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仁義なき場所取り

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仁義なき場所取り

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[三場・南門の、朝]
――AM6:58――

 南門付近の空気は、それはもう、張りつめに張りつめに張りつめてはち切れそうになっていた。
 西エリア、東エリアに場所を取ろうとする人間は、西門と東門に集中している。
 ……つまり、この門の前に集っているのは、ザ・激戦区である中央エリアを狙う人間のみ、だ。
 
「ふぅ……また、この季節が来ちゃったんだね……」
 間もなく開門しようかという南門の付近で、教導団生の琳 鳳明(りん・ほうめい)が、隣に控えているレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)に声を掛ける。
「レオン君。先輩として、いや、経験者として私から一言を贈るよ。『決して後ろを振り向くな。そして目指す場所のみを見ろ!』例え仲間が目の前で倒れようとも前に向かわないといけない、それがお花見の場所取りなんだよっ!!」
 ぐぐぐっ、と拳を握りしめて力説する鳳明に、レオンははぁ、と生返事。
「レオン君、お花見の場所取りを舐めてるね……?」
「いやっ、そんなつもりじゃねぇけど……一般人相手に演習、ってのはどうなんだ、って」
「甘い、甘いよレオン君……お花見の場所取りに掛ける人々のパワー、それは計り知れないものなんだよ……ここは戦場、そう思った方がいい」
 鳳明の鬼気迫る声に、レオンは思わずごくりと喉を鳴らす。
 その時。

 ピィ――

 開始を告げる笛の音が響き渡った。
「先に行くよっ!」
 と、同時に鳳明は全力で地面を蹴る。ダッシュローラーによって機動力が上がっている鳳明の姿はみるみる小さくなっていく。レオンも慌てて後を追う。
 鳳明の後にぴたりとついて行くのが、同じ教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)と、そのパートナー、夏侯 淵(かこう・えん)だ。
 二人とも足にはプロミネンストリックを装備しているため、低空を矢のように飛んでいく。さらには身を守ることは完全に捨て神速を発動させているものだからべらぼうに早い。あっという間に鳳明を追い越していく。
 その後を追うのは、個人的に中央エリアを狙っている朝霧 垂(あさぎり・しづり)だ。神速を発動させ、また軽身功で障害物を軽々乗り越えていく。
 さらには同じく、レオン達とは別に中央を狙っている健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)もまた、パートナーである守護天使、冠 誼美(かんむり・よしみ)に抱きかかえられて空から中央エリアを目指す。
 他にも、茅野 茉莉(ちの・まつり)と、そのパートナーのダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)、教導団の橘 カオル(たちばな・かおる)が走っていく。
 そんな中で、ノア・アーク・アダムズ(のあ・あーくあだむず)織田 信長(おだ・のぶなが)もまた中央エリアの確保を目指して走っていた。
「ふん、なんで私がお前と一緒に場所取りせねばならぬのだ」
 信長が、長い赤い髪を振り乱しながらノアに向かって告げる。勿論足は止めない。
「それはこっちのセリフよ!何であたしがこんな事をしなきゃいけないのよ!」
 信長の言葉に、ノアも不機嫌そうに応える。勿論足は止めない。
「忍に料理を頼んだからだろう!」
「解ってるわよ! でもだからって、あんたと一緒なのが気にくわないの!」
 今ここには居ない――現在弁当制作中――パートナーの名を挙げ、二人はいがみ合いながらも人波の中を全力で駆け抜けていく。
「く……こう人が多くては埒があかん!」
 が、いかんせん人が多い。思うような進路が取れない事に苛立ち、信長は懐から煙幕ファンデーションを取りだした。
 と思うが早いか、先頭集団に向かって投げつける。
 ぼふぅん、と辺り一帯に白い煙がたちこめ、一瞬人々の足が止まる。その隙間を縫って信長は駆けだして――

「煙幕は禁止ですよー」

 煙幕から飛び出してきたところで、違反者取り締まりをしていた師王 アスカ(しおう・あすか)が、笑顔で待ちかまえていた。
「なっ……? き、聞いておらぬぞ!」
「さっき、東エリアで使った人がさくらちゃんに怒られてたの。なんなら今さくらちゃんと繋ぐ?」
 アスカはにっこり笑って、手にした銃型ハンドヘルドコンピューターの画面を信長に示す。
「退去処分にはならないみたいだけど、ペナルティは受けて貰うことになったみたいだからー」
「なんじゃとぉおおお!」
「もう、何してるのよ! 先に行くからねっ!」
 信長がアスカに足止めを喰らっている横を、ノアが颯爽と駆け抜けていく。

 公園の中心部、桜の大木の下では、橘 柚子(たちばな・ゆず)がせっせと落ちてくる花びらなどを掃き集めていた。
「……そろそろどすなぁ」
 ふぅ、と溜息を吐いて桜を見上げる。丘のふもとの方から、複数の気配が凄い勢いで迫っている。桜に無体を働く輩がいたら許さない、と柚子は気を引き締める。
 そこへ。
「やった! 一番乗り!」
 快哉の声を上げて東側の道から飛び込んできたのは桐生円。その後に、オリヴィア・レベンクロンと冬山小夜子の姿もある。
 それとほぼ同時、南の道から現れたのはルカルカ・ルーだ。
 三人と一人はお互いにその姿を認めると、慌てて各々のシートを取り出す。
 オリヴィアがばさりと二枚のシートを放つ。それは空中で綺麗に広がり、芝生の上にぱさりと落ちていく。そこへ円がすかさず、八本の棒手裏剣を投げつける。手裏剣は綺麗にすたたたたん! と二枚のシートの四隅を貫き、地面につなぎ止める。その上にすかさず飛び乗ると、円とオリヴィアはぺたりと腰を下ろした。
 その隣で小夜子も律儀にシートを引いて、ちょこんと座りこむ。
「これで場所取り完了ですわね」
「後はみんながお弁当持ってくるのを待つだけねー」
 無事に目標枚数を確保した三人は笑顔で顔を見合わせる。
 一方、三人とは離れた所にシート一枚を広げたルカルカは、その上に座り場所を確保した上で来た方角を振り返る。と、少し遅れてパートナーの夏侯淵と、教導団の琳鳳明が丘を登ってくる所だった。その後に、教導団の生徒やその他の中央エリア確保を目指す人々が団子になって走っているのが見える。
「ルカ、待たせた!」
 駆け込んできた淵が、急いでルカルカの隣にシートを広げて座りこむ。
 さらにその隣に、鳳明もシートを広げた。
「よし、これで三枚だねっ!」
 鳳明がニコリとルカルカに笑いかける。ルカルカはそれに頷いて返すと、まだ到着しない教導団の面々に視線を遣る。本来「占拠」が課題だったのに、既に三枚分、他の勢力による確保を許してしまっている。
「急いでーっ!」
 ルカルカの声に答えるように、西の方角から空飛ぶ箒に乗った本能寺飛鳥が丁度到着、ふわりと地面に降り立った。
「お待たせ! ……あれ、マーゼンは?」
 飛鳥はキョロキョロと辺りを見回す。作戦では、飛鳥はシートを持たずに中央エリアに突撃、パートナーの
マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)
が別の方角からシートを運んでくる予定だったのだが……

 そのマーゼンはと言うと。
「門以外の所から入ってこようなんて言語道断よっ!」
 北エリアを飛び越えてシートを運搬しようとして、さくらにとっちめられていた。
「そ、そんなルールは聞いて無いぞ」
「なんのための開門時間だと思ってるのよ。そんなの許可したら、みーんな門通らないで入って来ちゃうじゃない」
 これは没収っ、と持っていたシートを軒並み取り上げられ、マーゼンは途方に暮れる。

 そして、待てど暮らせど降ってこないシートに、飛鳥もまた困り切って空を見上げるしか出来ない。
「マーゼンってばぁー!」
 飛鳥の声が空に消えていった。