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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

リアクション


〇     〇     〇


 本部でカキ氷や飲み物の提供も行われているが、屋上に設けられている屋台にもそれぞれ列が出来ていた。
「同校の者はいなそうだな……まったく……」
 そんな中、端午坂 久遠(たんござか・くおん)は一人ため息をついた。パートナーに友達を作ってこいと言われて訪れたが、久遠の通う学校――葦原明倫館のスペースに明倫館の生徒の姿はなかった。
 仕方なく、パートナーに土産でも買おうかと、一人で屋台を回っていた久遠は、美しいガラス細工に目を留めたのだった。
「これは凄いな。こんなところで販売されているとは……」
 近づいて並べられている品々を見て、それがガラスではないことに気付く。
「飴細工だ。職人じゃないけど、今日の為に猛練習したんだ」
 得意気に作り主の橘 カオル(たちばな・かおる)が実演を始める。
 片手で飴を操って、火術で熾した火に近づけて変形させていく。
 和バサミで形を作り、最後に筆で細かな彩色をする。
 作り上げたのは、可愛らしい赤い花だった。
「凄いな、それを貰おうか。土産用にしてくれ」
「毎度あり〜」
 カオルはビニールに包んで、紙袋に入れて久遠に渡す。
「自分の分もといいたいところだが、甘いものは苦手だからな……。ありがとう、良い買い物をした」
 久遠は、並べられている動物や花の形に作られた飴を感心しながら目に収めた後、礼を言ってその場を離れた。
「あっ、来てくれたんだ!」
 直後に、カオルは見慣れた顔を見つけて声を上げた。
「まあね。ヴァイシャリーの花火にも興味があったから」
 軽く笑みを浮かべながら近づいてきたのは李 梅琳(り・めいりん)だ。
「オレ達も、たまには息抜きしないとな」
 言って、カオルは梅琳の為に、唯一の飴細工を作る。
 彼女は屋台に入ってきて、カオルを手伝って売り子をしながら完成を待っていた。
「出来た。どうぞ」
 それは、赤い薔薇の飴細工だった。
「……ありがとう。勿体ない気もするけれど、大切にいただくわね」
 梅琳は微笑んで、その手作りの贈り物を受け取った。

「そこのにーちゃんラーメン食っていかないか、ラーメン!」
 威勢の良い声が響いてくる。
「ラーメン、食べて行きませんか?味は私が保証しますよー」
「ラーメンか。良い匂いだな」
 呼び止められた久遠はそのラーメン屋台に近づく。
「仕込みの関係で、醤油ラーメンしか用意できてないけど、サービスするぞ〜。具は何入れる」
 言って、店主である渋井 誠治(しぶい・せいじ)は早速麺をゆで始める。
 煮卵、チャーシュー、もやし、わかめ、コーンなど、具は色々用意してあった。
「ふふっ、屋台といったらやっぱりラーメン、ラーメンですよ!」
 シャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)の姿も側にあり、ビニール袋にゴミを詰めたり、料理以外の作業を手伝っていた。
「それじゃ、メンマを多めに」
「了解!」
 誠治はスープを用意し、茹で終えた麺を入れ、具を乗せていく。
「はい完成! ラーメン好きになってくれよ〜」
 出されたラーメンはとても美味しそうで食欲がそそられる。
 匂いに釣られて、客も次々に訪れる。
「うむ。濃厚なスープに麺の太さが合っているように思える」
 美味しかったのだが、プライドが高いせいで、久遠は微妙な感想を述べる。
「そうだな。ラーメン好きなオレが選んだ麺だからな」
 誠治はそう答えて、シャーロットと微笑みます。
「そうか。調和が悪くはない」
 そして久遠は全て平らげて、料金を支払う。
(これは土産には持って帰れないが、パートナーと、美味いと噂の空京のラーメン屋に行ってみるのもいいかもな)
 そんなことを思いながら、満足気に屋台を去ったのだった。

「甘いものと冷たいお茶はいかがですかー!」
 調理室から鯛焼き用の型とコンロを借りて、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は屋上で簡単な屋台を開いていた。
 屋台が立ち並ぶ辺りには、花火が見やすい位置に長椅子が置かれている。
 椅子の前の小さなテーブルの上に飲食物を置いて、観賞と談笑を楽しめるスペースが作り出されてあった。
「お美味そう!」
「甘い匂いだ〜」
 活発そうな女の子同士のカップルが涼介の屋台に近づいてくる。
「つぶあん、白餡、カスタードクリームとあるよ、どう?」
 鯛焼きを焼きながら、涼介は2人――姫宮 和希(ひめみや・かずき)ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)に説明をする。
「それじゃ、適当に2種類入れてくれ!」
「私もー!」
「了解!」
 涼介は鯛焼きを2種類ずつ袋に入れて、緑茶の入ったペットボトルを添えて、和希とミューレリアに渡した。
「中から何が出てくるかは、食べてからのお楽しみだな」
「早速いただこうぜ〜♪」
 和希はかぷっと食べてみる。
 ミューレリアは1つ目の鯛焼きを2つに割ってみた。
「俺のはつぶあんだ」
「私のは白餡」
 自分の鯛焼きを一口食べた後、2人はどちらから言うでもなく互いの鯛焼きを食べあった。
 そんな2人の様子を微笑ましげに見ながら、涼介は鯛焼きを配るために焼きあがったものからケースの中へと並べていく。

「はい! いらっしゃい!!」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が元気の良い声を上げる。
 彼女の屋台ではカキ氷とジュースを販売している。
 両方、ミルディアの手作りだ。
 友人の早河 綾(はやかわ・あや)のことも誘い出せないかと思ったけれど、今はまだ方法が思いつかなかった。
 いつかは、一緒に楽しめるといいなと思いながら、ミルディアは一人でも元気に屋台を運営していく。
「良かったら味の感想も聞かせてね! ちょっとくらいなら調整も出来るし」
 カキ氷にお手製のオレンジシロップをかけながら、若い男女のカップルにそう言う。
「キミの輝く笑顔1つ下さい〜」
 訪れたは、メニューにないものを注文してみた。
「ふふ、幾らでもサービスするよっ! カキ氷もどうぞ」
 ミルディアは満面の笑顔を浮かべて、対応する。
「ワタシは……パインシロップを希望ある」
 カスパーは迷った挙句、パインシロップを選んだ。
「まいどー。パイナップルと氷砂糖で作ったシロップだよ」
 説明をして、ミルディアはカキ氷にシロップをかけていく。
「おにーさんには、こっちね!」
 カスパーには注文のパインシロップをかけたカキ氷を。
 笑顔を注文した亮には、色々ブレンドして笑い顔でカキ氷を提供する。
「おっ、いろんな味が楽しめそうだね〜」
 亮は笑いながらカキ氷を受け取った。
「あんたら見かけない顔だよな、どっかの新入生か〜!? どうだ、たこ焼き食っていかねぇか!」
 隣の屋台でたこ焼き屋をやっているトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が亮とカスパーに声をかける。
「祭りといったらたこ焼きだよな〜」
「美味しそうある」
「ただし!」
 近づく2人にトライブはたこ焼きを仕上げながら、説明をしていく。
「ウチのたこ焼きはロシアンたこ焼きだ。六個入りにうち一つだけ、唐辛子入りの激辛たこ焼きだ。使用している唐辛子はハバネロの三倍の辛味を持つブート・ジョロキアだ!」
「うわっ。辛そう……。でも面白そうだねっ」
 ミルディアのカキ氷を作る手が止まる。
「これがトライブ・ロックスター式の歓迎だぜ! 新入生にはサービスだ!」
 トライブは2人に紙皿に乗せたたこ焼きを差し出す。
 亮とカスパーは顔を合わせた後、意を決して楊枝でたこ焼きを1つずつ取った。
 そして、口に入れていく。
「……!?」
「!!!?」
 途端、2人の顔が赤くなっていく。
「……うん、ロシアンたこ焼きのつもりだったんだが、途中で唐辛子どこまで入れたかわかんなくなってな。はは、全部に入ってたかも!」
 トライブは明後日の方向を見ながら笑う。
「あ、俺、静香校長にご挨拶しようと思ってたんだ。それじゃ!」
 そしてシュタッと手を上げると、トライブはぴゅ〜っと逃走した!
「わわっ、大変大変っ!」
 ミルディアがすぐにジュースを紙コップに注いで、悶絶する2人の下に駆けつける。
「いってぇー!」
「……パラミタの食べ物は痛いあるか!」
 ミルディアから受け取ったジュースを一気に飲み干して、亮とカスパーは苦笑し合う。
「まるで普通のたこ焼きを当てるロシアンたこ焼きだね」
「普通のたこ焼き、入ってないかもしれないけどなぁ」
「まだ痛いある……」
 それからミルディアも交えて3人で笑い合った。

「ヒャッハァ〜俺も最高の差入れを持ってきたぜ、採れたてもぎたての上物だァ〜」
 が、少女を2人担いで現れる。
 ストン、と会場に下ろされたのは、街中で拉致された瑛菜と、ノアだ。
 瑛菜は艶やかな赤色の浴衣。ノアは可愛らしい桃色の浴衣を着ている。
「よかった十分集まってるな。ノルマこなせなかったから心配したけど」
 熾月瑛菜は達観したかのように、平然としていた。
「そうですね……あぁ、敬愛する女王様……どうか私に『女王の加護』がありますように……」
 ノアの方はぐったり疲れ顔だ。
「浴衣も買ってもらったし、散々奢ってもらったし、まあいいじゃん。元気だして!」
 元気のないノアの背を瑛菜がポンと叩く。
 街中で、鮪に攫われた2人は、めぼしい建物(衣料品店)に連れ込まれ、引ん剥いて可愛がられ(浴衣を着せられ)たのだ。
 そして浴衣だけではなく、髪飾りに下駄に巾着、更に下着まで買ってもらったのだ。寧ろ押し付けられたのだ。
「……でも瑛菜さん、貴女は重要なことに気付いていません」
「ん?」
 ノアの言葉に瑛菜が首をかしげた途端。
「ヒャッハー!」
 紙袋を振り回す鮪の姿が目に映った。
 その中にはそれまで着用していた彼女達の衣服が入っているのだ。
「あのヤロウ……!」
 つかつかと歩み寄ろうとする瑛菜をノアが止めた。
「離れましょう。逃げましょう。近づいたら、今穿いている分も取られますから」
 涙目で、ノアは瑛菜の腕を引っ張って逃げるのだった。
「一般客の不審物の持ち込みは禁止ですよ。袋の中身を拝見させていただいてもよろしいですか?」
 その様子を見ていた沢渡 真言(さわたり・まこと)が鮪の腕をぐわしっと掴んだ。
「これは俺の戦利品だぜ〜。おおっと2人ともどこ行きやがった? ヒャッハー!」
 声を上げても、2人は鮪の下に戻っては来ない。
「会が終わるまで、本部で預からせてもらいますね」
 真言は鮪の腕を引っ張って、テントの方へと連れていこうとする。
「コイツは俺のモンだぜ。おおっと、揉んじゃいねぇぜ。本部には百合園の女共がいるんだよなァ! ビップ席、寧ろヒップ席だぜヒャッハー!」
「はあ?」
 酔っているのだろうと判断し、問答無用で真言は鮪を引っ張る。
 甘んじて引っ張られていた鮪だけれど。
 テントの前に立つ人物と目が合った途端、渾身の力を込めて真言を振りほどく。
「ぱ、パートナーに餌でもやらねぇとな、ヒ、ヒャッハーッ!」
 そう、恐れている神楽崎優子と目が合った途端。鮪は戦利品を抱えて一目散に逃げ出したのだ。