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リアクション
敵の正体は?
「こちら和輝……石? 了解した、貴重な情報感謝する。引き続き何かあり次第連絡を頼む」
虚空を睨みつけ、テレパシーによる連絡を行っていたのは佐野 和輝(さの・かずき)だ。通信を終え次第、傍らで控えていた禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)に声をかける。
「北都から新情報だ、リオン。キーワードとして『彼岸』、『死の世界をもたらすもの』、『石』、『不死』を追加だ」
「ふむ。アンデッド関連の記述に該当箇所が多いな。しかし、そこまで単純な話ではなかろう?」
リオンが応える間に和輝はまた通信を受けているようだった。応答が終わるとまたリオンに断片的な情報を投げ渡す。
「見た目は『キメラモンスター』に近いそうだ。複数の種族を掛け合わせたものが多く、見るからに腐ったものはほぼない。だが『腐臭』だけは飛びぬけているそうだ。ソーマが確認している」
和輝の言葉を受け、またリオンは書物の頁をめくった。
「人造生命の類か? それにしては大量すぎる上、精度も悪い。だが自然発生にしては奇異に過ぎる。ふむ……」
しばらくリオンは顔を顰めていたが。やがてぱたんと本を閉じた。
「『石』とやらの続報待ちだな。アニス、何か話は聴けたのか?」
ふう、と一息ついて傍らのアニス・パラス(あにす・ぱらす)に声をかける。アニスは焦点の合わない瞳を虚空に向けながら戸惑ったように答えた。
「みんないないの。人がいなくても普通は誰かいるのに、今日だけ誰も見当たらないの」
「その程度もできんのか、愚図め。集中しろ」
弟子には流石厳しくなるのか、リオンは即座に叱咤する。
「でもぉ、いないの……」
泣きそうな顔のアニスの瞳が、再び現世に焦点を結ぶ、と。
「えっ、あっ!」
驚いたようにアニスが声を上げ、ぼこっと足元の土が隆起した! リオンと和輝が身構えると、隆起した土が慌てたようにごぼごぼと喋り出す。
「待ってくれ待ってくれ、俺は御嬢さんの呼びかけに応えて出てきただけだ」
「そ、そうなの! 変なところからだけど、この人は、その、出てきてくれたの!」
「変なところと言うか、地面からだが……」
リオンが呆れたように構えを解く。和輝は少し訝っていたようだが、アニスに全く緊張感がないことを見て取ると、こちらに注意を払いながらも通信管理に戻った。アクリトが解析にかかりきりになっているため、彼以外に拠点の情報管理者がいないのだ。
「うんと、ちょっと違うの、いつもとは違うところにいて」
尚も戸惑うアニスに泥の塊が――顔の形を取って喋り出した。
「俺から説明しよう。御嬢さんの『最近の事を教えて』っていう呼びかけの答えにもなるしな」
泥の顔はやがて壮年の男性の顔に定着し、先ほどより明瞭な声で話し始めた。
「俺達、霊魂だのといった存在は、こっち側では微粒子みたいなもんだが、次元の向こう側ではしっかり実体を持ってる。とはいえ、本体はナラカにあるから厳密には実体っつうか虚像なんだが……まあ細かいこたぁいい。要はいつもと違って『ちょっと現世に引っ張られてる』んだ。中途半端に実体化しているせいで、普段といる次元が違う。だから御嬢さんは俺を見つけられなかったのさ」
「いつからだ?」
泥の顔にリオンが問う。
「ナラカへの大穴が空いた頃からかなあ、普通に考えりゃ向こうに引っ張られそうなんだが、どうも逆みたいだ」
「――ほうほう。それじゃあ、最近になってからなんだ」
アニスの言に泥の顔が頷く。頷いた拍子に顔の一部が崩れ、おっと、と声を上げた。
「すまないな御嬢さんがた、時間切れだ。最後に一つ。どうも範囲は限られているみたいだ。遠くに行くと俺達も元に戻れる」
「んっ、分かった!教えてくれて、ありがとう♪」
泥の顔がもう一度頷く、と、今度は完全に崩れて泥の山になった。
アニスがリオンに話しかけようとすると、リオンは真剣な顔をして泥の山を見つめていた。
「この情報を真実とするなら……」
「何だと?」
突然に和輝が切迫した声を上げる。通信が切れたと見えて和輝は重ねて問いかけるが応答がないようだ。やがて和輝は顔を上げ、拠点の全員に呼びかけた。
「のるん待て! そっちは主戦場だぞ!?」
まっしぐらに剛太郎たちが守る村の正門へ向おうとする時見 のるん(ときみ・のるん)に、必死にアレン・オルブライト(あれん・おるぶらいと)がついていく。
「大丈夫だよー。きっと話せばわかってくれる子たちだよ!」
「分かってくれない奴らもいるかもしれないだろ! 兎に角、せめて俺の後ろに……」
「そうだね。じゃあ、アレンこうたーい!」
のるんはくるくる回りながらアレンと位置を交代した。やれやれ、と疲れた顔をしてアレンが前に出て警戒する。と、背後でのるんが声を上げた。
「アレン、何かいるよ!」
見れば、のるんの周囲に展開した結界がぼんやりとした輝きを放っている。敵が警戒圏内に侵入したのだ。
「拠点を出て少ししか歩いていないのにこれか!」
アレンがマジックワンドを構えて警戒する、と、目の前の茂みががさがさと揺れ、一頭の子狼が姿を現した。よろよろと歩くその姿は手負いのようにも見えるが、目立った外傷はない。
「あれ、わんちゃん?」
助けようと前に出ようとしたのるんをアレンが押しとどめる。
「気を付けろのるん。結界が反応してるんだ。普通の狼じゃ――」
言う間に、子狼は苦しげな呻き声を上げ、その額が縦に裂ける。ぎょろりと真っ赤な三つ目がそこから現れると同時に、子狼は悲痛な叫び声を上げ、体を急速に肥大化させた。ぼこぼことまるで腫瘍のように筋肉が付き、恐るべき三つ目狼へと変異する!
「わんちゃん!? アレン大変! 助けないと!」
「助けるって言ったってッ……来るぞ、下がってろ、のるん!」
のるんを庇い、アレンが前へ出る。跳びかかってくる三つ目狼の牙をすんでのところで躱しながら、魔力を集中させた。
「太古の魔龍よ、腐敗をもたらす汝が吐息、顕現させ給え!」
高濃度の酸の霧が三つ目狼の顔を覆い、ぎゃん、と悲鳴を上げて顔を地面にこすりつける、その隙に一歩距離を取って、次の魔術に向け再び魔力を集中させる。
「アレン! 怪我させちゃダメだよ! 助けるんだから!」
「わかってる! しかしなんて無茶だ……!」
早くも三つ目狼は混乱を脱したのか、鼻をひくつかせてアレンに向き直り、再び跳びかかってきた。すんでのところで、アレンの詠唱が終わる。
「其は神々の槍、不滅にして不朽の武器!」
ばしん! と杖と狼の間で雷光が瞬く。跳びかかってきた狼が途中でだらりと弛緩し、地面に叩き付けられる、びく、びくと短く痙攣しながら、動けずにもがいている。アレンが息をつくのも束の間、のるんが狼に駆け寄る。
「わんちゃん! のるんちゃんのことわかる!?」
しかし狼は苦しげにもがくだけで応えらしいものを見せない。
「そいつ、戦う前から苦しんでたぞ。多分、何か――」
「アレン! この子をみんなのところに!」
「おいのるん!?」
「助けるの!」
「ああ! もう! わかった!」
アレンは三つ目狼を抱えて、のるんと共に元来た道を引き返した。
※
「こっちです!」
少女が地下に隠された抜け道から這い出してきて、続くセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に手を貸す。やがて裏通りにビキニ姿とレオタード姿の二人が姿を現した。
「っとっと。これでこのルートはクリア?」
「問題ないはずよ。抜け道の周囲も、抜け道に入り込んでいた敵も奴らで全部のはず」
ジャケットについた土埃をぱっぱと払いながらセレンが問うと、セレアナが武器の点検をしながら答える。その受け答えを頼もしそうに見ながらも、少女はどこかもじもじと視線を外しがちになっていた。
「どしたの?」
セレンが目を瞬かせながら問う。セレアナの方は察しがついているのか、どこか気の毒そうな顔を少女に向けている。少女は少し逡巡した後、思い切った様子で問いかけた。
「どうしてビキニなんですか?」
問われるとセレンはふふんと得意げに胸を反らして答える。
「それはね、ビキニアーマーが美女の最高の戦闘服だからよ!」
「あのね、セレン……」
セレアナが頭を抱える一方で、少女はセレンの反らした胸にたたわに実るものを見、自らの胸を見、がっくりと肩を落とした。しかしすぐにぶんぶんと首を振ると、再び顔を引き締めて二人に呼びかけた。
「とっ、とにかく、このルートからなら正門ルートだけではない方向で脱出ができます! 怪我人の誘導を」
「セレン、クリアと言うには早かったみたい」
「みたいね」
少女の言葉を途中で遮って、セレアナがソーラーフレアを、セレンが【シュヴァルツ】【ヴァイス】をそれぞれ構える。村の外れにある裏路地、倉庫の陰から、ばきばきと木をへし折りながら近づいてくる音がする。続けて、空から低く唸る様な羽音。
じりじりと待っていると、しゃあ、と路地裏に鋭い牙を持った巨大なムカデが入り込んできた!
耳を劈く轟音。大型拳銃弾の連射を受けてムカデの頭がはじけ飛ぶ。直後に凍りついたムカデの陰から、今度は蜂の群れが飛び込んできた!
「反対側からも来てます!」
「しょうがないわね……セレアナ! 後ろの連中は任せたわ! 私が突破してこの子を怪我人のところへ!」
「了解!」
セレアナのソーラーフレアから眩い閃光が迸る。針をこちらに向けて飛んで来ていた蜂たちが閃光に呑みこまれ、次々と燃え落ちていく。しかし、凍らされて動かなくなったムカデとは違い、燃え落ちた蜂たちは残らず縮んで通常の蜂の姿に戻っていく。
「やたら効くわね……」
「分析は後! 突破するわよ!」
セレンは既に巨大蜂の群れの中に飛び込んでいた。繰り出される無数の牙を、針をすべてすんでのところで回避しながら、毛むくじゃらの蜂の体に銃口を押し付け、引き金を引く。踊るように彼女がステップを踏み出すごとに、はじけ飛んだ蜂の死骸が積み上がっていった。やがて、蜂の数が減り、目の前に開けた空間が広がる。セレンが寄せてくる敵を牽制するスタンスに切り替え、少女に声をかける。
「化け物はこっちが引き受けるから、村人たちはそっちに任せるわよ!」
「そこの角を出れば支援が来るわ。安心して走り抜けなさい」
「はいっ!」
セレアが短く詠唱すると、少女の背後からとんでもない光が押し寄せてきて、一瞬だけ敵の動きが止まる。セレンの射撃がその悉くを打ち落とし、その隙に少女は怪我人を連れてくるべく走り出した。
「こちら国頭! 要支援者はあのやたら足の速いお嬢ちゃんかい?」
国頭 武尊(くにがみ・たける)が拠点で指揮を執る和輝にテレパシーでコールする。アンカーで体を固定し、壁に張り付きながら、輝くマシンガンの銃口を少女の周囲に向けている。今のところはセレンとセレアナによる掃討で周辺が掃除されているが、まだまだ敵は多い。
『そうだ。敵の集中している正門を避けて別ルートからの脱出を図るため、彼女が案内人を買って出た。支援してくれ』
「了解だ!」
言ったそばから少女に向けて空から始祖鳥の如く巨大な鳥が急降下してくる。その鳥が作る陰に少女が気づき、空を見上げた瞬間に、武尊は引き金を絞り切っていた。
光輝の弾丸が雨あられと降り注ぎ、巨大鳥の翼を、体を穿つ。弾丸は少女の体や建造物はすり抜け、化け物だけを的確に打ち抜いていた。
甲高い断末魔を上げ、巨大鳥がまっすぐ落ちていく。しかし、その体はするすると縮み、見覚えのある小さな鳥になって地に落ちた。
「こちら国頭。どうも奴さんがた、光に弱いみたいだぜ?」
『了解した。貴重な情報、感謝する』
「で、次は……っとぉ! すまねーけど少し自分の判断で行動するぜ! 仲間のぴんちだ!」
通信を一方的に切り、武尊は張り付いていた壁から信じられない身のこなしで屋根の上に降り立った。不安定な足場ながら座射姿勢をとり、少女が走り込む先をポイントする。そこでは、移送を待つ怪我人を背に必死で敵を抑え込むローザたちの姿があった。
「姿は見えねど矢のみは届く、と。今助けてやるぜ」
ぐっと引き金を絞り、再び光弾が掃射される。怪我人に迫っていた敵が残らず打ち抜かれ、それでいて味方はすり抜けていく。驚いた顔をしてこちらを見たローザに、武尊は親指一本を立てて応じた。続けて空に銃口を移し、未だ空からの攻撃を防ぐリネン達を支援しようとした矢先、突然武尊は屋根から中空に身を躍らせた。直後に屋根が巨大な拳に打ち砕かれる。
「あぶねーあぶねー。でかいのはあんま見なくなってたから油断してたぜ」
着地と同時に武尊は銃口をそれに向ける。それは大人二人分ほどの大きさがある、熊だった。
「暑くてうだっちまうだろうから、すぐに小さくしてやるぜ!」
地を砕く一撃を跳躍して躱し、武尊は熊の頭に銃口を向けて引き金を引いた。
「こちら葛城。正門は相変わらず地獄であります」
正門脇に構築したバリケードから直接逃走ルートを守る剛太郎、藤右衛門をスコープで確認しながら、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は大型の敵に狙いを定めてゆっくりと引き金を絞る。
腹に来る低音が響き、大口径の弾丸が空を裂いて、ルートを塞ごうとしていた巨大な芋虫を吹き飛ばした。続く弾丸が次々と熊を、虎を、始祖鳥を吹き飛ばしていく。
多数の目標が存在する状況では、試製二十三式対物ライフルのセミオートが十分に生きた。素早く弾倉を交換し、銃身の過熱状況を確認して、次の大型目標に狙いを定める。地獄と嘯きながら、一発一発の戦術的効果を計算した、冷静な一撃を積み上げていく。剛太郎の機関銃では大型目標を沈黙させるのに時間がかかる。着実な支援が求められていた。
『こちら和樹、別ルートを構築中だ。もうしばらくその状況で耐えてくれ』
「了解であります」
次の弾倉を撃ち尽くし、足の速い大型目標をあらかた始末したのを確認し、吹雪は狙撃ポイント変更のために身を起こした。周辺警戒をしながら屋根から降り、遮蔽と視界を確認して次のポイントを決定する。双子屋根の谷間で座射体勢を取り、再び狙撃支援を再開する。
スコープの向こうに死を覗きながら、どこか吹雪は疑念を拭い去れずにいた。狙撃手としての勘が警鐘を鳴らし続けているのだ。『この威力では足りない』『目標は沈黙してなどいない』と。
見た目は完全にオーバーキルだ。村はそう広くない。その狭い戦場で大口径の対物ライフルなどで狙撃しようものなら、大方の敵は原型を留めない。なのに、仕留めたという手ごたえがないのだ。
簡単すぎる。
それに尽きた。吹雪の目の前に転がり出てくるターゲットは吹き飛ばされる味方を見て警戒するという事をしていない。ポイント変更やカモフラージュで発見され辛いようにしているが、それにしても吹雪を狙ってくる敵が少なすぎた。
「自分の身体の心配をしていない……被害を気にしなくていい理由がある、ということでありますか」
結論にたどり着き、小手型HCを操作して再び連絡を取ろうとした直後、轟音と悲鳴を聞きつけて吹雪は顔を上げた。ライフルを携行し、警戒しながら双子屋根に上る。そしてそれを確認した時、吹雪は小手型HCで通信できる全チャンネルに向けて絶叫していた。
「大型目標確認! 『角持ち』であります!」