葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

願いを還す星祭

リアクション公開中!

願いを還す星祭

リアクション



星の祭 夕方 「疾走」

――世界樹イルミンスール中層 イルミンスール魔法学校 回廊 夕方

「うっ、うーん。あれ、私?」
 紅汀がようやく意識を取り戻した。発声練習をしていたメイベル・ポーターが慌てて汀に駆け寄る。
「と、突然倒れたんです。貧血――かもしれませんわ。は、はは……」
 メイベルは背中に手を回し、汀をゆっくりと抱き起こす。
「そ、そうなの? なんだか頭がずきずきするけど――」
 かなり後ろめたそうに誤魔化すメイベルに対し、汀をぶん殴ったセシリア・ライトはしれっとした顔で黙っている。
「えっ、嘘でしょ! なんで――」
 汀が時間を確認して驚愕する。
「――急がないと」
 汀は立ち上がろうとするが――バランスを崩す。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、ただの立ちくらみです。なんだか頭もすっきりしてます。行きましょう」
 汀は駆け出す。足取りは確かだ。親指を立てて誇らしげなセシリアにメイベルは苦笑いするしかない。

――世界樹イルミンスール上層 イルミンスール魔法学校 校長室 夕方

「それで、どこまで話しましたかですぅ〜?」
 エリザベート・ワルプルギスの細い指先が力強い1手を打ち込む。鋭い切り込み――乱戦を誘う巧手だ。しかし、白沢 鵤は動じない。応じずに巧みにかわす。
「失礼ながら、エリザベート様のご創造された魔法が失敗しているのではないかという話です。エリザベート様の慈愛の心の顕現ではないかと存じますが、どうやら――」
 譲葉 大和は自分の仮説を熱心に語っているのだが、悲しいことに熱心に聞いている者はいない。イーオン・アルカヌムは幸せそうにお茶を楽しむアルゲオ・メルムをみて薄く微笑んでいる。メニエス・レインはソファで丸くなる関貫 円の頬をつついて遊んでいる。
「上層から下層への吸い上げが――」
 エリザベートは切り込ませた角を起点に左翼に攻勢をかける。
「これはどうですぅ〜」
「ほぅ、やりますね」
 鵤が長考に入る。
「負荷に耐えられず暴走を――」
「30点ですぅ〜! ウルサイからちょっとだまっていろですぅ〜!」
「そ、そんなぁ〜」
 大和はガックリと肩を落とすが、ナナ・ノルデンがお茶を差し出して慰めると瞬く間に復活した。
「最後は私ですね」
 アルツール・ライヘンベルガーが不適に微笑む。
「勝手にするですぅ〜」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 上空 魔法の竹 天頂 夕方

「つ……いた……」
「ああ、ついたな」
 春告 晶と永倉 七海の前では巨大な白い短冊が波打っていた。
「汀ちゃんの短冊は――」
「あそ……こ……」
 晶が指を差す。
紅い短冊が鮮やかな軌跡を残しながら風に踊っていた。
「ナナ……手……届き……そう?」
「ちょっと待って――」
 七海がゆっくりと手を伸ばす。そして、指先が触れ――。
 何かが七海の腕を掴んでいた。
「なっ!?」
 ――夏みかん。
 ――青森りんご。
 段ボールロボがそこにいた。
「その紅い短冊は五色の短冊に必要なのだYO」
 ――あーる華野 筐子。
 ダンボールの奥からこちらを覗く黒い瞳は異次元への門か――。
 七海は戦慄を覚え手を振り解く。
「こ、ここまでよじ登ってきたのか?」
「当然です。自分の力で登ってこそ願いが叶うのです」
 そして、もう一人――。
 誰かが魔法の竹の天頂に片足で立っていた。
「束ねし光、貴方の力に。優しき陽、二人を包め――」
 アイリス・ウォーカーが台詞を決める。
「カッ……コ……イイ……」
「い、意味がわからない」
 晶と七海が固まっている隙に筐子が汀の短冊に手を伸ばす。
「な、それは渡せない!」
 七海が筐子の手を払う。
「私達は5色の短冊を完成させなければなりません」
「それを邪魔するんなら――容赦しないよ」
 ダンボールの奥の瞳が怪しく光る。
「晶!」
「うん……負け……ない!」
 晶と七海が構える。
「アイリス!」
「筐子!」
 アイリスが光条兵器を顕現させる。筐子が両腕に力を集中させる。
「必殺――」
 ――強い風が吹いた。片足で立っていたアイリスのバランスが崩れる。
「あら? あらら?」
 そして、アイリスは――。
 ――落ちた。落ちていく。アイリスの腰に巻きつけられた命綱が中空を躍る。
 そして――。
「ア、アイリ――ぐぅえ!」
 命綱が青森りんごの印刷ごと筐子の腹部を絞め上げる。懸命に枝にしがみつくが自称百万トンの質量を支えきれない。抵抗も虚しく筐子も――。
 ――落ちていった。
「ナナ……」
「晶、何もなかった。誰もいなかったんだ」
「う……うん」

――世界樹イルミンスール上層 イルミンスール魔法学校 校長室前廊下 夕方

 閃光が収まり、立ち上がった爆煙も少しづつ消えていく。
「ど、どうなったの?」
 ルーシー・トランブルは咳き込みながら周囲の様子を確認する。
光球の姿は――ない。
「なんとかなったみたいね」
「岩造様!」
 フェイト・シュタールがうつ伏せに倒れる岩造の姿を見つけ駆け寄る。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です」
 ミルフィ・ガレットは神楽坂 有栖を下から上まで舐め回すように確認する。
「だ、大丈夫だって――心配性なんだから、あ、ちょっ、そこは――」
 有栖がむず痒い快感に身を悶えさせた瞬間――。
「なんだぁ!? どうなってんだ!」
 誰かの声が廊下に響いた。



 防衛魔法に足止めされていたイルミンスール魔法学校の生徒が次々と校長室の前に到着する。
「なんだぁ!? どうなってんだ!」
 校長室前の惨状を目撃し、本郷 涼介が声を上げる。
「コレは酷いな」
「誰かが先にエリザベート様と闘ったのかしら? 芳樹、先を越されたわね」
 高月 芳樹とアメリア・ストークスが涼介に続いて到着する。
「エリオット君! 大丈夫なの?」
「平気です。電話に出れなくてすいませんでした。少し前に防衛魔法が止まりました。メリエル、そっちは――」
「――きゃっ!」
「メリエル!?」
「こっちは大変だよ! 竹を壊そうとする人と竹を守ろうとする人が喧嘩してるの! 怪我人も出てるみたい!」
「解りました。エリザベート様に仲裁を頼んでみます」
「メリエルは安全なところに逃げてください。出来るだけ急いでそちらに戻ります」
 エリオット・グライアスは溜息を吐き出して携帯を閉じると冷たい視線をその5人組に向けた。
「――それで貴方達はどちら様でしょうか?」
「イルミンスールの生徒じゃないな? 蒼空と――あっちは教導団か、浴衣のあんたは?」
「お嬢様に無礼な口を――」
 ぶっきらぼうな芳樹にミルフィが不快感を顕わにする。
「ミ、ミルフィ、いいから――。私は百合園女学院の神楽坂 有栖です」
「防衛魔法が作動したのは、侵入者のせいだったのね」
「あっちの奴は怪我をしているようだな」
 本郷 涼介は岩造に近付き手首に触れる。
「脈は問題ないな。呼吸も正常だ。見たところ深い傷もない。――気絶しているだけだな」
「あ、貴方は――」
 泣きそうなフェイトは涼介をすがるように見つめる。
「少し心得があってね。目が覚めたらちゃんとした医者に診てもらえ。ああ、すり傷にはこの薬草を使うといい」
「有難うございます。何とお礼を言えばいいか――」
 涼介に深く頭を下げるとフェイトは嬉しそうに岩造に薬草を張っていく。
「で、あんたら? 何をしたんだ?」
「ご、誤解です!」
「そうだよ! 私達、何もしてないよ! 襲ってきたから仕方なく応戦したんだよ!」
 有栖とルーシーが必死で誤解をとこうとする。
「お嬢様を疑うとは――お嬢様どうなさいます?」
 ミルフィはカルスノウトの柄を柔らかく握り芳樹を睨みつける。
「ど、どうもしないで下さい」

――世界樹イルミンスール上層 イルミンスール魔法学校 校長室 夕方

「――願掛けした者の力の範囲で叶えられる願いならば、願った者の背中を押すことで願いが叶うように促してくれる」
 アルツール・ライヘンベルガーの凛とした声が校長室を厳粛な雰囲気に変えていた。
「他者をどうこうしたいといった願いや、非現実的な願いも、一応ですが叶えてくれます。幻影を見せることで――」
 アルツールの講義に生徒たちは耳を澄ませる。
 御影 葵はアルツールの言葉を一言一句メモ帳に書き込んでいく。
――これなら一面は確実。
――賞だって夢じゃない。
そう考えているのだから、必死にもなるだろう。
「――そんなところでしょう」
「90点ですぅ!」
 校長室にいた生徒たちから拍手が送られる。
「それでは何か質問はあるかな?」
 アルツールは完全に講義のノリだ。
「はい、はい、はい!」
 葵が手を挙げ、跳びはねる。
「では蒼空学園のキミ」
「はい! 御影葵です! よろしくお願いします」
 葵の瞳がぎらぎらと輝く。
「ではまず――短冊に2つ以上の願いごとが書いてあった場合はどうなるのでしょうか?」
「ふむ、鋭いようにみえて、ずれた質問だな」
「ダブルアクションは原則没ですぅ〜」
「だ、そうだよ?」
「では次です! 叶えられる願いと叶えられない願いの境界がかなり曖昧な気がするのですが――」
「その辺は自分で判断してもらっているですぅ〜」
「自分で――って竹が考えるのですか!?」
「あの竹はイルミンスールの一部ですぅ! 考えるのは当然ですぅ!」
 校長室がにわかにざわめく。
「ほう――そうでしたか、成程」
「だから明確な境界はないのですぅ。似たような願いであっても、願いの書き方やイルミンスールの気分によっても結果は変わるのですぅ」
「ただし――先程、説明したように絶対に叶わない願いはあります。そもそも、どんな願いでも叶えてしまうような因果律に干渉するレベルのハイリスクな魔術ならばアーデルハイド様もお認めにならないでしょう」
「勉強になりました。有難うございます!」
 葵は元気よくお辞儀をする。
「うちの生徒もこれくらい熱心ならばいいんだが――」
 アルツールが呟くとイルミンスールの制服を着る生徒は一斉に苦笑いを浮かべた。
「しかし、そこまで解っているなら、何故、ここへ来たのじゃ」
「それはですね――」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 魔法の竹周縁 夕方

「んっふっふ〜わかっちゃった〜」
 クラーク 波音は仁王立ちで宣言する。
「――俺の役には立たないということがな」
 弓納持 呉羽はすっかり憔悴していた。
「ん、何か言ったかな?」
「いえ、なんでもありませんよ」
「どんな願いごとなら叶えてくれるか解ったし、何かお願いする?」
「私は結構です――夢では何の意味もないではないか、全く下らん」
 呉羽はぶつぶつ呟く。
「眠い」
 クラウン・ウィンドシードは既に興味を失っているのか、かなりどうでもいい感じだ。
「そうだねぇ――」
 クラーク波音は短冊を取り出す。

『短冊をかけて変になっちゃった人を元に戻す! あーんど! 短冊をかけても変にならないようになって欲しい クラーク波音』

「私は短冊をかけてみるよ。叶わないと思うけど――折角だからね!」
「そうですか、では私は失礼させていただきます」
 呉羽は波音からようやく解放されて嬉しそうだ。
「スーパーミラクル調査団! 2号君! 3号君! ご苦労様でした! 次回の活躍を期待する! ビシィ!」
「ちょっと待て! そんなものに勝手に入れるんじゃない!」
 呉羽が顔を引き攣らせて波音に詰め寄る。
「飽きました、少し寝ます」

『世界征服 クラウン・ウィンドシード』

 クラウンは大きな欠伸をしながら短冊を結びつけた。

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 上空 魔法の竹 9合目 夕方

 お茶の間のヒーロー(自称)がいた。

「ヒーローの定めとはいえ――」
 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)はかなり限界だった。
「いや! 私の活躍を待っている子供たちのためにも、やり遂げねばなりません!」
 クロセルは己に克を入れ、再び竹を登り始め――ようとした瞬間、何かが落ちてきた。
「ひ、人ですか!?」
 落ちていくアイリス・ウォーカーにクロセルは咄嗟に手を伸ばすが――届かない。
「くっ! しまった!!」
 そして、更に何かが落ちてきた。
「な、何です!? 悪の超人か! ついに待ち望んでいた時が――」
 クロセルは飛来するあーる華野 筐子の異様に身構える。そして、クロセルと筐子の瞳が交錯する。
 ――アイコンタクト。二人は何も言わずに通じ合い――そして、筐子は落ちていった。
「そう、そうだったのですか――。その想い決して無駄にはしません!」
 クロセルの血液が沸騰する。全身に力が漲る。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
 クロセルの手には見事な二葉の短冊があった。

――世界樹イルミンスール上層 イルミンスール魔法学校 校長室 夕方

「しかし、そこまで解っているなら、何故、ここへ来たのじゃ」
「それはですね――」
 アルツール・ライヘンベルガーの声を乾いた音が遮る。
「如何でしょうか?」
 白沢 鵤が不適に微笑む。
――会心の一手。
が、しかし――。
「くっくっ! その手を待っていたんですぅ!」
「!?」
 エリザベートが駒に手を伸ばす。鵤が息を呑む。
「だ、ダメだ! ナナ! 一人じゃ――」
 先程から、懸命に扉を抑えていたズィーベン・ズューデンが叫ぶ。ナナ・ノルデンの誰も入れるなという言いつけを律儀に守っていたらしい。
 ――が、限界だった。ズィーベンを吹き飛ばし扉は勢いよく開け放たれる。
「ほ、本当だよ! 私達なにもやってないんだよぉ!」
 ルーシー・トランブルが校長室に転がり込んできた。
「なら、どうして逃げるんだ?」
「話を聞かないと解りませんわ」
 それを追って高月 芳樹とアメリア・ストークスが校長室に入ってくる。
「あ、あなた――エリザベート様だよね? 助けてください! あ、私、蒼空学園のルーシー・トランブルです!」
 ルーシーはエリザベートにすがりつくが――。
「また――」
 エリザベートは怒りに肩を震わせていた。
「――また蒼空学園ですかぁああああああああ!?」
「ひいいいいいいいいいいいいい!」
 ルーシーはもうわけが解らない。わけが解らないがエリザベートが激怒していることだけは判る。
「やれやれ――因果応報ですね」
 鵤は嵐によって滅茶苦茶にされた戦場に溜息を吐きかけた。



「なんで、俺達まで――」
 イーオン・アルカヌムが不服そうに呟く。
 蒼空学園の制服を着た4人は正座させられていた。御影 葵は構わずペンを動かし続けている。ルーシー・トランブルは虚ろな瞳で天井を見上げている。口の中からはみ出た透明な何かが頭の上に浮かんでいる。
「連帯責任ですぅ!」
 アルゲオ・メルムはエリザベートを睨みつける。イーオンの扱いを許せないらしい。
「それで雁首揃えて何の用ですぅ!」
 エリザベートはイライラ全開だ。
「エリザベート様! あの竹は一体!」
「ふっ、その話は既に終わったよ。少し来るのが遅かったんじゃないかな?」
 譲葉 大和がニヒルに笑う。
「どうしても、知りたいならこの僕が説明してあげるよ。あの竹は――」
 メニエス・レインが大和の後頭部を高そうな壺でぶん殴る。
「ぐ!おぉ!――え、SはServiceのS」
 意味不明の言葉を残して大和は崩れ落ちる。
「静かになりましたわ」
「よくやったですぅ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
 メニエスが嬉しそうに微笑む。
「あの魔法の竹について解説する臨時講義を来週中に数回開くつもりだ。詳しく知りたい生徒はそちらに出席するように――」
 アルツール・ラインベルガーが仕切りなおす。
「冷たいようだが、幻覚をみている生徒は自業自得だ。魔術師ともあろうものが、リスクを考えずに行動することこそが問題なのだ。良い薬になるだろう」
「――しかし、怪我人が出ています」
 本郷 涼介が神妙な顔をして暴動の状況を伝える。エリザベートの表情が変わる。
「なんということですぅ」
「――愚かな」
 アルツールが吐き捨てる。
「とにかく、あの竹自体に危険はないんですね?」
 エリオット・ダライアスが携帯を片手に確認する。
「当然ですぅ! あれはイルミンスールの一部ですぅ! 悪戯はしても傷つけるなんてことは絶対にしないのですぅ!」
 校長室にいた生徒は頷き合うとエントランスに向かって走り出す。暴力的に眠らされた大和も暴力的に叩き起こされ狩り出される。



「――な、何なの!? あ、校長! どこに行くんですか! 待ってください!」
「どうしますぅ?」
「追うしかないね」
「もう! どうなってるのよ!」
 喧騒が消えた校長室で関貫 円は安らかに眠り続ける。

――世界樹イルミンスール上層 イルミンスール魔法学校 校長室前廊下 夕方

「世界樹イルミンスールの内部は迷宮のようになっていると聞きましたがぁ――」
 メイベル・ポーターは紅汀を一瞥する。
「――生徒の方でも迷うことがあるのですわねぇ」
「そんなことはないわ――普通ならね」
「どういうことですのぉ?」
「――見て」
「な、何ですぅ?」
 壁が抉れていた。
「矢張り何かあったのね。防衛魔法に方向感覚を狂わされていたんだわ」
「それじゃあ――」
「いえ、大丈夫。校長室はすぐそこだから――ここまで辿り着けたってことはもう方向感覚は戻ってる」
「酷いね――廊下ぼろぼろだよ」
 セシリア・ライトが呟く。
「校長室はあそこよ!」
 汀がメイベルとセシリアに声をかける。
「あら、誰か出てきますわぁ?」
「えっ――」
 汀は校長室の方に視線を戻す。校長室から勢いよく人が飛び出してくる。
「――な、何なの!? あ、校長! どこに行くんですか! 待ってください!」
 汀は声を上げ、手を伸ばすが――届かない。エリザベートは汀に気付かず擦れ違う。
「どうしますぅ?」
「追うしかないね」
 メイベルとセシリアは頷き合う。
「もう! どうなってるのよ!?」
 汀は叫ぶしかない。

――世界樹イルミンスール上層 イルミンスール魔法学校 回廊 夕方

「な、なんだ?」
 雑踏が凄い勢いで近付いてくる。緋桜 ケイとソア・ウェンポリスは壁に張り付きエリザベートとその仲間達の行軍をかわす。
「ったく、危ねぇなぁ」
「エリザベート様がいらっしゃいましたわ」
「んだとぉ! 追うぞソア!」
「は、はい」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス上空 魔法の竹 天頂 夕方

「今度……こそ……」
「ああ、やり直しだ」
 春告 晶と永倉 七海の前では巨大な白い短冊が波打っていた。
「汀ちゃんの短冊は――」
「あそ……こ……」
 晶が指を差す。紅い短冊は鮮やかな軌跡を残しながら風に踊っている。何も変わらない
「ナナ……手……届き……そう?」
「ああ――でも、なんか嫌な予感がする」
 七海がゆっくりと手を伸ばす。そして、指先が触れ――。
 何者が七海の腕を掴んでいた。
「くそっ!? またか!」
 ――目元を覆うシンプルな仮面。
 ――マントのように羽織った制服。
 お茶の間のヒーロー(自称)がそこにいた。
「少年少女の願いを踏みにじる悪の超人め! この俺が成敗してやる」
 クロセルの目は完全に逝っちゃっている。あーる華野 筐子の目を直視したのが原因かもしれない。
「なんで、こう次々と、変なのが――」
「馬鹿……は……高……い……とこ……好き……」
「貴様! ヒーローを愚弄するか!」
「何がヒーローだよ。馬鹿だろお前――」
「子供……に……見せた……くな……い……番組……ナンバー……ワン……」
「き、きさまぁあああああ!」
 クロセルは激昂する。
「高いとこ……登るの……真似……する……の……危ない……」
「むっ! それは確かにその通りですね――」
 クロセルは顎に手を当て頷く。
「というわけで――良い子の皆、危ないからオニーサンの真似をしちゃダメですよッ!」
 台詞を決めるとクロセルは魔法の竹の天頂まで一気によじ登りなんとかバランスを取る。
「よし、これで心置きなく闘えます! こい! 悪の超人!」
 クロセルは得意の演出魔法で自分の後方に赤色の爆発を起こすとポーズを決める。
「カッコ……イ……イ」
「晶、真似したらだめだよ」