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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――
イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達―― イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達―― イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達―― イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

リアクション



『それぞれの、目指すべきもの』

(ミーナさんとコロンさんが元の世界に帰ってしまわれてから、はや数日)
 読んでいた本から顔を上げ、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が小さな兄妹の事を思い出していた。直接さよならを言うことは出来なかったが、ミーナが残していった言葉をアーデルハイトから聞くことが出来た。

 ――近遠さんの問いかけに、僕はいくつか答えることが出来なかった。色んなことを知っておかなきゃいけない世界樹なのに、僕はまだまだ未熟なんだな、と思ったよ。
 ……あ、それが帰る原因になったわけじゃないんだ。……みんなに会ったら、帰りたくなくなっちゃうって思ったから。だってみんなは、一度は世界から危険扱いされた種族を「一緒に生きよう」って手を差し伸べて、成功させちゃったんだから。
 帰れなくなっちゃうよね、そんな人と話をしていたら。

 でも、これでさようなら、じゃないと思う。一度会った以上はどこかでまた再会するんだと思う。
 その時には今よりもっと知識を得て、近遠さんの問いかけに答えられるようにしたいな。


(……ボクの知識を追求するというスタンスが、ミーナさんを困らせてしまったのでしょうか)
 ふと、そんな事を思いかける近遠だが、その考えはどちらにとっても益でないと判断して打ち消した。契約者として目覚める以前から、知識を得ることに興味があって、それは今になってより深く、広がっていった。それを止めるのは、息を止めるに等しい。
(ボクも大概、ワガママですね)
 フッ、と笑って、近遠は再び書物に目を落とした。――再会した時にありったけの問いを送ろう、片隅でそんな事を思いながら。

「ふっ!」
 眼前に忽然と現れたボールを、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が手にしたスティックで弾き返す。ボールを飛ばしているのはユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)
「……ふぅ。『特定の物質を、特定の軌道に沿って瞬間移動させる』魔法はなんとか実用化出来そうですわね。
 イグナちゃん、付き合ってくれてありがとうございます」
「いや、我としてもいい訓練になった。現れた気配に即反応して身体を動かす、有事の際には必ず役立つ」
 汗を拭ったイグナがユーリカに微笑んで、散乱したボールの後片付けに入る。

 ユーリカはアーデルハイトの下、『世界と世界を魔法で繋ぐ』研究を手伝うようになっていた。これは本人の『魔法を極めて新たな流派を立ち上げる』目標が関わっていたためである。
 その中で今のボールのような、まるで空間を飛び越えて移動しているような(実際は空間に存在したままだが)魔法の汎用化にこぎつけることが出来た。後はどのようにして空間を飛び越えての軌道を確立させるかだが、これは当分時間がかかりそうだった。

 イグナはこれまでの経験から、自分の目標を『力弱き者を護る』に定めた。
 日々鍛錬をこなして力をつけながら、困難にあっても退かず、立ち向かう心の強さを会得するべく、試行錯誤の日々である。

「お疲れさまです、ユーリカさん、イグナさん」
 後片付けを終えて出てきた二人を、手にバスケットを持ったアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が出迎えた。
「近遠ちゃんは?」
「多分、図書館かと」
「まあ、概ねそうだろうな」
「こちらから迎えに行かないと、閉館時間まで篭りっぱなしですわ。
 行きましょ、イグナちゃん、アルティアちゃん」
 パートナーを迎えに行くべく、ユーリカが先頭を行き、イグナがそれに続く。アルティアがふと足を止めて、今のこの場所がいつまでもあり続けてほしいと願った。
(アルティアの居場所は、皆さんと居るここだと思うのです)
「? アルティア、どうした?」
 イグナが振り返って、アルティアに問う。
「……いえ、何でもありませんわ」
 首を振って、アルティアが早足で先行する二人に追いついた――。


『未来に繋がる一歩』

『パパーイへ

 具合が良くなったから、すばるさんと一緒に
 イルミンスールで魔法治療に関する講義を聴いてきます

 体調が悪化したときには、すばるさんが手当てをして下さるそうです
 心配しないで下さい

 貴男の娘 セシリアより』


 アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)にメールを打ち終え、セシリア・ノーバディ(せしりあ・のおばでぃ)がうん、と満足気に頷いた。
「すばるさん、そろそろ講義が始まるのかしら?」
「そうみたい、ほら、先生が入ってきたわ」
 六連 すばる(むづら・すばる)の示す方角から、二人の先生が入ってきた。一人は壮年の男性であり、もう一人はセシリアやすばると同年代と思しき若い青年だった。
「えー、では講義を始めます。
 まずは本日の議題である『魔法による延命治療』について、現状行われている治療法について説明していきましょう――」

 講義の終了を告げる鐘の音が鳴り、講師が教室を後にすると、教室に生徒のざわめきが戻って来た。
 息を吐いてセシリアが端末を覗くと、先程送ったメールに返信があった。

『シシィへ

 無理はしないように……と言ってもするのでしょうから
 心配だけはしておくことにします
 ボクの頭が白髪にならない程度に、無理をして下さい

 今回、学院付属の病院で検査した事柄から、生物学的に解ったことですが
 極端にテロメアが少ない君のDNAに関しては
 強化人間に対するアプローチも、有効かもしれません

 スバルが聞きに行こうとしている講義は
 確か魔法による延命治療に関するものでしたね?
 そこからもヒントが得られると良いのですが……

 吉報を待っております
 Alt』


「パパーイ、授業の合間に送ってくれたんだ……ありがとう。
 でも……ごめんパパーイ、ヒントは得られなかった」
 メールを送ってくれたことを喜びつつも、セシリアの表情は晴れない。講義の内容はかいつまんで言えば、「魔法での治療は『元の姿』が鮮明であればあるほど有効であり、完全に元の姿に戻すことも可能なため、後天的に発症した病に冒された生体を治療することで寿命を延ばす事は可能である。しかし先天的な病については、その『元の姿』を探り当てるのは困難となり、有効性も薄れる』というものであった。
「セシリアさんのように遺伝子に異常を持っている場合、元の姿を見つけるのは難しい……前途多難、ですね」
「ええ……だけど、まったく希望がないわけではないわ。要は『元の姿』を探り当てさえすれば、治療が可能になるのでしょう?
 治療法自体は存在しているのだから、ゼロからのスタートではない分、やるべき事柄が絞られてくるわ」
 セシリアの前向きな発言に、すばるもそうね、と頷いた。
「すばるさん、今度はどこに行こっか? ここのカフェのケーキも美味しいから、あとで食べに行こうよ! パパーイや、他のパートナーの分も買って帰ろ!」
 ウキウキとした顔で尋ねるセシリアに、すばるは「大図書館へ行きましょう」と告げた――。

「マスターは、ここへ来ると活き活きしてますよね。
 ……その、申し訳御座いません。此方で学ぶ事が出来ないのは、私と共に葦原に居て下さるせいですよね……」
 同じ頃、同じように講義を終えて廊下を歩いていたベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の背中に、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)の申し訳無さそうな声が届いた。
「……ま、確かにイルミンで、多分野から魔術を学びてぇっつーのはあるけどな。葦原でも陰陽道は学べているが、分野が狭くて限界があるし。
 でも、フレイは術苦手意識あるからイルミンはキツいだろ? 今もこうして飛び込みで一部授業を受けさせて貰ってる身分だし、その、なんだ、気にするな。
 そうだな……フレイが葦原卒業して落ち着いた頃に、イルミン入学ってのもあるか。それとも今から俺だけイルミン入学が出来るか聞いてみるか」
 聞くだけならタダだし、ダメでも時間は無駄にあるしな。そんな事を思いながら口にすれば、少しだけフレンディスの表情が和らいだ――。

「太壱君、魔女達の延命魔法について書かれている文献は無いかい?」
 緒方 章(おがた・あきら)の問いに、緒方 太壱(おがた・たいち)が首を横に振って答えた。
「んにゃ、『一子相伝』だって記述がある本は見つかったけど、具体的な方法が書かれているのはないね」
「やっぱりね……そう簡単にはいかないか。
 じゃあ、ジーンウォーカーに関する記述は何処かに無いかい?」
「親父ーっ、自分でも探せよ! 俺そんなに器用じゃねぇのはわかってンだろ!」
 思わず声が大きくなり、辺りから不審の目が向けられる。章が口元に指を当てて静かにするように太壱に示し、太壱も口を抑えてこくこく、と頷いた。

「太壱君のその性格は、樹ちゃんの血だよね……いや、育ての親のせいかな?
 君が居た時間軸では、僕達は君が幼い頃に殺されたらしいからね。……で、その時の状況とは結構変わっていたりするのかい、今の状況は?」
 場所を移動して、辺りに人の気配が薄れたのを確認して、章が言葉を発した。
「あ……ああ。お袋が芦原に転校したのも、ベルク達と仲良くなってるのも、俺がいた未来では無かったことだ。
 多分、分岐点から枝分かれして随分経ってるんじゃねーかな?」
「ふーん……あ、そうそう。お腹の子は双子だよ、性別はまだわからないけど」
「え!? ……それでお袋に絶対安静って言ってるのか……親バカめ」
 章の妻である緒方 樹(おがた・いつき)は現在身重のため、ここには来ていない。それをからかって言った直後、太壱の額にぶ厚い本の背がクリーンヒットした。
 漏れ出そうになった悲鳴をこらえたのは褒められるべきだろう。
「それにしても面白いね。この時間軸では君が『長男』になったから、僕と樹ちゃんの間に生まれる子どもの順番まで変わったみたい。
 太壱君の話じゃ、年子の弟と妹だったんだよね?」
「……お、おう……。いってぇ……ちったぁ手加減しろよ、つうか本を粗末にすんな」
 文句を垂れながら、太壱が床に散らばった本を拾い、傷がついていないか確認して元の場所に戻す。
「けれど……男子と女子なのは変わらないだろうね。運命ってのは何処かで辻褄を合わせるもんだからね」
「……じゃあ、この世界では俺が消えた事になるのか?」
「そう。消えるつもりのセシリア君が生き残り、全く関係の無かった太壱君が消える……。
 それこそが最大の分岐点だったんだろうね」
 章の言葉に、太壱が腕を組んでそうか……としみじみと呟く。
「……それで、ツェツェが生き残れば、嬉しいことはねーぜ」
 そう太壱が口にした所で、二人の視界にフレンディスとベルク、ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)が映った。
「お、ベルクが来た」
「ベルク君こんにちは、講義は終わったようだね」
 章に問われて、ベルクがああ、と頷いた。
「セシリアさんのお体は、大丈夫なのでしょうか?
 皆様方、私で出来る事があれば遠慮無くお申し付け下さいまし」
「ありがとう……って、僕が礼を言うのもおかしな話だけどね。
 それじゃあ早速だけど、探し物をしてもらおうかな。後で太壱君も向かわせるから、先に行っててほしい」
 章の頼みに、フレンディスが何の疑いもなく分かりました、と頷くと、棚の向こうへと歩いていった。
「さて……ウェルナートくん。僕に頼み事があるような顔をしているね」
 笑顔のままそう告げた章に、ウェルナートが「やっぱ章さんに隠し事は出来ねぇな」と言って(隣で太壱が「俺が言ったからだろ」と呟いて脛を蹴られていた)、『頼み事』を口にする。
「この間ジーナ達に協力して貰った時の模擬結婚式で入手した婚姻届だが……俺としては章さんに俺の保証人を頼みてぇんだ。
 そのくれぇ俺は章さん達に世話になってて……感謝してるからな」
「そうかそうか。そこまで言われたら、僕としても断るつもりもないね。
 しかし、近々子どもが生まれる予定の僕に保証人になれって、ウェルナートくんも罪な人だねー」
「ど、どういう意味だよ章さんっ」
 慌てるベルクに、章は笑顔のまま何も語らない。
「親父、意地が悪りいな……ってーっ! 足踏むなっ!」
「太壱君、図書館ではお静かに、ですよ」
 ツッコミを入れた太壱を撃退しつつ、章がベルクの差し出した婚姻届のサイン欄に自分の名前を記載する。
「ありがとな。……フレイ保証人のサインはフレイの希望を尊重しようと思う。聞くのもバレねぇようにっつうか……多分、聞いても気づかねぇだろうからな」
 こういう時は鈍感に感謝だ。……後は役所提出までフレイに気づかれず巧くいけばいいんだが……厭な予感は尽きねぇぜ」
「ウェルナートくん、口は災いのもと、ですよ。思っていても決して口にしないことです。
 ……で、この子がテイラ君の養子だね。初めまして、緒方章です」
 ベルクへ忠告のようなものを口にして、章は隣に立つジブリールに微笑みかける。
「ジブリール、ベルクと一緒に眠い講義を聴きに来たンか?」
「違う、そうじゃない。オレは……章さんにお願いがあって来たんだ」
「おや、今日はお願いをされることが多いね。いいよ、言ってごらん」
 章に促されて、ジブリールが思っていたことを口にする。
「オレ、薬学や医学はある程度実用可能の知識はあるけど、その……嫌な言い方だけど、殆どが壊す為の知識しかないんだ。
 応急処置も出来るけど、それも生き残る為に応用の形で覚えたものだから付け焼き刃に過ぎないし」
 ジブリールは過去に、暗器と毒の扱いを叩き込まれてきた。薬と毒は表と裏の関係故、今では表の知識も相応に活かせるようになっていたが、ジブリールはまだ不十分だと思っていた。
「ベルクさんから治癒系魔術も教えて貰ったけど、それだけで治せない病も多いから。……セシリアさんも、だよね?」
「そう……だね。確かセシリア君もそろそろ合流する予定だったけど」
 時計に目をやって、章がセシリアの事を口にした。二人がここに来ることは既にセシリアには連絡済みである。
「オレがやれる事は極めて限られてる。だからこそそれを正しい形で極める為に、章さんに正統な医学を学びたいなって思うんだけど……駄目かな?」
 決意を秘めた眼差しで、ジブリールが章を見つめる。章が返答を口にしようとした所で、棚の向こうから声が響いた。
「何を言っているの、すばるさん!?」
「この声……ツェツェか!?」
 太壱がいち早く行動を開始し、他の者たちもそちらへ移動する――。

 セシリアの激昂は、すばるのこの発言に起因する。
「ワタクシがここの講義を聴きたい、大図書館で勉強がしたいと思ったのは、ひょっとすると、ワタクシがマスターから離れることがマスターを生き延びさせる方法になるのではないか、と考えたからです」
「……何を言っているの、すばるさん!? すばるさんが、パパーイから離れる、ってこと?」
 セシリアの問い詰める言葉に、すばるは首を縦に振った。
「貴女が現れたことで、マスターはワタクシ以外の人間に興味を持ちました。貴女が現れたことで、マスターは人間を大切にするということに気付きました。
 そして、それをもたらした貴女は、自由にこのパラミタの大地を駆けている。……だから、貴女のように、心のままに動けば、ワタクシも考えが変わると思いました」
「“心のままに”って、そんな……。
 わたしは、元気なパパーイに会いたくて、いっぱい話したくてこの時代に来て。
 パパーイが死なないように、命を狙われる事がないように頑張っていただけなのに……」
 セシリアの目尻に、涙が滲む。そんなセシリアをすばるはそっと抱き寄せ、そして告げた。
「ワタクシはセシリアさん……いいえ、“ワタクシの娘”を救うのが望みです」
「!」
 ビクリ、とセシリアが身体を震わせた。悲しみから滲んでいた涙は、嬉しさから来るものに変化する。
「むす、め……? すば、る……さん……ううん。
 わたし、わたし……あなたを……ママーイって、呼びたかった、の……。元気なあなたにも……会いたかった……」
 胸に顔を埋め、セシリアが涙を流す。……ひとしきり泣いた所で章と太壱、ベルクとジブリールが現れた。
「……なんだ? いったい何があった?」
「あ、タイチ……ふふ、変なところ見られちゃったね」
 まだ濡れる瞳を拭って、セシリアが懸命な笑顔を浮かべた。
「またお会いしましたね、オガタさん」
「君は……先生の所の強化人間だったね、確か六連くんと言ったかな?」
 章の言葉に、すばるがはい、と答え、そして言った。
「ワタクシに、東洋医学を学ばせて頂けませんか?」
 その発言に驚きの表情を浮かべたのは、太壱だった。
「え? すばるが、親父と手を組む? ……ウソだろ?」
 動揺する太壱とは対照的に、章はどこか分かっていたような表情だった。
「『娘』を救うために『共闘』ですか……やはり運命は何処かで辻褄を合わせるようですね」
「つじつまって……俺達の時間軸では手を組んだのは俺とツェツェだったけど、それが親父とすばるになったって事か?」
「そういうことになりますかね。
 ……いいでしょう。弟子を二人、取りましょう!」
 章のその言葉は、今この瞬間をもって、すばるとジブリールを自分の弟子にするというものだった。ジブリールとすばるが揃って、これからよろしくお願いします、と章に礼をする。
「タイチ……何だか色々起きてて、訳がわかんないわ」
 自分の外で進む物事に、セシリアが戸惑いの表情を浮かべて太壱を見た。太壱は笑って、セシリアの頭をぽん、とやる。
「大丈夫、今日はいい日だ。……もちろん、明日もな」


(……今もこうして、治療を切に願う人が居る。
 焦ってはいけないのは分かっているけれど……知ってしまった以上、行動しない、という選択はしたくない)
 一行のやり取りを偶然耳にした結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)が、席を立つ。一人で資料を読んでいるだけでは、きっと辿り着けない。
(アーデルハイト様に会って、話を聞いてもらおう)

「……ふむ。現代医学と治癒魔法の融合、か……」
 結和から話を聞いたアーデルハイトが、腕を組んで思慮に耽る。
「今は治癒魔法は、外科的に作用するものが多いです。それを応用していずれ『怪我』だけでなく『病気』をも治せる手段を、生み出したい。
 呪術医ではなく、医学的診療・治療に加え治癒魔法を組み込みより早く確実な回復を図る……そんな医療術を開発したいんです。
 アーデルハイト先生、アドバイスをお願いします!」
 深々と頭を下げる結和からは、真摯にこの問題に取り組んでいるという姿勢が伺えた。だからアーデルハイトも邪険にはせず、結和に頭を上げるように言うと、そもそも治癒魔法とは何かについてを説明し始めた。
「治癒魔法とは大雑把に言えば、『傷を受ける前の状態に戻るようにする』ということじゃ。傷を受けた状態を過去のものとし、同じく過去であった『傷を受ける前の状態』を現在とする。
 故に、敵から攻撃を受けた時には有効に機能する。術者も『傷を受ける前の状態』を把握しやすいからな。じゃが、身体的な不調に対する治癒魔法は、あまり効果を発揮しない。それは『元の状態』が過去のものとなり過ぎているのと、そもそも『元の状態』が術者がよく分かっておらんというのがある」
 アーデルハイトの説明に、結和は一定の理解を得た。元の状態、元気な状態を想像しやすい怪我は、治癒魔法は治療よりも素早く、効果的に作用する。しかし風邪に治癒魔法は効かない(効いても限定的)。もし風邪を一分前に引いたのなら、今の話だと効くのかもしれないが、風邪とはそういうものではない。
「元の状態、を身体の臓器は全て、その中に記憶しているだろう、というのが考えとしてある。これを術者が把握することが出来たなら、治癒魔法は効果を発揮するじゃろう。
 もしも臓器が元の状態から既に疾患を抱えているとしても、その場合は他の臓器の元の状態を参照すればよい。……流石に遺伝子などの人の構成に関わる部分を他から持ってくるのは、危険が過ぎるだろうがな」
 アーデルハイトの言葉に、結和の顔に影が浮かんだ。今の話だと、先天的に遺伝子に欠陥を抱えている者の治療は、魔法でも不可能ということになる。
「……アーデルハイト先生、もし私が元の状態を把握できたとしても、治療には開腹や切開といった身体的負担が生じています。
 それらを行うこと無く治療を行うことは、可能でしょうか?」
 気持ちを切り替え、結和は現代の治療における問題点を挙げ、魔法による解決が可能か尋ねる。
「お前たちは、といっても私もじゃが、つい見えているものに意識を向けがちだが、本当のところ、魔法に距離は関係ない。
 正しく意識が出来さえすれば、魔法に距離は関係ないのだ」
 尤も、結局の所は術者の力量に左右されてしまうのが魔法の欠点じゃな、とアーデルハイトは付け加える。どうしたら治癒魔法を『治療』として誰でも行える汎用的技術に昇華出来るかが今後の課題じゃ、ともアーデルハイトは言った。
「……ありがとうございました。あの……これからもアーデルハイト先生に、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
 おずおずと尋ねる結和に、アーデルハイトは微笑んで言った。
「学ぼうという意志に溢れた生徒を、私は歓迎する。時間が空いてさえいれば相手をしよう」
 快い返答に、ありがとうございます、と結和は頭を下げた。