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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【それぞれの過ごし方――そして閉幕へ】



「よっしよし、その調子で盛り上がってくれよ」

 舞台が盛り上がりを見せる中で、猫井 又吉(ねこい・またきち)は一人、会場の脇でほくそ笑んでいた。
 会場の一角に設けられたそのスペースでは、パートナーの武尊の交渉で、ティアラから許可を得て、ティアラの公認グッズを販売中なのである。並んでいるのは、定番の団扇やブロマイド、サイリウムにポスター等だ。販売員が一人しかいないために、てんてこ舞いになっているのだけが難点だが、それも裏を返せば繁盛している証拠である。
 普段はこういったライブに縁の無い者達も「そういうもの」だと説明すれば好奇心からかお揃いの団扇を買ったり、サイリウムを物珍しげに買っていったりしている。そういった購買層も勿論重要なのだが、一番重要なポイントは、ティアラの活動拠点がカンテミールであるため、エリュシオン国内であるなら兎も角、シャンバラ国内ではまだ、ティアラ公認の正規グッズを扱っている場所がまだ存在していない、ということだ。
(ティアラグッズを扱える唯一の商人、ってのはでかいからな)
 そしてこのライブの注目度の高さだ。売り上げを稼ぐには絶好の場所であるという以上に、宣伝効果の高さが魅力的である。ティアラも判っているからだろう、許可もあっさり出、これから先の直輸入提携先としての公認スタンプが、販売所ののぼりにしっかりと記されている。
 尚、ライブの様子は勿論あちこちに設置したカメラが撮影中だ。こちらも当然、後々DVDなりの商品化することになっている。
(ライブの編集に通販サイトの立ち上げに……忙しくなりそうだぜ)
 提携の話は既に進んでいる。後日立ち上げる予定の通販サイトのCMもさりげなく商品に貼り付けてあるのだ。今販売しているグッズなどもそのサイトのメインを張ってくれるだろう。会場が熱を上げていくにつれて、グッズを買い求める人間が増えていき、目の回る忙しさであるのが既にその後々の計画も、成功を予感させている。アイドルという市場に見える活路に、又吉はにまりと口元を笑みにする。
 野望は大きく、手段は現実的に。その数年後、グッズ販売を足がかりに、カンテミールとの深い輸出入のパイプラインが繋がっていくわけなのだが、それはまた別の話だ。



 会場がそんな盛り上がりを見せている中。
 二階の桟敷席の一室では、相変わらず手元にパソコンを置いた理王の姿があった。
 とは言え、今回は普段とは違って、ネットライブを行う側ではなく、純粋に聴く側だ。パソコンの持ち込みは単純に、当人が何時いかなる時でも手放せないためである。
「そんなにあからさまにがっかりするなよ……」
 会場を眺めていた理王は、横で溜息をついている屍鬼乃に肩を竦めたが、こちらはモニター画面を眺めたままではあ、と溜息を吐き出している。
「やっぱり会場には出てこない、かぁ」
 普段余りこういった場所に出てこない二人が、ティアラのライブに足を運んだのは、ネット友達でもあるエカテリーナと会うことが出来ないか、という期待故だ。とは言え、一応シャンバラのお菓子を持って来ては見たものの、本人が来るとは余り期待はしていなかったようで、溜息も小さい。
「仕方ないさ」
 理王も苦笑気味に肩を竦める。名目としては「ティアラ不在時の代理として、カンテミールに残ってないといけないのだぜ」とのことだったが、元々、エカテリーナは極度の引き篭もり少女である。愛機である工房イコンで異動してくる事はあれど、本人が姿を見せることは殆ど無いのだ。こういった会場なら尚更、自分達と同じ理由で出てこないことは十分予想の範疇だ。
 それでも、会話ぐらいは、と屍鬼乃が少しばかりの落胆を見せていたのだが、ふとパソコンへと視線を戻した理王は、そのモニターの隅でちかちかと光っている小さな窓に気がついた。ティアラのコンサートに関係するウェブ上での動きがあれば知らせるようにしていたアラートだ。それを確認して、理王はすっかりしょげ気味の屍鬼乃の肩を叩いた。
「屍鬼乃」
 その声に屍鬼乃が「何?」と顔を上げると、モニターの向こうでは、ティアラのライブ配信を行っているエカテリーナのアイコンが手を振っていたのだ。ライブ音声の邪魔になるからか、いつもの合成音声は使っていない、ただの文字の羅列だが、ライブ配信の隙間でメッセージを送ってきたらしい。
 屍鬼乃は少し笑って、キーボードに手を伸ばしたのだった。




「体調は大丈夫か?無理はしていないだろうな」

 一方、別の個室で物珍しそうにコンサートの様子を眺めていたディミトリアス、アニューリスの下を訪れていたのは優の一家だ。
 今回も身体に負担をかけるような事をしていたらしいディミトリアスを心配して、様子を見に来たようだ。それぞれの普段とは違う正装姿に新鮮な心地になりながら「問題ない」とディミトリアスは少し笑った。
「消費した魔力もきちんと取り戻したし……今回は生徒達が頑張ってくれたからな」
「ならいいが……余り無茶はするなよ」
 俺の無茶は少しだけだ、と心なしか誇らしげな色のある返答に、優は安堵と微笑ましさとの両方で溜め息を吐き出した。それでも、これは言っておかなければと優は目を細める。
「ディミトリアスが倒れたら、アニューリスもアルケリウスも悲しむ……俺達も、辛い」
 真剣な言葉に、ディミトリアスは申し訳無さそうな、そしてほんの少しくすぐったそうな表情で「ああ」と頷いた。自身のことについて頓着が余りなかった様子のディミトリアスの中に見える僅かな変化に、緩みそうになる表情を引き締めると、優の手はぽんとその肩を叩いた。
「二度とアニューリスを悲しませるんじゃないぞ」
「そうですよ」
 優の言葉に、零が心なしか強い口調で追従する。
「今度アニューリスさんを泣かせたら、私、絶対に許しませんからね」
 同じ女性としてアニューリスの為にと、普段は優しい眉を上げての零の言葉は随分堪えたらしい。二人分の釘に、最近怒られてばかりだなとディミトリアス肩を落とした。フォローが入らない所を見るに、アニューリスとしては良く言ってくれた、という所なのかも知れない。改めて二人の関係を垣間見て、優は妻と二人くすくすと笑った。

 そんな一幕の後、娘だと紹介された幼子に、二人の表情が柔らかに緩んだ。人見知りはしない性質なのか、小さな手が興味をそのままに手を伸ばしてくるのに、恐る恐る指を触れたディミトリアスた目を細める。
「かわいいな……」
「良く似ていますね」
 二人が代わる代わるその頭を撫でるのに、優と零は顔を綻ばせた。特にアニューリスは嬉しげに微笑んで「利発そうな子ですね」と髪の毛を指先でそっと梳く。そんな様子を愛しげに眺めていたディミトリアスに「そういえば」と優は口を開いた。
「イルミンスールで講師をしているみたいだけど、何を教えてるんだ?」
「俺の生きていた時代の魔術だ。あんた達からすると、古代だな」
 その言葉に、彼らしいところに落ち着いたのだなと、と優は感心に瞬いた。
「古代魔術か、面白そうだな。今度、講義を受けに行って良いか?」
 元々考古学専攻の学生であるからか、興味をそそられたらしく、優が尋ねると「勿論」とディミトリアスは快諾した、が、ふと俯くと「ただ」と声のトーンが下がった。
「俺の授業は酷く退屈らしいからな……それで良いなら、だ」
 どうやらイルミンスールいち退屈な授業という異名について、案外気にしているようだ。
 優と零、そしてアニューリスは、三人顔を見合わせると、堪えかねて噴き出した。

 そうして、はしゃぎ疲れて眠ってしまった紫苑をあやしながら、それぞれの冒険話に花を咲かせつつ、ティアラのライブを楽しんだのだった。




 同じ頃、別の桟敷席では刀真が月夜と二人で穏やかに過ごしている所だった。
 用意されたワインを傾け、ティアラの歌に耳を傾ける。丁度バラードに入ったところで、落ち着いた曲調には桟敷席のムードは丁度良い。
 事件の最中は戦いに集中していたし、聞かせる目的ではない歌だっただけに、こうして落ち着いて聞毛手何よりだ、と感慨にふけっていると、ふと、重みを感じて刀真は瞬いた。柔らかなその感触に、月夜が凭れ掛かってきたのだということは直ぐに判った。パーティで飲み過ぎて酔ったのだろうかと思っていたが、どうやら違うらしい。頬には赤みが差してはいるが、肌をするりと滑らせてくる態度は、どうやら甘えているだけのようだ。
(今は二人っきりだもの。思いっきり甘えていいよね)
 綺麗だと言って貰えたことで、今の月夜には自身が作り出す魅力が溢れていた。そうでなくとも、背中が大きく開き、大胆にカットされた腕や胸元から覗く白く柔らかそうな肌は刀真の目を惹きつけて止まないのだ。その上、アルコールの入って赤みの増した頬に、少し潤みがかった目が見上げてくるのには、その色香にどぎまぎするのを顔に出さないのが精一杯だ。だというのに、だ。
「ねえ、頂戴」
 じっと見つめる月夜が、そんな甘い声を出すから堪らない。
(何が欲しいんだよ……)
 思わず色々と湧き上がった気持ちを抑えながら、おつまみとして並んでいたチョコレートをその唇に、やや強引に入れる。途端、口を尖らせながら文句ありげにしたものの、ぱくりとその唇はチョコレートを頬張ると「甘い」と一言、月夜が漏らした、次の瞬間。刀真の中で何かが弾けた。
「……刀真?」
 首を僅かに傾ける月夜の腰を抱き寄せ、そのまま顔を近づけると、僅かに開いたままの唇に自らのそれを重ねた。軽い驚きに月夜が目を瞬かせている間に、その舌先は隙間を縫って滑り込み、口の中で溶けかけたチョコレートを溶かし込もうとするかのように動き、互いを絡めて深まった。くぐもった音が耳をくすぐるのに月夜も目を伏せてそっと抱きしめ返すと、重なる唇は更に熱く、口付けは深くなっていく。
 混ざり合う吐息までチョコレートの香りに満ちるキスを暫し味わい、はあ、と僅かに離れた隙間に、二人で小さく笑みを溢した。
「甘いな」
「うん、甘いね」
 何がとは言わない。それだけで全て通じて、嬉しそうに笑う月夜の髪を撫で、そのまま背中まで手を滑らせながら刀真は再び顔を近づけると、応えるように目を伏せた月夜の唇に、再び自らのそれを深く重ねたのだった。




 そうして、夜は更け、甘い香りと情熱的な空気が満ちていくコンサート会場。
 明るく楽しい曲調からバラードまで幅広い演目は途切れることなく続き、今は飛び入りのシャンバラの契約者たちが覆いに盛り上がっている最中、というそんな、興奮冷めやらぬ宴もたけなわといったところで、後は彼らが楽しむだろう、とティアラはそっとステージを降りた。
 事件の折は、中継車からの戦場維持のためにまともに聞けていなかったから、と、舞台袖の裏から鑑賞していた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、そんなティアラをささやかな拍手で出迎えた。
「お疲れ様です」
 その意外な姿に、汗の浮いた顔に驚きを示して、ティアラは足を止めると小さく瞬いた。
「来てらしたんですかぁ?」
 そう言って表情を緩めると「ステージから見えなかったので、来られていらっしゃらないのかと」
 そんな風に笑うティアラだったが、今度小次郎の方が軽く瞬くことになった。
「……探しておられたんです?」
「もしいたら、ステージに引っ張り上げようと思ってぇ」
 首を傾げる小次郎に、ティアラは冗談とも付かない風に笑う。相変わらず真意の伺いづらい笑みに、小次郎の方もただ肩を竦めるまでに止めて「ともあれ」と続けた。
「このたびのステージの“成功”、おめでとうございます」
 その含む物言いに、ティアラはにっこりと笑い、小次郎は目を細めた。
 今回のライブに、最初からティアラがこだわった様子を見せていたのは、表彰式、という正規かつ大掛かりな“国家間の友好”を示すパフォーマンスを行う一方。自主的な形で一緒に歌って踊り“国民同”士が既に友好的である、ということを示す。それによって出来上がる両国の関係の印象、という図式を狙ってのことだろう、と暗に問いかけは、あながち間違っていないようだ。
 多くを語らず、けれどお互いの狙いを探りあう。そんな、どこか他人行儀で、けれど内心何処かでそれを楽しんでいる様子の二人が暫し、そのまま笑みを向かい合わせる。そんな空気の中、ティアラはふ、と不意に口元を緩めた。
「とは言え、別にティアラが成功したわけじゃないって言うかぁ」
 その言葉に軽く意外そうに目を瞬かせる小次郎に、ティアラは続ける。
「開催は成功しましたけどぉ……どう転ぶかはちょっとばかり賭けでしたからぁ、この結果は“そう願って動いてくれた”方達の成果って言うかぁ」
 ふふ、と笑うティアラはその事実にどこか満足そうで、普段どちらかと言うと、そのおっとりとした見た目に反して現実的で計算高い彼女とはまた印象が違い、その二面性を感じさせる柔らかな笑みに、小次郎は少々釣られるように目を細めた。
「現実的なティアラ殿にしては珍しい、理想観ですね?」
 その言葉に「ティアラはアイドルですよぉ?」と、ティアラの方はくすくすと面白そうに言って、片目をぱちんと瞑ってみせる。
「アイドルは夢や希望をお届けするのがお仕事ですぅ」
 そうして、観客達へ向けるのと同じような、蟲惑的でとろけるような、そして同時に無邪気さも併せ持った「カンテミールのアイドル」の笑みに、小次郎は苦笑するほかない。
「私に愛想を振りまいても、何も出ませんよ?」
 肩を竦める小次郎に「これはお友達へのサービスですよぉ」とティアラはただ笑う。
「あとはお礼ですかねぇ……少なくともこうして、皆で歌って踊って楽しく出来ていられるのは、あなた方のおかげだし? みたいな?」
 そう言って、ティアラは、ステージでの楽しげな歌声たちが、楽屋を包み込んでいくのを感慨深げに息をついた。気付いている者は少ないかもしれないが、このライブの実現は多くの意味を抱え、そして多くの小さな種を撒いて行くはずだ。そんな過去とこれからのこととを思い浮かべながら、ティアラは独り言のように続ける。
「……あとは、無事に芽吹いてくれるといいんですけどねぇ」

 そんな風にして――……ティアラたちがその先の未来へと思いを馳せている中、そんな彼女の楽屋まで、ステージ上で今も続いている契約者達のロングアンコールの歓声は、何時までも止むことなく響いたのであった。