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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【少女】



 一方、ジェルジンスク監獄、貴賓室。
 一同が突入する、数秒前のことだ。

 光学迷彩を使って、天井にあった通気口からそっと室内へと滑り込んだアリスは、そっとヴァジラの傍へと近寄った。
 貴賓室の一番奥、普段は選帝神クラスの人間が腰を下ろすのだろう、壁の中心に置かれた豪奢な椅子に、両手足がそれぞれ革のベルト状のもので結び付けられていた。流石に警戒されているようで、おそらく、物理的なもの以外もそれで封じられているのだろうと思われ、それを今外すのは難しそうだ。何より、見張りと思しきアンデッドがいるので、音を立てるのはまずい、と、アリスはとんとん、と小さな指先で、拘束されているその腕を叩いて、アリス、と文字を記した。一瞬ヴァジラはその姿を探したようだったが、続けて「みんなきている」と文字が続いたのに、すぐに事情を悟って視線をさ迷わせると窓へとそれを移す。
「……そこから逃げようとは、考えないほうが、よろしくてよ。ここから、飛び降りたら、無事では……済みませんもの」
 少女はその視線の動きをうまい具合に勘違いしてくれたようで、そんな事を言った。貴賓室という名の通り、景観を保ちつつ、危険な存在が進入しにくいようにも出来ているのだろう。少女の言葉に、ふん、と鼻を鳴らしたヴァジラは、その気をこちらに向かせるように言葉を続けた。
「余の心配などいらん。それより貴様の心配をしろ――それ以上は、体が持たんぞ」
「なめないで、くださる?」
 少女は笑って、もう一錠薬を噛み砕いた。そうして補給していなければ、ブリアレオスとの接続が保てないらしいが、はたから見ても少女の顔色は、既に病的な色をしている。だが、少女はその口元から笑みを崩さないまままだ。
「何も果たさず……終わった、あなたと、わたくしは違う。わたくしは、思い知らせて差し上げるの……わたくしの、憎悪がッ、たしかに、ここに……ッ、存在したことを!」
「馬鹿め」
 少女が唇の血と共に吐き出す激昂を、ヴァジラは顔色も変えずに一蹴した。
「貴様は、とうに終わっている」
 その言葉に、眉を寄せた少女が反論しかけた、次の瞬間。
 バンッ! と音を立てて入り口の扉が勢い良く開き、飛び込んできたのは――何故か、二人のセルウスだった。二人は飛び込んだ勢いそのままにその剣の先をびしりと(適当に)つきつけると、呆気にとられる少女の前で、あろうことか口を揃えてこんなことを言った。
「オレが……オレたちがセルウスだ! オレのヴァジラを離せ!」
「………………………………………………何のつもりだ貴様」
 ちなみに、片方のセルウスはティーの夢想の宴によるもので、セリルも彼女の指導によるものだが、勿論そんな事を知る由も無く、イコナが後ろで「こんな時にまで……緊張感が足りませんの!」と文句を言っていたのも聞こえるはずも無い、ヴァジラの表情たるや見ものだった。低く這うような恐ろしい声が吐き出される中、少女は「あっは」と笑い声を上げる。
「ふふ、あははっ、まさか、あの男の言うように、本当にいらっしゃるとは、思いませんでしたわ」
 そのままくつくつと喉を震わせると、少女は二人のセルウスに向かって目を細めた。
「はじめまして、陛下。そして――さようならですわね!」
 その声を合図に、アンデッド達が動こうとした、瞬間。その騒動の間に踏み込んでいた祥子のドラゴンアイによる衝撃波が、飛び掛ろうとしたアンデッド達を牽制し、その間で他の契約者達も一斉に飛び込んだ。
「まったく、まさか新婚旅行が監獄巡りなんて……!」
 そんな嘆きを漏らしたものの、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)も、伴侶であるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に真剣な顔だ。
 と言うのも、この部屋で待ち受けていたアンデッドは、ただのアンデッドの群れではなく、前衛と後衛にきちんと分かれて陣形を作っていたためだ。
 通路で遭遇したアンデッド達の統制の取れ方から、おそらく操り手のような者は無く、自身の生前の体の記憶によって自立的に動いているらしい、ということは予想できている。ならば、このアンデッド達の隙の無い陣形の取り方は――
「……龍……いえ、従騎士の成れの果て、ということかしらね」
「厄介ね……」
 呟く二人の声は、苦い。従騎士は、龍騎士には及ばないものの、十分脅威になる相手だ。それがこうしてきちんと徒党を組まれると更にやり辛い。前衛のアンデッドの攻撃をやり過ごしても、後衛からの援護に、対応が追いつかなくなりはじめた、その時だ。3−D−Eで天井へと飛んでいた祥子が、そんな二人を援護する形で朱雀の札を投げて、まさに横合いからセレンフィリティを狙っていた一体を炎で包むと、宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)――同田貫義弘を振りかぶって、熾天使化した体をそのまま後衛と前衛の間へ飛び込ませた。両者の分断を図ってのことだ。
「今だよ、行こう!」
 直後、陣形が崩れて、前衛の動きが乱れたのを狙って、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、優と彼のパートナー達――神崎 零(かんざき・れい)神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)の三名、そしてスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)が、セレンフィリティたちの横をすり抜けるように、セルウスと共にヴァジラへ向けて一直線に飛び込んだのだった。

 その一部始終を、グラビティコントロールで天井に張り付く形で眺めていたのは鉄心と武尊だ。狭所での混戦の巻き添えを避けて、と言うところまでは同じだが、ビデオを回しながらあくまで傍観を決め込んでいる武尊と違い、鉄心は嫌な予感が頭からずっと去らないまま、戦場となっている眼下以外を警戒していた。
(ブリアレオスに、アンデッド使い……確かに楽な相手ではないが……)
 反乱を起こすには、戦力としては過小過ぎる上、そして帝国がヴァジラを切り捨てる判断をしても、元より犯罪者であり、処罰が予定されていた彼が討伐されたところで、懐が痛む者が一体何人いるのか。そう考えると、ヴァジラを誘拐犯として祭り上げたのは、何か別の目的があると考えた方が良いだろう、と鉄心は息をついた。
「不和の種を蒔く、と言う口上も嘘ではないのだろうが……過程の一つか」
 もしも現在起きているこれも、種を蒔くという行為の一環でしかないのなら、その芽をどう咲かせるつもりでいるのか、それが問題だ。だがもし、何を咲かせるかは問題ではないのだとしたら。
(……いずれにせよ、さっきの口ぶりではセルウスがここへ来るのはある程度予想通りのようだし、現時点で注意すべきは、セルウスを狙う罠が存在している可能性か)
 そうして、鉄心が難しい顔で状況を伺っている中、祥子たちの援護のもと、美羽たちはヴァジラの目前まで距離を詰めることに成功していた。
「ヴァジラ、お待たせ! 助けに来たよ」
 美羽の言葉には、ヴァジラは一瞬嫌そうな顔をしたものの、自分が動けない状態であることは判っているからだろう、文句は口にしなかったが、どうしても素直に受け入れは出来ないようで「捕らえにきたの間違いではないのか?」と皮肉ったのには、美羽は思わず口元を緩めた。
「私もセルウスも、最初からヴァジラが誘拐犯だなんて思ってなかったよ」
「…………フン」
 鼻を鳴らすヴァジラだったが、それ以上何も言わなかったのに、優がヴァジラの拘束具を切り落とそうとした、その時だ。ぶわっとその視界を、煙幕ファンデーションの煙が遮った。続けざまその中に混ざりこんだしびれ粉は、直前に刹那のかけていたイナンナの加護のおかげでいくらかは影響を受けずにすんだが、ほとんど正面から受けたため、スープが真空派で煙を吹き飛ばして開いた隙間に向けて飛び離れざるを得ず、距離を開けた美羽たちと、ヴァジラの間に滑り出たのは、狐のお面を被り、ボロのローブで全身を覆った辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)だ。そのローブのせいもあってアンデッドにしか見えない彼女らは、ヴァジラの椅子の傍らで息を潜めて接近者を警戒していたのだ。
「……っ、この……!」
 すぐさま、美羽が応戦しようとしたが、そこへ更にヴァジラを見張っていた二名の騎士が襲い掛かってきたのだ。先ほどのしびれ粉の影響から抜け切れていない一同は、刹那の投擲してくる暗器とアルミナの魔法に翻弄されてじりじりと後ろへ下がらされていた、その時だ。
「みなさん、しっかりするんですの!」
 イコナの清浄化の光が降り注いで優達を癒し、更にアキラの放った光の刃が、騎士のアンデッドに襲い掛かって下がらせ、両者の位置がまた戻った。
「……ふ、ふ。無駄なこと……無駄な、あがき……ですわ」
 そんな一同の奮闘を横目に、ふらふらと足元を危うくしながらも少女は笑う。
「外で暴れている、ブリアレオス……はヴァジラさんにしか、扱えない、と、いうことに、なっているん……ですもの……あとは、ここであなた方――そして陛下を始末すれば、ヴァジラさん、の叛逆は……決定的に、なりますわ」
「んー……それはどーかな。多分だまされないと思うけど?」
 その言葉に、アキラは首を捻るようにして言った。
「ヴァジラだったらあんなヘッタクッソな動かし方しないもん」
 その言葉に、少女とヴァジラは同時にその顔色を変えた。特に少女のほうは、既に蒼白な顔を目線で射殺そうとしているかのようにギッときつい眼差しを送ったが、アキラはしれっとそれを受け流して続ける。
「ヴァジラならもっと上手に動かすよ。一度戦ったことがある奴ならすぐにわかる――帝国の龍騎士なら、なおさらね」
 そう、挑発するようにして言ってから、少女が反論するより早くその先を封じるようにして、アキラは更に言葉を重ねる。
「そんなことよりさ、お前さんは誰で、こんなところで何やってんのさ?」
「ソウヨ……早くブリアレオスを止めてアゲテ」
 その言葉に声を重ねたのはアリスだ。
「アノ子悲しがってた、泣いてたワ。同じ人形だから気持ちがわかるノヨ」
「悲しい? 機械が?」
 その言葉に、嘲笑するように少女は笑って「むしろ悲しんでいるなら喜ばしいことですわ」と口元を歪めた。
「苦しめばいい、泣けばいいのですわ」
 どんどん声に不穏な色が混じり、アリスが反論を思わず飲み込む中で、少女は「誰かと聞きましたわね?」とギトリと視線をアキラへと戻して喉を震わせながら、歌うような調子はずれの口調で続ける。
「わたくしに名前は無いわ。そんなものは、必要なくてよ。わたくしは、破壊者。わたくしは、蹂躙者、そして、あの男と志を同じくする者」
「……あの男?」
 アキラが疑問を口にしたが、それには答えるつもりは無いのか、唇を歪めただけだ。気のせいか、様子のおかしい少女に、尚も追求するべきか、僅かに躊躇った、その時だ。セレアナが「見つけたわ……!」と声を上げた。
「あれが、こいつらのリーダーね……!」
 セレンフィリティがその剣先で、アンデッドの一人を示した次の瞬間。セレンフィリティとセレアナの援護の中で飛び込んだのは祥子だ。同田貫義弘に破邪の光を纏わせると、再び3−D−Eで跳躍と共に、リーダーの懐まで飛び込むや一閃。光と冷気を纏った刃が鞘を滑ってヒュッと空気ごとその胴を払い、翻ってその頭を斬り落とした。途端、ぼろぼろと体が崩れ落ちていく中、次に動いたのは美羽だ。
 リーダーを失ったことで、一瞬陣が乱れた隙をついて、龍騎士のコピスの纏う炎を聖なるそれへと変えると、コハクがバニッシュで二体の動きを止めたところへと、一気に振り下ろした。ごうっと猛った炎が二体を飲み込んで燃え上がり、崩れ落ちていく間に、優と聖夜がヴァジラの拘束を破壊する。
 そうして――残るアンデッドや刹那との激闘の続く中、拘束から自由になったヴァジラはコキリ、と硬くなっていた関節を伸ばしながら、少女へと寄った。
「ここまでのようだな」
 まだアンデッドも残っているが、統率するリーダーを失った今、全滅は時間の問題だ、とヴァジラが冷たく言い、セルウスがその剣先を少女へと向けた。
「今、素直にブリアレオスを止めて降参するのなら、乱暴はしないし、権利を保障する。でも……」
 抵抗するならただではすまない、とセルウスは凄んで見せた。
 帝国の魔導師たちであれば、例え死んだとしてもその体から無理やり情報を取り出す方法を知っている。そんな惨いことになってもいいのか、と、精一杯脅しをかけて見せるセルウスだが、少女はくつくつと喉を笑わせた。
「まだですわ。まだ――決着はついていませんのよ……」

 だがそんな彼女の体が既に限界に近づいているのは、誰の目にも明らかだった――……