葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

【両国の絆】第一話「誘拐」

リアクション公開中!

【両国の絆】第一話「誘拐」

リアクション






【VS ブリアレオス――突破】



「……っ、思っていた以上に、厄介……ですね」

 
 一方で。
 ブリアレオスの懐まで潜り込んだレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は、動き回るその身体に取り付くのが精一杯、という有様に眉を寄せた。
 イコン整備の知識を生かし、整備とは逆の手順をかけることで解体できればと考えてのことだが触れたことのないイコンでは構造がわからないことを差し引いても、稼動中のイコンを解体する、というのは予想以上に無謀な行為だった。
「不味いね……」
 そんな前線の様子を観察していたフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が小さく眉を寄せた。張り付くことで、ブリアレオスからは殆ど攻撃される気配はないが、解体の為に接続部分の傍に留まり続けていると、間接狙いの契約者たちの攻撃を妨げる危険がある。一旦下がった方がいい、とフランツの指示にレイチェルが引き返すのを迎えながら、「にしても、このイコンを動かしてるのものは「何」や?」と大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は首を捻った。
「誰ぞ操ってる奴の所在がわかったら、その存在を封印呪縛で押さえこんだら、止まるんやないかな」
「もし中に誰かいるようであれば、サイコキネシスで気絶させられもしようか」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が言葉を添えたが「それは難しいであろうな」と首を振ったのはオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)だ。
「ブリアレオスは元々中に操縦者を必要とせんイコンであるし、あの動作……どう見ても遠隔操作じゃよ」
 例えば近づく者を阻止しろ、といったような簡単な命令を受けて動いているのだ、というオットーの推測を裏付けるように「そのようだね」とフランツが同意した。
「さっきから、攻撃者を後追いしてこない。距離を気にしているみたいに見えるね」
 それから考えれば、与えられた命令は「その入り口を通すな」と言ったところだろう。そう推測するフランツに、なるほど、と頷きながらもどこか上の空だった顕仁は、何か思いついたように「ふむ」と目を細めた。
「あの頭の上……泰輔、我を召喚であれへ飛ばせ。あれをばらせば、かなりの行動を制限する事になりそうじゃぞ?」
 ブリアレオスは、その巨人めいた見た目の通り、恐らくその制御系は頭脳、即ち頭部にあるだろう。ならばそこを抑えられれば、戦局は圧倒的に有利になる、というのが顕仁の意見だが、その言葉には泰輔は「ええけど、ひとつ問題がな」と難しい顔だ。
「そのためには、僕があそこまで上らんとあかんやろ?」
 召還は好きな場所へ呼び出す代物ではないのだ。既に傍にいる顕仁を呼ぶためには、最低でもあの巨体の上まで離れなければ意味の無いことだし、何より接近するまでは兎も角、頭部へ上るまでの間や、仮に頭上にたどり着いたとしても、たやすく分解できるものではなかろうから、その間他の契約者の攻撃の邪魔にもなりかねないのだ。同時に、頭部に中枢がある、というのも予測でしかない。
「ならば、亀裂から入り込むことが出来れば……」
 奴の制御系との同化し、停止させることも出来るかもしれないし、何かしらのデータが取れるかもしれない。そう言ったダリルに「構造もわかんない相手に、迂闊なことはしなさんな」と、氏無が首を振る。
「それでなくとも、暴走しているイコンにそんな真似をして、どうなるかわったもんじゃない。それに……ヴァジラが操っているのでは「ない」という確定は、まだ出来たわけじゃあないんだ」
 反論しかかる何名かを抑えて、氏無は苦笑した。
「信じたい気持ちはわかるし、ボクも正直彼が望んでやってるとは思ってない。ただ……操られているのがヴァジラの方である可能性もゼロじゃないからね、お互いにとって迂闊な物証になるぐらいなら、無い方がマシかもしれない」
「…………」
 黙りこんだダリルに、オットーが「兎も角、先決なのはだ」と視線を戻した。
「その事実をさっさと確認しに行くことであろうな」
「うん」
 その言葉に、突入のタイミングを今かと待つセルウスが、心なしか焦りの篭った声で強く頷いたのに、オットーはその視線を、少し離れた場所で飛び回り続けているパートナーへ向けた。
「全く、あやついつまで時間をかけておるのだ……」
 そうして焦れるように呟いた、その時だ。
『お待たせー氏無ちゃん。準備は終わったぜ』
 氏無の通信機に飛び込んできたのは光一郎の声だ。空飛ぶ箒シュヴァルベが上空で軽く旋回するのが見えて、氏無はその場に居る一同へとテレパシーを送った。
『――ポイントB退避、ブリアレオスを足止めする。突入班、備えろ』
 瞬間、光一郎が仕掛けて回っていた機晶爆弾が炸裂した。小規模な爆発は硬い万年雪を崩すことはできなかったが、その表面の新雪を動かすには十分だ。最初はズズ、と小さな音だったそれはやがて、小さな地響きを連れて入り口へと迫ってきた。
 ブリアレオスがそれを勘付く前に、泰輔が小型飛空艇ヘリファルテをその頭部へと激突させて、一同の撤退をその視界から消えさせる。
「行くぜ!!」
 そして、入り口の前が空っぽになった次の瞬間、垂の一声と同時に状況は一気に動いた。
 垂の放ったアブソリュート・ゼロがブリアレオスと入り口の間を隔てる壁を生み出すと、当然それを破壊しようとブリアレオスの腕が振るわれたが、その瞬間。
「頼むよ、イーダさん!」
「っしゃ、いくぜ!!」
 ルカルカが召還したイーダフェルトゴーレム「イーダさん」の巨体が、それを受け止めた。重たい衝撃音と共に、ゴーレムはあっけなく倒れ付したが、その直前。一瞬しがみついていた事で生まれていた隙で、サビクに改造してもらった五獣の女王器・EXがブリアレオスの足を狙って炸裂した。勿論、一撃では浅い。が、そこへ戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)のカカオ放射器が、ドロドロのカカオ……つまりチョコレートを吐き出した。
「な、なんかすげー光景だな」
 思わずシリウスが呟いたが、寒さで急激に固まっていくカカオが、シリウスの攻撃で僅かながら傾いだ関節をのまま硬めたため、ブリアレオスの体が僅かに傾ぐ。
「……今だ!」
 瞬間。傾いだそれを更に加速させるように放たれた垂のグラビティコントロールがその巨体をぐらつかせ、ついには片膝をつかせることに成功した。
 それらは全て、ほんの僅かな間の出来事だ。ブリアレオスはすぐに、バキバキと固まったカカオを力尽くで破壊し、体制を整えて、再び契約者に向かおうとしたが、その時には、恐ろしいほどの轟音が目の前に迫っていた。
「…………!!」
 規模としては、小規模なものだ。ブリアレオスオ押し流すほどの強力なものではないが、自然界の持つ巨大な流れ――雪崩は、その巨体の足元を飲み込んで、垂のアブソリュート・ゼロの壁へ押し付ける形で埋まっていく。だがそれも、持って数秒だ。
「陛下! 今の内に!」
 突入を待っていた一行は、その声に弾かれたように駆け出した。
 ブリアレオスのすぐ脇を通り過ぎ、その背後に、氷の壁を割って更に流れ落ちる雪崩の轟音と、ブリアレオスの狂ったような雄叫びを聞きながら、セルウス達は監獄への入り口へと飛び込んだのだった。