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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」

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【両国の絆】第四話「『それから』と『これから』」
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【“それから”と“これから”】


 

 光陰は矢の如しと言うように、月日が経つのはあっという間の事だ。

 帝国の事件から更に時は経ち、大陸の存亡をかけた戦いを終えて、更に何度目かの春がパラミタに訪れた、そんなある日の事だ。
 穏やかな風と柔らかな日差しの中で、眼前に広がる色とりどりの花の咲き乱れる、視界一杯の野原の光景に、ティーは感嘆の息を吐き出しながら、遠く地平線を眺めた。
 鉄心達が地球へ戻ってからも幾らか経った。やり残した事があるからと残ったのだが、判っていても覚悟の上でも、別れと言うのは、ふとした拍子で蘇ってはちりりと胸に寂しさを去来させる。とは言え、別ればかりではないけれど、とティーはそっとその視線を隣に腰を下ろすヴァジラを見やった。
 月日を経るごと、ほんの少しずつではあるが、以前とは違う意味の大人びたものを宿し始めた横顔。それが珍しくぼんやりとした様子で遠くを眺めているのに、ティーは目を細めた。鉄心が別れ際、強くティーを引き止めなかった理由に、いつかのドラゴンの背を共にした際のことと、そのヴァジラの変化があったらしい。
 敵であった頃、憎悪と敵意の塊の「荒野の王」に相応かった激しさは幾らかなりを潜め、全てを失った後の空虚感も通り過ぎた後、落ち着いた物腰を手に入れたヴァジラは、少年から少しずつ青年へ向かっている。セルウスが何時までも天真爛漫な少年のままであるのが余計に、その姿を大人びて見えさせているのかもしれない。
 そんなヴァジラが、自身の用意した弁当をつついているのに、ティーは恐る恐るその表情を伺った。が、相変わらず表情が読み辛いのだけは変わっておらず、不快かそうでないかしか今のところはわからない。結局。
「……どうですか?」
 と問うて、ティーはもじもじと指を弄った。
「いつもイコナと一緒に作ってたし、腕は負けてないと思うんですけど……」
「悪くない」
 対して、ヴァジラの返答は簡潔だった。彼にしては相当高い褒め言葉ではあるのだが、イコナの料理については「旨い」と言う言葉が出るだけあって、素直には喜べないティーだった。同じように作ったのだが、イコナの料理は本当に美味しい。技術では負けていないつもりだが、まだ今一歩及んでいないらしい。まだ修行の余地がありそうだ、とティーは息をついたが、先ほどからヴァジラの箸の速度が上がっていることには、気付いていないようだった。
 そうして暫く、食事の後のデザートとお茶までを堪能して、穏やかに過ごしていると、ヴァジラが不意に「……良い、景色だ」と口を開いた。
 唐突に、ティーの元を訪れたかと思うと出かける、と短く言い出した後(ちなみにそれが、先日の約束のピクニックのつもりだったらしいと悟るのに、ティーは数秒かかった)準備を終えたティーを乗せ、ドラゴンに跨りってパラミタの各地を何かを探すようにして巡って、漸くその足が下りたのがこの場所だ。何を思ってここを選んだのかは、ティーは何となく察していた。
 開けた視界、遠く地平線の見える平原。その条件だけを挙げれば、いつか触れたヴァジラの心の風景であり、彼そのものとも言えた、荒野のシルエットに近い。ただしあちらは、大地はひび割れ、全ての枯れ果てた深い闇の世界ではあったが。
「やはり、似合わんな。こんな美しい光景は」
 ティーの思った通り、そんな自分の心象風景を思い出していたのだろう。ヴァジラは皮肉に笑ったが、ティーは僅かに目を細めた。ヴァジラは気付いていないのだろう、素直に美しいと感じる感性が、彼の中に芽生えていることを。 じんわりと広がる暖かな感覚に、ティーは「確かに似合わないですね」と告げた。
「こういう春の綺麗さより、夏の青って感じです」
「……? そうか」
 その言葉にヴァジラは少し首を傾げたのに、ティーは微笑んで頷く。
 確かに、美しく華やかに咲き誇る花々ではないだろう。そんな繊細なものでも、美しいものでもなく、もっと逞しく、鮮やかに青々と茂る樹だ。何れ大木となるだろう若木が、その大地にしっかりと根付いているのを感じる。その時には、きっと彼の名前は孤高だった「荒野の王」では無くなる筈だ。
 そんなティーの思いを知ってか知らずか、ヴァジラは「まあ良い」と肩を竦めた。
「この景色は余より……お前に似ている」
 そう言って、行くぞとばかりにヴァジラは手を伸ばした。
 どのような意味でそう言ったのか、どう解釈してもヴァジラの最上級の褒め言葉としか聞こえず、軽い動揺に頬を赤らめながら、ティーはその手を取ったのだった。
 




 それから――更に月日が経ったある日。
 シャンバラからの留学生としての日々を満喫するノーンは、学友たちと共にエリュシオンはカンテミールを訪れて、その街並みの中にいた。勿論、観光ではなくこれもれっきとした勉強である。
 エリュシオンのほかの古都とは違い、流石技術の最先端というべきか、それとも都市リスペクトのせいなのか。選帝神自身がアイドルであるということもあって、芸能関係や、それに付随する勉強が盛んらしかった。
 歌や踊り、美術はノーンの得意な分野だ。毎日の授業を、学友たちと生き生きと過ごしていたのだが、今日の勉強は少しばかり趣向が違うらしい。
「カンテミールでのお勉強は如何ですかぁ?」
 課外授業という事で友人達と集合場所で待機していたノートは、明るく声をかけられた声に、驚いて目を瞬かせた。カンテミール選帝神ティアラ・ティアラは、そんな彼女にウインクを贈ってみせる。
 この地方を治める選帝神の姿に一瞬周囲がざわめいたが、アイドルでもあるティアラは他の選帝神に比べるて身近な存在と捉えられているのか、ここカンテミールでは別段騒がれることはない。寧ろ声援が飛んで来るぐらいで、愛想よく手を振って応じたティアラはくるりとノーンを振り返った。
「ようこそ、カンテミールへ。ゆっくり勉強していってけださいねぇ?」
「はいっ、よろしくお願いします!」
 元気に頭を下げるノーンに微笑ましげにし、一緒にいた学友達と共に案内されたのは、エリュシオンのアキバと呼ばれる華やかな市街地ではなく、少し離れた場所にある、味気ない建物が並ぶ一画だ。普段は一般人は余り入れないらしいその付近は随分異質で、ノーン達はきょろきょろと当たりを見渡した。ゴンゴンと地響きのような音が規則的に響き、時折何かが走っているような車輪の音が混じる。
「なんだか工場みたい」
「鋭いですねぇ」
 ノーンの呟きに、ティアラは片目を瞑って見せる。その内に、エリュシオンの学生達も集まってくると、くるりとその街並みに背中を向けて、ノーン達に両手を広げた。
「此処こそがカンテミールの心臓。経済の地盤。カンテミールそのものとも言える場所なんですよぉ」
 近年はエリュシオンのアキバとしての名が広まっているが、それは地方の一部に過ぎない。元々カンテミールはドワーフ達の多く暮らす土地であり、その高い技術力を誇りとする土地柄で、アキバはそんな彼等の作品なのだ。
「……とは言ってもぉ、流石にお見せ出来るのは此処までって言うかぁ、ティアラは門外漢な部分もあるのでぇ、そこは専門家にお越しいただきましたぁ」 にっこり笑ったティアラに、隣に近付いてきた少年……ドミトリエ・カンテミールが、学生達に軽く会釈して見せた。
「ここからは、此方のドミトリエさんにお願いしてますのでぇ、よろしくお願いしますねぇ」
 そう言ってティアラは不意に目を細めると、ノーン達留学生に向き直るとにっこりと笑いかけた。
「せっかくカンテミールにいらしたんですからぁ、お互いにとって実りの多からんことを期待します、みたいな?」


「凄かったねぇ」
「そうですわね。わたくし、あの様な機械、初めて見ましたわ」
 ドワーフ達に育てられた少年、ドミトリエは、その出自のためもあるのか機晶技術と工房に精通している。そんなドミトリエの案内で、公開されている幾つかの工房を見学して回った後。ノーンら学生達はカフェに集まってレポート制作に勤しんでいた。
 とはいっても、皆社会見学での興奮冷めやらぬと言った様子で、留学生とエリュシオンの学生達が同じテーブルで賑やかに、見聞きした光景への感想話に花を咲かせた。特に、貴族階級の人間達には出来上がったものを見ることはあっても、それを作り出す工程を目にすることは滅多にない。ノーンにしても、パラミタでも最先端な技術を目の当たりにするのは滅多にない経験だ。
「来週は、こちらで作られている機材を使っての歌の授業と伺っておりますわ。ノーンさんとご一緒に歌えるのを楽しみにしておりますのよ」
「そういえば、シャンバラで今流行っているのってどういう音楽なんです?」
「ええとね……」
 そんな、両国の学生達がその垣根を感じさせることもなく、わいわいと賑やかに和やかに会話を交わす光景が、シャンバラとエリュシオンの間で日常的に見かけられるようになった。肩を並べて学び場に向かい、休日になればノーン達のような学生達の、楽しげな声が往来で聞こえる。
 ノーン達がひとつひとつ繋いでいった絆は、糸から梯子に、梯子から橋に、太く美しく育ちつつある。かつて敵対していたとは感じられない程に。
(このまま、もっと仲良く慣れたら良いなぁ)
 勿論、全ての事が解決したわけではないのは判っている。自身が味わった事件のように、争いがあったというそれそのものが、深くつけた傷跡は簡単に消えるようなものではないし、またしぐれのような人間が現れないとも限らない。けれど今度は、彼らが牙を向く前に、共に立ち向かっていけるとも思える。
(今度は、両国が手を取り合って、なんて堅苦しいことじゃなくて、友達同士が協力して、頑張れる筈だよね)
 暖かに胸に広がる思いと共に、ノーンは学友達とのおしゃべり、とレポート製作へと戻る。

 今月末の休暇にはシャンバラに帰る予定だ。
 家族達に、通信や手紙だけではとても追い付かない程のいくつものきらきらした思い出と、学んできた沢山のことを 持ち帰るその時を思い浮かべながら、ノーンの指先はペンを走らせたのだった。



担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

皆様、大変お疲れ様でした
そして、大変お待たせしてしまいまして、申し訳ありません
個人シナリオこれが最後というのにこの体たらく……

さて、今回のシナリオにつきましては、色々と欲張った事もあり
多くのアクションを頂きまして、楽しく読ませていただきながら
同時に、ああ、これが最後なんだなあという実感に何度も手が止まりかけました
参加者の皆様に勉強させていただく事も多く、最後まで至らぬことだらけでございましたが
ここまで本当に、参加者さまに引っ張っていただき感謝の言葉もありません

逆凪個人としての通常シナリオはこれが最後となります
思えばここまで息も絶え絶えながら、何とか続けて来れましたのは
ご参加いただきました皆様のおかげだと本当に思います
感慨と同時に、一抹の寂しさが拭えず、名残惜しい心地で一杯ですが
この先の物語については、皆様のご想像へと託す事といたしまして、幕を下ろさせていただきます

それではまた、お会いできました際にはよろしくお願いいたします!