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【四 サニーさんの家】

 同じバキア集落の家屋でも、風通しの良い家やエコな家のように、重厚な石造りの屋敷ばかりという訳でもない。たとえばサニーさんの家の場合、ごくごく普通の3LDKの一戸建て、というケースも珍しくない。
 しかもオアシス不動産が紹介したサニーさんの家は、一階部分に店舗スペースが用意されており、ディスカバリー・ワークス・バキア支店として改造すれば、住居兼事務所として利用可能というプランも可能であった。

「ここが〜……サニーさんの〜……家か〜」
 もう今にも眠り込んでしまいそうな勢いのアシュリー・クインテット(あしゅりー・くいんてっと)が、頭をこっくりこっくりさせながら、それでも時折瞼を押し上げつつ、目の前に立つ店舗権住宅を眺めている。
 傍らの神無月 桔夜(かんなづき・きつや)は、そんなアシュリーを酷く不安そうに見詰める。桔夜としては、色んな意味でアシュリーが心配だったのだが、ここまで来てしまった以上は、今更四の五のいっていられない。
 そうしてふたりが、さぁこれからサニーさんと面会だ、というところで、サニーさんの家が面する路上を、幾つかの影が近づいてきた。
 見ると、雅羅とネオ、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)、そしてリューグナー・ファタリテート(りゅーぐなー・ふぁたりてーと)といった面々であった。
 どうやら風通しの良い家は調査チームに任せて、次にこのサニーさんの家を見に来たらしい。
「いやいやぁ、どうもご苦労さんです。わしらも来ましたんで、一緒にサニーさんに挨拶しましょう」
 ネオがにこやかに手を挙げると、桔夜は慌ててアシュリーとネオの間に回り込み、ひきつった笑顔で何度か頷いた。
 アシュリーはといえば、ほとんど下着に近いような露出度の高い格好で突っ立っている為、そのままではネオの視線に白い柔肌を曝してしまう形になってしまいそうだったのだ。
 常々、アシュリーのこの格好には頭を悩まされてきた桔夜としては、この行動は条件反射に等しい反応だったのだが、事情を知らないあゆみとリューグナーは、不思議そうに顔を見合わせている。
「いやぁ……は、ははは、それじゃあ参りましょうか」
 いささか引きつった笑顔でアシュリーを小脇に抱えつつ、桔夜が先導して店舗部分の入り口を押し開いた。ネオ達も、特にこれといった注意を払わず、そのまま桔夜に続いてぞろぞろと入り口を潜ったのだが、その時。
「いらっしゃぁい」
 特徴的な七三分けの黒髪を、指先を揃えた右掌でさっと払い上げるような仕草を見せつつ、幾分眉毛の濃い中年男性が、随分とにこやかに一同を出迎えた。
 何故かタキシードに蝶ネクタイといういでたちであった。

 風通しの良い家やエコな家には、ろくでもない精霊達が住み着いていたのだが、ここサニーさんの家を管理する大家のサニー・ヅラーは、ごく普通のマホロバ人であった。
 いや、マホロバ人というところが案外ミソなのかも知れないが、ここではひとまず措く。
「さぁ! オープニングクイズでございます。一万円百万円運命の分かれ道! 果たして皆さんは、見事この難関に打ち勝つことが出来るのでしょぉっか〜〜〜!」
 不気味な程にきびきびした動作でジェスチャーを交えつつ、いきなりクイズの出題に関する説明を加えるサニーさん。噂には聞いていたが、どうやら想定以上に鬱陶しそうな人物であった。
 それにしても、異様な程にテンションが高い。時折、声が裏返っているのではないかとすら思える。
 呆気に取られる一同を無視して、突然どこからともなくマンボのメロディーが大音量で流れ出し、サニーさんはひとり、意味不明な踊りを披露し始めた。
 見せられる方は、たまったものではない。
「ねぇ……これ、終わるまで待たないといけないのかなぁ?」
 あゆみが、リューグナーにぼそっと囁きかける。流石のピンクレンズマンも、不安で不安で、仕方が無い様子だった。
 対するリューグナーは、このクソ暑い中、ファンシーな犬という外観の着ぐるみで全身すっぽり覆い隠している為、表情の程はよく分からないのであるが、しかし、露骨なまでにうんざりした様子は着ぐるみの至るところから発散している様子だった。
 リューグナー自身は雅羅をラインキルドにけしかける、という目的意識を持って今回の調査に参加していたのだが、しかし肝心のラインキルドがあっちふらふら、こっちふらふらと行方が定まらない為、なかなかそのタイミングが訪れないのである。
 いや、それ以前に、ラインキルドは別に悪人でも何でもなく、普通の総務課社員に過ぎない。
 その彼にわざわざ雅羅をけしかけたところで、これといった成果などあろう筈も無く、リューグナーの目論みは入り口の段階から既に崩れかかっていた。
 そして更に重大な事実が、リューグナーを戸惑わせていた。
 実はネオ、この種の転勤騒ぎは一度や二度ではないのだという。つまり、疫病神たる雅羅が居ようが居まいが関係無く、ネオはしょっちゅうやらかしているのだそうだ。
 リューグナーが着ぐるみの中で(恐らく)仏頂面をぶら下げているのも、そういった辺りの事情が大いに響いていた。
 そうこうするうちに、マンボのメロディーが終了した。バックコーラスが締めの『ゥゥウッ!』というお決まりの唸り声を放つと同時に、サニーさんが右掌で七三分けを払い上げる例のキメポーズをビシっと決めると、何ともいえない空気が店舗内に充満した。
 どう反応して良いのか分からない一同は、とりあえずぱらぱらと拍手をする以外に無い。

 サニーさんが出題したクイズは、以下の通り。
「ある冒険者がハンバーグと猫を合体させたような鮫っぽい化け物に遭遇しました。それは一体、何という化け物でしょうか!?」
 これに応じたのは、アシュリーである。
「え……と……ハンバーグ、と……猫を……合体させた……鮫型モンスター……かな……」
 いい切るや否や、そのままばったりと昏倒し、盛大ないびきをかき始めたアシュリー。桔夜が慌ててマントを巻きつけさせ、アシュリーの豊満な柔肌を衆目から守ってみたものの、セクシーポーズにはまるで興味を示さないサニーさんの前では、あまり意味が無かったようだ。
 ところがそのサニーさんはといえば。
「ブフーーーーッ!」
 わざとらしく派手に噴き出しながら、これまたわざとらしく床面にずっこけている。
 もう良い加減腹が立ち始めてきた一同の視線など全く無視して、サニーさんは矢張りわざとらしく高笑いしながらのそのそと起き上がってきた。
「き、君、鮫型モンスターて……そ、そのまんまやないか。なんちゅう答えや。はっはっはっはっ……」
 何がそこまで可笑しいのかさっぱり分からない雅羅やあゆみは、凄まじく機嫌が悪そうな表情を浮かべているのだが、次にクイズを出題される予定の桔夜は、もうそれどころではない。
 アシュリーは意味不明な回答で、とりあえずサニーさんのご機嫌取りには成功した。次は桔夜の番である。
 正々堂々、サニーさんを相手に廻して戦う準備は出来ていた。次の出題は、以下の通り。
「野菜を山盛りに載せたトラックが急カーブに差し掛かったところで、『あるもの』を落としました。トラックが落としたという『あるもの』とは、一体何でしょうか!?」
 ここで桔夜は間髪入れず、即答した。
「答えは、『スピード』を落とした! 急カーブですからね、勿論!」
 会心のファイナルアンサー……少なくとも桔夜自身は、そう思っていた。
 ところが。
「…………………………」
 サニーさんはそれまでの超絶ハイテンションな笑顔を消し去り、仏頂面を浮かべるや、冷ややかな視線を桔夜に突き刺した。そしてそのまま店舗奥の住居部分へと繋がる裏口方向へ、すたすたと歩き去ってしまった。
「えっ……えぇぇっ……嘘、なんで!?」
 桔夜は激しく狼狽した。アシュリーのあのベタな回答が大受けして、自分の頓知を利かせた名回答には嫌悪の情を見せたサニーさんのツボが、全く理解出来なかったのである。

 すると突然、サニーさんが去った裏口の扉を激しく押し開き、臨時でサニーさんの裏方役兼助手を務めていた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が、猛然たる勢いで店舗スペースに走り込んできた。
 そして桔夜に向かって、厳しく叱責するように叫ぶ。
「謝ってください!」
 夢悠は、更にいう。とにかく何でも良いから、サニーさんに謝れ、と。
 こうなってくると桔夜は何が何だかさっぱり分からない。サニーさんとは、一体どのような人物なのであろうか。解釈に苦しむ。
 その傍ら、夢悠は同じ問題に対する回答を、サニーさん好みで答えられる者は居ないかと物色し、その矛先をネオに向けてみた。
 すると――。
「え、えぇ〜と……答えはですなぁ、『急カーブであるにも関わらず、猛スピードでカーブを曲がろうとして曲がりきれずにトラックを横転させた運転手が、今後の人生の流れ』を落とした……ですかな?」
「グッドアンサー! キミこそサニーさんの求めていた人材だ!」
 夢悠は弾けるような笑顔で、サムアップをネオに見せる。ネオはすっかり困惑していたが、夢悠には確信があった。
 サニーさんを満足させ得る人材は、皮肉にも、このネオ以外に有り得ない、と。
 その一方で、桔夜は頭を抱えてしゃがみ込んでいた。あのクイズに対する模範回答が、まさかネオが答えたようなシュール過ぎる内容だったとは。
 普通に考えても、分かる筈も無かった。
 だがとにかく、夢悠にいわれるままに謝るしかない。
 見ると、いつの間にかサニーさんが店舗スペースに戻ってきていた。彼は窓際に立ち、悲しげな表情で外に広がる大荒野を眺めている。
 未だに納得がいかない桔夜は頭を掻きつつ、首を捻りながらサニーさんにそっと近づいて、曰く。
「師匠……すんませんでした、師匠」
 何故サニーさんを師匠と呼んだのか、桔夜自身にもよく分からない。だがこの場は、師匠と呼ばなければならないような気がして、仕方が無かったのである。
 すると、どうであろう。
 サニーさんはそれまでの傷心に満ちた沈鬱な表情から、ぱっと明るい笑顔に変じ、物凄く嬉しそうに振り向いて小刻みに頷いているではないか。
「もう、エエねやっ」
 そんなに嬉しかったのかサニーさん……誰もが心の中で呟いた程に、サニーさんのテンションの戻り具合は凄まじかった。
 そしてまた、皆が同時に思う。
 ――ホンマに鬱陶しいおっさんやな、と。