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リアクション
2.デジャヴ
川を越え、陸へ上がったマゼンタ色のダンゴムシは、ヴァイシャリーの街並みにしばし呆然としていた。
今まで見てきた閉塞的な空間とは違う、初めて見る景色。解放感をたっぷり味わった後のこの何とも言えない高揚感!
「あ、いたー!」
声がした方向を見ると、白舞(はく・まい)がこちらへ向かってきていた。
ダンゴムシは慌てて陸へ上がった。どうにかして逃げ出そうと、街の中心部へ向かっていく。
「この先は危険よっ!」
と、どこからともなく天璋院篤子(てんしょういん・あつこ)が現れ、ダンゴムシを阻止する。篤子の後ろにはたくさんの人たちが行き交っていた。
「来るならこっちに来い!」
と、叫ぶ甲賀三郎(こうが・さぶろう)。舞と共に横道に立って、ダンゴムシをおびき寄せる。
ダンゴムシは篤子をじっと見つめた。
「大丈夫、ちゃんと森に帰してあげるから」
篤子の母性に溢れた視線を感じ、ダンゴムシはのそりと動き出す。その先に罠があることを知らずに……。
つ、とダンゴムシが前進をやめた。
「どうした、ダンゴムシ?」
三郎が声をかけると、ダンゴムシはその場に丸まった。
「まさか、ばれちゃった?」
と、苦笑いを浮かべる舞。
しかし、ダンゴムシは動かなかった。否、動かなくなった。
「っ!」
その姿を見て、篤子はデジャヴを覚えた。そして懐かしい記憶を思い出す。それはまだ田舎にいた頃、たくさんのダンゴムシとよく一緒に遊んだ記憶……。
屋敷のそばには、季節を問わずダンゴムシの姿がよく見られた。その一匹一匹に名前をつけては、遊び相手にしていた篤子。
その中でも、篤子はある二匹のダンゴムシを特別に可愛がっていた。
「あふらっく……!」
まさに今、目の前で丸まって動きを止めたダンゴムシが、『あふらっく』と名付けたダンゴムシにそっくりに見えた。
「にゃふらっくにいつもいじめられて……ああ、あふらっく!」
篤子はダンゴムシへ駆け寄ると、そのマゼンタ色の身体にそっと手を伸ばした。
「大丈夫よ、あふらっく。わたくしたちはいじめたりしないから」
と、ダンゴムシを優しく撫でる。
三郎と舞は、その様子を見てぽかんとする。
「……あれ、転がして行けるんじゃないか?」
「え、でも先輩、あのダンゴムシ……重そうですよ?」
「だが、動かないんじゃ、どうしようもないし」
「うーん」
ごろん、と、ダンゴムシが後ろへ転がり始める。
「あふらっく?」
篤子を潰さないよう、慎重に来た道を戻り始めるダンゴムシ。
元の道まで戻ると、ダンゴムシは再び水中めがけて歩き出した。どうやら、篤子の思いが伝わったらしい。
「気をつけてね! あふらっく!」
水中を泳ぎだすダンゴムシへ手を振る篤子。
「……」
舞は後ろをちらりと見た。そこには、道全体を埋め尽くす大量のトリモチが置かれている。
……片づけ、めんどくさいなぁ。
結局、ダンゴムシはヴァイシャリーに大きな爪痕を残すこともなく去って行った。
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