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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【イルミンスール――結末、そして始まり】



「――ええ、イルミンスールの外に異変はありません。やはり直接目的地へ移動したと見るべきでしょうね」

 ボディラインが出る黒のボディスーツに、センスはいいが兎に角派手なジャケットにサングラスという、とても生徒には見えない格好(ちなみに本人的にはこれでも地味な方なのだが)だからという理由で、パートナーのタマーラから外で待機と言われてしまって、偶々校舎外へいたニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は、装輪装甲通信車に凭れるようにしながら、タマからのテレパシーの内容も合わせて報告を上げるのに『そうかい』と半ば予想していたような氏無の声が返った。そのまま無言で先を促す様子に、ニキータは報告を続ける。
「誘拐されたのは、先程お送りしたリストの通りです」
『確認したよ。ナナシが浚われずに済んで何よりだ。現場の子たちに感謝だね――ルレンシア女史が行って、ディミトリアス君が残ったのは、まあ、善し悪し半々ってところかな』
 その声に、既に次を読もうとしている気配を感じながら、ニキータは続ける。
「うちのタマがサイコメトリした結果、ピュグマリオン少年は――……残念ながら、留学していたエリュシオンの少年の遺体に、間違いないようです」
『それから、事件発生前後の記録ですが映像と音声記録が残ってます』
 ルースが後を引き継いで、講義の見直しようにと撮っていた映像を北都が撮っていたそれと併せて送りながら『戦闘中の様子も、何とか……ローブの中は一人ぶんしか撮れてませんが、戦力規模は確認できるかと』と説明する。
『少なくとも発生直後の映像がありますから、彼らの口上が嘘――自分たちで仕組んだことははっきりしますが……』
 ルースの声は晴れないが、応じる氏無の声もまた晴れない。先ほどのニキータの報告から、ピュグマリオンが既に死亡しているということが判明した以上、問題となるのは彼を殺した相手と、殺された場所だ。更には、十六凪が作り出した状況……ピュグマリオンが引き起こした騒動により、蒼空学園の一般生徒(ハデス――高天原御雷のことだ)が重症を負ったという事実が残されてしまっている。
 微妙な沈黙に、ふと、音声データを送った燕馬が通信に割り込むようにして『なあ』と氏無に声をかけた。
『もしかして……聞いたことがある声なんじゃないか?』
 すると一瞬、氏無は言葉に詰まるようにして『まぁね』と苦く言った。
『同じ声じゃあないが、口調は……よぉく知ってる』
『誰だ?』
 追求した燕馬に、氏無が沈黙するのに、答えられないのだと察し、同じく沈黙で応じた一同に『ごめんよ』と短く言って、氏無は話題を戻した。
『兎も角……情報としてはありがたいけど、証拠としての提出は難しいかな』
 特に帝国側には、と付け足すのに「何故ですか?」と問えば、現在のシャンバラの技術では、アイテムひとつでの映像の加工も容易であるために、証拠能力が失われつつあること、また、十六凪がハデスを撃ったこと、実際にエリュシオンからの留学生だったピュグマリオンにシャンバラの契約者が攻撃している光景、誘拐が成功してしまっている事実もまた撮られていることをあげて『それに』と氏無は声を潜めた。
『勿論、検証用には重要な手がかりだし、ありがたい。ただ……今のところ、表向きはこの事件は「無かった」ことになるのが望ましいんだ。だから、証拠は「無い方がいい」……判るかい?』
 その声の持つ含みに、自分たちがその言葉をどう判断するか試しているような空気を感じて黙り込んでしまうと『まぁそう難しく考えなさんな』と氏無の声は続く。
『勿論、アーグラを初め、エリュシオン側の一部とは共有はする。ただ、誰を何処まで信用し、何処で線を引くか――ってことさ』
 そうして言うだけ言った後、それじゃあ後はよろしく、という軽い声を残して、氏無は通信を切ったのだった。


 結果として――イルミンスールで起こった“事件”は『魔法の暴発により、教室は壊滅的被害を負い、何名かの生徒が緊急治療中である』ということになり、その責任を取る羽目になるディミトリアスの給料的なものが、カモフラージュのための一時的なものであるとはいえどの程度ダメージを受けたのかは、とりあえずこの場で知るものはいなかった。


 そして――……





「…………ここは、どこでしょう?」

 くらくらとする頭を振って、ジェニファが漸く視界を取り戻した目で周囲を見回しながら呟いた。
 闇が深いために遠くまでは判らなかったが、少なくともその空気から、洞窟のような場所であることは判った。随分奥にいるようで、地上を感じさせる音は一切無い。うすぼんやりと頼りなくはあるが、パートナーのマークや、一緒に誘拐された他の契約者たちが一応傍にいるのが見えているのは、ここからでは判らないが、一応灯りらしきものが設置してあるからだろう。何人かが魔法で灯りを試そうとしたが、何れも上手くいかなかった。
 どちらが出口でどちらが奥かも判らない中、クローディスがポケットから懐中電灯を取り出して上へ向け、その天井の高さやら何やらを観察し「…………こちらが奥か」と後ろを振り返った。
「どうします……?」
「そうだな……」
 歌菜が訪ねるのに、クローディスは考えるように首を捻りながら、更に周囲を確認しようと、懐中電灯の光を強めた、その時だ。洞窟の奥で、何かの金属が光を弾いた。
「あれは…………檻ですね」
 目を凝らせば、棒状の金属が均等に並んでいるのに、はっと需要の内容を思い出したジェニファが、ディミトリアスから受け取っていた刻印の護符を取り出した。これならもしかして、と試したところ、灯の効果を発動したその護符をライト代わりに、自らも奥を照らして、ジェニファは眉を寄せた。
「それに、あれは……!」
 見れば、うずくまっているのは数人の少女達だ。その中に見知った顔を見つけて慌てて駆け寄ろうとした歌菜を、クローディスが「待て」と遮った。
「迂闊に動かない方が良い。この洞窟…………何かが、可笑しい」
「流石、専門家ですね」
 その声に、ぱちぱちと軽い拍手が降った。柔らかい物言いなのにぞっとするほど冷たい声色をした、奇妙に聞き覚えのあるその声の主は、足音もなく歩みを寄せると、意外なほど柔和な面立ちの男が姿を表した。
「飛び込んで頂ければ手間が省けたのですがね……ああ、大丈夫。眠っていただいているだけですから。今は、まだ」
 そう説明して、ローブの一団を下がらせると、男は恭しく頭を下げて見せた。
「申し遅れました。私は出雲しぐれと申します。死霊使い、屍術士、しぐれさん、まぁ、何とでも」
 冗談めかす素振りだが、一同は思わず身体を強ばらせた。声は違えど、その口調、雰囲気は、教室を襲ったピュグマリオンそのものだったからだ。身構える契約者たちに、しぐれは大袈裟に肩を竦めて見せる。
「皆さんにはしてやられてしまいました。残念です。「マーカー」が手に入れられなかった以上……計画は幾らか修正が必要となってしまいました」
 どこか嬉しそうな声でしぐれが近付くのに、クローディスが、年若な契約者達を庇うように前に出た。
「残念だったな、何でもかんでも上手く行くと思ったら大間違いだ」
「そうですね」
 あっさり肯定が返るのに、一同が戸惑う中「揃うのを待つのではなく、今あるカードで切れる最善の手を揃えろ。「あの人」の言葉です」 としぐれは笑う。
「なので、あなたや契約者たちが手に入ったことを成功として、事を進めるまでですよ」
 そのままクローディスに距離を詰めようとするのを、歌菜が一歩前へ出て遮ろうとしたのに、しぐれはくすりと笑って足を止めると「何もしませんよ」と首を振った。
「残る役者が揃う前にまでに、お話いただきたいことがあるだけです」
 意味深な言葉と共に一歩前へ出たしぐれは、クローディスが目を逸らさない様子に、にっこりと笑みを深めながら「やはり、こちらの狙いはお見通しでしたか」と確信した様子で目を細める。

「――取引です。ここの彼女たちと引き換えに、教えていただけますか? 「鍵」を」