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リアクション
◇第一章 ドロローゾ 【憂い悲しげに】◇
――冒険者達の準備が整ったのは翌日。つまり、ナルソスが行方不明になってから二日目である。
時刻は明朝。まだ、陽が出ておらず、夏なのに肌寒さの感じる奇妙な雰囲気の中、険しい森を【サーチライト】チームが、ヌシ探索を目的とした少数のメンバーとともに歩いていた。足跡、排泄物、踏み分けられた草など、周りの状況をつぶさに観察しながらである。
「クルードさん。やはり、オカルト霊山と噂されるだけあって、嫌なオーラが辺りを包み込んでいますね」
「……そんな事はわかっている。今は無駄な口を叩くな。先に進むぞ、ユニ!」
「はい、すいません。クルードさん」
クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)はパートナーのユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)を叱りつけた。クルードはこの【サーチライト】のリーダーである。戦場で育った彼は徹底した現実主義者であり、今回のような騒動を巻き起こすような教師に怒りを覚えていた。
(ナルソスなど興味は無いな。それよりもヌシの正体が気になる。……余裕があれば、ナルソスも助けてやってもいいが……殴った後でだがな……フンッ……)
ほとんど表情を崩さない冷静なクルードが微かに笑みを浮かべる。すると、その横でパートナーのユニも微笑んだ。彼女にとって、クルードは恩人であり、クルードのサポートをするのが、至上の喜びでもあった。
「ッ……!?」
「どうしたの、光?」
「シッ、黙って……」
それは道がぬかるみ、足場がとても悪い場所だった。それまで、陽気に歩いていた陽神光(ひのかみ・ひかる)が立ち止まると、レティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)は心配そうに周りを見渡した。光はこのチーム唯一のローグだけあって、周囲の変化に敏感なのだ。
「ニコ、何か感じない?」
光はウィザードのニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)に声をかける。
「えっ、また、僕に頼むの? いくら、禁猟区を持ってるからって、スキルポイントは無限じゃないんだよ……ブツブツ……」
「何を言ってるの、男でしょ!!!」
「そ、そりゃ、男だけど、男女平等って言葉知ってるでしょ! 僕は身体が丈夫じゃないんだよ……」
「いいから早くやりなさい!!」
幼い頃、異端者扱いを受け、どちらかと言えば協調的でないニコは光の勢いに押され、何度もこのスキルを使用してきた。
『禁猟区(サンクチュアリ)』
これは魔法使いが使用する結界系のスキルで、危険な存在を感知する事が出来るのである。
「おいおい、やっと、戦闘かよ。腕が鳴るぜ!」
早速、カルスノウトと呼ばれる魔法の剣を抜き放つ犬神疾風(いぬがみ・はやて)。しかし、パートナーの月守遥(つくもり・はるか)がそれを諌めた。
「師匠、静かに……。敵だったら冷静に対応しないといけません」
「遥、お前さぁっ、こんなに美味しいシチュエーションなのに、なんで、そんな杓子定規な台詞を言うの!」
「その通り、あんまり、杓子定規すぎると嫌われるよっ、お嬢ちゃん!」
「えっ!!?」
気を取られた疾風の上を跳び越すように現れたのは、鈴虫翔子(すずむし・しょうこ)だった。彼女は鼻歌を歌いながら、愛銃アサルトカービンを抜くと周りに乱射する。すると、それに呼応するように辺りから幽狼の群れが十五匹ほど現れたではないか!?
幽狼とは飢え死んだ狼がこの世に未練を残し、ゾンビとして変わり果てた魔物である。口からは腐った涎のような黄色い体液を垂れ流し、剥き出しの骨は見る者を恐怖に陥れる。だが、翔子は口に銃を持っていって、嬉しそうに笑うと後ろで呆然とする疾風に言ったのだ。
「これっ、みんな、ボクの獲物! 悔しかったら、キミ。ボクと競争する?」
「キミじゃない。俺は犬神疾風だ」
「クスッ、じゃあ、よろしくぅー」
幾ばくか年上に見える翔子に照れながらも疾風は戦いに参加した。そのやり取りをムッとしながら聞いていた遥もメイスを握り締めて疾風のサポートにまわった。もちろん、クルード達も駆けつける。
だが、辺りはぬかるんでおり、皆、動きが鈍い。この様な場所で強いのは、やはり動きの素早く飛び道具の使える者だろう。
「うううわぁぁぁ! んもぉ! あっちいけ〜! ティータの目的は先生を見つけるだけなのぉ!!」
ウィザードのティータ・アルグレッサ(てぃーた・あるぐれっさ)は、泣き声をあげていた。ティータはここにいないヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)のパートナーである。マスターのいない状況ではパートナーは100%の力を発揮できそうにない。
「どうして、マスターとパートナーが別々に行動してるんだ!? ダブルアクションは危険だって、先生が言っていただろ!!?」
ニコが叫ぶのも無理はない……が、戦闘は既に始まっていた。多数の幽狼がぬかるみを物ともせずにこちらに向かってくる。
「そ、そんなぁ。だから、スキルポイントは無限じゃないって言ったのにぃッ!!?」
『地の底に眠る火の精霊よ。我に力に貸して敵を滅ぼせ……』
そんな悲鳴をあげるニコを遮るように、緋桜ケイ(ひおう・けい)は立ちふさがると呪文を唱える。
ヒュン、ヒュン、ヒュン……
すると、地の底より飛び出した火の塊がケイの元に集中していく。
「巻き込まれたくなかったら、どいてろぉッ!!!」
「わわわっ!!?」
『火術!!!』
ドドーーーンッ!!!
火の塊が幽狼に激突すると激しく吹っ飛んで、木に激突し砕け散った。
「グ、グロいぞ、ケイ。わらわは吐きそうじゃ……うぷっ……」
大の心霊現象嫌いで、ケイのパートナーの悠久ノカナタ(とわの・かなた)は思わず吐き気を覚えてしまい、戦闘に参加出来そうになかった。しかし、ケイの実力はどうやら本物のようだ。それはレベルを確認すればわかるだろう。
「レティ、ヒールよろしく〜」
「はい、わかりました」
あくまでノリを大切にする光は、パートナーのレティナとの会話同様、身のこなしも軽く、遠距離兵器のダガーで的確に敵を倒していく。鈴虫翔子の方は武器の有利に加えて、他の者よりレベルが高いのが幸いしているようだ。
そして、黒水一晶(くろみ・かずあき)。彼は戦闘に我関せずを貫き、懸命に事前に持って来たリボンを枝々に結んで帰り道を確保していた。一晶のパートナーであるディヌ・フィリモン(でぃぬ・ふぃりもん)はニタリと笑みを浮かべると終始無言で、ケイの放った『火術』の残り火を消していく。本当は火を扱う者を止めたかったのだが、ケイの速度がディヌより早かったらしい。
「……そろそろ……敵の数が減ってきたな……」
リーダーのクルードが言うとおり、戦いはチーム側に有利に進んでいた。敵がそれほど強くはなく、チームの人数が多さが功を奏していた。これはリーダーであるクルードの政治力の勝利と言えよう。
「いいですなぁ、いいですなぁ、でも、もうちょっと、血が欲しいですなぁ? お〜い、アマーリエ。どこかでピラニア釣ってきて、誰かを怪我させてみようかぁ!」
「無理だぁ!!!」
そして、その激しい戦闘の様子を笑顔で撮影する人物がいた。
ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)とパートナーのアマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)の【ゆけゆけ探検隊】コンビである。チームの鈴虫翔子が勝手にチームから離脱して、戦いを開始したので、こいつは『ラッキーなハプニング』とばかりに【サーチライト】に合流したのだ。
「フフッ、白熱した戦いですなぁ。特にあの幽霊のような狼のキャスティングが素晴らしい。ちなみに奴らはどこで調達したんだ?」
「黙っていてください。私の言いたいことは、すべてこの映像の中にあります!」
「そうか、フフフッ、君も成長したねぇ。でも、君は映像で語らなくても……」
ミヒャエル・ゲルデラー博士はそう言いながら、アマーリエの尻を撫ぜる。
「ここで語ってもいいんだよ」
「……こ、このセクハラ博士ぃぃっ!!」
「違う、これはセクハラではなく、息抜きなんだ! 我々は娯楽の世界に生きている……ぎゃああああぁぁっ!!」
戦闘も終わりを告げるように、ゲルデラー博士のつんざく様な悲鳴が森中に響き渡ったのだ――
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