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リアクション
2/
同族が。ドラゴニュートのことが心配で、野次馬であることを承知で様子を見に来たのだろう。
その生徒もまた、やはりドラゴニュートだった。
「走れ! 学園まで後ろを振り向くな! 地下の理科実験室にでも隠れてろ!」
流石は卑弥呼だ、いい治療の腕をしている。同じ人間をパートナーに持つ少女の治癒の腕前をそう評しながら、治療を受け泡を食って立ち上がった目の前の生徒にガガ・ギギ(がが・ぎぎ)は叫ぶ。
竜族、つまりこの校内においてはドラゴニュートが第一にドラゴンイーターの攻撃目標となる。悠長にこんな森の中にいては危険だ。まだ設備の整った校内に戻ったほうがいい。
『菊! ガガ! あたいは他に治療が必要な人がいないかこの辺回ってくる! 二人とも、気をつけて!』
──特に、ガガ。あんただってドラゴニュートなんだからね。
そんな気遣いの言葉を残して、親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)の乗った小型艇が上昇していく。
同じパートナーを持つ同士、そうやって気遣ってもらえるのは嬉しくもあり──こそばゆくもあるけれど。
「ガガ。あたしも同意見だよ。無茶はしないで。連中はおまえのことも他と同じように狙ってるんだからね」
「ああ、わかってるよ」
ガガと背中合わせに、死角を補い合うパートナー。弁天屋菊(べんてんや・きく)もまた、ワンドを構えた彼女に言う。
「……なあ、ひとつ訊いていいか?」
「うん? 言ってみな?」
「同じって自分で言ってて思ったんだけどさ、ガガは二本足で歩いてる。さっきのコも二本足だよな? でも向こうのテントにいるでっかいの、ありゃ四本足だよな?」
そういえば、と首を傾げる、菊。頷く、ガガ。
「なんで? 何が違うんだ?」
四方、どの地面からいつドラゴンイーターがそのうねる巨体を現すかもわからない状況で能天気にも、菊は言う。
警戒を緩めることなく、けれど口許は微笑に緩めて、その解答を彼女へと、ガガは提示する。
「それはだな」
それは、契約があるから。
人間と契約するから、ヒトと同じくドラゴニュートは二本足で歩くようになる。
……四本足の頃のことは、ガガはあまり思い出したくはなかったが。
そうやって説明づけるべきことを、生憎今はくどくど伝えている暇はない。
だからガガは菊に聞こえるよう、短くまとめた。
地面の盛り上がりを鋭いその眼光に捉えながらでも言葉に出来るよう、簡潔に。
「それは──……パートナーが! 相棒がいるからさっ!」
背中をあたためあうことのできる、相棒がいるから。
そう。たったそれだけで、いいのだ。
何も、背中合わせで戦況を形成しているのは一組だけではない。
──ここにも、いる。
「……ま、当然こうなるわな」
そう言って、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が口許を歪めて、笑う。
ドラゴンイーターの群れを発見して、小型艇から思わず飛び降りて。
この先には傷ついたドラゴニュートや負傷者たちを抱えた治療テントがある。ここを抜かせるわけにはいかない。その意識に、ドラゴンイーターたちに挑み、足止めを試みてからどれくらい経ったろう。
目的を同じくして合流した、背中のもう一人とたった二人では如何せん、きついことこの上ないが。
「当然といえば、当然ですよね。……できるところなら、陽動と撃破、分担したいところですけどっ!」
ぼやいた直後、ユイ・マルグリット(ゆい・まるぐりっと)が跳ぶ。淳二が跳んだその方向とは、まったく逆に。
二人のいた場所を穿ち、大穴を空けるドラゴンイーターの一撃は当たってしまえば、生身ではひとたまりもない。
なにしろ地面に潜り、そしてそれを突き破り攻撃をしてくるドラゴンイーター。その巨体が、確認できただけで四匹。
どうやって倒すか、倒せるか以前の問題だ。
避け続け、引きつけて。足止めを続けるのが精一杯というのが正直なところだ。
「こうもあちこちから波状攻撃を続けられちゃ、まずは死角を減らすほうが優先ですもんねっ!」
「そういうことっ!」
ユイが、暁の剣を振るう。淳二が反撃を避ける。
淳二が村正丸を、薙ぐ。ユイがドラゴンイーターの双方向からの攻撃に、地面を転がりながらも、かわしきる。
その、繰り返し。繰り返して再び二人、背中合わせ。
どこだ。次はどこからくる。絶えず周囲に視線を配りながら二人は、各々の得物を構える両腕に力を込めて。
「!」
彼と彼女の四方の大地が盛り上がり、割れる。
「しまった! 囲まれた!」
同時に、四匹。大地よりドラゴンイーターたちがその巨体の鎌首をもたげ、瞳も眼もないその表情の先に、二人を見下ろしている。
前後左右、囲まれて。二人に逃げ場はない。
マズい。やられる。……その心境が瞬間、二人の背筋を共通して冷たくした。
「前に跳べっ!」
逆に、それが指示のままに身体を動かしてくれたのかもしれない。
鼓膜を揺らした大声に、従う。ユイも淳二もとっさに、前方に転がり跳ぶ。
直後、何かが飛来する。それをユイは視界の隅に見た。
「──石っ!?」
一抱えほどの、丸い。それは、漬物石。その飛来してくる石が、ドラゴンイーターのうち一体の頭部へと直撃をする。
凶暴化し、頑丈な装甲へと硬質化した皮膚に覆われているとはいえ、ドラゴンイーターとて生物だ。
脳髄の納められている頭部へと飛来した、運動エネルギーと重力のたっぷりと上乗せされた巨石というのは下手な小細工のされた攻撃より、効いたらしい。
ゆらりゆらめいて、ひとときドラゴンイーターの巨躯が怯む。
「そこっ!」
地面を転がりながら、ユイが右の一体にソニックブレードを乱射する。淳二が、左。バックラーを投げつける。
ともにクリーンヒットを、ダメージを狙ったものでない。牽制。だが今はそれで十分。
「大丈夫か」
「……どうにかな」
二人が起き上がったそこには、ぼさぼさの銀髪が、──目つきの悪い男がいた。
「助かりました。ありがとうございます」
男は、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と名乗った。
直後、頭上を飛び去っていく影を淳二たちは見る。今度は漬物石じゃあない。
「あれは──機晶姫、か?」
「それと、ドラゴニュート。どっちも俺のパートナーだ」
飛行する。ドラゴンイーターたちの鼻先を掠めて彼らを誘導するように飛んでいくのは、機晶姫。ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)。
「こっちだよ、ホラホラ! 追いかけてきてみなよ!」
彼女は、もう一人を重そうに、その腕の中に抱え運んでいる。
「さあ、我を捕まえてみよっ! 竜の捕食者たちよっ!」
遠めに、たしかに彼女たちのパートナーであるエヴァルトが言うとおり、それが二足歩行のドラゴニュートだということが見てわかる。デーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)──彼もまた、ドラゴンイーターたちに挑発的な言葉を投げつける。
「ロートは龍涎香持ちだし、デーゲンはドラゴニュート。校舎や治療テントからやつらを引き離すのにこれ以上ないくらい適任だからな」
うまくいってくれるといいが。エヴァルトが言う。
しかし。
「あれじゃあ、スピードが出ません。すぐに捕まってしまいます」
明らかに重量オーバーなのだろう、身を挺した囮はありがたいが、既にここから見ているだけでもロートの飛行はふらふらと危なっかしい。
援護しなくては。……わかっている。エヴァルトはそれも織り込み済みとばかりに頷き、走り出す。
「デーゲンハルトは光る箒を持っているからな。すぐに二人には地上に降りて、上空に散開するよう言ってある。追うぞ」
「おう、任せとけっ!」
「はいっ!」
ドラゴニュートにとって、あのドラゴンイーターたちへの囮となるというのはまさに、命がけのはず。
飛び去った二人を追っていったドラゴンイーターを更に、三人は追いかける。
囮となる。時間を稼ぐ。それらは大局的にいずれも、欠かすべからざること。
だが。──だが、だ。
大局など、どうでもいい。
敵がいる。ならば、倒す。倒すことで解決するのならば、それが手段として一番手っ取り早い。
シンプルにそう結論付ける者も無論、いる。
「闘う事こそ、人の成すべき本能というものよ! 時間稼ぎ、絡め手などナンセンス! さあ!! 破壊するぜえええぇっ!!」
『破壊』
ジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)もまた、そんな一人だった。
身に着けた魔鎧、相棒であるザムド・ヒュッケバイン(ざむど・ひゅっけばいん)の金色の装甲に覆われた拳を何度も、何度もドラゴンイーターの硬い装甲へ叩きつけていく。
簡単には砕けないことなど、もとより承知。
ならば何発でも、叩き込むまで。こちらとてやすやすと砕けはしない。
どちらが先に砕けるか。いや。「あちらを先に砕く」。砕いたところにザムド必殺のフレアフィンガーを深々と突き刺す。ジガンの頭にあるのは、ただそれだけ。
ドラゴンイーターを追い。攻撃をかわして、そのうねる巨体にしがみつき、登る。
さっき殴った場所。ここだ。もう一発。いや、もっと。もっとだ!
ジガンの、鎧の隙間から漏れる口許には戦闘狂としてのものにふさわしい、高潮したボルテージの笑みが満面に浮かび、歪んでいた。
──見る者を後ずさりさせる、まさに狂気の笑みだ。
そう、見上げる者、ひとり、ふたり。
「なんてやつだ……こんな時に笑って……。いや、出すぎだ! いくらなんでも一人では……!」
平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)と、久遠乃リーナ(くおんの・りーな)のコンビだった。
レオたちが援護に入るより早く、ジガンをその身体にひっかけたドラゴンイーターは暴れ去っていく。森の深い、深いほうへ。
そりゃあレオたちとて既にもう何体か、ドラゴンイーターを撃破した上でここにいる。仲間や標的たちの姿を求めて、場所を移してきた。
だけれど、それらのスコアにせよ他の仲間たちとの協力によるものだ。たった一人でなんて、どれほど腕に覚えがあるのかは知らないが無謀が過ぎる。
あそこまで、突出するなんて。自殺行為だ。
「レオ」
「な、何? リーナ」
「来るよ、五時方向。二匹!」
「!」
とっさの、散開。走り去ったやつと同じくらい、迷惑この上なく活きのいいやつらが二匹。
レオたちに、襲い掛かる。
「一気に二匹……!」
「こっち!」
さすがに、分が悪い。おまけに場所も。木々が多くて、こちらの機動力が殺されてしまう。
「よくまあさっきのヒト、つかみかかっていったなぁ、もう!」
「ボヤかないの! 気持ちはわかるけどっ!」
ここは一旦、戦略的後退だ。二人の心はひとつ。手と手取り合い、走り出す。
せめて、もう少し開けたところに出なくては。
たしかもう少し行けば、校舎の見える森の入り口、広場になった草むらに出るはず。
そこまでくらいならば、十分に追いつかれず踏破できる程度の自信はレオも自分の身体能力に対し持っている。
振り下ろされる尾の一撃。大丈夫だ、遠い。
ああ。もう、見えてきた。
「──っ!?」
そしてその、草原の広場にも、いた。
ドラゴンイーターが。
ドラゴンイーターとたった一人、対峙する者が。
「あの人、何を──……?」
二人にはあずかり知らぬことではあったけれど、その少女の名は、坂上 来栖(さかがみ・くるす)と言った。
彼女はそこにじっと立つ。来栖は、微動だにしない。真正面にドラゴンイーターと向き合ったまま、ただ何するでもなく対峙を続けるばかり。
どこか、怪我をしているのか?
あるいは、威圧され呑まれて、動けないのだろうか?
だったら──、
「だったら、助けなきゃ!」
「ストップ、レオ」
速度を上げて救援に向かおうとするレオを、リーナが制する。
「なんか、おかしいよ。助けるのはちょっと待って」
「……え?」
その、刹那だった。
彼女と。来栖と向き合っていたドラゴンイーターの側が、動いた。
「──ダメだ! 逃げて!」
言ったところで、もう遅い。ここからではもう、どうしようもない。
避ける素振りも見せない少女へと、その周上にびっしりと牙の生えそろった円形のドラゴンイーターの大口が襲いかかる。
結果は、一瞬。
その、大きく開けられた口蓋が小柄なその身体を、音もなく飲み込んだ。
どこがそれに当たるのかもわからない巨体の喉を鳴らして、ドラゴンイーターは目の前にいた人間を、その体内に嚥下してしまった。
「そん、な」
「……」
それは、あまりにあっけなく。ゆえに残酷。
だと、思えた。さっと引いていく血の気の中で、レオにはそうとしか、思えなかった。
「……なるほど。やるなあ、あの子」
「え?」
レオの自失は一瞬。けれど──隣を走るパートナーはそれすら、ない。
「ほら、もうじきわかるよ」
彼女が顎で指し示した先を見る。
相対した少女を飲み込んだドラゴンイーターはその場でじっと、動かない。
……ドラゴンイーターが、硬直している?
「!」
そしてその巨体が次には、はじけ飛んでいた。
爆弾でも飲み込んだように、内側から。四散した。
「なっ!?」
「ほらね。無事だよ、あの子。リジェネレーション持ちだね、きっと」
内側からこんがり燃やして、あの剣で切り刻んだ、か。いやあ、考えたね。
目をぱちくりさせるばかりのレオを尻目に、リーナはうんうんと頷いている。
「そっか。内側は脆いんだ──よし、これでいこう」
「リーナ!?」
「レオ、剣貸して」
「え?」
「いいから。さあ、はやく」
足を止めた彼女はレオの手からレーザーブレードを受け取ると、踵を返す。
「内側だけを狙うなら、私の光条兵器を使ってみる手もあるよ。試すだけはね。──だけど、難しい。多分無理。いくらあれがそれなりにデカいからって、内側だけを狙ってそこだけ、ってのは、生憎と光条兵器だって、そこまで器用な便利アイテムじゃない。……第一、ラクばっかしようって考えるのもよくないし、ね。だから」
「リーナ?」
「だからここは。レオのイコノクラスム、使ってみるね。シンプルに、行こ」
向かってくるドラゴンイーターは、個体差ゆえか二匹の間に速度の差があった。
前方の一体に向け、剣を構える。
「リーナ、何を」
「……ここ!!」
牙を剥き迫る、ドラゴンイーターの大口。
照準は、あそこだ。獰猛に、けれど無防備に開いた口。あそこ以外は、弾かれてしまう。彼女の瞳はそのただ一点を見つめ──そしてまっすぐに、振り切った。
神速の、風圧纏った突きを。
巨獣の口蓋めがけ、放った。
「……まずまず、成功ってところ、かな」
ほんの一秒、時が止まっていた。
リーナと、ドラゴンイーターの間で。
再びその両者の間にレオが時を認識した瞬間、リーナが口を開いた。
時を同じくして、ドラゴンイーターがぐらり、傾いた。
轟音とともにそれは崩れ落ち、地面へと転がってゆく。一切の外傷なく、その口蓋から体液を、鮮血を噴き出しながら。
「まさか」
そう、そのまさか、だ。
リーナは、ドラゴンイーターを斬り裂いた。
硬い体表に一切触れることなく。口蓋から突き入れた剣によってまるでドラゴンイーターの体内に一本の芯でも通すかのようにその脆い身体の内側「だけ」を斬り裂いて、荒れ狂うこのモンスターを屠ってみせたのだ。
剣の花嫁としての、光条兵器としての力ではない。純粋に剣技の、その威力だけを以てドラゴンイーターの口蓋という針の孔に剣を通し、屠ってみせたのだ。
これでこの場は残るは、あと一体。
「うーんと。焚火で釣った魚焼くのと同じ要領だよ。思ったとおり、やってやれなくもないみたい。ただ今みたく都合よく、そう何度もタイミングあわせてもらえるとも思えないし。……レオ! あと一体、ちゃっちゃと片付けよう! このやり方で倒せるんだから! 他にもまだ、方法はあるよ!」
「う、うんっ」
自分たちの役目はあくまで、防衛であり時間稼ぎなんだから。
倒せるに越したことはないけれど、無理はすべきじゃない。
パートナーであり師である剣の花嫁の言葉に頷いて、レオは自身の呆然をかき消した。
「ところで、なんで自分の剣使わなかったの?」
「え、だって」
動物好きな彼女だから、自分の愛刀を血に染めたくないと思ってのことだったのだろうか?
「だって。万一そのまま飲み込まれちゃったら、勿体ないじゃない」
レオはその場で、ついなんでもないような木の根っこに転びそうになった。
──そんな、理由かよ。