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新しい日常

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新しい日常

リアクション

 
 たまには皆で遊びに行こう、と、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、パートナー達とザンスカールのプールに来た。
「わー、すごい、広い! わーい、流れるプールもある!
 あっ、トオルさんだっ! トオルさーんっ!」
 ドラゴニュートのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が、トオルの姿を見つけて駆け出す。
「トオル?」
 呼雪がその方を見ると、ファルがトオルに飛びついていた。
「元気そうだな、ファル!」
 ぎゅー、と抱きついた後で、トオルは呼雪達に手を振って近づいて来る。
 吸血鬼のヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、トオルが呼雪にハグしようとするのを密かに警戒した。
 友人同士のスキンシップなのだし、別に減るものではないだろう、と呼雪は言うが、減るものなんだよ、とヘルは主張して譲らないのだった。
 うーんでも、トオルは悪い奴じゃなさそうだしノーマルっぽいし、ある程度ならいっかなー、などと妥協点を考えていると、呼雪から、無言の「余計なことは言うなよ」オーラを感じる。
「喋ってないよ? まだ喋ってないよ?」

 ところで、そんな二人の様子を、トオルは一部始終眺めていたのだった。
 視線を戻したヘルと目が合って、トオルは、にやりと笑いかける。
「ひっさしぶりだな、ヘル! 元気だったか!」
「ぎゃーっ!」
 がばっ、と力いっぱい抱きしめられて、ヘルは
「呼雪以外の奴が抱きつくなー!」
と絶叫し、呼雪は他人のフリをしたい程の眩暈に襲われたのだった。

「トオル?」
 獣人のヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)が呼雪に訊ねた。
「ああ、友達だ」
「そうか。初めまして、ヌウだ。いつもは虎だが、今日は人だ。
 いつもコユキ達が、お世話になっている」
 人の姿より獣の姿でいる方が多いヌウだが、さすがにこの場では人の姿でいる。
「コユキのパートナーか? 俺はトオル。あっちはシキ。よろしくな」
「ちゃんと挨拶できた。ヌウ、お利口だろう」
 子供のように呼雪に報告するヌウに、そうだな、と呼雪も答える。
「トオルさん、一緒に遊ぼう! ねえねえ、新しいスライダーってあれ?」
 ヒーローの柄が脇に入った、お気に入りの赤い水着(尻尾穴付き)を着て、ファルはトオルの手を引っ張った。
「あれ? あれ、何だコユキ? 大きい流しそうめんみたいだ!」
「スライダー知らなくても、流しそうめんは知ってんだな」
 トオルが笑う。
「誰かみたいに、食べ物の知識なら豊富ってやつなのか?」
「誰かって誰?」
 ファルの言葉に、さあね、と笑う。
「前に、コユキ達と食べた! 流れてるのはそうめんじゃなくて人だ。楽しそうだ!」
 親近感を感じるのだろうか。ヌウは同じ獣人のシキの腕を引っ張った。
「ヌウも、流されたいぞ! 一緒に滑ろう!」
「そうだね、行こう行こう! 浮き輪につかまって滑ってもいいの?」
 とファルもトオルの手を引いて行く。
 ぽつねん、と、呼雪とヘルが残された。
 呼雪は、場所を見繕ってシートを敷き、てきぱきと持参の弁当や飲み物を準備する。
「……呼雪、僕もスライダー行ってみたいなー。一緒に滑ろうよー」
 ヘルが誘うので、仕方がないな、と一回だけ付き合った。
「それ着たままなの?」
 呼雪は、水着の上にパーカーを着たままだ。
 日焼けすると、赤くなるだけで痛いので、この季節の野外で、長時間肌を晒したくないのである。
「……まあいいけど」
 だが、スライダーも、呼雪の反応は薄く、ヘルは残念だった。
 スピードのある乗り物に乗ることも珍しくないからだろうか。こういうのはまた、雰囲気が違うと思うのだけど。

 浮き輪持込可、何人一緒に滑っても可、となっていたので、ファルはトオルと一緒に滑る。
 急カーブや半落下ポイント、長い一直線の滑走ポイントなど、絶叫ポイントの多いスライダーを、きゃーきゃー叫びながら滑り降りた。
「はー、楽しかった!」
 少し遅れて隣のコースからヌウが飛び出し、ドボンとプールに落ちる。
 顔を出し、ブルブル、と顔を振って水を切る仕草が、獣の時を彷彿とさせた。

 一足先にシキが戻ってきて、お疲れ、と呼雪は飲み物を手渡した。
「ありがとう」
「悪いな、子守に付き合わせたみたいになって……」
「楽しんでいる」
 ふ、とシキは笑う。
「……シキに、ちゃんと話しておきたかった。タルテュのことだ」
 それは、エリュシオンにある都市、ルーナサズでのことだった。
「随分時間が経ってしまったが……」
「……ああ」
 シキは、呼雪の隣に座る。
 最初に彼女を助けたのはシキだった。
 だが、テウタテスに奪われたルーナサズを取り戻す前に、タルテュは非業の死を遂げた。
「すまなかった」
 彼に謝るのも変な話かもしれないが、それでも、もっと気を配っていたら、と思わずにはいられない。
「……全てが満足できる結果には、中々ならない、何事も」
「ああ……」
 それでも、少しでもいい結末を得たいと、足掻くのだ。
「生も、死も、なるようにしかならないが」
 シキは目を伏せる。
「苦しみも、悲しみもみな、なるようになるものさ」
「“成せば成る”、ということか?」
 呼雪の言葉に、シキは黙って微笑んだ。
「……いつか、共に行きたいな、ルーナサズに」
 戻ってくるファル達の姿を見つけながら、呼雪がそう言うと、シキはそうだなと頷いた。

「……コユキ、お母さんだなあ。何それ、すげえ」
 トオル達は、あちこちのスライダーを楽しみ、子供用のスライダーまで制覇して戻ってきた。
 広げられたお弁当を見て、トオルが目を丸くする。
「つーか、何この量」
「体の中の9割が、胃袋なのがいるからな」
「ははっ。
 なあ、カヤとフェイも誘っていいか?」
 トオルは呼雪ではなく、ファルにお伺いを立てる。
「うーん、しょうがないね!」
 迷うフリをしつつ、ファルは勿論快諾した。



 少し日焼けしたな、と、姫神 司(ひめがみ・つかさ)は腕を見た。
 胸元と腰脇に白いフリルの花飾りが付いた白いビキニに、長い髪は三つ編みポニーテールにまとめている。
「あれ? どうした、一人なのか?」
 不意に声を掛けられ、振り向いた。
「……あまりナンパっぽくない誘い文句だな」
 むしろ迷子の子供に声をかけるような様子だ、と司は内心、おかしく思う。
「ナンパ?」
 きょとんとしてから、トオルは、ふむ、と首を傾げた。
「ねーちゃん一人なら俺達と一緒に遊ぼうぜ?」
「わざわざナンパっぽく言い直さずとも」
 司は呆れて苦笑した。
「何をやってるんだ?」
 シキが後から追いついて来る。
「ナンパしてた。
 えーと、俺はトオル。こっちはシキ」
「司だ。パートナーは都合が合わなくてな。今日は一人で来た」
 一人より、皆で遊んだ方が楽しいだろうというトオルの主張で、一緒に遊ぶことにする。
 司達は、スライダーや流れるプールなどを、一通り満喫して楽しんだ。


 同じようにして、一人で遊びにきたところをトオルに声を掛けられたオデット・オディール(おでっと・おでぃーる)は、人見知りしない性質から、そのまま一緒にトオル達と遊んだ。
「皆でスライダーに行こう!」
 と、スライダーに誘ったところで閃いた。
「ねえねえ、皆で一緒に滑ろうよ。電車ごっこみたいに繋がって」
 オデットの思い付きに、トオルは笑う。
「おう、いいぜ。シキもいいだろ?」
 シキは軽く肩を竦めたが、拒否はしなかった。
「わたくしは遠慮する」
「んじゃ、三人で行くか」
 司がそう断って、三人で一緒に滑ることにする。

 そしていよいよ順番が近づいたところで、オデットはもうひとつ思いついた。
「ねえねえ、滑る時、風術でスピードアップしてもいい?
 あ、怖かったらやめとくけど……」
「スライダーを滑っている最中は、魔法は禁止でーす」
 それを聞いていた、近くのスタッフが、オデットに言った。
「あ、そうなんだ……残念……」
 オデットはがっかりしたが、トオルがひそ、と囁いた。
「構わねえって。やっちゃえ、やっちゃえ」
 二人は、顔を見合わせて、にま、と笑う。
 後ろでシキが、再び肩を竦めたが、口出しはしない。

 そうして、三人の順番が回ってきた。
 司は隣のコース、オデット、トオル、シキの並びで、一緒にスライダーに飛び込んだ。
「いっくよ〜!」
 そして、オデットが叫んで、風術を放つ。
 ぐん、とスピードが増した。ものすごい勢いで滑り落ち……

 スッパーン!

 と、急降下ポイントで、ジャンプ台よろしく、三人は、スライダーからすっ飛んだ。
「うきゃー!」
「ぎゃー!」
 飛空スキルは持っていない。
 トオルとオデットは弧を描いてひゅるひゅると落下し、途中でそれぞれ、監視員バイトの箒に拾われる。
「こら、今魔法を使ったでしょう!」
「ごめんなさーい!」
 ゴール用プールの縁に下ろされて、オデットは、一人足りないのに気付いた。
「あれっ、シキくんは?」
「あいつ近くの樹の枝に着地してたよ。その内合流するだろ」
「何をやっておるのだ……」
 呆れ顔の司に、トオルは懲りずにオデットと笑う。
「でも面白かったよな!」


「ふむ、そなたはザンスカールの獣人なのか」
 プールサイドで一休み、シキに話を聞いた司は、青のり抜きの焼きそばを頬張りながら訊ねた。
「素朴な疑問なのだが、そなた達は、夏はどのように過ごすのだ?
 昔はこのようなプールも無かったであろう」
「一般的な獣人の話か?
 森の中は、夏でも涼しいところが結構あるからな。そういうところを探して凌いだりするが」
「一般的じゃない獣人は?」
 トオルが口を挟む。
「根無し草の獣人は、サルヴィン川まで行って涼を取る」
「つまりそなたのことか?」
 司は肩を竦めた。
「……さてと。
 今度は普通のプールへ行かぬか。潜水勝負はどうだ」
 休憩を終え、立ち上がりながら誘う。
「よーし、受けて立つぜ」
 トオルも続けて立ち上がった。

 まだまだ、一日は長い。