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【新入生歓迎】ゴブリン軍団を撃退せよ!

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【新入生歓迎】ゴブリン軍団を撃退せよ!

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第2章

 ゴブリンの群れは、秩序だった行進はしていない。ざわざわとうごめいているだけだ。だが、その量は50を下らないだろう。
「聞きなさい、ゴブリン諸君! 朕は国家なり!」
 ビシッ、と軍服を着込んだ少女が岩場に立ち、彼らの頭上から声をかけた。
 彼女こそは英霊、ルイ 14世(るい・じゅうよんせい)。長い髪を翻し、ゴブリンたちの視線を浴びながら胸を張っている。その背後は彼女のパートナーとなったブラウディー・ラナルコ(ぶらうでぃー・らなるこ)。彼も新入生である、念のため。
「これ以上、戦いを続けるのはやめるんだ。戦争で生まれるものは平和ではない。この大荒野に憎悪や悲しみを振り向くべきではない」
 ルイの演説が続く。岩場を下から眺めるゴブリンたちは、何かを囁きあい、弓を取り出した。
「危ない、ルイ!」
「きゃっ!?」
 ブラウディーが叫び、ルイの体を岩場から引きずり降ろす。直後、先ほどまでルイが居た場所を弓が通り過ぎて行った。
 続けて、いくつもの矢が放たれている。
「むうっ、まさか僕の演説に聞く耳も持たないとは」
「えっ、本気でやってたんですか!?
 思わず驚きの声を上げたのは、正木 エステル(まさき・えすてる)。手にした戦闘用ビーチパラソルを開いて彼らの前に飛び出し、矢を防いでいる。
「当たり前だよ! 無駄な血を流させるわけにはいかない!」
「……話が通じる相手ではなさそうよ」
 ベルナディア・ナンバースリー(べるなでぃあ・なんばーすりー)が静かに告げ、矢の雨がやんだ隙を突いて剣を手にゴブリンたちのもとへ駆け寄った。
「ベルさん!」
 思わず、エステルが叫び、その後を追う。ベルナディアはいつもの通り、言葉を告げはしなかったが、その背中は雄弁に「エステルを守る」と語っていた。


 その光景を、斎賀 昌毅は側面から見守っていた。軍用のバイクに跨がっている。
「まずいぞ。あそこで戦いを始めちまったら陽動にならねえ」
「そ、それじゃあ、どうしましょう?」
 バイクのサイドカーから、エリセル・アトラナート(えりせる・あとらなーと)が困り切った声を上げた。制服のマントで全身を隠すように縮こまっている。その姿は……あえて、ここでは記すまい。
 昌毅もいまだに慣れているとは言い難いのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「行くぞ!」
 軍用バイクが激しい音を立てて走り出す。ゴブリンの気を引くため、昌毅が音を大きく鳴るようにマフラーを外しているのだ。
 ゴブリンの群れがその音に気づいて振り返る頃には、ふたりを乗せたバイクはかなりの距離に接近している。
「やれ!」
「は、はいぃ!」
 昌毅の声に会わせて、エリセルが荷台に隠した花火に火をつけ、ゴブリンのただ中へと投げ、あるいは撃ち込む。
 ぱん! ぱぱん!
 派手な音を立てて、花火がゴブリンたちの頭上で弾ける。色とりどりの火花が舞うのを眺めながら、エリセルが立ち上がる。
「あ、あ、あなたたちなんか、ぜ、ぜ、全然、こ、こ、怖くないです! く、く、悔しかったら、お、お、追いかけて来てください!」
 本人としては必死に挑発しているつもりだ。そして、骨盤から映えた蜘蛛の足をめいっぱいに広げた。
 ゴブリンたちは彼女の言葉に怒ったり腹を立てたりはしなかったが、異様な外見の存在が威嚇体勢に入ったことだけははっきりと分かったらしい。口々に言葉にならない叫びを上げながら、武器を持って突進をはじめる。向こうでは、ゴブリンたちが戦車に飛び乗っているのが見える。
「よし、逃げるぞ!」
 昌毅が軍用バイクの向きを変えて、一気に走り出す。
「えと、わ、私、お腹痛くなってきました」
 ゴブリンたちの罵りと、殺意のこもった視線と、ついでにバイクの轟音で、エリセルはうずくまるように縮んでいた。


「ゴブリンの群れが動き出したか……」
 鯨田 白流(くじらだ・はくりゅう)が呟く。陽動のため、ゴブリンの群れに飛び込んだのだが、気づけば回りをゴブリンに囲まれ、引くことができない状態だ。
「陽動作戦としては逃げるのが正解ですが。ここで戦い続けることも考えた方がいいかもしれませんね」
 頬に汗がにじむ。もし戦い続ければ、体力が続くまいと白流自身にも分かっていた。
 と、そのとき、囲んでいたゴブリンの一角が吹き飛ばされ、メイド服姿の女性が駆け込んできた。
「無事ですか!? 早く、撤退を!」
 エステルだ。後にはベルナディアが続き、剣でゴブリンを威嚇している。
「助けに来てくれたのは嬉しいんですが、あなたたちも危険、かもしれませんよ?」
 ゴブリン戦車のうちの一台が、こちらを指さして何かを叫んでいる。吹き飛ばされたゴブリンたちも立ち上がって、再び三人を囲もうとする。
 が、そのとき。
 ごく小さな銃声と共に、放たれた弾丸が彼らを囲むゴブリンを打ち崩した。
「何!?」
 驚いたエステルが顔を向ける。と、そこにはルーク・カーマインが乗ったバイクのサイドカーで、そのパートナーであるソフィア・レビー(そふぃあ・れびー)が、スナイパーライフルを構えていた。
「さっさと命令を!」
「全速力で撤退してください! 遅れれば、敵の分断がうまく働かない可能性があります!」
 ソフィアの命令を受けて、ルークが命令を飛ばす。なんだか妙な関係だが、ひとまず指揮官の体裁は整っている様子だ。
「は……はい!」
 白流とエステルが答え、ベルナディアと共に走り出す。
 ルークとソフィアは、距離を離してはバイクを止めて撃ち、再び走り出す。このくり返しだ。
「す、すみません。ありがとうございます!」
 エステルが走りながら、ルークに言う。
「いえ、逃げ遅れた仲間を助けたのは正しい判断です。ただ、役割を考えれば、逃げる手段を講じておくべきでしたね」
 バイクを操りながら、ルークが言う。
「さらにそのフォローというわけか。助かりましたよ」
 白流が軽く頭を下げる。ソフィアが傍らで肩をすくめた。
「女性の前で格好をつけているだけです」
「そんな、いきなりバラさなくてもいいじゃないですか」
 情けなく肩を落としながら、ルークは息を吐く。
「ですが、このままではいずれ追いつかれます。戦車が走ってきたら……」
「大丈夫、そろそろです」
 後ろを振り返って懸念するベルナディアに、ルークがそっと笑みを見せた。

 そのころ、ゴブリンの軍団は縦に大きく伸びていた。
 陽動に誘われて追いかけたゴブリンと、リーダーの身の回りを守るためにその場に残ったゴブリン。その2つに分離し始め、俯瞰してみれば鉄アレイのような陣形である。
 その鉄アレイの握り手に当たる場所に、大きな岩があった。
『陽動分隊の隊長から合図があったよ。行動に移って!』
 金本 なななの通信が、その岩陰まで届いた直後、
「はあっ!」
 気合いのかけ声とともに、巨大な剣を掲げた刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)が大剣を手に岩陰から飛び出し、ゴブリンたちの中へ飛び込む。クレイモアが一閃し、ゴブリンたちをまとめて吹き飛ばす。
 続けて、神谷 良(かみや・りょう)橘田 サネハル(きった・さねはる)が、それぞれ刀と剣を手に散開し、前後にゴブリンたちを切り崩していく。
 彼らの体は白い光のような祝福に包まれていた。その祝福を与えた本人、アレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる)が、なななの通信に返事を返す。
「分断分隊、状況を開始しました。えっと、どうしますか?」
『前衛の戦車を引きつける。後衛を押し返すことに集中してくれ』
 小暮 秀幸が通信を飛ばした。アレットは了解の返事を返してから、
「刹那さん、後衛を押し返せと指示をもらいました!」
 岩場に隠れたまま、パートナーに指示を伝えた。
「任せなさい!」
 刹那が叫び、大剣を派手に振り回しながら後衛を追い詰めていく。彼らの仕事はあくまで前衛と後衛を完全に分離させることであり、敵を倒すことではない。
「了解だぜ!」
 良が答え、剣を手にゴブリンたちのただ中に突っ込んでいく。
「しかし、この人数では、あまり長くは保ちそうにないねえ」
 サハネルがぽつりと呟く。
「前衛を早く片付けてくれることを期待するしかないわね」
 刹那が答え、三人は肩を並べて武器を振るう。
 こうして、ゴブリンの軍団は分断されたのである。


 その様子を、遠い岩場から望遠鏡で眺めていた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、感心したように息を吐いた。
「意外だな、やるもんだ」
 ぽつりと呟く。
「いかがですか?」
 傍らのリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が問いかけた。
「陽動の意味をはき違えて、暴れ回るだけで力尽きるかと思ったが……なかなか、うまくやるもんだ」
「私が申し上げた通りですわ。新入生だからといって、何もできないわけではありませんもの」
 リースがどこか安心したように言う。
「この後は、いかがいたしますの?」
「戦車の相手をする連中のフォローに回る。新入生が泣きついてきたら、すぐに出るぞ」
「はい。金本少尉から緊急の救援要請があれば、ですわね」
 小次郎が小さく頷き、再び望遠鏡に目を当てる。
 そんなことがなければいいですけど、とリースは心の中で呟いた。