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リアクション
chapter2.要塞の主・後編
猟犬のように執拗に迫るビットから逃れ、葛葉 翔(くずのは・しょう)は立ち並ぶカプセルの間に身を隠した。
一息吐いたのも束の間、真横をビームがかすめはっと息を飲む。追われているのはミルザムのようだ。青龍鱗を突き出し、放たれたビームを拡散させた。飛び散った閃光はカプセルを高熱で穿つ。穴から噴き出る緑色の液体が床に溜まりを作った。
翔は身を屈めて駆け出し、ミルザムの腕を掴んで引き寄せる。
その瞬間、ミルザムの立っていた場所を焼き尽くすようにビームが走った。
「……すみません、危ないところでした。ありがとうございます」
「なに、こういう時はお互い様だろ。それより、厄介な平気だな、あれは……」
付近のヴァンガード隊員を追い込むビットを、苦々しい思いで翔は見つめた。
「ただでさえ、ティセラの星剣は驚異だって言うのに、遠距離攻撃まで手に入れたんじゃたまったもんじゃないな」
「翔さん、あのビットは私を狙っているようです。私が囮になれば……」
「おいおい、クイーン・ヴァンガードの存在意義を奪うような事は言わないでくれよ、ミルザム様」
「す、すみません……」
「あんたは守る、この戦いにも勝つ。骨は折れるがそいつが俺たちの仕事だ」
グレートソードを肩に担ぎ、カプセル越しにティセラの位置を探る。数ではこちらに分があるが、潜在的な能力は向こうがはるかに上だ。しかも、ティセラは念じるだけで攻撃出来るときてる。持久戦になれば、こちらが圧倒的に不利である。
「まずはビットの破壊が先決だな……」
突撃を仕掛ける決意を固め、パートナーに声をかける。
「アリア、来てくれ。これから、あの女を鼻を明かしてやる」
「任せて、翔クン!」
「私は何をすればいいの?」
気の所為か返事が二つ聞こえた気がする。
首を傾げながら振り返ると、そこには相棒であるアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)と同じくクイーン・ヴァンガードの隊員を務めるアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が立っていた。思いがけないダブルアリア状態であった。
「……いや、呼んだのはこっちのアリアなんだけど、まぁ、いいか」
ポリポリと頭を掻いて、ぶかぶかサイズのフルプレートアーマーを着込んだ相棒のアリアを見つめた。
超絶紛らわしいので、これからアリア・フォンブラウンのほうを『鎧アリア』、アリア・セレスティのほうを『縛アリア』と呼ぶ事にしよう。どうして縛アリアなのかと言えば、そんな感じのイラストが彼女のアルバムに見受けられたからに他ならない。
「ティセラ相手に小細工は通用しない、真っ向勝負で先陣を切り開く」
「そのためにはこのビットをかいくぐらないとね……。わかった、ビットは私がなんとかしてみせる」
「……頼むぜ」
ブライトグラディウスを構え、ティセラの元へ向かおうとする縛アリアを、ふと、誰かが呼び止めた。
彼女のパートナー、天穹 虹七(てんきゅう・こうな)だ。
「そのまえにおまじない」
そう言うと、両手の間に淡い光を発生させ、虹七は縛アリアとミルザムにパワーブレスを施した。
「……想いの光よ、アリアお姉ちゃんに、ミルザムお姉ちゃんに光を!」
「ありがとう、虹七。私、頑張るからね」
くしゃりと虹七の頭を撫でて、縛アリアはミルザムと顔を見合わせる。
「すみません、アリアさん。こんな危険な仕事を……」
「いいの、謝らないで。私は私の仕事をしてるだけだもん。ミルザムさんは自分の仕事を頑張って。踊り子として愛されて、皆に笑顔をもたらすなんて、ミルザムさんにしか出来ない仕事だよね。だから私も、あなたのために戦いたいって思ったんだから」
固く握手を交わして、縛アリアはカプセルの林を駆け抜けた。
突撃してくる彼女を捉え、ティセラはビットに迎撃の指示を出す。
「勇敢なかたは嫌いではありませんが、たった一人でわたくしに挑むなど……、それは無謀というのですよ」
「無謀かどうかはやってみないとわからないわ!」
降り注ぐ閃光の雨をくぐり抜ける。そして、縛アリアは高く跳び上がり、一刀の元にビットを両断した。
「私がクイーン・ヴァンガードになったのは、シャンバラの民の、みんなの笑顔を守る為……。民のため、私の信念を貫くために、ミルザムさんを守る! 守ってみせる! 想いの力よ、今こそこの剣に輝きを!」
ブライトグラディウスは激しく発光し、縛アリアの迷い無き想いを伝える。
ぐるぐると旋回するビットは縛アリアを取り囲み、総攻撃を仕掛けた。獅子は兎を倒すのにも全力を尽くすというが、この総攻撃はそんな格言めいたものではなく、無数の肉食獣が小さな獲物をいたぶるような光景を思い起こさせた。
縛アリアが剣を滑らせビットを一機落とす間に、無数に空間を走る光線が彼女の白い肌を容赦なく貫いた。
「きゃああああっ!!」
想像を超えた痛みに倒れそうになる縛アリアに、カプセルの影から様子を見ていた虹七が駆け寄った。
彼女に抱きついて、しっかりと身体を支える。
「お姉ちゃん、負けないで! 頑張ってなの!」
「そ、そうだよね……」
弱々しく呟いた縛アリアだったが、その目に宿る光は輝きを失っていない。気力を振り絞り、ビットに向き直る。
「守ってみせる、みんなの笑顔のために!」
◇◇◇
「……あの傷でも深手だと言うのに、まだ戦うなんて。随分と仲間を信頼しているのですね」
ポツリと呟いたティセラの胸に去来するのは、かつて肩を並べた十二星華の姿だった。
遠い昔の記憶だ。
そこにミルザムの声が響き渡り、ティセラはちらりとそちらに目を向ける。
身を挺して縛アリアがビットを引きつけたわずかな隙に、翔と鎧アリア、そして、ミルザムはティセラのすぐ傍まで接近することに成功したのだ。だが、すぐ傍まで迫った彼女らにも動じず、ティセラはゆっくりとビックディッパーを構えた。
「クイーン・ヴァンガードはあくまでもそちらに与するというのですね……」
「あんたには悪いが、俺たちはミルザム様を信じる……!」
高らかに言い放った翔を見つめ、ティセラは残念そうに首を振った。
「仕えるべき主君を見失っているのは悲しい事ですが……、いいでしょう。わたくしがそれを正してみせますわ」
緊張が走る中、飛び出したのは鎧アリアだった。
全身を対光輝属性の装備で固め、真っ向から一撃を受ける覚悟だ。無双を誇るティセラに隙が出来るとすれば、それは攻撃の瞬間だろう。『誰か』が絶望的な一撃を受けている刹那、ティセラはわずかな隙を覗かせるはずだ。
「光条兵器といえど光輝属性……、だったらぁ!」
タワーシールドを前面に突き出して、ビックディッパーを振り上げるティセラに立ち向かった。
「その慢心が身を滅ぼすのですわ……!」
空気を両断する悲鳴を伴って、巨大な星剣が一直線に振るわれた。不吉な衝撃音を上げて、鎧アリアは激しい閃光に包まれる。
それと同時に、翔はミルザムに目配せして走り出した。
「二度目はない、これで決める!」
命を賭けて相棒が生み出したこのチャンスを無駄には出来ない。
バーストダッシュで一気に間合いを詰めた翔は、グレートソードを腰の後ろに構え、全身全霊を持って斬り上げた。
「これが、俺達クイーン・ヴァンガードの『女王の剣』だ!」
古王国時代から伝わる必殺の剣技『女王の剣』、まばゆい光を放つグレートソードがケープを直撃した。ケープを構成するビットは紙くずのようにひしゃげ、力なくその場にパラパラと崩れ落ちた。
やった……、思わず口にしかけたその時、心臓を鷲掴みにするような殺気が走った。
次の瞬間、ビックディッパーが彼の胸を深く抉った。胸から噴き上がる暖かな液体、ティセラがゆっくりと遠ざかる。
「大丈夫ですか! しっかりしてくださいっ!」
時間にして数秒の出来事だったが、随分と長く感じられた。
気が付くと翔は血まみれになり、ミルザムに抱き起こされていた。どうやらあの一撃で吹き飛ばされ、昏倒していたらしい。
「あ、ぐ……、アリアは……?」
ティセラの前に立つ全身鎧の少女に目を向けた途端、彼女はガシャンと音を立てて床に崩れた。
深く亀裂の走った鎧から、真っ赤な血が溢れ出してくる。傍に転がる盾はまっ二つに両断され、全力で放たれたビックディッパーの驚異を伝えていた。通常の光条兵器ならものともしない装備だったが、残念ながらティセラの星剣は通常から逸脱しているのだ。とは言え、鎧アリアにはまだ息があった。重症だったが、鎧アリアが絶命せずに済んだのは、この装備によるところが大きい。
「やってくれましたわね……、皆さん。わたくしに手傷を負わせるとは恐れ入りましたわ……」
ケープが吹き飛んだ衝撃の所為だろう、ティセラはこめかみから血を流していた。
だが、ケープは完全に破壊出来ていなかった。女王の剣が直撃したほうは吹き飛んでいたが、片側がまだ無傷で残っていた。
ティセラは怒りとも憎しみとも知れぬ目で、翔とミルザムを見つめていた。
「に……、逃げろ……」
「いいえ、逃げません。仲間を見捨てて逃げるなんて……、私には出来ません!」
そっと翔をその場に寝かせると、ミルザムは朱雀鉞を片手に立ち上がった。
そのすぐ傍で、対峙する二人を見る影があった。
ブラックコートと迷彩塗装で気配を立ち、奇襲の機会を窺っているのは、クイーン・ヴァンガード所属斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)だ。カプセルの影から様子を見ていたが、ただならぬ空気の変化に息を飲み込んだ。
「こいつはまずいな……、ネル。私たちも打って出るぞ、ミルザムさんに加勢する」
パートナーのネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)は静かに頷いた。
「わかってるわ。ワタシがティセラの注意を引くから、その隙に邦彦は攻撃を」
「了解だ。頼んだぞ」
三連回転式火縄銃を構える彼に、ふとネルは嫌な予感を感じた。
「邦彦、無茶はしないでね……」
瞳を覗き込んで言う彼女に、邦彦はすこしばかり戸惑った。
「無茶はしないで、か……」
彼女が攻撃のため、ティセラに向かって走り出すと、邦彦は意味を確かめるように反芻する。
「悪い、ネル。世の中には無茶をしないと手に入らないもんがあるんだ」
邦彦はバーストダッシュでネルの後に続いた。
既にティセラと接触したネルは翼の剣を振り上げ、戦闘状態に入っていた。しかし、まだビットが完全に死んでいないのが大きかった。背後から強襲したネルだったが、執拗にビームを放つビットに阻まれて自由に身動きが取れずにいた。
正面から挑むミルザムはと言うと、朱雀鉞を自在に操りティセラに攻撃を撃ち込んでいた。どこか舞を舞うような軽やかなステップで立ち回る、その慣れた戦いぶりからなかなかの使い手と思えた。だが、ティセラには遠い。
「……やはりミルザムさんでは、ティセラには一歩、いや、二歩及ばないか」
覚悟を決め、邦彦はティセラに向け火縄銃を乱射した。
ビックディッパーの一振りでミルザムを遠ざけると、ティセラはちらりと邦彦のほうを一瞥した。
「まだ伏兵が潜んでいましたか。何人こようが同じ事です、お下がりなさい……!」
飛来する銃弾に剣を一閃させ、叩き落とす。そして、返す刃で邦彦を横一文字に薙ぎ払った。
普通の人間ならば、後退して薙ぎ払いを避けるはずである。だがしかし、邦彦はティセラも予想だにしなかった行動を取った。後ろには下がらず、ビックディッパーの描く軌跡を飛び越えたのだ。それは捨て身の行為だった。真正面から戦っても地力の差は拭えない、ティセラとの差を埋めるためには、こちらは掛け金を釣り上げなければならない。すなわち、命を賭ける必要がある。
「……こいつで決めさせてもらうぞ」
その一瞬の邂逅の間に、邦彦の発射した数発の弾丸はティセラの左肩を貫いた。
銃創から飛び散った血液が、ティセラのドレスに赤い斑点を描き、彼女の顔に初めて苦痛の色が見えた。
相棒の活躍にネルは表情をほころばせた。
だが、その一瞬の間に、ティセラの表情が苦痛から憎悪に変貌する。
「この代償は高く付きますわよ……!」
「なに……!?」
邦彦が気付いた時には既に遅く、ビックディッパーが勢い良く振り下ろされた後だった。地面に叩き付けられた一撃は、金属製の床板を打ち砕いて天高く巻き上げた。床板の残骸に混じって、邦彦も空へ投げ出された。
糸の切れた人形のように、受け身も取らず落下してきた彼の姿に、ネルは息を飲み込んだ。
「く……、邦彦……?」
横たわる彼の左腕は、肘から先が切断されなくなっていた。
ネルは全身の血がざわざわと脈打つのを感じた。心臓の鼓動が早くなる、呼吸がおぼつかない。足が動かない。
そして、ドサリと彼女の前に落下してきた腕を見て、悲鳴を上げた。
「ネルさん! 落ち着いてください!」
ミルザムの声にはっとし、ネルは邦彦の元に駆け寄った。
邦彦はかすかに意識を保っていた。かすれた声で逃げろと彼は言う、だが、ネルは首を振った。
「早く治療しないと……!」
邦彦の身体を抱きかかえ、ネルは引きずるようにして撤退を始めた。肘の先から流れ出す血はとめどなく、この場ではさして有効的な治療は行えないだろう。ティセラはもう二人に興味を失ったのか、それ以上攻撃はしてこなかった。
ミルザムは血に染まった周囲を見渡し、愕然とする。
「翔さん、アリアさん、邦彦さん……、どうしてこんな……」
ふらふらと壁に背をつき、ミルザムは崩れるように座り込んだ。
どうしてこんな事になったのだろう。ティセラを甘く見ていたのだろうか、自分達の力量が足らなかったのだろうか。それとも、この戦いを挑んだ事が間違いだったのだろうか。それならば、この戦いに巻き込んだ自分の所為だ。
ティセラはうずくまるミルザムを見下ろし、ゆっくりと歩を進める。
「そろそろおわかり頂けたでしょうか、ミルザムさん。あなた達とわたくしの間に広がる絶望的な力の差を……」
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