リアクション
第四章 第三者による見解
――船は弐ノ島へ戻り、コントラクターとモリ・ヤ達はそのままオミ・ナの集落へと連れてこられた。
最も傷が深いナオシがそのまま治療へと回され、オミ・ナも同行する。
その間、追われてボロボロになった格好を整えさせられたコントラクター達であったが、終わってもオミ・ナ達は姿を現さない。
暫くが経ち、皆の前にオミ・ナが姿を現した。だがその表情はあまり明るくない。
「……彼の様子はどうなんだ?」
モリ・ヤが声をかけるが、オミ・ナは曖昧に首を傾げる。
「何とも言えないねぇ……とりあえず息はある、とだけ言っておくよ」
「そ、そんなに危険な状態なんですか!?」
その言葉にウヅ・キが思わず声を上げる。
「……意識がまだ戻らないんだよ。生きるか死ぬかの瀬戸際、って状態は越えたみたいだけど」
オミ・ナの言葉に「そうか……」とモリ・ヤが何か考える仕草を見せ、口を開いた。
「……彼はどうしてそこまで狙われているんだ? 君は知っているんだろう?」
そう言われてオミ・ナは「あー……」と言葉を選ぶ様子を見せ「……聞かない方が良いよ、碌な事にならない」と顔を背けた。
「碌な事にはもうなってないさ。我々は巻き込まれたんだ、そのくらい知ってもいいと思うがね。それに……事情も知らねば手を貸す事もできん」
モリ・ヤにそう言われると、オミ・ナは「お人良しだねぇ」と溜息を吐いた。
「――今からあたしはちょっと独り言を言うよ? まぁ、返事をするかもしれないけど独り言さ、いいね?」
少し間を置いて顔を背けたまま言ったオミ・ナにモリ・ヤが頷く。
「……ちょっと昔話をさせてもらうよ」
そう前置きし、ぽつぽつとオミ・ナが語り始める。
* * *
――今から何年も前の話。
とある夫婦が居た。その夫婦は曰くつきの夫と令嬢の妻という訳ありで、駆け落ち同然で結婚したのである。
ある時、妻の妊娠が発覚した。それを機に、妻は実家へ里帰りしその事を報告しようとした。妊娠をきっかけに、壊れた関係を修復し夫婦の事を許して貰えるのではないか、という期待があったのかもしれない。
だが、その後妻の実家で事件が起こる。不審火による、屋敷の全焼。
死傷者は十数名に上り、その中には妻と両親も含まれていた。
その犯人は、夫とされた。両親に結婚を認めてもらえないばかりか、別れる事を説得させられそれに納得した妻に逆上し殺害、証拠隠滅に火をつけた――という見解であった。
会話を盗み聞きしたと宣言する令嬢の部屋子の存在もあり、夫は殺人犯として天津罪の刻印を刻まれ、監獄島へ収容されることとなったのである。
しかしその夫は監獄島から脱獄。以来行方知れずとなっていた――
* * *
「ちょ、ちょっと待ってください! その夫って人が……ナオシさんなんですか!?」
ウヅ・キが声を上げると、オミ・ナは黙る。だがその態度から肯定しているように見える。
「奥さんを殺して……逃げたんですか?」
「それは違う」
ウヅ・キの言葉に即座に振り返りオミ・ナが否定する。
「別れる事に妻が納得? それに逆上して夫が殺害? 馬鹿言ってんじゃないよ、あるわけがないんだそんな事」
「どうしてそう言い切れるんだ? 証人がいるんだろう?」
モリ・ヤの言葉にオミ・ナは首を横に振る。
「そもそもその夫は一緒に行かなかったんだからね……『アイツの里帰りの邪魔しちゃいけねぇ』とか言ってね――でも、誰もそれを信じなかった。現場にいた人間と身内の証言、どっちが信用されるかっていう話だね」
そう言うとまたオミ・ナは顔を背けた。
「一体何が起こったか、問い質そうにも兄……その夫は行方知れず、部屋子も探したけど失踪してたよ。こんだけ材料があれば誰だって裏があると疑うさ。姐さん……妻達は別の理由があって殺されたんだって。それで夫はその罪を着せられたってね」
「――なるほど、あの事件か」
モリ・ヤの知った風のしゃべりに、オミ・ナの片眉が上がる。
「知ってるのかい?」
「まあ、当時そこそこ騒がれた事件だったからな。といっても、君の話を聞いて、今思い出したところだが――ありゃあ外法使いの仕業だと、仲間内でも長らく囁かれていた」
「へぇ。ただの筋肉ダルマってわけでもなかったんだね、アンタ」
「あんまり舐めないでもらいたい。でなければこの雲海で密漁者なんてやれんよ」
軽く肩を竦めることで返すオミ・ナに、恐る恐るといった様子でウヅ・キが声をかけた。
「……それで、犯人が誰とか、理由とか、目星はついているんですか?」
ウヅ・キの問いに、オミ・ナはそちらに向き直り「あくまでもあたしらの推測だけど」と前置きをして、語った。
「アンタらが監獄島で見た黒い影――ヤタガラスって奴が理由だよ」
「ヤタガラス、か……そういやあれは結局何なんだ? 光を当てると散るとか、まるで亡霊じゃねーか」
恭也の言葉に「似たようなもんだよ」とオミ・ナが答える。
「ありゃね、人――人間を贄にして作る使い魔のようなもんだよ。その実態は怨霊悪霊悪鬼の類となんら変わらない。恨み辛みといったどす黒い感情を残した人間程、良い贄になるってんだからね」
碌なもんじゃない、と吐き捨てる様にオミ・ナが言った。
「それと、強力なヤタガラスを作るには、その贄がマホロバの血を濃く残している必要がある。……その妻はそういう家系だったんだよ。
ヤタガラスを作るのは外法使いだ。けどそこいらの外法使いがこんな大がかりな事出来るわけがない。何より、外法使いのトップの肆ノ島の太守を敵に回すことになるからね――けど、ちょっとおかしいんだよ」
「おかしい、ですか?」
「ああ、あたしらみたいな専門外の人間から見ても怪しいってのに肆ノ島の太守が出て来ないんだよ――調べるとこの夫婦だけじゃなくて、似たような事件が実はかなり起きている。けどどれもこれも身内の揉め事で処理されている」
「……ちょっと待ってくれ。それじゃ犯人は――肆ノ島太守のクク・ノ・チと言いたいのか!?」
モリ・ヤの言葉に、オミ・ナは顔を背けたまま溜息を吐いた。
「もしかしたら太守に隠れてそういう事している奴が居るのかもしれないし、似たような事件ってのも単なる偶然かもしれない。それに、さっきアンタらから聞いたタタリとかいう奴に関しては何者かあたしらもよく解らない――あくまでもあたしらの推測さ」
それに――、とオミ・ナは瞳を陰らせる。
(どうもそれだけじゃないっぽいんだよねえ……)
この10年間、オミ・ナはあの事件につながる情報を探し続けた。仲間に迷惑をかけないよう、そしてどこにあるとも知れない敵の目に気づかれないよう、細心の注意を払っての上だったため、それは遅々とした動きだったが、彼女が浮遊島の暗部ともいうべき世界に張り巡らせた網は確実に広がって、いくつかの情報を捕えるに至っていた。
(まあ、まだ裏のとれてないネタだしね)
詰まった中身を一度入れ替えでもするかのように頭を振って、オミ・ナは振り返る。
「ちょっと独り言が過ぎたね……いいかい? 今のはあたしの独り言だからね。別にあんたらに話したわけじゃない。それが耳に入ったかどうか、あたしには知ったこっちゃない――さて、話は以上だよ。あんたらも疲れただろ? 今日はここで休んでいくといいさ」
そう言ってオミ・ナは去っていった。だが、残された者達の表情から困惑が消える事が無かった。
* * *
――オミ・ナが向かった先は、ナオシが治療を受けている診療所であった。
「さっきも言ったけど、随分酷い有様だなぁ兄貴。男前が上がったじゃないか」
ベッドに横たわるナオシを見て、オミ・ナが笑いながら言った。
対してナオシからリアクションは無い。至る所に包帯を巻かれ、その姿はボロボロだ。
オミ・ナはベッドの横に近づくと、ナオシの手を取り握る。
「……早い所目を覚ましてくれよ。たぶん、あっちには兄貴を待つ姐さんなんていないだろうし、さ」
オミ・ナの言葉はナオシに届いているのかいないのか定かではない。だが握られたその手はピクリとも動かず、力が入る事は無かった。
ただ息だけはしている状態のナオシをじっと見ていたオミ・ナは、やがて溜息を吐く。
(暫く目を覚まさないだろうねぇ……仕方ない、か)
その顔は、決意を決めた顔であった。
<続>
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。裏シナリオ担当の高久高久です。
この度はリアクションが遅くなり大変申し訳ありませんでした。一ヶ月近くの遅延、毎度毎度ご迷惑をおかけします……
楽しみにしていた参加者の方々をお待たせして申し訳ありません。少しでも楽しんで頂けたのであれば幸いです。
さて、今回のシナリオの結果に関してです。
今回、脱出には成功しましたが一部負傷者が出てしまい、更にナオシが大怪我を負いました。
ナオシが大怪我を負った理由としては、彼に付き添って守る人数が少なかった事が挙げられます。
彼は敵に狙われていました。その状況で一人となった場合、やはり狙われることとなります。
ナオシは現在意識不明の状態となっており、次回以降何らかの影響が出るかと思われます。出ないかもしれませんが。
また、参加者の皆様は一部真相に触れました。ナオシの正体等気付いた方もいるでしょう。
ただし中にはオミ・ナの憶測に過ぎない所もあります。これを信じるか信じないかは、皆様次第となります。
その他の小ネタ等はマスターページの方で書くかもしれないので、興味のある方はそちらをご覧ください。
次回も今回の参加者の方々には招待を出させていただきました。
よろしければもう少しお付き合いください。
Q、次回以降ってどうなるの?
A、私が聞きたい