葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

白薔薇争奪戦!

リアクション公開中!

白薔薇争奪戦!

リアクション






三幕一場:ユーハンソン家飛行船:貨物室


 幸祐が出て行ってしまった室内に居るのは女性ばかり。
 窓の外では空賊達とのドンパチが始まっている。
 が、空賊出現の一報が響いた時こそざわめきが上がったものの、ここから見渡す限り、こちらが圧倒的に優勢だ。
 念のためにと、メイベルとそのパートナーセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が立ち上がってドアの前に貼り付いては居るが、ドアを挟んだ向こう側の廊下にも護衛がスタンバイしているし、今のところ飛行船内へ侵入されそうな気配もない。
 どんと構えて居れば良い、と言いながら、リブロが準備の途中だった紅茶を淹れてしまえば、誰からともなく、お菓子でも欲しい所ね、と声が上がる。
「ふふふ、こんなこともあろうかと準備してきたぞ」
 そう言って、リブロは荷物から白い箱を取りだした。その中には、ワンホールのザッハ・トルテ。
「あら……これは」
 それに見覚えがあったのか、シェスティンがぴくりと反応する。
「出立前にかしこの店で用意してきた。薔薇の雫の代わりに出ていたものだが、茶菓子にするには十二分だろう」
 準備よく用意されていたナイフで人数分に切り分ける。流石にケーキ皿までは用意できなかったようだが、それでも美味しい紅茶とお菓子、それにいくら荒事に慣れた腕利きとはいえ年頃の女の子たちが揃えば、貨物室内は完全にティータイムモードだ。
 机の回りに集まった女性達は、切り分けられたザッハ・トルテを次々口に運ぶ。流石、期待のパティシエールの作とあって、みんなの口からおいし〜い、と溜息が漏れる。
 しかしシェスティンだけ一人、浮かない顔で溜息を吐いた。
「……材料が届かない中、かしこも良くやってくれていますわ。けれどやはり、薔薇の雫の味わいには敵わないですわね」
「とても美味しいと思いますけれど……シェスティンさんがそう仰るのですから、薔薇の雫は本当に美味しいのでしょうね」
 シェスティンの隣に座るフィリッパが優しく微笑む。
「残念ながら、私はまだ食べたことがないのですけれど」
「このロサ・レビガータが無事に届いた暁には、みなさまに差し上げられますわ。思う存分味わってくださいな。かしこが本領を余すところ無く発揮したお菓子は、それはもう美味しいんですのよ」
 うっとりと語るシェスティンに、部屋中の女性達の目もうっとりとする。ドアの前に立つメイベルとセシリアの目まで、虚空をぼんやりと見詰めているほどだ。
「ところでシェスティン、さっき何か言いかけなかったか」
 その中にあって一人冷静だった朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が、一同が静かになったのを良いことに気になっていたことを切り出した。
「さっき……ですか?」
「襲撃の一報が入る直前だ。空賊に恨みをかうようなことはしていない、しかし……の先を聞いていない」
「ああ……そういえばそうでしたわね」
 シェスティンは手にしていたティーカップを机に置き、千歳に向かい合う。
「わたくしも気になっていましたわ。何か心当たりがおありですの?」
 フィリッパも興味を示して身を乗り出す。
「ええ……襲ってくる空賊団は『ニクラス空賊団』と名乗っていて……そして頭目の名前がニクラス・リヒター……」
「知っているのか?」
「いいえ、空賊に知り合いなど居りませんわ。ただ……昔から当家が出入りさせて頂いている貴族の中に、リヒターと仰る方がいらっしゃいますの」
「リヒターですって?」
 フィリッパが声を上げる。声にこそ出さないが、他の面々も「それは怪しすぎるだろう」という顔をしている。
「ニクラス空賊団の頭目は、貴族の放蕩息子だと聞いているが?」
「ええ……私ももしや、とは思いました。でも、私が知っているリヒターご一家には、ニクラスという名前の方は居なかったと思います。それにリヒター家の方々は、皆さんその……線の細い方ばかりで、とても空賊の頭目なんて務まるようには思えませんし」
 実にもっともな千歳の問いに、しかしシェスティンは首を傾げる。
――嘘は吐いていないようだな。
 他人の嘘には敏感な千歳だが、特に引っかかる様子もない。シェスティンがニクラス・リヒターを知らないというのは、どうやら本当の様だった。
「けれど、薔薇の雫の原料だけを狙うというのは、やはり引っかかりますわね」
 千歳の隣で紅茶を啜っていたイルマ・レスト(いるま・れすと)が、ふぅ、と一息吐きながら呟く。
「確かにタシガンでしか採れませんからヴァイシャリーでは珍重されていますけれど、この辺りでは普通に流通していますし、危険を冒してまで奪うほどの価値はありませんものね」
 フィリッパの相槌にイルマはこくりと頷く。
「個人的な怨恨による店への嫌がらせなのは間違いないと思うのですけれど……」
 言いながらイルマはカチャリと陶器が触れ合う音と共にティーカップをソーサーへと置く。
「たまに、いますよね、好きな子に気づいて欲しくて、苛める男の子とか…」
 イルマが言いかけた時。
 どん、と飛行船全体が激しく揺れた。
 一同の顔に緊張が走る。