空京

校長室

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)

リアクション公開中!

【カナン再生記】決着を付ける秋(とき)
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リアクション


闇の発露(1)

「さあ、ついに来たよ。だれが最初にここへ飛び込んでくると思う?」
 ドアの向こう、近づく人間たちの気配にモレクは胸を躍らせた。
 こんなに楽しい日々を過ごしたのはどれくらいぶりだろう? 頬杖の下で、笑みが形作られる。
「僕はサ、バァルじゃないかと思ってるんだけどねー? ってゆーか、バァルだと面白いよね?」
 自分の発言にどんな反応を見せるか? 隣の様子を伺ったが、残念ながらセテカは先までと変わらず無表情で心中を読み取らせようとしない。
「ちぇっ。つまんないやつ」
 ずずず、とさらに背中を滑らせたとき。
 チカッとドアの鉄枠と壁との隙間で光がまたたいた。
 次の瞬間、爆音がして、ドアが砕けながら内側に向かって吹き飛ぶ。がらんがらんと鉄枠が床のレンガに当たる音を響かせながら、ドアの大部分は水路の中へ落ちた。
 もうもうと上がっていた硝煙が徐々に地に沈み、入り口に立つ者の姿が現れる。
 正面にはバァルの姿があったが、それよりも前に、中からの不意打ちを警戒するかのように庇い立つ緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)の姿があった。
「あの男か」
 セテカが問う。
「――違う」
 楽しげに、モレクがくるくると指を回した。
「彼女だ」
 靴先半歩の差で、ドアを破壊した火村 加夜(ひむら・かや)が先に踏み込んでいた。



 フロアに入り、バァルはまず、イナンナの石版を確認した。
 正面、源泉につながるトンネルの右横、かど近くだ。しかしその斜め前には玉座があり、怠惰に座る金の目をした青年と、彼の副官のように立つ武装した北カナン兵――セテカがいる。
「やぁバァル。また会ったね」
「モレク、やはりきさまか。女神様の石版を渡してもらうぞ」
「石版だけ?」
 んん? と意地悪くモレクの眉が上がる。
「…………」
「モレク」
 と、師王 アスカ(しおう・あすか)が2人の間に割って入った。
「あなたがゲーム好きなのは知っています。私たちと賭けをしましょう〜。それに勝ったらセテカさんを返してください〜」
「こいつだけでいいの?」
「もちろん薬もですわぁ」
 モレクはゲーム好きの魔女だ。何もかも……自分すらルールで縛るのが好きで、いったんルールで縛ればそれ以外に干渉させない魔女。
 ならば、相手に有利なルールを持ち出される前に、こちらから提示して有利に持っていくのだ――そう、公算しての発言だったのだが。
 モレクの返答は、彼らを愕然とさせた。
「うーん、それは難しいなぁ。もう僕でも触れられなくなっちゃったから。ホラ」
 傍らで浮かんでいる治療薬を指さす。治療薬は白光に包まれていた。先日坂上教会で見た、ルールで縛られた解毒剤のように…。
「まさか…」
 くす。
 モレクの口端がつり上がる。頬杖がはずれ、セテカを指した。
「ルール縛りだよ。もう僕とこいつとの間でルールは取り決められ、ゲームは始まってるんだ。このフロアに最初に踏み込んだ人間をこいつが殺すまで、薬はだれの手にも渡らない」
 セテカを指していた指で、今度はバァルの隣の加夜を差す。おまえだと。
 加夜に視線が集まる中、モレクはしてやったりとけらけら笑った。
「さあどっちをとる? 彼女? それともこいつ?」
 アスカは必死に考えを巡らせた。何か……何か、あるはずだ。モレクはルールのあるゲームを好むが、何よりチートを好む。そのためガチガチのルール縛りにはしない。
 セテカとモレクの間に結ばれたルール…。
「――そんなの……おかしいですわぁ。それだと参加する私たちの側に、何も得がありませんもの。そんな一方的なものは、ゲームでもルールでもありませんわぁ」
「あ、そっか」
 言われて初めて気づいたと、ぱんとモレクが手を打った。うーん……と、考え込むポーズのように、こめかみに人差し指をあてる。
「じゃあ、こうしよう。こいつを殺すことができたら、キミたちに薬をあげる」
 新たにルールが追加され、承認されたように薬が輝いた。
「そんな…っ!」
「それが平等ってものだよねー」
 薬をとればセテカが死に、セテカをとれば薬が手に入らない。薬もセテカも手に入れるには、加夜が殺されるしかない…。
 平等ではあった。たしかに。しかし、残酷さが全く考慮されていなかった。
「――どんなルールだろうが、きさまを倒せばゲームは解除されるはずだ!」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の持つ怯懦のカーマインから、爆音をたてて大魔弾『コキュートス』が発射された。
 ゲームフィールドはモレクの力によって構成される。モレクが力を失えば場を保つことはできなくなり、つまりはルールも解除、消滅するはず。
 しかしモレクに向かって放たれたその銃弾を受け止めたのは、セテカだった。
 バスタードソードを抜き、ブレイドガードを発動する。
「セテカ! なぜそんなやつをかばう!」
「モレクは一応恩人だからな。ここへ連れて来てくれた、その義理を返しただけだ」
 セテカの返答に、モレクはもうこらえきれないといったふうに笑い出した。
「あははっ。ざーんねんでしたっ。こいつはやる気満々だよ。だってこの薬がないと、自分が死んじゃうんだもんねぇ」
 モレクの嘲笑が響き渡る中、剣を手に、セテカは加夜へ向かって歩き出した。



「バァルさん…」
 加夜は、剣を抜こうとするバァルの手に触れた。
「大丈夫。やつにきみを殺させたりはしない」
 その言葉に、加夜は首を振った。違う。そうじゃない。これは、そうじゃなくて…。
 うまく言葉が出てこない。けれど、この思いが伝わるようにと願いを込めて、加夜はイナンナの加護を使った。
 どうか、迷わないで……そして、諦めないで。
「――ありがとう」
 そのとき、乱射する銃声が起きた。
 水路の上に渡された足場を渡って近づこうとするセテカに向け、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)がクロスファイアを放ったのだ。火花を散らしながらすぐ足元を走り抜けた火線にセテカの足が止まる。そして追いたてるように向かってきた2本目の火線を避けて、右横へ飛んだ。
「ソフィア!」
「はいっ」
 着地地点すれすれに、今度はソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)の爆炎波が襲い、さらに右へと飛ばせる。
 セテカとモレクの間に、フロアの端と端ほどの空間が開いた。
「セテカを止めているうちに、モレクを片付けるんです!」
 その言葉を皮切りに、彼らは2つに割れて走った。
 セテカを止める、あるいは捕縛するチームと、モレクを倒すチームだ。
「ノアちゃんは加夜さんのそばにいて、もしものとき、彼女を守ってあげて!」
「うん! 分かった!」
 水路を飛び越え、セテカのいる方のフロアへ走るルカルカ・ルー(るかるか・るー)からの言葉に雄々しく頷き、ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)は加夜の手を取った。
「加夜、こっち!」
「え、ええ…」
 彼女を狙うセテカとは対角のかどへ引っ張って行き、そこへ立たせると彼女の前に壁となって立つ。
「加夜は絶対、ボクが守るからねっ! もし近づいてきたら、ヒプノシスで眠らせてやるから!」
「ええ。ありがとう」
 命を狙われているとは思えない、静かな心で加夜は礼を言った。
 みんなが絶対守ってくれることは分かっているから。みんなを信じているから、怖くはないのだ。ただ…。
「ノア、傷ついた人が出たらいつでも癒せるように、用意しておきましょう」
「うんっ。慈悲のフラワシならこれくらいの距離、全然問題ないしね。大丈夫だよ! 任せて!」
 ノアが百点満点の笑顔で応える。ノアの力も信頼している。それでも――
 嫌な予感めいた心の震えを、どうしてもぬぐいとることができなかった。
(どうかだれの身にも、ひどいことが起きませんように…)
 祈る加夜の前、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)がモレクの元へたどり着いた。
「あんたってほんと、聞きしに勝るサイテー野郎ね!」
 レビテートで一気に距離を詰め、精神のガントレットを装着した腕で殴りかかる。
 こぶしが届く寸前、モレクの姿はかき消え、彼女のこぶしは背もたれを貫通しただけに終わった。
「……はっ!」
 歴戦の防御術で、すぐにその場から離脱する。直後、真上から放たれた闇がオルベールのいた場所を直撃した。
「どこが最低なのかなぁ? ちゃーんと治療薬、用意してあげてたじゃない。本当なら絶対に人間なんかに渡したりしない薬なんだよ? 黒矢と同化した状態から元に戻れる薬があるなんて知れたら、せっかくの『モレクの黒矢』の畏怖力が半減しちゃうもんねぇ」
「そんなことを気にする必要はもうない」
 空中の彼に、ダリルがレーザーガトリングを連射する。意識的に左へ――イナンナの石版と分断するように、モレクを追いやった。
「おまえはここで終わる。もうあの卑劣な黒矢を使うことは二度とない」
 弾を撃ち尽くしたレーザーガトリングから、再び怯懦のカーマインに切り替える。その一瞬の間を狙って、モレクの手から闇が放たれた。
 その飛速は彼らの用いる闇術を超える。2人の距離も満足に開いてはいない。
「……!」
 紙一重で避けたダリルの頬を、闇がかすめた。一瞬脳が揺さぶられるような衝撃がきて、くらりとしたが、暗黒耐性を上げてきているおかげでその程度ですんだ。
 すぐさま、お返しとばかりに魔弾の射手で大魔弾を連射する。
 ――ガン! ガン! ガン! ガン!
 銃弾はモレクの周囲で壁にぶつかったような重い音をたてて、全て砕けた。モレクのやわらかそうに見える髪ひと筋にも乱れはない。当然ダリルもこれで倒せるとは思っていない。4発の大魔弾は破砕する際、その力を周囲に少なからず放出した。それが目くらましとなってモレクに死角を生み出す。――ほんの1秒あるかなきかの空白。
 その一瞬をついて、ダリルは迷彩防護服を使用し、周囲の薄暗がりへ溶け込んだ。
「……面白い技を使うなぁ」
 どこか楽しげに周囲に目を走らせて、モレクは床に降り立った。
「僕が眠ってた3000年とちょっとの間に、人間もずいぶん進歩したんだね」
 と、くるり振り向き、右手が、制止をかけるように上空へ突き出される。
「!」
 その先にいたのは、再び仕掛けようとしていたオルベールだった。
「でも、すぐにひとの背後を突こうとする、こういうところは全然変わってないかな?」
 酷薄な笑みが浮かび、剣呑とした光が金の瞳を輝かせる。
 ――やばい。
 瞬時に込み上がった胸が悪くなるような焦燥に押されるように、オルベールはとっさにミラージュを発動させた。それが彼女を間一髪で救った。槍のように細く集束した闇が、一瞬前までいた場所の残像を貫く。身を沈めたオルベールは床に両手をつき、反動も利用してモレクの右手を蹴り上げた。
 腕が跳ね上がり、モレクの胴ががら空きになる。
 見逃せない隙。
「来て! アスカ!」
「やあーっ!!」
 オルベールが右手をホールドしているところへ、アスカがダッシュローラーで突っ込んだ。ヴァジュラの光の刃で切りつける。
 その刃は小さく、切れた傷も浅かったが、思ったとおり光はモレクの内側の闇を散らせた。
「やった…!」
 脇腹から煙のように噴出した闇を見て、快哉を叫びかけたそのとき――
 純粋な恐怖の鉤爪が、彼女の頭と心臓を強烈な力でわし掴んだ。
 オルベールの胸から、闇が突き出していたのだ。
 モレクの右腕があり得ない形に曲がっていた。人の腕であれば絶対にできない形だ。オルベールを避けるように楕円を描き、手首から先が闇の刃と化して彼女を貫いている。
 人の姿をとってはいても、彼の本性は闇。その姿は変幻自在――。
「そんな……ベルっ!!」
 おののくアスカの前、オルベールは人形のように床に投げ捨てられた。そこは水路の際だった。床をすべり、右半身を落とした彼女の体はすぐに水にさらわれてしまう。
 水路は深く、流れが早い。気絶した彼女では溺死してしまうかもしれない。
「ベル!!」
 アスカの頭の中から、モレクの存在は完全に消えた。ヴァジュラを放り出し、オルベールを追って水路へ飛びつく。それでギリギリ、オルベールの体が完全に沈む前に右腕を捕らえることに成功した。
「アス……カ…」
 水の冷たさがオルベールに意識を取り戻させたようだった。だが闇の刃を受け、少なからぬ出血をしているせいで体が思うように動かないらしい。
「ベルさん、こっちにもつかまって!!」
 それまで幸せの歌で全員の耐性強化を図っていたミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が、いったん歌を中断し、脇から手を伸ばして服を掴んだ。よろよろと力なく伸びた手を握り締め、2人がかりでようやく引っ張り上げる。ぜいぜい息を荒げながらも、ミシェルはレーベン・ヴィーゲ――慈悲のフラワシ――を呼び出して、オルベールの回復に努めた。
「……ぅ……ぁ……モ…レク、は…?」
 床に仰向けになったオルベールの揺れる視界の中には、モレクともう1人、矢野 佑一(やの・ゆういち)の姿があった。彼が間に割って入ってくれていたからこそ、アスカも背中を攻撃されずにすんだのだろう。
 佑一は魔銃モービッド・エンジェルを使って、近距離からモレクを撃ち抜いていた。肩、腕、足――撃ち抜かれた箇所に円形の穴が開く。しかしそこから飛散するのは肉片ではなく闇で、着弾の勢いで霧散はしても、すぐまた戻って修復してしまう。
「駄目だよ、そんな小さな武器じゃ、いつまでたっても僕を散らせられない」
 モレクの闇の腕が鞭のようにしなった。闇は実体なきものだが、凝縮し、粒度が上がれば――そして相応の速度があれば、十分に相手を物理的に傷つけることができる。
「僕を倒しに来たんだろぉ? もっと、もっと……ホラ! 何か手を出してみせてよ!」
 モレクの攻撃が激しさを増した。もう片方の手の指がそのまま闇と化して伸びる。
 佑一は銃舞を発動させ、無軌道な闇の動きに対処していたが、人である限り限界はあった。全方位から攻撃可能な闇の攻撃は、どんな動きをもってしても完全にかわしきることは不可能だった。ピシッと硬質な音がして、闇が触れるたびにそこに裂傷が生まれる。
 ダメージは蓄積されていく。冥府の瘴気をもってしても、そういつまでも耐えられない。
 一か八か、佑一は鞭の基点となっている肘を、真下から蹴り上げると同時にファイアヒールを使った。パンッ! と音がして、モレクの右腕がはじけて落ちる。だが、痛みに顔をゆがめたのは佑一の方だった。
「……っあ…!」
 読み違えたと気づいたときには遅かった。モレクの千切れた腕がヘビのようにうねり、二の腕を貫通した。激痛にしびれた腕は、人の手に戻ったモレクのたわむれの払いを受けて、簡単に銃を手放してしまう。
「佑一さんっ!!」
 ミシェルが悲鳴のように名を呼んだ。だがまだオルベールが回復しきれていない。レーベン・ヴィーゲを飛ばせない。
 後ろからフロアの状況把握をしていたノアが、それと気づいた。
「いって!」
 自らの慈悲のフラワシを向かわせる。
「人間って、ほんと、痛がりだよね。たかが腕が使えなくなったぐらいでサ」
 闇のヘビを呼び戻し、見せつけるように、佑一に砕かれた右腕を修復した。佑一はまだ、貫かれた腕から血を噴き出しているのに。
「ねぇ、この程度なの? せっかくこの僕が手ずから相手をしてやってるのに。もっと何かないの? 奥の手とか、隠し玉とかサ」
 腕をかばってうずくまった佑一の前髪を掴み、引き上げる。苦痛に細まった銀の瞳と、愉悦にひたった金の瞳の視線が交差した。
「ないなら、死んじゃえ。キミに価値なんかない」
 モレクの左腕が大きく引かれた。そこに、人間の体など簡単に引き裂いてしまえる力があるのはあきらかだった。
「佑一さん!! やだぁーっ!!」
 ミシェルの突き出された両手からカタクリズムの強風が吹き出した。
 突如襲いかかってきた力の風にとっさに対処できず、モレクの周囲の闇がわずかに吹き飛ばされる。
「――くっ……この…!」
 対抗するように、モレクの腕がミシェルに向かって伸びる。モレクの注意がそれたその一瞬に、佑一の手がひらめいた。
 かばうように引かれていた腕にはいつしか無光剣が握られていた。ノアによって回復をはたした腕の力は強く、一刀でモレクの腕を両断する。今度は、腕は闇のヘビと化して襲いかかることはなかった。切り落とされた腕は床に落ちた一瞬後、霧散する。ライトブリンガーによる光の力だ。
「……へぇ、驚いた」
 反撃を予想して佑一はすばやく距離をとったが、モレクは彼を見てはいなかった。切り落とされた自分の腕を、どちらかといえば感心に近い表情で見ている。
「さっきの言葉は取り消そう。キミも少しは僕を楽しませることができるみたいだ」
「――あなたの評価など、僕にはどうでもいいんです」
 そんなものに一片の価値もない。
 無光剣を構える佑一を見て、モレクは肘から下が失われた右腕を横に伸ばした。切断面から闇が吹き出し、腕を形作る。その手には、同じように黒き刀身の剣が握られていた。
「気が向いた。お詫びに、キミと同じスタイルで戦ってあげるよ。おいで」
 彼の口調の変化に気づいた者はいただろうか。金の瞳が暗く、剣呑とした光を帯びたのを?
 こんな相手の言葉を信じるのは間違いだ。頭のどこかでそんな声もあった。しかし佑一は無光剣を手に、彼の間合いへ飛び込んだ。
「あなたに、聞きたいことがあります!」
 闇と闇の刃をあわせ、打ち合うさなか、佑一は言った。
「本当にあの薬で、セテカさんは元の彼に戻れるんでしょうね!」
 確認が、どうしても必要だった。言質をとらなければこの魔女は「そんなこと言ってないでしょ」とか「キミの思い込みでしょ」とか平気で言い出しかねない。
「「元」か…」
 考え込むふうなフリをして、モレクの剣が佑一の剣を擦り流し、返し手で斬りつける。
「何をもって元と言うか、分からないな。一度孵化してしまったひよこは卵に戻れないんだよ。卵の殻に入ることはできてもね。
 でももし、キミが言っていることが肉体に限定するのなら、そう、やつは「元」に戻る。黒矢を受ける前の状態にね」
 まるで立ち話でもしているようだった。息はいささかも乱れず、汗ひとつ流さない。だが空を切って届く斬撃一撃一撃は重く、受けに回っている佑一の肩まで響いた。剣技が及ばないのではない、違いは地力だ。体格はほぼ同じなのに、反射神経、動体視力、膂力、全てでモレクが上回っている。人と魔では、当然かもしれないが。
「それは、心は闇のままということですか?」
 噛み合わせた刃越し、苦痛の浮かぶ彼の顔を見て、モレクがうっすらと嗤う。
「半分当たりで半分はずれ、ってとこかな。分からないならいいよ。どうせ、やつにしか関係のないことだ。……ああ、こんな話、意味あるのかな。キミたちはやつを手に入れることはできない。それともあの女を殺させてやる気になった?」
「ばかな!!」
 横一文字に振り切られた無光剣を、モレクは背後に跳んで避けた。間合いをとって、剣を返す。
「なら、もういいね? 死んでも」
 構えなどない。ただ剣を手に走り込もうとした彼を、そのとき何者かが羽交い絞めた。
「! きさま!?」
 振り仰ぐ。そこにいたのは隠れ身を解いたダリルだった。
「聞きたいことは聞かせてもらった。いつでも死ね」
 冷酷な宣言とともに、脇を通した左手で同時に頭を固定し、右手のカーマインで零距離から大魔弾を撃ち込む。切れればリロードし、反撃の猶予も与えず頭に撃ち込んだ。途中、ぐったりとなった体が彼の手からはずれ、床に転がっても、容赦なく。
 耳をつんざく爆音がフロアに満ち、硝煙が煙幕のように2人を覆う。モレクを貫通した弾は床を砕き、レンガ片を飛び散らせながらみるみるうちに氷結させた。
 非情な攻撃だった。並の相手であるならば、十数回は即死していただろう。ダリルは何の感情も映さない、ある意味軍人らしい冷徹な目でモレクを見下ろし、トリガーを引き続ける。だが、やがて弾が尽きた。
 残響が全員の鼓膜を震わせる中。しかしモレクはゆっくりと身を起こした。
 グチャグチャになった上半身は半分闇化していたが、それでも、修復が完了した右半分の顔で不敵に笑う。
「「「オロカな男ダ…」」」
 喉は半分吹き飛び、胸部には大穴があいている。肺も喉もまだ回復していないのだろう、奇妙にエコーのかかった不安定な声だった。
「「「闇ガ、このテイドデホロぶとでも…? イナンナデスラ、封じるシカできなかったのに」」」
「いいや。だがこれならおまえの大半を吹き飛ばせるだろう」
 傷口から吹き出した闇の中に手を突っ込み、ゆらゆら揺れるモレクの体をすばやく腕の中に抱き込んだ。
「なんダ!? きさま!! 放せよ!」
「駄目だ。俺に付き合ってもらうぞ」
 引き剥がしにかかった腕を、全力で両脇に固定する。
「ダリル!?」
 水路を挟んだ向こう側、ルカルカが彼の意図を読み取って声を跳ね上げた。
 彼女を見返す一瞬だけ、ダリルはいつもの彼へと戻る。
  ――あとは頼んだ。
 唇が言葉を紡ぐ。
 その唇が、ニッと笑んだ次の瞬間――彼は、内側から発する強い輝きで光と化した。

  パラダイス・ロスト発動

 己の持つ全魔力を破邪の刃と変え、敵を討つ。最大究極魔法だ。
 モレクの発した悲鳴をも飲み込んで、その強烈な白光は一瞬でフロア中を神聖なる光で満たした。