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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

リアクション

「あ、ここで花火見ながら一緒に食べよっ!」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は百合園のスペースではなく、2人掛けの椅子に冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)を誘った。
 花火の観賞に誘ったのは小夜子の方だった。
 色々な事件があったことで、沈んでいた歩は元気を出さなきゃとその誘いを受けて、沢山食べ物を沢山購入して、小夜子と合流したのだった。
「綺麗だねー」
「本当に、素晴らしいです」
 お菓子や焼鳥、鯛焼きなどをゆっくりと食べながら、美しい夜の華を観賞していく。
 だけれどあまり、2人の顔は浮いていなかった。
 2人、共に口数が少なくなって。
 しばらく無言で花火を見続けた後――。
 歩が口を開き、ぽつりと言う。
「これからどうなるのかな。……ううん、自分がどうしたいかなんだけどね。それもよくわかんない」
 小夜子が歩の方に目を向ける。
 途端、歩はハッと我に返る。
「あはは、ごめん。今の忘れてー。やーん、恥ずかしー。年上失格だなぁ」
 そして、そう恥ずかしそうに苦笑した。
「いえいえ、お気になさらず。……その内、きっと見つかりますよ」
 小夜子は優しい声でそう言った。
 小夜子も悩みを抱えている。
 いつも元気な歩も同じように悩みを抱えているのだと知って……歩に元気でいて欲しいから、何か気の利いた言葉でもかけたい、とは思うのだけれど。
 それは簡単に答えられるような悩みではないから。
(残念ですが私からは気の利いた答えは……)
 出せない。
 ただ、歩に微笑みを向けることだけで精一杯だった。
 歩はいつものように笑みを浮かべて「このお菓子美味しいよ」とお菓子を小夜子に進めるけれど。
 やっぱりその心の中は曇っていた。
(はぁ……あたしって、嫌な奴だなぁ。皆の方がきっと辛いこと多いのに)
 空は暗くて。
 街も闇に包まれているけれど。
 雲にも霧にも覆われてはおらず――。
 星が、月が、電灯が。
 淡く小さな輝きを放っている。
 星の一つ一つの光はとても小さい。月は自分だけでは光を放つことも出来ない。
「とても美味しいです」
 歩が勧めた菓子を食べた小夜子が、笑みを浮かべた。
(これも……小さな輝き)
 すぐに答えは出せないけれど、友達と一緒にいることで答えに近づける気がした。

「多くの人と出会ったこの一年、色々ありましたね」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、桐生 円(きりゅう・まどか)を誘い出し、百合園のスペースの隅で花火を観賞していた。
 ロザリンドの膝の上に、円はちょこんと座っている。
 ロザリンドは百合園の生徒会執行部、白百合団の班長で。
 円は生徒会から問題児と見られていた百合園生だ。
 端から見るとちょっと不思議な組み合わせだった、かもしれない。1年前ならば。
「失礼な話ですが、最初は噂とかで怖い、危険な人だと思っていました」
 ロザリンドが、ジュースを手にぼーっと空を見ている円に語りかける。
「でも実際は円さんも色々考えたり悩んでいて……もし話す機会が無ければ誤解していました。ごめんなさい」
 謝罪するロザリンドに円は最初は小さく。次第に大きく首を左右に振った。
「ほんの一年間だけど、契約者になって色々あった。一般常識を超えたことが出来る、ひとりでなんでも出来ると思ってた。だから力を鍛えて……」
 ぽつぽつと円は語っていく。
「でも、実際には人の心も動かせなかったし、大事な所で失敗をしたりした。……結局子供だったのかな?」
 ロザリンドは静かに円を見守っている。
「大人の考えって何だろう?」
 円はちょっと辛そうな声でそう言って、目を軽く閉じて。
 また、首を左右に振った。
「ごめんも何も、実際……我を通そうとする行動が多かったし……間違えてはいないよ」
 そして、こう言葉を続ける。
「実際厄介者だと思う」
「そんなことはないですよ。話をしてみれば、解ります」
 ロザリンドはそう答え、円に微笑みかける。
「『対話』。相手のことを知り、自分の事を伝える。百合園女学院にとって、一番大切な力だと思います」
 円は去年……この花火大会に行われた懇親会に協力はした。
 会場に贈り物をしたり、光で皆を楽しませたり。
 だけれど、彼女自身は皆と交わらず、彼女の協力は皆も知らない。
「だから円さんも私や多くの人と一杯話しましょうね」
 軽く、頷いた後。
 円はふうっと息をついて、ロザリンドに尋ねてみる。
「ねぇ、ロザリン。班長になって良かった? 辛くない?」
「うーん」
 その問いに、ロザリンドは少し考える。
「私は失敗したらどうしよう、迷惑でないかといつも心配です」
「ボクから見ても、充分役に立ってると思うんだけどね」
 円の言葉にロザリンドは首を縦に振った。
「支えたり励ましてくれる皆さんがいましたから、頑張れます」
「もうすこし自信持ってみてもいいと思うよ?」
「そうですね。心はすぐには育ちませんけれど、強い心を持ちたいと考えています」
 空にまた光の華が浮かんでいく。
 美しい光を、瞳に映しながら。円は呟く。
「それが、大人の考えなのかな? ……大人の考えって、なんだろう?」
「悩んで挫けそうになって頑張って、そうやって進むのが大人なのでしょうか?」
 答えは出せなく。
 出せることでもなくて。
 少女達は悩みながら、迷いながら。
 友人達と一緒に、時には立ち止まりながらも、前へと歩いていく。
「そして、きちんとピーマンは食べるようにしませんとね」
 ロザリンドがくすりと笑みを浮かべる。
「ははっ、ピーマンはまた今度ね」
 円もまた、微笑みを浮かべた。

 会場の隅。
 他の場所よりもより暗い場所に、2人掛けの椅子が設けられていた。
 その一つに、浴衣姿の男女が寄り添って座っていた。
「色々見繕ってきた故、今夜は共に飲み明かすのじゃよ〜」
 桐生 ひな(きりゅう・ひな)のパートナーのナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)が、袋の中から赤ワイン、焼酎、米酒など、酒類を出していく。
 2人で乾杯をして、華が咲いていく空を見上げながら、酒を飲む。
「お会いできて、嬉しいです」
 静かに、朱 黎明(しゅ・れいめい)が言った。
 最近まで、闇の組織絡みで彼女と会うことが出来ずにいた。
 危険な立場にあったナリュキのことを、黎明はとても案じていた。
 本音を言えば、ナリュキには組織に関わって欲しくなかった。
 だから、こうして無事に会えたことがとても幸せで……。
 黎明は、薄桃色の浴衣をゆるく着こなしているナリュキの腰に手を回した。
「ん?」
 軽く反応を示した彼女を抱き寄せる。
 そして優しく胸の中に抱きながら、語り掛ける。
「一連の事件の中で……私は妻子を持っていたかもしれない男を殺害しました」
 ラズィーヤは妻子はいないと黎明に説明をしていたが、それは嘘だろうと黎明は感じ取っていた。
「もう何度も人を撃ったが未だに馴れない。撃った時の相手の顔を忘れられず、寝られない日もある」
 ナリュキを抱きしめながら、黎明は秘めていた感情を溢れさせる。
 ナリュキは黙って、黎明の背に腕を回して抱きしめ返しながら、彼の言葉を聞いていた。
「やはり……私は弱い人間なんです……」
「大丈夫じゃよ……」
 大きな音と共に、夜空に華が咲いた直後に。
 ナリュキは体を起こして手を、黎明の頬に当てた。
 それから甘く微笑んで、彼の唇に、自分の唇を重ねた。
「妾は、これからも黎明を支えていくのじゃ」
 そしてまた、彼の胸に頬を摺り寄せて。
 手を背に回して抱きしめる。
「花火見ておるとしんみりしちゃうにゃよね〜。ゆっくりするのじゃ、一緒にの」
「……はい」
 黎明は愛しげにナリュキを抱きしめる――。
 パパン
 空には艶やかな2輪の華が咲いた。
 
「良い夜ですね? ミス・ラズィーヤ。飲み物はいかがですか?」
 ラズィーヤの側から人が離れたその時に、春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)のパートナーのエミール・キャステン(えみーる・きゃすてん)が彼女に近づき、アイスティーの入ったグラスを差し出した。
「戴きますわ」
 グラスを受け取ったラズィーヤを、エミールはそっと手摺の方へと誘う。
「花火が水面に映えて綺麗ですね……素敵な眺めです」
 エミールの言葉に、ラズィーヤも運河を見下ろしながら「ええ」と答える。
 花火は正面ではない位置に上がっているが、強い光が運河の水面に映っていることが屋上からも僅かに分かる。
「美しい街ですね。シャンバラでもっとも風光明媚な土地といわれるだけあります」
「もっと明るい時間にもお見せしたいところですわ。よろしければ、展望台などにも寄っていってくださいませね」
 ラズィーヤのサポートを行ってきたエミールだが、そろそろ仕事も落ち着き、別れの時が近づいていた。
 仕事の話ではなく、ヴァイシャリーの歴史や百合園女学院の催しなど、他愛もない話をしながら2人は花火と夜景を楽しんでいく。
 その会話には、腹の探りあいも、駆け引きも無かった。