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夏風邪は魔女がひく

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夏風邪は魔女がひく

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第4章


 網にしていた服をほどき縄状にし、それで巨大蚊を暴れないようにと縛り付けたあとホイップ達は一同に集まった。網を作るからと問答無用で上着をはぎ取られた犠牲者達は自分の衣服の末路を見て静かに涙した。気持ち悪くて洗っても着たくはないだろう。
 感染者は未だ隔離され看病をうけてはいるが、中には出てきている人もいる。
「調合してくれる人に集まってもらうように言ってもろたんやけど……だいたい2人から3人に分かれて調合が良さそやな。器具も揃ってるし。材料はこのホイップちゃんの皮袋に入ってるさかい必要なだけ持ってって」
 そう言うと剣蒔狼はカレン、社、デズモンド、アルフレッドが途中まで調合した液体の薬を鉄鍋に入れて渡していく。ビーカーやスポイト等は材料と同じく皮袋に。
 それぞれなんとなく調合のチームを組んでいるように見えるのだが……その実はなんだか似た者同士が固まっているようだ。類は友を呼ぶとは、まさにこの事かもしれない。
「ええか〜? まずジャイアント・モスキートの体液、ほんでアルラウネの声入れて、シーブ・イッサヒル・アメルの抽出液、サンゴー草の粉の順番どすえ。間違えたらあきまへんえ〜!」
 こうして、それぞれの調合がスタートした。


 リリとユリのコンビはユリがドジを踏みながらなのでなかなか調合が進まない。
 それとリリは感染を免れたのだが、ユリは見事に感染してしまったのだ。るるの感染者拡大行為によりクシャミをかけられてしまったからだ。その後、るるはリリによって気絶させられたあと、感染者隔離スペースに引き渡されている。今もまだ夢の中だろう。
 そんなワタワタした中それを逆手にとり、リリはしっかりと皮袋から自分の目的のモノ、青いキャンディーを取り出し、懐に忍ばせている。皮袋の前で目を見張らせていたソアとベアには見つからなかったようだ。あとはタイミングと分量を本に書いてあった通りに入れるだけとなっている。


 1人で調合をしようとしているのはカレン。さっきまでホイップの元で調合をしていたので難なく調合を進めている。もう少しで完成なのだが、何を思ったか皮袋の方へ。
「よしっ、今だ!」
 ソアとベアの目を掻い潜り皮袋の中へと手を伸ばす。お目当てはさっきリリも手に入れていた青いキャンディーのようなモノ。
「やったゲット!」
 小声で歓喜し、嬉しさで顔を綻ばせていると後ろから肩を叩かれる。
「盗みはいけないよ。お嬢さん」
 そこには精悍な顔立ちのシェーン・ヴァイオラ(しぇーん・う゛ぁいおら)がいた。
「後生だから許してー! これで……あの……ごにょごにょごにょ」
 言いづらそうにシェーンに理由を耳打ちすると、仕方ないと肩を竦めて見逃した。
「有難う!」
「今度からはもっと堂々とやれば良いよ」
「それはちょっと……」
 この時、シェーンの所作の1つ1つが煌めいて、まるで白馬に乗った王子に見えた女性は多かった……かもしれない。


 こちらで調合中なのは東雲 いちる(しののめ・いちる)、そのパートナーギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)
「うえっくしょんウッキー。ギルさん、手伝わせてしまってすみません」
 申し訳なさそうにギルベルトを見つめるいちる。
「そんな事を言ってる間に手を動かせ、手を」
「は、はい……うえっくしょんウッキー」
 少々きついもの言いをするが、いちるを気遣い黙って皮袋へ材料を取りに行く。必要な材料を1つずつ確認しながら腕の中へ。すると目に留まったある材料で手が止まる。何か動物の毛の様だ。
「この材料は……」
 そう言うととても意地悪そうな顔をし、素早く腕の中の材料に紛れ込ませ、涼しい顔して調合中のいちるの側へ向かう。こうして誰にも見咎められる事なく、いちるをいじめるブツを手に入れたギルベルトだった。


「面倒だけど、やるしかないか!」
 まじめに調合しているのは戦うのが面倒で隠れていた終夏。
「この薬で治ったら、ホイッキーも誘ってみんなで歌おうね!」
 携帯ですぐりに呼び出された琴音。心配して色々買い込んで来てくれたのだが、買ってきたものが蚊帳と強力虫除けスプレー。すでに蚊が退治されたあと到着だったので無駄骨になってしまったようだ。本人は気にしておらず。
「蚊って、刺すんじゃなくて皮膚噛み破るんだよ〜。だから誰も被害に遭わなくて良かったね!」
 なんて言っていた。
「私も頑張ります!」
 可愛らしく気合いが入っている百合園の神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)
 この三人でのチーム、みんな初対面でうまくいくか疑問だったのだが、それぞれを気遣っているのでなかなかのチームワークとなっている。理数科目が1番得意な終夏が鍋での調合をし、有栖が皮袋から材料を取って来て量り、細かい指示を剣蒔狼から聞いてきて伝えるのを終夏の次に理数に理解のある琴音が担当している。これならば余計な材料を入れる事なく完璧な薬が出来あがるだろう。

 その横で調合しているのは感染者の誘導をしていた恵と先ほどまで看病されていた籠守 しらら(かごもり・しらら)。しららは、それほど熱も上がっていないので手伝う事に。
「わらわが材料を持ってきますわ」
「有難う! お願いね」
 しららが材料係、恵が鍋かき混ぜ係の決定したようだ。
「この珍しい材料の数々……うっとりですわぁ〜」
 皮袋の中を繁々と覗きこみ感動している。
「……調合をお手伝いするのですし、その報酬としてちょっとくらい――」
 そう言って手を伸ばしたその刹那、しららの視界にキラリと光る何かが見えた。
「ダメだクマっくしょいウッキー!」
 ベアが繰り出したベアクローがしららの背中にクリーンヒット。光ったのはベアの爪……ではなく獲物を見つけた瞳だったらしい。勿論、女性という事で手加減がしてあり、傷にはなっていないのだが、かなり痛い。
「ぎゃー! すみませんですわ!」
 慌てて謝り、必要な分だけを持って恵の元へと走っていった。
「ベアすごーい……っくしゅんウッキー!」
 ソアは熱によって潤んだ瞳でベアに抱きつき、称賛した。ベアはそんなソアが可愛くて仕方ない様子。ベアは顔がだらしなくなっていると何処からか入った野次に対してベアクローをお見舞いしに行ったのだった。


「おい、この分量で良いのか?」
 パートナーのカナタに確かめながら調合しているのはケイ。
「うむ、合っておるぞ……ああ、ういっくしょいウッキー」
 本気でカナタが感染したと思い、いつになく真剣に事を運んでいる。
「この材料もか? さっき剣蒔狼こんな材料言ってたか?」
「なんじゃ、おぬし。聞いておらなんだか? ちゃんと入れると言っておったぞ」
 聞き逃していただけかと、言葉を素直に信じケイは青いキャンディーのような物体を鍋の中へと投入した。
「これで、わらわも……ふふふ」
 薬の完成を心待ちにしているカナタだった。


 こちらはジャイアント・モスキートの戦闘中、病気に感染しない場所と退治が終わるまでの暇つぶしの本を探している時に変態呼ばわりされてしまったリクリース。そして、着物が良く似合う本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)
「論文も大事だが病を治すのも大事だよなぁっくしょいウッキー」
 レポート用紙をひらひらさせながら涼介が呟く。
「そうですね……あ、そこのシーブ・イッサヒル・アメルの抽出液を量って入れて下さいますか?」
 さっきは掛けていなかった楕円形の眼鏡をかけ指示をだす。眼鏡は必要な時以外は掛けていないらしい。おかげでお尻で潰された時、大した怪我もなかったのだ。思い切り床に後頭部をぶつけて意識が軽く飛びそうになってはいたが。
 リクリースの的確な指示と、それを素直に実行している涼介なのでかなりのハイペースで薬が完成しそうだ。
「ああ! さっきの変態ぃっくしょウッキー!」
 指を指して近づいて来たのはリクリースをお尻で潰した張本人、美羽。
「えっ? 変態だったのっくしょいウッキー?」
 ぎょっとして隣に目の前にいるリクリースに尋ねる涼介。
「違いますよ。あれは美羽が突然私の事をお尻で押しつぶしてきたんです」
「あはは、ごめんね? へっくしょいウッキー」
 美羽がクシャミをしながら謝った瞬間、何かの獣の毛が美羽の袖から飛びだし、鍋の中へと華麗に着地。鍋の中の液体が黒く輝いたが直ぐに消えた。あまりに短い時間だったので確認していた者はいなかった。
「邪魔しちゃ悪いし、行くね〜っくしょいウッキー!」
 自分がまたもお騒がせする事になるとは露知らず、手を振りながら去っていく美羽だった。


 それぞれ、様々な思いはあるようだが、ほぼ同時に不気味な紫色した薬は完成した。皆その報せを聞いて奪うように薬を手にする。このままでは語尾に“ウッキー”という恥ずかしいものを付けての会話となってしまうから必死だ。
 誰に、誰が作った薬が行き渡ったのかはもう解らない。
 薬はホイップが大量に持っていた小さめのビーカーに鍋から掬って飲む事になったらしい。


「こ、これで本当に上手く調合できてるのか……?」
 自分の調合した薬を手にカナタに渡しあぐねているケイ。
「は、早くわらわに!」
「いや、心配だから俺が」
 一気に液体を流し込むケイ。またたく間にケイの体に変化が起こります。
「な、なんじゃこりゃああああああ!!」
 可愛らしい女性の声で悲鳴を上げる。それもそのはず、男のケイの体に豊満な胸、くびれ、ふっくらヒップが出来たのだから。
「どういうことかなぁ?」
 少し落ち着いてからカナタを問い詰める。
「わらわも……わらわも大人な体になりたかったのじゃーー!!」


 自分が作った薬を早速飲むいちる。
「クシャミが治りました! 凄い効き目です。味も何だか不味くなかったですし」
 にこにこしてギルベルトに報告すると、体に異変が。サルの耳にサルの長い尻尾が急に生えてきたのだ。
「な、何でですか!? せっかくクシャミは治ったのにー!」
 その様子を面白そうにニヤニヤ見ているのはギルベルトだった。