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◇第二章 フェローチェ 【野生的に】◇

 ――岩と岩の間から突風が吹き抜けていた。
 長い森を抜けると、そこは枯れ果てた木々と岩に囲まれた灰色の世界。原色の一切混じらないダークグレーの景色、日を覆い隠すような暗い天、強く吹きすさぶ風には人の嘆きのような声が入り混じっているようにも聞こえる。
「うぅ、寒いし、暗いし、髪の毛が乱れちゃうわ。私の予想では晴れだったのに、リアプノフ指数が大きく外れていたようね」
 長い髪を掻きあげながら、日紫喜あづま(ひしき・あづま)は白い息を吐く。彼女はイルミンスール魔法学校の数学教師。ナルソスと同じく教鞭を奮う執る者として、彼の自殺を止めさせる方針である【説得チーム】の一団に加わったのだ。
「あわわ、何でそんなに怒らないで下さい。ボクが何か悪い事でもしました? だったら、後ろで黙ってますけど……」
「ローランド。あなたが口を挟むとロクなことにならないから、少し離れて黙っててね」
「ひゃい」
 あづまに叱られた頼りなさそうな男はあづまのパートナーで守護天使のローランド・シェフィールド(ろーらんど・しぇふぃーるど)。いつもニコニコと笑顔の絶えない彼は、彼女の事をいつも気遣っているようだ。

 【説得チーム】はナルソス・アレフレッドの救出派を数人を混ぜた合計十六名からなるチームである。そして、彼らを率いるリーダーは空を眺めるのが大好きな男。現在は携帯電話でパートナーで男装の麗人仁科響(にしな・ひびき)とのおしゃべりを楽しむ佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)だ。
「どう、佐々木。先生は見つかった?」
「あぁ、仁科か。まだまだ先は長そうだよ」
「貴公の事だから、どうせ、空でも眺めて、フラフラと歩いてるんでしょ」
「へへっ、当たりぃ」
 弥十郎は僧侶の家系で産まれており、自殺を考えるナルソスを説得し、罰を与えようと真っ先にチームを立ち上げたのだ。
 当初、蒼空学園の生徒達は『薔薇の学舎』の生徒である弥十郎が、自分達より先にナルソスの救出を考えた事を理解できなった。だが、説得がヘタと言う弱点を持ちながらも、熱心に話を進める彼の心が人を集めたのだ。残念ながら、パートナーの仁科は山には来ていないが、彼の為に『禁猟区』をかけたお守りを、彼の荷物に忍ばせてある。もちろん、スキルは距離と時間が関係するために効果は望めないが、それは彼女の彼に対する思いやりと言えよう。

「どうした、不服そうだな?」
「当たり前でしょ! 空を飛べば、もっと簡単に探せると思ったのに……何で、飛んじゃ駄目なの!!?」
「ジーナ。我はパートナーとして当然の事を忠告しただけだ」
 弥十郎の後ろで、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)はパートナーのガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)に噛みついていた。ジーナは空飛ぶ箒を使って探索を行う予定だったが、突風や強烈な磁場のオカルト霊山では危険だとガイアスに忠告されてしまい、仕方なく【説得チーム】とともに行動していた。
「せっかく、インターネットで下調べをしてから来たのに……」
「フフッ、インターネットは山の状況まで体験できんからな。それに、こういった苦労も英雄には不可欠なのではないかな?」
「だーれが、英雄論を語れって言ったのよ……んっ!? ガ、ガイアス、ちょっと見て!!」
「あれは?」
 ジーナが指差した先をガイアスやチームのメンバーが見た。なんと、そこには血塗れになった男女が岩に持たれかかるように倒れていたのだ。当然の事ながら、【説得チーム】は走り寄る。
「だ、大丈夫ぅ!? セシリア、早く、ヒールを!!」
「わかったわ!」
 最初に駆けつけて、治療を開始したのはパートナーと共にプリーストと言う異色コンビ。メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とパ−トナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)である。彼女らは、その場に倒れていた光臣翔一朗(みつおみ・しょういちろう)アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)をヒールをかける。
「こんなになるまで、何をしていたのぉ?」
 メイベルが驚くのも無理は無かった。翔一朗もアリアも相当、深い傷を負っており、血が止まらないのだ。
「ワタシも手伝おう」
「ボクも、ボクも……別にいいよね、あづまさん?」
「聞かなくてもいいから、早く助けてあげなさい!」
 プリーストである弥十郎とローランドも彼女らをサポートした。その甲斐があって、翔一朗らは何とか話す事が出来るようになったようだ。
「うぅ……すまんのぅ」
「あ、ありがとうございます」
 翔一朗たちは謝ると会話を続けた。

「……実は俺、タイマンでゴーストと喧嘩する為にここにやってきたけん。朝からずっと喧嘩をしとったんじゃ」
「私も一人で皆さんの為に、出来るだけ障害を取り除こうとして……でも、翔一朗と出会って、二人でゴースト達と戦っていたんです」
(二人きりでゴースト退治ですって? 自信があるだけに腕はあるようだけど、ちょっと無謀すぎるんじゃなくって?)
 豊満なバストを見せつけるかのような、挑発的な波羅蜜多ツナギを纏ったヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、半ば呆れつつも周囲やアリア達の傷痕を見ていた。チームの中で美術力が突出し、ローグと言う職業から最も観察力に優れた彼女はおかしな事に気づく。翔一朗らにはゴーストの攻撃ではありえない傷が付いていたのだ。
「ねぇ、そこの男らしくて素敵な『あなた』。ココとココの傷の事を教えて♪」
 妖艶な態度で話しかけるヴェルチェは、翔一朗の太腿の付け根部分で指をこねくりまわす。このヴェルチェの性別や正体を知ったら、恐らく、翔一朗もアリアもブッ飛ぶに違いないだろう。だが、そんな事は知る由もない翔一朗は少し顔を赤らめながら、それ以上にとんでもない事を語りだしたのだ。
「実は俺ら、ヌシに襲われたんじゃ。一発でやられてしまって、正体と言われてもよくわからんかったがな」
「えぇ、私も見ました。毛むくじゃらでとんでもないスピードで動く化け物を……」
「そうそう、でも、帰っていった方角はわかるぞ」
「!!!?」
 その会話にチームが騒然となる。オカルト霊山のヌシを彼らは見た。しかも、ヌシが向かった方向もわかると言う。

「さてと……どうしようかねぇ?」
 弥十郎率いる【説得チーム】はここで一旦話し合うことにした。彼らの目的はもちろんナルソスである。ヌシは二の次であるが、ナルソスが向かったのもヌシの棲家だろう。しかし、ヌシが攻撃的と言うのは危険ではないだろうか?
 会議は長引くかのようにように見えた……が、ここは教師と言う職業的な強みを持った、日紫喜あづまが会話をまとめる。
「私たちの目的はナルソスよ。そこにヌシがいようと、ゴーストがいようと知った事ではないでしょう」
「確かに……」
「よし、行こう!!!」
 エメ・シェンノートや影野陽太を声をあげた。疲れが溜まり始めていたチーム内に活気が戻る。そんな中、目つきの悪い樹月刀真(きづき・とうま)が不機嫌そうにアリアに近づくと声をかけた。
「早く立ちなよ。こんな所で座っていても誰も助けてくれませんよ」
 冷静で冷たく言い放つ刀真の迫力に圧され、アリアは立ち上がった。だが、彼女のキズはまだ完全に癒えたわけではない。
「痛っ……」
「おやおや、よくそんな腕で障害を取り除こうなんて、言えたもんですね? 俺に松葉杖代わりになってくれとでも言うんです?」
「……お、お断りよ!」
 顔を真っ赤にして、アリアは怒るが刀真は無視するように先に進んでいく。確かに彼女はまだ未熟だったのかも知れない。だが、そこまでキツく言う必要はあるのだろうか? もちろん、刀真の言葉にも理由があった。彼の両親は魔物に殺されており、復讐のために生きている為、魔物の恐ろしさ、負けた後の敗北感を心底わかっていたのだ。
 だからこそ優しい言葉をかけなかった。不器用ながらも『他人』に対して、手を差し伸べてしまう。それが彼の優しさの裏返しと言えるのかもしれない――