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冬休みの過ごし方

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episode2:終わりと始まり


 オリヴィエ博士の元を訪ねた者は、他にもいた。
 目的は”渡し”である。しかし。

「ええっ! ”渡し”使えないの!? なんでっ!?」
 無理、と即答したオリヴィエ博士に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が叫ぶ。
 目的地は、セレスタインだった。
 あまりにも慌ただしい脱出劇だったが、直接セレスタインが崩壊したのを目にしたわけではなかった。
 ならば、再び行けばそこにあるのではないかとザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)も考え、コハクを誘って、”渡し”を使わせて貰えないかと交渉に来たのだ。
「戻ってきたら、家の片付けも手伝いますし、お願いできませんか」
 ザカコはそう頼んでみるが、博士はただ苦笑する。
「手伝いはまあ、マイペースでやるからいいけど、それ以前に、あの装置もう壊れちゃって」
「それは、暫くしたら、また使えるようになるという話ではなかったか?」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が言うと、
「そういう一時的なものじゃなくてね。
 君達が戻って来た時に、飛空艇に潰されて、粉々に壊れちゃったんだよね」
と、博士は肩を竦めた。
「ええっ……!」
 ルカルカは愕然とする。
「私にはあれを直せる技術は無いし。
 元々壊れかけたようなものだったし、寿命だと思ったんだけど」
 ごめんね、とありありと失望の表情を浮かべるルカルカ達に、博士は申し訳なさそうに謝った。
「……それにもし渡れたとして、そこに島が無かったら君達、下の世界へまっさかさまだよ?」
 ゆる族ならともかくな話だが。
「何をしに行くつもりだったんだい?」
 問われて、ルカルカはちらりとコハクを見た。

 傷ついた聖地に、花の種を植えようと思ったのだ。
 クリソプレイスと、モーリオン、そしてセレスタイン。
 セレスタインには今、”渡し”を使ってしか行けない。
 魔境と化した聖地でも、荒地に強い樹の苗や花の種を蒔いて、いつの日かそれが芽吹き、魔境から聖地へと甦ってくれたらと願っていた。
「ルカルカさん」
 がっくりと力を落とすルカルカにコハクが口を開く。
「ありがとう。でも、もういいです」
 無理をしているのではなく、本当にもういいと思う。
 逃げ出した故郷に再び渡れて、どんな形であれ、終わらせることができたのだ。
「もう二度と戻れなくても、……もしもあそこにもうセレスタインが無くても」
 自分は、歩いて行けると思う。
 そう思わせてくれたのだ。今目の前にいる人達、周りにいてくれた皆が。
「……コハク」
 ダリルがぽんとコハクの頭に手を乗せる。
「セレスタインでの最後は慌ただしくて、俺達は、終わったという気がしていなかった。
 だから、終わりにする為に、新しく始める為に、もう一度セレスタインに行けたらと思ったんだ」
 けれどそれが叶わないのなら、あの場所で言おうと思っていた言葉を今言おう。
「お疲れ様、コハク。
 お前のおかげで、虚無の蛇を滅ぼすことができた」
 握手の為に差し出された手を、コハクは虚を突かれたように見つめ、おずおずとその手をとった。
「あ、ありがとう」
 感極まった声で、呟くように言う。
「――いつか、また」
 その様子を微笑ましく見ていたザカコが、ふと口を開いた。
「セレスタインに行ける日も、来るかもしれません。
 だからその日の為に、自分達も前に進んで往きましょう」
 いつか来るかもしれない未来のその日へ向かって。


 聖地モーリオンには、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、パートナーのクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)と共に行った。
 モーリオンを花で一杯にしたいという考えも勿論あったが、あの戦いの後、先を急いでいて、犠牲者達の弔いが性急だったことが心残りだった。
 自分は、まともに追悼もできなかった。
 それで、花の種の他、両手に抱え切れないほどの白い薔薇と白い百合の花束を持ってモーリオンを訪れた。
 クマラとメシエも、エースを手伝って花束を抱えている。
「この種、蒔いたら、あとは自生で勝手に育つんだよねっ?」
 花を供え、種をばら撒きながら、クマラが訊ねる。
 そういう花の種を、エースが選んでいたはずだ。
「ああ」
と答えたエースに、
「年中咲いてるっても言ってたよねっ」
と続けて、それにもエースは
「ああ」
と答える。
「花でいっぱいになったらいいね〜」
 死体で埋もれたこの地を見て、エースは随分ショックを受けていたようだし、彼がこれで元気になればいいとも思った。
 死者の追悼は生者の務めだしと、仕方なく人手に駆り出されてきたメシエも、
「痩せた荒野ばかりのこの世界ですが……、
 花に埋もれたストーンサークルというのもいいものですね」
と、無事に種が芽吹いた光景を思い浮かべながら、花を供える。
 血で穢れたこの聖地が今、どういう状況なのかは解らないが、穢れてもいつか、浄化されて行くといい。
 この世界にも、それだけの力が戻ってくれるといい。
 花が、咲いてくれるといい、と。
 そしてメシエは、祈りを捧げているエースを見た。
「失ったものはあまりにも多いけれど、何とか世界を失わずに済みました。
 あなた達の事は忘れません。
 魂の安らかなることを……」
 いつまでも過去ばかりを振り返ってはいられないけれど、これを機に、また前に進んで行けたらいいと、メシエは思う。
 新年なのだし。新しい一歩を踏み出して行こう。
「さあ、そろそろ戻りましょう。皆が待っています」
 メシエの言葉に、オッケーと元気良くクマラが答え、エースも顔を上げて頷いた。


「……あのね」
と、リシアは溜め息を吐いてみせた。
「あたしは基本的に、危険な場所には行きたくないの!」
 魔境と化したクリソプレイスに花の種を蒔きに行こう!! きっとお宝も見つかるよ、と誘ったカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)への返答だった。
「じゃあ、また中華料理作ったげるから”核”頂戴!!
 人助けに使いたいの!!」
 クリソプレイスの守り人だったヘリオドールは、救出されて今、空京の魔法医師のところにいる。
 今にも息絶えそうな彼女を助ける方法は、”核”しかないのでは、と、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)から相談を受けたイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)は、彼女の代わりにリシアから”核”を貰い受ける交渉を引き受けたのだ。
 最も実際に交渉しているのはパートナーのカッティだが。
「……はあ……まあ、あんた達がヤバいことに使うとも思えないし、持っていけばいいわ」
 水晶に覆われたままの”核”を、リシアはカッティに渡す。
「信用されているのか。嬉しいね」
 イレブンが言うと、リシアは嫌そうな顔をした。
「……種を蒔いたくらいで、魔境化された場所が元に戻るかもしれないとか、本気で思ってんの?」
「『信じる者は救われる』さ。『千里の道も一歩から』ともね」
「……あっそう」
「何かお宝を見付けたら持って帰ろう。楽しみにしていてくれ」
「期待しないでおくわ」
 即答したリシアに、イレブンは肩を竦めた。

 最終的に、イレブンとカッティがリシアにと持ち帰ったのは、魔境に棲息していた魔獣だった。
 魔獣使いの能力で服従させた魔獣をカッティは、
「スナネズミもいるし、リシアって動物好きでしょ!!
 だからコレあげる!! なるべくカッコいいのを選んできたよ!!」
とプレゼントしたのだ。
 胡散臭そうに魔獣を見ていたリシアだが、
「スナネズミは鑑賞用で飼ってるわけじゃないんだけど……まあ、護衛に使えそうね!」
と、受け取ることにした、のだが。

 魔獣はイレブンの支配下から切り離された途端、襲撃した。
「きゃああっ!!」
「ちっ! 支配が甘かったかっ!?」
 剣を抜きながら、イレブンが舌打ちをする。
 魔獣は、リシアを襲ったのではなかった。
 その辺は、イレブンの支配は完璧だった。
 しかし魔獣は、スナネズミの群れを餌と認識したのだ。
 素早い判断で魔獣を斬り捨てたので、スナネズミに被害は無く、リシアは安堵の溜め息を吐いたものの、
「ホントにもう、最近ろくなことがないわ!」
と肩を落としたのだった。


「お帰り、みんな」
そうして、各聖地へと種を蒔きに行った仲間達、コハクと別れて戻ってきたルカルカ達を、こたつにみかんの団欒モードで、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が迎える。
「お疲れ様。寒かったろう。お汁粉も作っておいたが、どうだ?」
「いただきます」
 仲間達を労う為に、珍しく笑みを浮かべるイリーナに、ザカコが答える。
「餅も焼こうか。皆、いくつだ? 飲み物はどうする」
「あ、あたしクッキー作って持ってきたよ!」
 差し入れ〜、と、ルカルカが取り出した紙袋には、イリーナやダリル達が同時に
「いや、それは必殺すぎるから!」
と突っ込みを入れる。
「オイラお汁粉もいいけどお雑煮もいいな〜」
 コタツの上のみかんに手を伸ばしながらねだるクマラに、
「分かっている。だから、餅はいくつ入れるのだ?」
と、万全の準備をして仲間達を待っていたイリーナは答えた。
 そうして皆に希望通り、お汁粉やらお雑煮やら飲み物やらを配って、改めて、
「では、皆、本当にお疲れ様」
と労う。
「そしてあけましておめでとう」
「かんぱーい!」
 クマラの音頭に、ルカルカやイレブン達は、打ち上げの杯を掲げた。

◇ ◇ ◇


 聖地クリソプレイスの守り人、ヘリオドールは、助出された後、空京の魔法医師の元に預けられた。
 ”核”があれば、彼女を助けてあげられるのでは、と一条アリーセは考えたのだが、コハク達が持っていた核や光珠は全て失われてしまったし、カルセンティンで護られていた物も、アレキサンドライトが使ってしまった。
 残る1つは、トレジャーハンターであるリシアが持つ、聖地モーリオンで護られていた”核”だ。
 アリーセはリシアを知らないが、イレブン・オーヴィルからその話を聞き、何とか入手できないかと彼に頼んでみた。
「交渉してみよう。何気に善人だから、恐らく可能かと思う」
 そう言ったイレブンからの、今は結果待ちである。
「目が覚めないなあ……。
 アリーセ、俺思ったんだが、やっぱ眠り姫を目覚めさせるのは王子の口づけじゃないか?」
 パートナーの久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)の言葉に、また何か言い出した……と思いつつ無視していたアリーセだったが、
「そうかっ、王子役がいなくて試せなかったんだな! よしっなら俺が」
という言葉が終わらない内に、彼を部屋から蹴り出した。
「何だよう、何だよう、アリーセだって看病しながらおでこにお餅とみかん乗せたりしてたくせに〜」
「あっ、あれはっ! 縁起物だからいいんですっ!」
 何がいいんだか解らないが、アリーセは咄嗟にそんな言い訳をする。
「……まあ、目が覚めないのは、単に死にかけてるからだけどね」
 苦笑しながら、魔法医師が入ってきた。
「容態はどうだい?」
「変わらないです……」
 ヘリオドールの様子を看た魔法医師は、これはまずいね、と表情を曇らせる。
「機晶石にヒビが入ってきた……」
 えっ、とアリーセとグスタフは驚いてヘリオドールを見る。
「この馬鹿が変なことしようとしたから……」
「あっ、ひでえ!」
「すみません、私達、騒がしすぎたでしょうか」
「いや、そういうのは関係ないでしょ。
 賑やかな方が、この子だって嬉しかったんじゃないかな」
 ぎゅ、とアリーセは拳を握りしめた。

 後悔したくない。出来ることは全てやり尽くしたい。
 けれど、それでも、駄目なこともあるのだということを知っていた。
 助かって欲しい。けれど、望みは薄いのかもしれない。
 このまま、ヘリオドールは助からないのかもしれない、と。

「お待たせ――! 遅くなってごめんっ!」
 ばたばたと響く足音と共に叫び声がして、病室のドアが破られる勢いで開かれた。
「カッティさん! ”核”は?」
「これこれ! これでそのコ何とかなる?」
 アリーセは、受け取った”核”を、あらかじめ事情を説明していた魔法医師に渡す。
 一般的に知られていない”核”の存在を、魔法医師も知らなかったが、説明されて納得していたようだった。
「これが、噂の”核”か。
 それじゃあ、一生に一度の大手術と行きますか。君達も手伝ってね」
「私達も?」
「『力を使いこなす為の技術』の他に、『対象に対しての感情』も強く関係してくるみたいだし。
 この子への、君達の思いが必要でしょう」
 魔法医師が何かを呟きかけて指でトントンと叩くと、”核”がリシアが収めた水晶の中からころりと転がり出る。
 魔法医師はそれを両手でヘリオドールの剥き出しの胸に押し当てた。
 目を覚ましてください、と、アリーセは祈る。
 苦しんで苦しんで、そのまま死んで行くなんて、そんなことは。

 淡い輝きと共に、”核”がヘリオドールの体内に吸い込まれていく。
 機晶石のヒビが、すうっと消えて行き、うっすらと、ヘリオドールの目が開いた。

「ヘリオドールさん!」
 ぼんやりとヘリオドールがアリーセ達を見、ほろ、と涙を零す。
 ずっと、目覚めて欲しいと祈っていたはずなのに、実際にそれを目の当たりにしたら驚いてしまって、わたわたわた、とアリーセは挙動不審に慌てた。
「え、えっとその、おはようございます?」
「アリーセ……」
 くっ、わが娘ながら可愛い奴。と鼻血を抑えるグスタフは後で張り倒すことにして今は無視。
「……ありがとう……ございます……」
 まだうまく動かない口で、ようよう紡がれた言葉に、ほっと、肩の力が抜けた。
「…………よかった…………」