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リアクション
「うははははははははははははは!! 見よ、この雄姿!! ついに俺様のターンがきたというわけだな!!」
表紙と裏表紙を翼のように開いて宙に浮かんだ石本が、大広間の中央で堂々大声で叫んだ。
「なっ!? ……カバ?」
リカインは敵の動きに合わせて走っていた足をぴたりと止めて、驚愕の目で自身のパートナー、石本の河馬吸虎を見上げた。
いや、もともとこの石本が本来の河馬吸虎の姿だった。人型をとっていただけで……そして人型から石本に戻ることができなかっただけで……。
「おう、そこにいたかリカインよ! よくもあんな場所へ置いて行ってくれたな! これはひと言文句を言ってやらねばと思って、わざわざ追ってきてやったのだ! 感謝しろよ!」
リカインはぱくぱく口を動かしたが、まだショックが大きくて、真っ白な頭から言葉が出てくれない。破壊された戸口にもたれかかったウェインの姿が視界に入って、どういうことだと目で訴えたが、ウェインは両肩をすくめて見せるだけだった。
「……元に……戻ったの、カバ」
「そうともよ! 俺様、完・全・復・活!!」
うわははははは! と再び高笑った河馬吸虎が次に目を向けたのは、壁に鎖で止められているヘビ女の裸の胸だった。
「うひょーーーーーー!! これはなんと立派な乳だ!! ずるいぞリカイン、これだけのものを俺様に見せず、自分だけ鑑賞しようとは!」
「……だれもそんなばかなこと、考えないわよ……」
そうだ、こいつはこういうやつだった。あまりにチキンメンタルだったあの人型のときが長かったので、ほとんど忘れかけていたが。
げんなりするリカインの前、河馬吸虎はヘビ女の元へ突進する。
「うむ! 色、肌のツヤ、張り、重量、どれをとってみても申し分ないぞぉぉぉおおおおおおお!!」
ぺたん。
2人の体格差からしてまるで壁に貼りつくハエのようだったが、河馬吸虎がヘビ女の乳房に貼りついた瞬間、ヘビ女が体を揺らしたように見えた。
その瞬間、ウズメが叫声を発した。
「ヒイイイイイイイイィィィィィイイイイイ!!」
「なに? 一体どうしたの?」
耳をつんざく悲鳴に、のぞみは思わず耳をふさぐ。
ウズメたちは目にもあきらかにおびえていた。ブルブル身を震わせ、四つん這いになり、あわてて壁に爪を立ててよじのぼっていく。行き先はあの天井付近に開いた亀裂と穴だ。
仲間が殺されても飛びかかってきていたウズメたちがこんなにもおびえるとはどういうことか。ヘビ女は鎖に縛られているというのに。
唐突に終わった戦闘にピンとこず、息を整えながら逃げて行くウズメたちを見上げていた彼らを、穴に逃げ込む寸前ウズメたちが見下ろした。
「ゲゲッ、おまえタチ、食べラれちゃうト、イイヨ」
「彼女ハ満腹するマデ止まらナイからネ」
「ゲゲゲッ」
「アマノムラクモを止めラレるのハ、オオワタツミさまダケ」
「……アマノムラクモ? それがあのヘビ女の名前?」
ロビンがつぶやく。
「食ワレちまエ」
「食ワレちまエ」
「ゲゲッ」
「それは一体どういう――」
のぞみの言葉の語尾に重なって、そのときビキンッと重い何かが引き抜かれる金属音がした。そして彼女の頭上を越えて、コの字型をした巨大な鉄の塊が壁に激突し、そこにめり込む。飛んできた方角を振り向けば、ウズメとの戦闘中、だらりと力なく垂れていた腕が振り上げられていた。河馬吸虎を振り払おうとしてか、身を振るたびに壁の楔が吹き飛んで、はりつけられていた体が自由になっていく。
「美羽、あれヤバいんじゃ……」
暴れるアマノムラクモを見て、嫌な予感にわが身を美羽の盾として前に出るコハクの目の前、最後の拘束が飛んだ。顔の下半分を覆っていたチューブ付きのマスクがはずれる。
――ギャガァアアアアッ
犬のように頭を振るって唾液を振りまきながら、アマノムラクモは自由になった両手で地面に手をついた。ズシン、と強烈な縦揺れが起きて、だれもが転ぶのを避けてその場で態勢を低くしたとき。
「うひょおおおお」
ついにはじき飛ばされた河馬吸虎が宙でボールのようにクルクル回転しながら床に落ちた。
「あんた、なんてことしてくれたのよ」
リカインの叱責などものともせず、河馬吸虎は再び浮き上がる。
「まだだ! まだ俺様は何もしてないぞ!」
そうとも、まだ肝心のモノの確認をしていないっ!
「きさま!! 穴はあるか!?」
あるだろう、女としてッッ!!
それを見せろ、俺様が開発してやるーーーとローションをかざして再度突貫をかける河馬吸虎に、リカインは立ち直れそうにないほどのダメージを受けてがっくりとその場に両手をついた。
「…………殺してやりたい……」
今日ほどあいつの存在を抹消してやりたいと思ったことはない、と猛烈な怒りにかられて手をこぶしにして震わせる。
そんな彼女の様子を、のぞみは別の意味でとったようだった。
うなだれたままのリカインの横につき、肩に手を乗せる。
「リカインさん、気にしないで。もともとあれは倒さなくちゃいけない存在なんだから。いずれは起こさなきゃいけなかったの」
「…………倒す……そうね」
のぞみの用いた言葉を拾って、リカインは前向きに(?)うなだれていた面を上げて立ち上がった。
心情的に、完全に八つ当たりだけど。(パートナーロストの危険性から)抹殺できない河馬吸虎の代わりに、あいつをボコボコにしてやるわ!
「短期決戦よ! 一気にかたをつけるわ!」
全員に向かってリカインは宣告をした。
羽虫のようにブンブン周囲を飛び回る河馬吸虎を始末しようとアマノムラクモが暴れるたび、体のどこかが壁や床、天井などにぶつかって、穴が開いたり亀裂が走ったりしていた。天井からもパラパラと瓦礫片が降ってきていて、いつ本格的な崩落が始まるともしれない。
「願ったりだ。いい加減ウゼえよここの化物どもは」
長引く戦いに疲弊した燕馬からは、すっかり閻魔の仮面が剥がれ落ちていた。
ずっと温存してきたオニキスキラー――『漆黒の殺し屋』の異名をとる大型銃をかまえ、その銃口をアマノムラクモへと向ける。だがアマノムラクモの動きはいまだ活発で、照準がうまくとれないでいるのを見て、ローザが『閻』を担ぐようにかまえて切り込んでいく。彼女がダークヴァルキリーの羽の機動力でアマノムラクモに捕まらないよう動き、まだアマノムラクモとつながっているチューブも足場にして、ときにはフェイクも混じえての一撃離脱戦法でアマノムラクモの気を引きつけているうちに、リカインは夢想の宴を発動させた。
彼女がこの場に生み出したのはタケミカヅチ。かつてオオワタツミとの死闘で浮遊島群の人々が駆った戦闘機である。彼女は先日参ノ島の博物館でそれを見ていた。それゆえ外見は細部まで精巧に再現されたタケミカヅチだったが、肝心の、動いているところは浮遊島群へ最初に上がってきたときに遠くで飛んでいるのを一度見たきりだったため、挙動はかなりファンタジックな仕上がりとなっていた。
「ここが広くて助かったわ」
ホバリングし、宙に浮いたタケミカヅチは大広間じゅうをアクロバティックに飛び回ってアマノムラクモからの攻撃をかわし、雷撃を放つ。
上空のタケミカヅチと下からのローザの攻撃とで混乱したアマノムラクモは、うなり声を発しながら両手をめちゃくちゃに振り回す。そしてはがした床の大理石や引っこ抜いた柱を、タケミカヅチやローザに投げつけた。タケミカヅチはしょせん幻影で、それにより破壊されることはないが、リカインの方はそういうわけにはいかない。タケミカヅチに向かって投げられた瓦礫の1つが、タケミカヅチをすり抜けて、まっすぐその先に立つリカインの方へと飛んできた。
「なっ!?」
とっさにその場から跳んで逃げたが、集中力を失ったその瞬間に夢想の宴は解除され、タケミカヅチはかき消すように消える。
「ローザ、どけっ!!」
燕馬の声に、ローザは突撃しようとしたのを途中でやめて、後方へ飛んだ。彼女と入れ替わるようにオニキスキラーから爆音のような音をたてて銃弾が発射される。弾は左の鎖骨付近に着弾し、そこからみるみるうちに肌が闇色へと変わっていった。
「闇に飲まれて消え失せろ」
――ギァャガッ!?
オニキスキラーの銃弾には闇の侵食効果がある。そのことを知らないアマノムラクモは、今自分の体内で起きていることが分からず混乱したのか、ますます暴れだした。タケミカヅチの雷撃に焼かれ、ローザに切り裂かれた肌はもうすでに流れる血で赤く染まっていたのだが、どれも重傷を与えたとまではいかなかったようだ。
「んもう。往生際の悪い!」
のぞみがさらに追加で死滅の呪いを放った。闇の侵食との相乗効果を狙ったもので、それはたしかにアマノムラクモの体内でその効力を発揮する。
――ヒギャアアアアァァァァアアァァァアーーーーーッッ!!
わけが分からない不思議な力で、内側から死滅させられているという恐怖にアマノムラクモは獣のような叫声を発した。頭をぶんぶん振っていたアマノムラクモは、その動きでついに脇腹や尾についていたチューブをも引きちぎる。そして完全に自由になった身で、今度こそ暴れて転がり、のたうちまわった。
「危ない!」
暴れる尾がはじき飛ばした柱の一部が閻魔に向かったのを見て、サツキがアブソリュート・ゼロを飛ばす。瓦礫は氷壁にぶつかり、粉々に砕けた。
アマノムラクモが苦しげに転がる音にまじって、いつしかピシッピシッという亀裂音が始まっていた。地鳴りもする。天井を支える柱が引っこ抜かれたせいで、天井が崩落しようとしているのだ。残る柱もアマノムラクモがのたうって暴れているせいで、かなり砕かれてしまっている。砕かれていない柱も壁も、深い亀裂の入っていない場所はない。天井を支える負担がすべて残りの柱と壁にかかったための亀裂だ。その重圧に負けて、すべての柱が砕けるのは時間の問題だった。その瞬間、間違いなく壁の方も崩れるだろう。
「新婚早々、こんなとこで生き埋めなんてぜーーったいイヤ! あなたと心中なんていうのも願い下げだよ!
コハク!」
チャージブレイクを終えた美羽は、同じくチャージブレイクをして限界まで力を溜めているはずのコハクの方を見る。
「……うん。いいよ」
コハクからの返答に、美羽は彼の手を取った。2人、気を合わせての滅技・龍気砲を放つ。2人の力のすべてを乗せた渾身の一撃はアマノムラクモの心臓を捉え、貫き――それだけにはとどまらず、背後の壁ごと突き破った。
ぽっかりと丸く開いた大穴から刺すような鋭い空気が風となって流入し、全員を翻弄する。しかしそれが終われば、あとは青い空が見え、すがすがしい太陽の日差しと新鮮な空気のなかに彼らはいた。
「やっ、た……?」
半信半疑につぶやくのぞみの肩を、ぽんとミカがたたく。
「やったな。さあ、船に戻るか。向こうがどうなってるか心配だしな」
「うん」
そのとき、ぐらりと足元が大きく傾いた気がした。
「え?」
気がした、だけじゃない。間違いなく傾いている。
「この城、落ちてる!?」
「くそっ! あの山姥たち、何かしやがったな!」
アマノムラクモが倒されたとなればオオワタツミにどんな処罰を受けるか分からない。自分たちはアマノムラクモに仕え、守り、また餌となる身でもあった。そんな自分たちが生き残っていることに、オオワタツミは何の価値を感じるだろう? 感じるわけがない。オオワタツミにとって価値があったのは雲海をつくるアマノムラクモだけだ。
そんなことを考えたウズメたちが、彼らを道連れの心中をねらったのだ。
「ゲゲッ、せめテ、ソウしないト」
「あいつラのセイ、なんだシ」
「ゲゲゲッ」
ウズメたちは浮遊岩城の中枢にある、オオワタツミの力の塊である怨嗟の玉の元へ行くと、次々と玉へとびついていった。玉の力に焼かれながらも唾を吐きかけ続け、じわじわと玉を石化させる。そうして表面を何重にも石でコーティングし、力の放出を封じ込めたせいで、動力源を失った岩城は落下していっているのだった。
「冗談じゃない! こんな所で死んでたまるか!」
どんどん傾いていく岩城に、船まで戻っるだけの時間はないと直感しながらも一縷の望みで戸口へ走る彼らの耳に、そのとき聞き覚えのある船のエンジン音が聞こえてきた。思わず音のした方へ首を巡らせた彼らの前、壁に空いた穴の向こうに自分たちが乗ってきた小型武装船とトトリに乗ったリーたち傭兵の姿が現れる。
「オレたちを信じて飛べ! 必ず受け止めてやるから!」
もちろん彼らのとった行動は1つだった。