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夏風邪は魔女がひく

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夏風邪は魔女がひく

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第3章


「完成よ〜」
 嬉しげに声を上げたのは伊月。蚊を追い込む為の網が出来あがったようだ。網とは名ばかりで、沢山の服がぎっちりしっかり結んであるだけのものなのだが……ないよりは全然マシだろう。あちこちに上着を無理矢理むしり取られた人達がこっちを諦めた表情で見つめている。
「早く網を張るのに最適な場所を探しに行くのですっぷしょっウッキー。囮の方たちは準備オッケーのようですから」
「ぅんふふふ〜。そうねぇ〜……あそこなんてどうかしら〜?」
 エレノアの言葉に対して伊月はさっきまでリリとユリが整理していた倉庫前辺りを指差す。本棚と本棚の幅が他の所より狭まっている場所で、更に他の本棚よりも高さもあり、追い詰めたら巨大蚊は逃げられなさそうだ。
「わたくしもその網らしきものを張るを手伝うぞ。友人のエドワードも参戦しておるのだろう?」
 借りていた『世界のにゃんこ大図鑑』、『できるエジプト人は残業しない』(波羅蜜多ビジネス新書)を返却するために来ていた姫神 司(ひめがみ・つかさ)が名乗りを上げる。
「私も手伝おう。感染者の誘導も終わった事だしな。しかし、服で網を作るなんて凄いな!」
 茉莉は看病をしてくれる者がいるのを確認すると、出来る事がありそうなこちらへ来ていたのだ。
「協力者さんがこんなに〜。これなら網をばっちり押さえられるわねぇ〜。茉莉ちゃん、凄いでしょう〜? もっと褒めてくれても良いのよ〜?」
「調子に乗るなですのっぷしょっウッキー」
 伊月にきちんと突っ込むエレノア。そんなやりとりをしながら網の設置に取り掛かる。


 一方、囮役も準備は万全。歌菜との『おしくらまんじゅう』でエドワードと周は鼻血を吹き出しそうになりながら汗を流し、エドワードはどこから出したのか黒いTシャツで少しでも熱を上げようと試みている。あとは、網の設置を蚊にばれないないよう注意を惹き、攻めるだけである。
「1番カナ選手! いっきま〜す!」
 男性2人が気づくより早く、歌菜は男子生徒を襲おうとしていたジャイアント・モスキートの前へと飛びだす。今まで、何度となく他の生徒が襲われそうになってはいたのだが、何故か途中で踵を返す巨大蚊であった為被害は出ていなかった。
「ほ〜ら、美味しそうな血がここにあるよ!」
 手を叩き目をこちらに向けさせる。猛スピードで蚊が近づいてくる。それに気付き、慌てて周とエドワードが歌菜の元へと走り出す。
「来た〜! 良く見ると不気味で気持ち悪い〜!!」
 半泣きで走り出す歌菜。――しかし、蚊は近づくだけ近づいて、クルリと反転してしまった。向きを変えてから一度、歌菜の方へと振り向くのだが、まるでお呼びじゃないとでも言いたげな態度。
「何あれ! 感じ悪い〜!」
 歌菜は悔しそうに地団太を踏んだのだった。ビキニでそんな事をしたものだから水着からぽろりしそうになり慌てて押さえたのは……秘密である。
 襲われなかった事に安心したエドワードと周はビキニがずれそうになったオイシイ場面を見る暇もなかった。何しろ、反転した蚊が向かってきたのは、この両者の元だったのだから。
「なっ!? 何故いきなりこちらに向かってきたのでしょうか?」
 エドワードが走り出しながら周に聞く。
「そんなの俺が知るかよ! それより、良い機会だ。どちらがより囮としてカッコよく行動しイルミンスールの女子のハートを掴めるか勝負!」
「ふっ、構いませんよ! あなたとはいつか決着をつけなければいけないと思ってましたから。私の方が勝つに決まってますけどね」
 火花をバチバチ飛び散らせながら巨大蚊の口づけを軽やかにかわしていく。ただ無闇やたらと走っているわけではなく、感染者隔離の場所には近づかないように、網の設置場所も確認して、そこにも気付かれないように器用に走っている。
 誘導してくれた人達のおかげで感染者はいない。感染していない人もどこかに避難しているのか、新しく図書館に来た人以外はほぼ見かけない。
「あぁ……エプシマティオ家の当主ともあろうものが……末代までの恥ですわ、ぇっぷちウッキー!」
 まあ、例外というのは、どこにでもいるものなのだが。どうやら誘導の人達に見つけてもらえなかったらしいリリサイズ・エプシマティオ(りりさいず・えぷしまてぃお)
「Ah……涙とお鼻で顔をビジョビジョにしやがってでございます」
 言葉づかいがちょっとおかしいパートナーのリヴァーヌ・ペプトミナ(りう゛ぁーぬ・ぺぷとみな)。こちらは感染していないようだ。
「おーっほっほっほウッキー! お父様、わたくし汗臭い事はいたしませんわぇっぷち! つまり臭いに釣られて蚊など寄ってくるはずもウッキー」
 なんだか精神も語尾も怪しくなってきたリリサイズ。寄って来るはずないという願いも空しく、ジャイアント・モスキートに見つかり、迫られる!
「今度こそ間に合わせますよ!」
「おうよ!」
 エドワードと周が自分達から離れていった蚊を慌てて追いかける。
「Oh! リリサイズ様に害をなすものはなんであれ許さねぇぞでございます」
 後ろにあった本棚を蹴り、一気に間合いを詰めるリヴァーヌ。棚に入っていた本に靴後が付いても気にしてすらいない、いや気がついていない。巨大蚊の目の前で剣を振るう――が、華麗にかわされ空を切る。周がリリサイズの前へ、エドワードがリヴァーヌを庇う様に前に立つ。
「早く、避難を! あちらに感染者を集めて介抱している場所があります!」
 エドワードが声をかけるとリヴァーヌは壊れかけていたリリサイズを担ぎあげ、走り出す。
「Thank you! この恩は多分忘れねぇでございます」
 リリサイズ達に向かっていかないようにギリギリまで惹き付ける。
「さっきのは俺の方が格好良かったな!」
「何言ってるんですか、私に決まってるじゃないですか。きっと恩返しを口実にあんな事やこんな事を……」
「その妄想が現実になるのは俺だぁ!」
「いーえ、私です!」
 エドワードと周の不毛な争いが続いていく。
「……Oh……さっきの助けてくれた人達は誰だったのか忘れちまったぜこんちくしょーでございます」
「あら? わたくし達は誰かに助けられましたのっぷちウッキー?」
 壊れる寸前のリリサイズ、記憶力が可愛そうな感じのリヴァーヌには二人の微妙な勇士が刻まれる事は決して無かった。


「おお〜! またも可愛い子発見! ここは俺達がいるから安心して逃げろ!」
 周達の目の前には光条兵器の光の剣を持ち仁王立ちした小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、しっかと巨大蚊を見据えている。
「私もホイップゥのお手伝いするんだっくしょウッキー」
 そう叫ぶと超ミニスカートからぱんつを閃かせながら高くジャンプをすると周の頭を踏み台に更に高く跳ねる。男性2人に向かって来ていたジャイアント・モスキート目がけて剣を空中で振り回す。巨大蚊は美羽をちらりと見遣ると溜息でも付きそうな雰囲気を醸し出して攻撃をかわす。
「ええ〜!!」
 体勢を崩して地面へと向かう美羽。落ちる直前本棚の間からリクリース・フェイト(りくりーす・ふぇいと)が出現。
「ふべっ!」
 見事にリクリースの倒れた顔の上にお尻を付ける形で着地。
「スケベ変態!」
 どうみても被害者はリクリースだろうに。
「そんな嬉し恥ずかしハプニングが何故私には無いんですか〜!」
 美羽に台にもされず、着地もされなかったエドワードが悲しく言葉を響かせる。周は顔に靴後を残しながらも何故か元気に囮としての役目お果たしていた。


 ばたばたと足音を響かせながら図書館に戻ってきた陽平。いそぎホイップの元へと向う。ホイップは熱でぐったりとしていたが、ソアとベアの甲斐甲斐しい看病によってなんとか会話は出来るレベル。
「あ〜、そこは……うん、それでええ。ん? 陽平やないか」
 ホイップの代わりに本を持って細かく指示を出している剣蒔狼が陽平に気づく。
「うん。あのね、ホイップ君にこれを大きくしてもらおうと思って捕ってきたんだ!」
 にこにこ笑顔で差し出したその手の中にはトンボが1頭。
「なんでトンボなん?」
 調合していた手を止めて声を出す社。
「だって、蚊の駆除にはトンボだよ! おばあちゃんも言ってたし」
「ちょお待て。今、駆除言うたか?」
 頭を押さえながら社が聞き返す。
「うん」
「あほかー! 捕食しちゃうやんけ! 体液が必要なんや! 薬に必要なんや! そんな案却下やー!!」
「え、そうなの? 倒しちゃダメだったんだ……」
 しょんぼりしている陽平にソアがぽんぽんと頭を優しく叩く。


 本棚を5回叩く音が聞こえる。
「どうやら……はぁ……囮役も佳境みたいですねぇ」
 息が少し上がってきているエドワード。
「そう……んく……みたいだな」
 周、こちらも息が荒くなってきている。
「楽しそうですわね。わたくしもお手伝いしますわ」
 突如、二人の隣を一緒に走るように現れたのはナスターシャ・スタップ(なすたーしゃ・すたっぷ)
「あり……がとう……ぜぇ……美しいお嬢さん」
 根性で笑顔を見せるエドワード。
「あそこまで追い込めば良いんですのね?」
 網の設定場所までは少し距離がある。蚊は気に入ったのか二人を狙ってくるのだが、新しい匂いを嗅ぎつけると直ぐに連れて行こうとしているコースから外れるので、それを妨ぐ役をナスターシャが行うという非常に連携の取れた動きとなった。
 ナスターシャが加わった事で難なくゴールイン。本棚の上に居たエレノアと司が網を持って飛び降りる、すると手作り網によって袋小路が完成した。男性陣はその網が下りる前に駆け抜け、網の外で息も絶え絶えに倒れ込んだのは言うまでもないだろう。追い込んでしまえばこちらのもの。あまりにも大きくなった体では高く飛んで、本棚の上を飛び越える事が出来ない。後ろではナスターシャが通せんぼをしてくれていて逃げ場はない。
 待っていましたとばかりに一斉に襲いかかる。
「これが終わったらあの薬が手に入りますわ!」
 ホイップに事情を聞いて、いつの間にか網の設置場所にスタンバイしていた時船 露理(ときふね・つゆり)が1番手。光条兵器で翅を狙う。蚊は必死に翅を守ろうとするがあえなく右側が切り落とされる。それどもまだまだ抵抗する。
 次いで、未だビキニ姿の歌菜が胴体の部分へと本気パンチを繰り出す。
「気持ち悪いよ〜」
 パンチは腹の部分へと入り、巨大蚊は一瞬動きが止まる。
 それを見逃さず3番手は伊月。網をそのままに、本棚の上から飛び降りながら野太刀型光条兵器で翅だけを狙う。閃光が走ったそのあと、見事に翅が落ち、巨体も地面へと落ちた。
 少し目を回していたジャイアント・モスキートだったが直ぐに目を覚まし、暴れようとする。
「もう大人しくするのだ」
 言い放つと司は持っていた分厚い図鑑の角で蚊の眉間を思い切り殴り、静かにさせたのだった。


 見計らってソアとベアに支えられてやってきたホイップ。
「捕獲完了みた……いーっくしょいウッキー。では、これを」
 蚊の周りに集まってきていた人達に差し出したのは普通の注射器。
「これで、体液ゲット出来るよ……っくしょんウッキー。魔法も掛かってて体に刺せば勝手に体液のある場所まで針が伸びるようにぃっくしょいウッキー……なってるから、あとは押子(プランジャー)を引けば良いんだけど……あ、そこの2人、元気そうだしお願い」
 白羽の矢が立ったのは先ほどまで通せんぼしていたナスターシャと虫取り網で追いかけようとした樹。
「了解でございます」
「解ったわ」
 それぞれ了承してくれ、注射器を受け取る。そのまま蚊の元まで行こうとする両者をホイップが呼び止める。
「そのままじゃ……べっくしょいウッキー、サイズが小さすぎるから」
 そう言うと呪文を唱え出す。
「……へーっくしょいウッキー!! あっ……」
 もう少しで完璧な魔法が出来たはずなのに、またもタイミングの悪いクシャミのせいで失敗。注射器は無事に人の頭位まで大きくなったのだが……2人の制服が可愛らしいピンクのミニスカナース服へと変わってしまっていた。倒れていたエドワードと周の目が爛々と輝き、ナンパを始めようとしたが司の図鑑眉間一撃で再度倒れる羽目となった。
 無事に体液を手に入れ、ホイップ達調合班へと渡す。これで材料は揃った。あとは体液を先に調合していた薬へと足し、残りの材料を加えるだけとなる。