
「良くない!」

 ホッとした、和やかな空気の流れる中、レティシア一人が不機嫌だった。